自分(男性)の人生と子供との関わりを考える。 結婚、子供、そして残りの人生を考えたとき・・・。

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これってちょっと・・・B / 2006年09月09日(土)
「これってちょっと・・」はこの20年間その他にもいろいろとありますが、事実を知っていただくのはこのあたりでよかろうと思いますのでこれを最後にします。

出来事E・・人前で夫(私)を悪く言います。私のいる前でです。
日本には愚妻などという言葉がありますが、私は妻と一緒のときに友人や自分の母の前で一度もそのように妻を悪く言ったことはありません。むしろかばう方でした。ところが、妻は愚夫のようなことを言い私を落とします。友人に対しても、また義父母の前でも。義父母の前で悪く言われたらたまりませんよね。自分なら自分の母が悪気はなくても妻が気にするようなことを本人の前で少しでも言うと、すぐにフォローは入れてきましたが。

子供の前でも、父親(私)の悪口や嫌味を平気で言います。


出来事F・・かなり前になりますが、健康診断で誤診がありました。かなり大きな病気だといわれたのです。治療しても100%の人は治らず、人並みに長く生きることができないようです。妻に話したときの反応は、「ああそう」でした。別に何かの反応や言葉を期待はしませんでしたが、そのときは単に言葉が出なかっただけかと思いました。その後かなり落ち込んだ1カ月でしたが、やはり何も励ましのようなものはありませんでした。もちろん、何も言わないのも選択の一つで思いやりなのかもしれません。そう思いました。実は妻もかなり落ち込んでいるのだろうと。1カ月後、具体的な治療に入るための検査をしましたが、そのときに何もその兆候がないことがわかり、誤診だったことがわかったのです。

嬉しくて今迄落ち込んでいた空気も晴れ渡り、妻に誤診だったことを告げました。

最初に病気を告げたときの妻の反応がショックからくる沈黙なら、誤診の報告はショックから開放された安堵と笑顔になると思います。でも、やはり「そう・・」でした。笑顔もありませんでした。これは娘に対しイライラが始まる前のことでした。

これって・・夫婦ですか? 結婚して長いと愛情というものはなくなるでしょうが、せめて情は残ると思うのですが。もちろん、人の心の中はわかりませんのでそれを責めたりしたことは過去一度もありません。

出来事G・・娘のことで妻が最初うつ状態になったとき、私と義父母は心配し気を遣い努力しました。これは当然のことですよね。それ以前の話になりますが、私は仕事のこと等でうつ状態になったことがあります。父が亡くなった後くらいでした。2、3カ月で一人で立ち直ったものの、そのとき妻に言われた言葉は「私まで暗くなるから出て行け」でした。


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Posted at 09:54 / ふりかえり / この記事のURL
これってちょっと・・・A / 2006年09月08日(金)
出来事C・・何年か前に正月にインフルエンザにかかりました。会社があるので一人だけ先に実家(遠方)から帰ったのです。妻と子供は1月7日くらいまでいる予定でした。帰りの新幹線の中から寒気がしてやばいと思ったのですが、1月2日に家に着くと40度近い熱でした。そのまま寝たきりになり、はって移動するのがやっとでした。近くの病院も正月は休みです。医者に行く前にまずは何か食べないとだめなのですが、帰省するために冷蔵庫の中はきれいにしていたので食べるものがありません。近くのコンビニもちょっと歩いていけそうにはなかったのです。2日間結局水だけで過ごしましたが、人間高熱が出ると平常なら思いつく簡単なことでも思い浮かばなくなるものですね。後から考えると近くに住む同僚に電話して何か買ってきてもらうとか、タクシーよんで救急病院に行くこともできましたが。

もちろん、妻の実家にも電話しました。義父母は子供は取り合えず実家に置いて、妻だけでも帰った方がいいと言ってくれましたが、1月4日には病院が開いたのと熱にも体が慣れてきてコンビニにも行くことができました。

結局当初の予定を早めて5日に妻は子供を連れて帰ってきたのですが、そのときの第一声が寝ていた私に向かって「あなたのおかげで中学の友人に会うことができなかった」でした。

40度の熱くらいでは日本男児たる者、倒れてはならないのでしょうか。義父母に促されて仕方なく帰って来たようですが、入院したわけではないのに、いちいちたかが40度の熱くらいで、実家に電話してくるな!と言いたげでした。

幸いにも、そのときは熱で頭がぼんやりしていましたので、そんな言葉にも感情はありませんでした。これも平均的とは言わないまでも、よくある結婚した女性の言葉なのですか?


