自分と意識

October 27 [Mon], 2014, 10:58
自分とは何か?

 それを考えたとき、「この身体が自分だ」というのが一般的な考えだと思います。しかし、植物人間状態を考えると少し疑問がわきます。「いや、今植物人間状態でも意識が戻ることもある。だから身体が自分だ。」というかもしれません。そう、ここで『意識が戻る』ことが自分の復活であると認識していることが分かります。

 大林宣彦監督の「転校生」という映画の中で身体が入れ替わった時に、それが本当にあり得ることかどうかは別にして、映画を見た人が、映画の中で「自分という意識」と「身体」が別だったことを物語として自然に受け入れられる事からも、『自分とは意識である』という考えは違和感のないものだと思います。

 その意識というものが、肉体としての脳の化学的、電気的作用によるもので、肉体としての死とともに消滅するものであろうと、別の次元に存在するハイアーセルフというようなものであろうと、また、生きているときは肉体とともにあり、死とともに肉体を抜け出す魂と呼ばれるものであろうと、そういうことには関わらず「今、これを読み思考しているこの意識こそが自分だ、もしくは自分の一部だ」と言えると思います。

 つまり最終的に、ひとつの見方として『自分とは意識である』という言い方はできると思います。

 これは、哲学的問題かもしれませんが、そう深く考えなくても、『自分とはこの意識である』と気づくことは、生き方の一つの転機になり得ます。

 どういうことかと言えば、たとえば体外離脱(幽体離脱)して肉体から抜け出し、意識だけの状態でこの世に存在していても『幸せを感じることはあるだろう』と言うことです。その時望むことは、お金や地位や名誉ではなく、肉体を持って生きている人とのコミュニケーション出会ったり、触れ合いだったりするかもしれません。そういうことを考えることは、本当の幸せがどこにあるのかを気づかせてくれるかもしれないと思います。

 身体がないのですから、五体満足でいたいとか、健康でいたいというような事は考えないでしょう。意識だけの状態で感じる幸せは、身体があるときにも感じられる幸せのはずです。たとえ病気であったり、身体に障害があったとしても感じられる幸せであるはずです。

 『幸せは心の状態です』とは、そういう幸せを指すのではないでしょうか?
P R
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