自分(男性)の人生と子供との関わりを考える。 結婚、子供、そして残りの人生を考えたとき・・・。

はじめに / 2015年01月31日(土)
はじめまして。

今年の初め頃から自分の人生を考え直しています。

私は20代半ばで結婚して18年、中学生と小学生の子供がいますが、離婚についてはそれまで考えたことがありませんでした。人生を見つめ直すと同時に、離婚についても少しずつ調べはじめました。

離婚理由のトップは、性格の不一致と言われるもののようですね。あとは浮気でしょうか。私の場合には最近言われているモラル・ハラスメントです。一種のDVです。これが私に対するものだけであれば、自分にも原因があるのかと反省もし、やはり日本古来からの考え方のように「夫婦たるもの我慢するものだ」となるのでしょうが、そのモラハラが子供に対しても行われていることから、それでよいのかと思うようになりました。

子供の心を守るためにカウンセリングに私が連れていきましたが、逆にカウンセラーさんから私自身が痛んでいるとの指摘を受けてしまいました。

もう十分がんばったではないか、自分を出してもよいのではないか、というお話もいただきました。しかし、自分を出すと子供と別れることになります。その矛盾をどう解決していくか、まったくわからなくなり、自分の考えを整理するためにも文章におこしてみました。

皆様からのコメントも何かヒントになるのではと思いブログに書いてみる次第ですので、今後ともよろしくお願いいたします。


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ありがとうございました。 / 2007年01月29日(月)
昨年8月にこのブログを開始しました。

離婚をすることが本当によいのか、メリット、デメリット、様々なことを考えて悩みました。
自分のこれからの人生、子供たちの人生、いろいろなことを考えました。

でも皆様から貴重なご意見や助言をいただいたおかげで、ブログを書きながら自分の考えをまとめることができたと思います。

息子は元気な声で「お帰り!」と言ってくれたのは、決して軽く考えているからではなく、敢えてそのように自分に振舞ってくれているのだとちゃんと理解しています。子供から元気をもらいました。娘の不安も痛いほどわかります。妻も過去の全てを謝り離婚に応じてくれました。今までのようなギスギス感はもう家庭にはありません。でもこういうことがなければ、今もそして永久に壊れた家庭のまま一生を終えていたと思います。

家族が離れるのは皆が健康でお互いが優しい心を持つため。

父と子、母と子の関係は生涯続きます。長期的に考えた場合、今のこの何年かをギスギスした関係のまま過ごすよりも、少し距離を置いて過ごすことで、子供たちが大人になった後のとても長い何十年間を優しく幸せに思いやりを持って関わりあえるのではないか、それが私の出した答えです。

今後はいろいろと手続き等がありますが、またタイトルを変えてブログを再開できればと思っています。

この半年間、応援いただきありがとうございました。


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子供たちへの告白 / 2007年01月28日(日)
11月から4度目の話し合いをしました。妻に別居することを伝えました。家裁への調停も覚悟の上であることから私の決心はもう変わらないと理解し、夫婦間では離婚にひとまず合意となりました。別居−離婚の理由は、一つに娘のこと、もう一つは夫婦の将来のことです。とはいえ、妻の心は揺れ続け、やはりもう一度考え直そうということになり、話は続きましたが子供の塾の時間となり中断になりました。

その後、また明日以降になるのかと思ったのですが、今子供たちがいるので伝えましょうということになり、テーブルに全員ついて話をしました。息子は最初に泣いたものの、離婚の意味はどこまでわかっていたのかわかりませんが、事実を理解し受け止めてくれました。親子であること、姉弟であることは、この先ずっと変わらない、電話やメールはいつでもできる、休みの日にはたまに会うことができるし今まで通り娘と3人で旅行もできる、平日はパパの帰りが遅いから今もどのみち会えないのだから、あまり変わらないでしょう、という説明も論理的に納得して、すぐにゲームに向かいました。

問題は唯一事前に話をしていた娘でした。前回さらっと納得していたはずなのに、ぐずぐずうじうじとなったのです。パパと暮らすのは良いけど、ママと弟に近くに住んでもらいたいと言うのです。そりゃ大人でも転勤でまったくしらない土地や家に住むのは不安なものです。ましてや身の回りのことをやってくれていた母親が突然いなくなるのですから、不安があって当然です。

この後、私は外出し、沈痛な面持ちで数時間後に帰ると、息子は元気な声で「お帰り!」、娘はTV番組を見てゲラゲラ笑っていました・・・・・・・・・・・・・。こどもってこんなもの?なのですね。


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娘の割り切り / 2007年01月23日(火)
割り切りというか、立ち直りというか、子供って早いですね。
というか、大人みたいに先々のことをあれこれシナリオを描いて予測する経験がまだないだけなのかもしれませんが。

娘の部屋の家具(机とベッド)について、念のため選ばせた方がいいと思い、カタログでどれがいい?と聞いたのですが、最初はそのことが家を出ることを連想させてしまい、そっぽを向くのかと思っていたのですが、目をらんらんと輝かせて真剣にこれがいい、と選んでいました。(汗)