出来事D・・お互い趣味が違う、嗜好が違うのは別段問題ではないのですが、それなら相手の行うことを尊重してもよいものだと思います。これは一回の出来事に限ったことではなく、常日頃のことなのですが、私がやることに対し「くだらない」と嫌味を言います。

次回へ続く・・・


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Posted at 09:17 / ふりかえり / この記事のURL
これってちょっと・・・@ / 2006年09月07日(木)
結婚経験が二度あるわけではないので、妻以外の人と比較ができないのですが、今までに何度か「えっ、それって・・」と思うことがありました。

その時は、自分の甘えであり、過大な期待をしてしまったのだと反省しました。他の夫婦の関係については、もちろん友人宅に遊びに行った時に見るのですが、それはお客様の前ではという建前の部分で、本音の家庭を覗くわけにはいきませんから、映画やテレビドラマの家族や夫婦のシーンでしか知りません。それらは現実にはあり得ない理想的な夫婦なのか、平均的な夫婦なのかわかりません。


出来事@・・結婚してすぐですが、胸に痛みを感じ脈も飛ぶようなので、会社を休んで総合病院で精密検査をしてもらいました。心臓のことなので、車で病院に送ってもらいたかったのですが、パートがあるからという理由で、自分で車を運転して一人で病院に行きました。このときは自分の甘えだと思い、反省をしました。幸いにも軽い不整脈でしたが。

出来事A・・・親からの遺伝で腎臓結石ができる体質です。母も兄も叔父も皆これで入院しています。簡単に言えば、水を飲んで石を排泄しまえばよいのですが、個人差があるものの、母に言わせると出産よりも痛かったようです。

旅行前だったと思いますが、自分もコレにかかり、激痛が走りました。幸いにも旅行前に石が出たので出てしまえばケロリと治る病気です。でも、激痛が走ったとき、妻からの第一声は、「旅行をキャンセルしなくてはならないじゃない。なんでこんなときになるのよ!」と責められました。このときも病気になった自分が悪いのだと思いました。


出来事B・・・冷蔵庫の中のものを勝手に飲んだり、食べたりすると怒られます。これは会社の同僚でも言われる人がいるので、結構普通だと思います。献立等の都合があるからでしょう。でも、缶ビールがあるから飲むと「私が明後日飲もうと思って買っておいたのになんで飲むの!」となります。私の分は買っていないのです。(別に平気ですが)

そこで、自分でジュースやお菓子などを買って入れておくと、邪魔だから早くどけろと言われます。勝手に飲んでもだめ、自分のものを冷蔵庫に入れてもだめ、つまりはその都度飲むときに買いに行けということなのでしょうね。普通でしょうか?

次回へ続く・・・


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Posted at 08:25 / ふりかえり / この記事のURL
この7年間 4 / 2006年09月05日(火)
昨日はブログが容量拡大のためのメンテナンスでUPできませんでした。


前回からの続き・・・

もう限界でした。自分は根気がよい方ですが、5年間、2000日連続でストレスを溜め込むと、もうおかしくなってしまいます。

自己防衛のために、帰るとすぐに自室にこもるようになりました。

その時点で、もう妻の声を聞くだけで、かなりの拒否反応がでていたのです。
声を聞くと、脈拍があがり、動悸がするのです。

後でわかったのですが、娘も母親の声を聞いたり、そばに来ただけで、手が震えるというのです。

また、家族が関わることでがんばるということができなくなりました。子供に何か頼みごとをされても、100%確実にできること以外は約束もできなくなりました。頑張っても約束を遂行できないと鬱状態になるのです。おそらく母娘の関係修復に2000日を費やしてできなかった挫折感からだと思うのですが。

そんなとき、雰囲気づくりもあって家族を無理やり誘って外出を試みたのですが、途中で妻と私が子供のことで口論となり、いつものように離婚しようと言われ、いつもなら否定したり、黙ったりするのですが、そのとき、自分の心の中はなんだか穏やかで、いいよ、と言いました。でも、それ以降、妻は二度と離婚しようとは言わなくなりましたが。

修復のための努力をそれ以来しなくなりました。

妻のメンタル面も視野の外に移りました。
自分と子供のケアで精一杯だからです。

義父母に、「娘(妻)をよろしくお願いします」と言われることが苦痛になり、先日の電話で、「自分と子供で精一杯なので申し訳ありません。」と伝えました。


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Posted at 08:15 / ふりかえり / この記事のURL
この7年間 3 / 2006年09月03日(日)
B自分が壊れた直近2年間

毎日、毎晩、娘を叱る声が聞こえてきます。

家庭では娘が小学校に入った頃から笑いがありません。
妻は、小学校時代の6年間、そして今も、娘に一度も笑顔を見せたことがないのです。
笑顔を抜き去った、叱るだけの会話しかありません。

その時期に母親の愛情を感じられずに育ったのです。

娘が女の子の割には雄弁でないのは、母親との日常の会話がなかったことも一つの原因だと思います。(平日帰りの遅い父親には限界があります。)

食卓では、母親がいないとき、父娘息子の3人だと会話もあり、笑いもあります。
母親が入るとそれがなくなり重い雰囲気になります。
母と息子だけだと、笑いも会話もあります。

