レッドクリフ観た(^^)
長かったけど観てたらあっという間で結構面白かった…てか金城武がかっこよすぎた
映画とかドラマではよく泣くんだけど、最近思うのは
実生活であんまり泣くことって少なくなったなー、って。
昔は…って、昔なんて言うとなんかあれで変だけど、感情が動いてたって感じ。
それがすごい人間っぽい気がするんだけど、そういうのって人と人との付き合いの中に生まれるものだと思う。
前みたいに神社にかかってる絵馬のちっちゃい願い事をみたり
他にもすごい感動する風景に立ちあったり、日常ののどかな一コマをみたりして
泣けてくることだってあるんだけど、それは激しい感情の動きによるものではなくて
ただ個々の価値観みたいな。
自分の感受性くらい自分で守れバカ者よ
自分の感受性くらい自分で守れ若者よ
染みます。きんぱっつぁん。
相変わらず毎日毎時間
いつもいつも飽きもせずいろんなことを考えてるんだけど
それらを他人に話すことは少なくなってきたような気がするよ。
それを伝えたって本当の意味で伝わる気がしないから
人付き合いは上手くなったように思うけど
懐に入っていける気がしない、
そうなったものは仕方ない。
大学でもキャリアの授業かなんかで、
価値観の違いを認め…云々
価値観の違いを違う方向から見て…云々
そんな風によく言われて、そのたびに頑張ってみようと思うし、実際に多少の無理をしてみることもあるけど
無理なものは無理なんじゃないかー?って思えてくる。
あ、自分には。
それはなんの意味があるの?それやってて楽しいの?
そういう風に思ったら、自分には認められない。
本当は、価値があるかないかで判断するのは良くないのかもしれない。
価値があるかどうかはやってみなきゃわかんない、世の中には無意味なことなんてない。
よく聞く。頻繁に。
だから最近は
百歩とは言い過ぎだから、一歩譲ってちょっとやってみる。
でも楽しくないから疲れる。これって無駄な時間だったっけな。
どうだろ。
自分が価値がないって思うのと同じで、自分がものすごく価値をおいてるものに全く興味が無い人もいるんだな。
だから最近は
自分がいくら興奮してても、前みたいにやたら他人に話したりしないようにしてる。
他の人が同じように思ってるって考えたら、やりきれない。
そう考えると
理解者ってなかなかいるもんじゃない。
それに加えて価値観まで合う人って本当にいないと思う。
そんなこと言うと、
違うからいいんだよーとか
みんな違ってみんないいとか
とかとか
でも一生で一回くらいそんな人と出会ってみたいんだなー。
そんな人って面白くないかな?
よくわかんないけど
考えることとか意見とかまで同じじゃあない
あくまで理解して、その考えの主題みたいなものに価値を感じる
それでいい。
とか言うと
それは矛盾がどうのこうのって…
あーだのこーだの
知らん。