職住の分離

October 05 [Sat], 2013, 15:44
日本の住まいはこの公私の区分に対して、どのように取り組んできたのか。

露伴のこのアジテーションは、多分に産業振興のための家づくりを目標とするものだった。

そのためには西洋のように職住を分離しなければダメだという主張が出てくる。

当時はまだ多くの人々が現在のような住居を持っていなかったのだ。

住宅を家族の居住専用空間と規定すれば、露伴の時代、日本にはまだ「住宅」は少なかったのである。

そのころの日本人の大部分は農民である、彼からは自宅の広い土間を労働現場にしていたし、商人の住まいも店舗と同じ棟にあった。

都市で家内工業に従事する者にとって、住まいはむしろ工場の付属物のようなものだったといっていい。

仕事の臭いのない文字通り住宅と呼べるものを持っていたのは、都市部のホワイトカラーくらいのもので、その数はごく少数である。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:illion
読者になる
2013年10月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
最新コメント
ヤプミー!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
http://yaplog.jp/pogria/index1_0.rdf