自分(男性)の人生と子供との関わりを考える。 結婚、子供、そして残りの人生を考えたとき・・・。

モラハラ夫の場合は・・・ / 2006年12月16日(土)
人は変わる? 確かに視野が広く、社会に出ていれば少しずつ影響を受けて変わるのかもしれません。

そういう意味では、男性の場合には、常に社会に出ているわけであり、他からの影響も大きいでしょう。そうはいっても少しずつなのでしょうね。通常は。

ただし、人生で大きな出来事があったとすれば、大きく変わるきっかけになると思います。自分の場合には、20代後半で父が亡くなり、それがきっかけとなり、それまで会社が人生の中心だと思っていたところから、大きくはじけて、社会全体に目が行くようになり、会社などなんてちっぽけな井の中の蛙となったわけで、視野が大きく広がり価値観も進歩しました。


大きな出来事・・・それは配偶者から離婚を告げられることもまた大きな出来事でしょう。

では、モラルハラスメント、あるいはパワーハラスメントの夫の場合はどうなのでしょうか。妻から離婚を告げられ、今までのことを改心し、まったく別の人格に変身することはあり得るのでしょうか。ドラマの世界ではあるような気がします。離婚を告げられた瞬間から、モラハラ夫は改心し、一生思いやりのある良き夫で生涯を終えました、めでたしめでたし、と。

人格形成は、幼少期から成人するまでの間に、両親との関係や、学校での人間関係などによって出来上がるものだと思います。それを何10年も生きてきて何も変わらなかったものが、妻に離婚を告げられた瞬間にその後永久に変わるというケースはよくあるのでしょうか。


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Posted at 00:34 / その他 / この記事のURL
人は変わる? / 2006年12月14日(木)
人は簡単に変われるものでしょうか・・。
もちろん、多くの人は10代の頃と比較すると丸くなったり、角がとれたりして変わりますが、それは大人になって価値観が変わるからでしょう。

ただ、何十年も生きてきて、ほぼ完成された価値観のもとで、嗜好そのものを変えることができるでしょうか。

一例ですが、あなたはたった今、大好きだったサッカーファンを止めて、大嫌いなプロレスファンになりなさいと言われて可能でしょうか。それが強制的なものでも、自主的な新年の抱負のようなものであったとしても、結局、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いというのは変わらないため、結局ポーズにすぎないのではないでしょうか。

ポーズだと、所詮嫌々であって、苦痛を感じてストレスがたまるものだと思います。


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離婚を告げた夜 / 2006年12月13日(水)
話し合いは、なんとなくすれ違いで、まっとうな返答ももらえないまま2週間が過ぎました。

ところが、先日夜遅くになって、妻が娘を連れ来て話をしようということになりました。
話をしているうちに、私から、家族全員がこのままでは本当に壊れてしまうため、もう離婚しか解決策はない、と断言したところ、今までの考えを改め、最大限の努力をする、と言われました。

確かに、どんな夫婦でも、いきなり離婚しよう、と告げられると、とっさにそう言うものだと思います。現在の生活のベース部分が根っこから崩れるとなると、ちょっと待って、となるものです。


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Posted at 17:37 / 話し合い / この記事のURL
話し合いB / 2006年12月10日(日)
一緒に住みながら、ネガティブ方向の話をするのは実にストレスフルなものですね。

恋人同士であれば、会ったときだけ話をすればよいのですが、夫婦だとそういうわけにはいきません。そんな話をしながらも、一緒に生活をしなくてはならないため、空気が緊張感で張り詰めます。一方、家族のメンバーとして、それぞれの役割をこなすことは義務なのでこれらは怠るわけにはいきません。

殺伐とした雰囲気といったらピッタリするでしょうか。今、テレビドラマで、竹野内豊さんと石田ゆり子さんの「家族」という連続ドラマを放送していますが、ドラマの中では離婚を告げた石田ゆり子さんは家を出て行き、仲介をいきなり弁護士に頼みます。これなら緊張感は家の中ではないですね。

この緊張感は経験した人でないとおそらく理解してもらえないものだと思います。


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Posted at 15:24 / 話し合い / この記事のURL
話し合いA / 2006年12月09日(土)
話し合いを開始しましたが、到底一晩で解決できるものではありませんね。
会社の仕事のように、今、こんな問題があって、だからこうすべきだ、といったふうに客観的・論理的に答えを導き出すことは簡単であっても、人の心には感情がありますので、そんな簡単にはいきません。

一つ問題を投げかけて、何日も考えて答えが返ってくるといった具合です。


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Posted at 22:01 / 話し合い / この記事のURL
母vs娘 バトル / 2006年12月02日(土)
母と娘の大喧嘩がまたありました。今回は娘に非があったのですが、最近は娘の方が力関係で強くなったようにも思います。この年齢は成長がとても早いとも感じます。

喧嘩の後、娘に注意がてら、少し話をしたのですが、そんなに母親のことが嫌なのだったら、パパと二人で住もうよと言ったところ、現実論だけの話になったのですが、「まだ料理ができない」と言うのです。そんなものは、お弁当を買ったり、外食すればいいよ、と言うと、「お金がかかるから」と。

話はそこで終わったのですが、離婚については、娘のせいにしてはいけないとハッと感じました。たとえ理由の一つがそうであったとしても、後々、パパが離婚したのは私のせいだ、と考えさせてはいけないのではと思います。離婚はあくまでも夫婦の問題とすべきかと思いました。