先日、娘に別居の話をしたとき、娘の選択肢としては、母親につくか父親につくか、ではなくて、実は母親か友人(学校)をとるか、の考えが大きかったのかもしれません。両親とも実家が同じエリアで学校に通うのに支障がないのであれば、父か母かの選択になりますが、母につく場合は学校をやめなければなりませんので。

その意味では、娘は母親よりも友人(学校)を選んだわけであり、転向して母親と暮らすというのは論外でそもそも選択肢の中にはなかったようです。母親から愛情をさほど受けずに育ったせいか、その跳ね返りというのか、母親からの独立心は早かったのかもしれません。

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娘に別居を伝えた日 / 2007年01月20日(土)
今朝、娘と二人きりになったので別居する旨を伝えました。

「ちょっと大切な話があるの。」

娘は黙って座りました。
大事な話と言われて察しがついていたのでしょう。

「今度、パパは別居することに決めたから。」

「よその家庭は、テレビドラマで見る家庭と、友人宅のお母さんくらいしか知らないと思うけど、テレビで楽しくしている家族のシーンは、決してテレビだから特別なのではなくて、パパも子供の頃はおばあちゃん、おじいちゃん、お兄さんと楽しく笑いのある家庭で育ってきたよ。だから、それが普通なんだよ。

家庭は、お互いのストレスのはけ口の場ではなく、オアシスのようなものなの。楽しく、笑いがあり、毎日外で起きたことを話し、楽しく共有し、辛いことがあったときには励ましたりしてストレスを減らすような場所なんだよ。

今のままギスギスした場所だと家族皆が壊れてしまうの。パパは今までずっと努力をしてきたけど、もう今のままではどうにもならないの。おばあちゃんにも、お兄さんにも話し、賛成してもらったよ。

不便を感じるところはあるかもしれないけど、少し距離を置いて、時々会うことで皆が優しい気持ちを持てるのではないかな。

電話やメールはいつでもできるわけだし、誰かに会いたくなったら学校が休みのときに会うことができるよ。今は、突然のことでよくわからないけど、行ったり来たりして構わないので、考えてほしい。

お部屋はベッドと机を置いて用意しているからね。自分の意思でゆっくり考えて決めてね。

別居は、悲しいものではなくて、家族みんなが健康で楽しく笑いがあり、優しくなれるためだよ。」


娘はじっとして、うっすらと目に涙を浮かべて聞いていました。
でも、理解してくれたようです。


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別居 / 2007年01月19日(金)
結局今のままでは何も変わらないため、別居を決めました。

母には話していたものの、別居となると問題は賃貸マンションにおける連帯保証人です。いくら収入はあっても保証人が必要になるため、兄に初めて説明をすることになりました。源泉徴収票と共に印鑑証明書が必要になるからです。何親等までと決められており、他人が保証人になることができません。母は年金生活なので基準をクリアしません。

兄は、電話だけで理解をしてくれました。

ここで思ったのですが、もし、一人っ子だったら一体どうするのか・・・と。

あるいは、専業主婦だったらどうするのか。働いておらず、前年収入が無ければ本人審査を通らずに部屋を借りることができません。たとえ、派遣社員として働いていたとしても、父親がリタイアしている年で、一人っ子の場合、結論から言って保証人がいなくなり無理となってしまいます。

公団賃貸などの場合には、ディポジット制のような一括前払いで今年からOKになりましたが。

欧米では専業主婦というのはほとんどみられないようですが、日本でも女性が社会的に独立していることが必要なのでは、とふと感じました。

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セカンド・ライフ / 2007年01月08日(月)
人の寿命が男性76歳、女性82歳だとすると、人生の折り返し地点をとうに過ぎてしまいました。

ファースト・ステージが誕生から成長、発展期だとすれば、セカンド・ステージは発展期からクロージング、リタイア、そして永遠の眠りということになります。

最近の何かのアンケートでは、今50代の人は人生のセカンド・ステージを定年60歳以降と考え、今40代の人は50歳を第二の人生と考えているようです。

私は、人生の折り返し地点をセカンド・ステージの始まりだと少し前倒しで考えたいと思います。定年60歳では、健康面と体力面でアクティブに楽しめる期間がやや短いような気がするからです。

気持ちとしては、死ぬ日まで発展期だと考えたいと思っています。

セカンド・ステージに入った今、子供たちも自分の世界をつくるようになり、一緒に何かをする人がいないことに気がつきます。このまま永遠の眠りにつくまでずっと一人なの?と。もちろん、一人でも大概のことができますが、人生の幅を広げるためには一人よりも二人の方が笑いや感動を共にし、楽しいのではと思います。