娘がもちろん一番精神的につらいのですが、私もかなりきついものがありました。
1年365日、ただの1日も妻が娘を叱らない日はありませんでした。その状態に5年間我慢し、対処してきました。

これは男性側の言い分だということは十分わかっています。家庭というものは、仕事でストレスをいっぱい溜め込んで帰ってきた時のオアシスだと思っていました。優しい空気と子供の寝顔、これだけで会社であった嫌なことも忘れるものです。家庭にそんな柔らかいものを求めてはいけないのでしょうか。一家の主たるものは、会社のストレスは会社で解決し、家のストレスにも対処するスーパーマンであるべきなのでしょうか。

毎晩、玄関の前で立ち止まり、ドアを開けるのが嫌でなりませんでした。
家庭ではストレスが解消されずに、逆に増幅するのです。ストレスを発散する場がないのです。心の奥底に飲み込み、封印していくしかないのです。

深呼吸をして玄関の扉を開くと、いつものように、妻の大きな声が聞こえてきます。

このままではダメになってしまう。自分が壊れたら、仕事も失い収入がなくなってしまう。子供を育てることができない。あるとき、妻にお願いをしました。自分が帰ってきてからの1時間だけでいいので静かにしてくれないかと。最初はさすがに協力してくれました。でも、3日後から元に戻りました。

もう限界でした・・・。
家の外でもメンタル面でいろんな障害がでてきました。


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Posted at 13:03 / ふりかえり / この記事のURL
この7年間 2 / 2006年09月02日(土)
Aその後の娘のみが標的となった3年間

初めて、妻が心療内科に行ったとき、私との関係に関わらず娘に対する嫌悪感があったことを医師から指摘されたのではないのかと思います。

この3年間には、何度も離婚しよう、と言われました。(その意図は未だにわかりません。私に娘を引き取ってもらいたかったのか、私と娘の普通の関係が目障りだったのでしょうか。)

妻は娘とうまくいかないことで随分と悩み、娘がかわいくない、それは思い通りにならないからなのですが、自分の子育てには間違いはない、だから娘側に何か人と違うところがあるのだ、そういう考えだったと思います。

心療内科に行き始めた頃は、かなりきつい薬だったのか、ぼんやりしていることが多かったです。でも、薬を軽くしてから、見た目には普通になりましたが、娘を叱った時はいつもかなりイライラ状態でした。(私と娘以外の対人関係はまったく普通で積極的な友達関係でした。)

離婚しようと言われるときは、娘をかばったときと、妻にアドバイスをしたときです。

それはいけないとか、こうした方がいいといったことを言うと、突然怒り出し、できるならとっくにやっている、というような言葉が返り、じっくり話し合うことはできませんでした。アドバイスをしたら怒られるのです。それは、義父母がアドバイスしても同じ結果でした。

言ったとおりにしろというのではなくて、まず話を聞いてくれれば少しは進展があるのですが、それができません。心療内科医の言うことしかきかないのでしょうか。とにかく、自分が全て正しいと思っているようでした。

もし、自分は・・・


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Posted at 09:22 / ふりかえり / この記事のURL
この7年間 1 / 2006年09月01日(金)
この7年間の生活を振り返ると、

@娘と自分が責められた2年間

Aその後の娘のみが標的となった3年間

B自分が壊れた直近2年間に大別できます。


@娘と自分が責められた2年間
最初の2年間、ちょうど娘が小学校に入った頃でしょうか。5歳違いの息子はこのとき3歳です。
娘が幼稚園時代を経て個性がはっきりとしてくる頃です。同時に友達との差も顕著になってきます。おそらく、他の子供との比較で他の子供はしっかりしていて・・・という隣の芝は青く見えるようなところがあったのでしょうか。娘にイライラし始めた頃で、娘に対する笑顔が消えたときです。

小2のとき母と娘で、市の地域児童相談所に何回か行っています。
最近になってわかったのですが、てっきり、母と娘と双方の問題解決に向けた相談だと思っていたのですが、相談内容は、娘の問題のみを取り上げて、理解力不足で知育障害ではないかというものでした。このときの学校の成績は普通でした。おそらく、自分のいうことをきかないのは言葉を理解できていないからではと考えたのだと思います。

また、娘との関係が悪いのは、すべて私のせいだと言われました。私としては、それは問題のすり替えではないのかと言いましたが、私との相性が悪いから心にゆとりがなく娘にあたるのだと。相性が悪いのであれば、それは両者の問題であり、私一人のせいではないはずです。私が思い通りに動かないためのイライラなのかもしれません。

娘をコントロールできないのは私のせいにされたのですが、でもあるときから、それを一切言わなくなったのです。それは、初めて妻が心療内科に行ったときです。おそらく、それが問題のすり替えであって、私とのことに関わらず、娘に対する嫌悪感があったことを医師から指摘されたのではないのかと思います。

Aその後の娘のみが標的となった3年間に続く・・


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Posted at 08:46 / ふりかえり / この記事のURL
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