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Posted at 02:04 / 生活 / この記事のURL
話し合い / 2006年11月26日(日)
「このままではだめだね」と切り出し、話し合いを始めました。

きっかけは二つです。
一つは、先日風邪を引いたときのことです。症状がひどかったために会社を休みました。38度の熱と下痢が20分おきに続き、徒歩10分くらいのクリニックに行くのにも節々が痛くてかなりきつかったため、車で送って欲しい旨伝えました。タクシーを呼べる距離ではありませんから。

そのときの返事がこうでした。今から送ると、遊び(開始時間のある映画のようなもの−仮に映画)に間に合わなくなるから、私に映画に行くなということなのか? とすごい剣幕で言われました。

もちろん、愛情などは誰しも結婚してすぐに失せるものだと思っていますが、それでも情だけは残るものだと思っていましたが、それもないようです。それよりも、人としてどうかと思いました。


もう一つは、先日書いたとおり、息子を自分から引き離そうとする行動です。

将来への不安も質問しました。将来、年をとるにつれて病気がちになる、父と同様に脳卒中で倒れるかもしれない、そうなったら死ぬまで介護できるか、その前に母の介護ができるかなどです。

人は愛情があれば即答できるものです。できないなら、計算して、どちらが得策か考えるのだと思います。


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Posted at 13:40 / 話し合い / この記事のURL
息子はあきらめます / 2006年11月24日(金)
数日後、妻と息子は帰ってきました。

今まで、息子のことが引っかかっていました。そのことが自分と父親とのかかわりを振り返らせたりしましたが、まったく状況が違い同じに考えることができないことに気がつきました。

家を出て行くとき、息子は母親に誘われるまま、喜んでついていきました。あのまま家にいては、自分の居場所はないと考えたのかもしれません。あの子にとっての生活のすべてが母親との生活なのですね。

母親は娘をかわいがることができないからなのか、息子に認めてもらいたいからなのか、息子を溺愛します。小学生なのに幼児のようなかわいがり方をし、おもちゃも尋常ではないほど買い与えるため、当然母親が好きになりますよね。その上、平気で息子の前で父親非難をし、悪者扱いするのです。

こうなると父親として自分が今までかかわろうとしてきたことができない状態になります。家のものを壊すと当然父親は怒らなければならない、そして息子に怒ると、父親が監視をしていないからいけないのであって、息子は悪くない、となります。

息子はものの良し悪しが判断できなくなります。

振り返ると娘に対しても似たようなものがあったのかもしれません。娘が小さい頃は母親は自分の方針だといい甘やかせすぎました。そしてそのまま成長したら、ある日突然厳しくなり、何故わがままなんだ、と娘を非難しました。

昨晩も娘をバカと言い、学校の友達も皆バカだと言いました。自分以外は皆バカなのでしょうね・・。


今の環境で、父親は何ができるでしょうか。もちろん、遊び相手にはなれるでしょう。でも、それは私でなくても、他の誰でもよいのではないでしょうか。


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Posted at 08:03 / 生活 / この記事のURL
母&息子が出て行きました / 2006年11月20日(月)
昨日、いつものように母と娘の喧嘩があり、理由はなんのことはない、母親の宿題をやりなさいという注意に対し、すぐに行動に移さなかったことですが、母親が娘に手を上げて何度も叩いてしまったことから、娘もきれてしまい、「これって虐待じゃない!」「ママなんていらない!」「出て行って!」と言ったことにより、母は息子を連れて実家に帰ってしまったのです。

このようなケースは過去何度もあったのですが、私が仲裁に入ったり、娘をかばったり、妻をかばったりすることによって、ワンクッションが生じ、妻は再考したり、プライドに火がついたりで、実行には至りませんでした。

今回は、敢えて、私は何も言いませんでした。言うと何も変わらない、だから、ポジティブに、「何も言わない」という行動を選択しました。

実家は、新幹線で行く遠くにありますので、日帰りでは行けません。着替えは持って行ってないことと、弟の学校があるので、娘は1日で帰って来るよ、と言っていましたが、今日も帰って来ず、連絡もありません。

娘と母の意地の張り合いですが、娘は絶対に謝らないと言っています。母親はそもそも自分が悪いとは思わないため、娘が折れなければずっとこのままです。

しかし、このおかげで、家族全員、義父母、私の母を巻き込んで、初めて真剣に冷静に事の重大さを考えることができたのだと思います。


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Posted at 22:47 / 生活 / この記事のURL
冒険心 / 2006年11月11日(土)
最近、冒険心が無くなったような気がしています。
やや抽象的ですが、かつては、すべてのことに冒険心があり、常に新しいことに興味があったように思います。転勤があれば全国どこへでもホイホイと行き、その地の生活を楽しみ、転居なども苦に感じたことはありませんでした。また社命で海外出張なども世界各国どこへでも喜んで行きました。

しかし、ここ数年は冒険心がなくなり、やや臆病になったように感じます。もちろん、その傾向があるということで、全く保守的になったということではありません。ただ、少し前までの海外に住んでやろう・・などという気持ちは失せて、やはり日本がいいと感じるようになったことからも、勢いがなくなりました。

人生はアドベンチャー・ゲームだと思っていました。
でも、生活の基盤を失ったとき、人間がもろくなったような気がします。人生の大海原へ向かうスタートレック号が、船内のあちこちから煙が出てそれを消しながら航行していては、冒険心などわいてきません。

今は、信頼できるクルーが欲しい、そんなところです。

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Posted at 20:19 / つぶやき / この記事のURL
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