級ユ 宵山と山鉾巡行 -2

July 20 [Fri], 2012, 18:23
今年の宵山で最初に訪れたのが冒頭左写真の鈴鹿山。
宵山の魅力の一つは、山の飾り付けが近くの会館あるいは民家の座敷を開放して、そこにずらっと並べてあり、間近に見ることができること。
多くの場合細長い路地を通って、建物の奥の庭部分に入って行くことになります。
続き部屋の座敷がオープンにされています。
山によっては、広い間口の建物の前面から飾り付けを眺められるところもあります。
冒頭の中央写真のように、路地を奥に入る場合は、座敷の一角に浴衣姿の子供達が幾人か坐って、歌いながら、その山の粽や記念になる品々を見物客に勧めています結構、記念に購入する人が多いです。
かわいい声の歌になんとも言えないほほえましさを感じます。
昔から継承されてきた伝統的な風物詩です。
初めて見たころとそっくり同じ感じです。
写真の後に、鈴鹿山を飾るタペストリーなどが見えます。
鈴鹿山の御髄フ。
鈴鹿山に栖む悪鬼を退治した鈴鹿明瑞織津姫垂髄フの人形にしたとの伝承。
級ユ細見には、こう記されている。
鈴鹿山の御髄フである瀬織津姫の人形は身長147cm頭は木彫胡粉彩色の女性に造られているが趨ハを着けるので実際には見えない。
もう一つ役行者山をご紹介します。
冒頭左写真が巡行の時に山の先頭を行く旗です。
町名自体が役行者町です。
級ユ細見によりますと、葛城会館という町会所に宵山飾が行われています。
細長い路地を入ると、北側に座敷があり飾りが展示されています。
それを路地から拝見です。
ここでも、子供達の歌声を聞きながら、飾り付けを拝見しました。
私はタペストリーなどをできるだけデジカメに記録しました。
毎回、飽きずに撮っています。
この座敷の南側ににしのくらがあり、ご髄フの社殿があります。
ここに山に乗られるご髄フが安置されています。
社殿の前にあった役行者錐け石蔵社殿の中が見えるようになっています。
左から、一言主吹A枢マ大菩薩、葛城垂フ三体が安置されています。
今回の巡行では役行者山が後祭の巡行列の最後の山でした。
それで、四条通堺町西北角に臨時に設置された屋形で、初めて役行者山の鬮あらための式を写真におさめることができました。
鬮という漢字、門の中に亀と書く字です。
クジと読みます鬮行事が鬮筥を捧げてしずしずと大路を進みます。
山鉾名を記した旗と、露払いのりん末狽ヘ竹を曳いた二人が前駆しています。
八坂錘ミに一礼してから、鬮あらための奉行の方を向きます。
この奉行は京都市長が務めることになっています。
烏帽子大紋、差袴さしこ帯刀姿です。
鬮筥の結び紐の間に扇子の要をさし入れて、結び目を解きます。
紐がきれいに解かれたところ。
鬮筥の蓋をとり、奉行に鬮筥の中に入れてある鬮札を取りよいように捧げます。
奉行は、鬮を取り出して読み上げ、脇の権宮司へ渡します。
そして順番に誤りのないことが確認されるのです。
これをすべての山鉾について最初から順次繰り返されていく儀式です。
鬮行事は鬮筥の蓋をした後、垂れている紐の中程を扇子で強く撥ねあげて、紐をくるくるとうまく鬮筥に巻き付ける所作を行います。
これが終わると、山の場合は屋形の前まで進み、一度ぐるりと廻すことになっています。
その後、四五歩下がり、山の方に向きなおり、山を進んでくるように招くのです。
合図を受けて進む役行者山。
新町通りを南行してきた鈴鹿山。
そして、役行者山。
旗持ちの人の後に、りん魔フ二人。
通りの幅が狭いので、山の上の一つの傘がすぼめてあります。
上の四条通りを行く写真と見比べてください社殿では見えなかった葛城垂フ衣装の図柄が良く見えます。
葛城垂ヘ女垂ナす。
役行者山の背面の見送は二種所有されており隔年に利用されるとか。
今年は金地唐美人園遊図が使われています。
新町通りから姉小路通りに曲がるとき、電線が障害になるので、大変です。
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