友人とというのはもちろんありますが、学生時代のような同じ釜の飯を食う仲のようにはいきません。

そして、セカンド・ステージというのは、老化という意味で、病気との闘い、いや共存となっていくと思います。必ずしも病気というものでなくても、膝や足腰の衰え、視力やいろいろな機能の低下なども必然的にありますね。そういうことを考えた時、誰を世話したいか、誰に世話をされたいか・・・。それは明らかに妻ではありません。誰かと一緒に歳をとっていきたい、セカンド・ステージを共に歩いていきたい、そんなわがままな気持ちが漂う今日この頃です。


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夫婦とは・・・ / 2007年01月07日(日)
日本の夫婦とは、と少し考えて見ました。

昨年の大河ドラマの「巧妙が辻」ではありませんが、封建時代の夫婦とは、主従関係であったように思います。ただし、それはごく最近まであったようにも思います。「家」制度などもまだ残っているからでしょう。

私が子供の頃には、「関白宣言」なるヒット曲もあり、「亭主関白」や「あなたについていきます」、というコンセプトもあり、「妻」ではなく「嫁」という色が強かったように感じます。今でこそ、若い人たちには反感を買いそうですが、今の40代以上の世代ではまだ女性がさほど社会的に強くありませんでした。

私の両親もそうでしたが、亭主関白型で母は意見は言うものの、父がこうだと決めたことには逆らえない感じでした。幸いにも子供ながらに父の言い分は筋が通っていて良識あるものだと感じていましたが。


私は子供の頃から(笑)男女対等説があり、「あなたについていきます」(言い換えれば、あなたが全部決めてよ)というタイプの女性は苦手でした。今から思えば、意見を持たない女性には魅力すら感じなかったのかもしれません。「お世話をします」といった主従関係の夫婦は求めていなかったのだと思います。

妻(嫁)が夫(主人)になんでも合わせるといった関係はあり得ないと思っていますし、主人などと自分がいないところで呼ばれたくありません。これは嫁と呼ばれたくない女性がいるのと似たようなものだと思います。

最悪なのは、「あなたが全部決めてよ」、ただし気に入らなければ「何やってんのよ」というタイプですね。主従関係を装った女王様と執事の関係です。これは言いすぎかもしれませんが、バックシート・ドライバーは自分には不要で、ラリーにおけるナビゲーターかCo-Driverが夫婦関係に求める理想像です。 


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母と・・ / 2007年01月04日(木)
正月、実家に帰ったときに母と話しました。
今までも、母に気持ちを伝えることは電話で幾度かあったのですが、じっくりと話したのは初めてでした。

母から意外な話を聞いたのですが、実は今まであなたには言わなかったことだけど、と前置きし、何度も私の妻から背中からバッサリと感じるほどのきつい言葉を浴びせられていたとのことでした。

要するに、自分が常に中心的な考え方だったようです。子供っぽい発言とか。ただし、思うに、これは良し悪しではなくて、育った環境にもよるのではと・・。(子供っぽいのは違うと思いますが) 考え方が違えば、相手にとってはそれは私のことを考えていない身勝手な発言だと取れますし、言った本人は今まで常識として何の違和感も感じなかったことなのかもしれません。

妻の両親の考え方も、私の両親とは最初から異なっていたようです。地域による「常識」の違い、また家庭環境による「常識」の違いなど。転勤サラリーマン核世帯と田舎の3世代同居自営業世帯とでは、自ずと基本となる考え方が異なるのは当然かとも思います。

結婚はやはりお見合いのように周辺条件から入った方が良いということでしょうか・・・。実家が近くで、両親の職業も似たようなものであるとか、なるべく社会環境が近い方がよいとか。


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経済力だけの関係? / 2006年12月29日(金)
かなり前になりますが、妻が思い通りにならない娘や様々なことでイライラしているのを見て、アドバイスしたことがあります。専業主婦になって考え方が自己中心的になり過ぎていたために、少し社会に復帰して今の世間の基準を知ったり、お客様相手の仕事で忍耐力をつけたり、なにより外に出ることで気分転換になるだろうと感じて、パートでもしてみたら、と提案してみたことがあります。

そのとき返ってきた返事が、「私は働くためにあなたと結婚したのではない。働かなくて済むようにあなたと結婚したのだ。」 でした・・・・。

自分とではなく、自分が勤める会社と結婚したのでしょうか。

これがもし今言われたとしたら、首の皮一枚でつながっている関係が完全に切れるところですが、当時はそう言われても違和感がありませんでした。入社した頃は、3高という今では死語になった言葉もあり、女性は今のように社会進出できませんでしたから、大企業に事務職として就職し、早々とサラリーマンと結婚して専業主婦をして一生楽な生活を送る、そんな時代でした。だから、ほとんど全ての女性が経済力のある男性を選ぶというのはやむを得ない時代だったのかもしれません。バブル崩壊前は終身雇用の時代でもあり、リストラなどもなく、サラリーマンを結婚相手として選んでおけばまず間違いない、そんな時代でもありました。

時代は変わり、いつリストラや転職があってもおかしくない状況で、経済力頼みの関係なら寂しい限りですね。


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