予言1 

May 22 [Mon], 2006, 13:08
  
  捨てられた王子こそが我らが求むる王なり
  誰も彼の居所を知らず
  誰も彼の後ろ盾とならず
  誰も彼の権力を狙えず
  誰も彼を縛ることが出来ず
  彼こそが王としてこの地を治る


美しい声が止み、歌い手はふわりと椅子に腰掛けた。
閉じていた瞼を開き、その青い瞳が聞き手たちの表情を伺う。
「私はいま、何を歌いましたか?」
歌声とは違う、幼い声で問う。
この歌い手は、声変わりを迎えていないほどに幼い。
「巫女姫さま」
端に控えていた白い衣装の女が応える。
「王について、お歌いになりました」
「王?」
少女は首をかしげる。
「エントスの?我が父上のことですか?」
「いえ、恐らくは…」
言葉を継いだのは、厳格な雰囲気を漂わせた高齢の男だった。
「次代の王について」
その言葉が、聞き手たちの呪縛を解いたようだ。
ため息、息を飲む音、怒りを抑えたような、荒々しい呼吸。
聞き手の息遣いが、不穏な空気を作り出し、歌い手である少女の身を飲み込む。
「では、お兄様の?何か、良くない予言がありましたか?」
少女の言葉が終わらぬうちに、中央に座した青年が荒々しく立ち上がり、
「殿下!」
と気遣いを見せた取り巻きたちを引き連れて部屋を出て行った。
不安そうな表情を見せる少女に、白い装束の女が寄り添う。
「サーリン、私は何と歌ったのですか?」
促されて、女は歌の詞をなぞる。
残された者たちも、確かめるような表情で耳を傾けている。
「捨てられた王子?」
少女を眉を顰め、視線と同時に疑問を投げかける。
「心当たりは、ございます。が、歌の通り、私どもは彼の居所を知りません」
ため息が、部屋に満ちる。
「トルビカ王子は、次代の王とは成られないのですか?」
若い声。
「国は乱れましょうか」
老いた声。
「王は、王の病は、去りましょうか」
切実な声。
少女は眩暈を覚える。
「ティセが私に授けた歌は、これだけです」






予言2 

May 22 [Mon], 2006, 15:54
コーエンは舌打ちした。
何故このような事になってしまったのか。
そもそも聖都マナから巫女姫を招いたのは、次代の王たるトルビカに祝福を得る為だった筈だ。
誰も予言の歌などを期待していない。にも関わらず、巫女姫は歌いだし、その歌の内容は、人心に揺さ振りをかける物となった。
「我等の努力が泡と消えては堪らぬ」
コーエンの心中をなぞるような言葉を、ネビアが吐いた。
トルビカは民に人気がない。しかし、現在のエントス王には他に男子が居なかった。王位を継承出来るのはトルビカのみである。エントスの民は半ば諦めの気持ちでその事実を受け入れていた。
しかし
「20年前の失態がここで返って来ようとは」
「言うな」
鋭く、コーエンはネビアを制した。
「巫女姫はともかく、今はマナの神官共が王都に来ている」
あの連中は奇妙な術を使う。我等の言葉をどこで聞いているかも知れない。
コーエンの意図を察してネビアは頷く。
「しかし、巫女姫は兄である殿下を慕っておられた。何故巫女姫はあのような予言をなさったのか」
巫女は巫女だ。と、コーエンは心の中で呟いた。トルビカに余程天啓がないのであろう。
「殿下は火の様にご立腹だ。今まで巫女姫に甘かった分、怨みも深かろうな」
だが、王子と巫女姫が不仲になろうと、巫女姫の予言が如何であろうとも、トルビカが現在唯一の王位継承者であることは変わらない。今、我等がなすべきことは
「ミシエルを捜す。そして消せ」
ネビアの瞳に冷たい光りが燈った。

予言3 

May 23 [Tue], 2006, 23:55
巫女姫による予言の歌は瞬く間のうちに市井にまで広まった。
エントス王国に於いて「王子」はトルビカを含めて3人居た。しかしトルビカ以外のいずれの王子も若くして急逝した、筈だった。
病弱だった王兄の子は父と同じ病に倒れ、トルビカの異腹の兄は初陣の戦場で死を遂げた。
葬儀は厳かに執り行われ、国民は涙した。
が、いずれかの葬儀が偽りであったということであろうか。それとも、彼らの他にもう一人の王子が存在したのだろうか。
人々は囁き合い、予言の王子の出現を願った。

王が病に伏してから間もなく一年になろうとしている。エントスの朝廷は王間から王の寝室へと移っていた。現王を補佐する左右の臣は、宰相のメリックと元帥のパーカーであるが、隣国ヴァリガンがエントス領を侵し始めたために元帥は応戦の為に軍を率いている。
パーカーに代わり、寝台の側に侍るのは、先の宰相シスライア卿の忘れ形見である若きヴォール・バアン・シスライアであった。
「巫女姫の予言を聞いて、メリック様は心辺りがお有りだとおっしゃいましたね」
御前を辞したところで、ヴォールは問い掛けた。王の耳に入れて煩わせてはならないという判断を、彼なりに下していたのであろう。
メリックは自慢の顎髭に手をやりながらちらりと周囲を見渡した。
誰もいない、が。
目で促して彼は公文書管理室へ場所を移した。
「イライシャは、相変わらず居ないな」
メリックは鼻を鳴らす。
公文書管理室及び書庫を預かる公文書監理官は本来の朝廷に於いては書記長にあたる。その要職にあるばすのイライシャ・ナビ・レイシェル氏は勤勉には程遠い性質であると専らの評判で、実際にヴォールは宮廷内で彼を見掛けた試しがなかった。
それを幸いに、メリックは度々この部屋を、パーカー元帥と内密の話し合いに利用していたようであり、ヴォールも何度かこの部屋に足を運んだ。

予言4 

May 30 [Tue], 2006, 10:05
「心辺りは、ある」
メリックは厳しい表情で目を細める。
「私はルベール王子の亡骸を見ていない」
王兄、亡きジルド殿下の王子。ヴォールの中にはその肖像はなく、名前だけの人物である。子供らしからぬ言動で周囲の期待を集めていたと聞くが、その人物像は不明瞭なものであった。
「そうか、貴公はあの頃まだ幼児だったか」
メリックはヴォールの若さを再認識する。名宰相クオレブの子とはいえ、小細工なしにここまで王の信頼を得ている若者はいない。
「ルベール王子が御存命であれば、王位継承の順位はトルビカ殿下よりも上となりますね」
エントスの王位継承の歴史を見ればそうなる。
そして、ルベールが王位を継ぎ、男子をもうけたならば。トルビカは王位継承権を失い、臣に下る事となる。
「が、ルベール王子は一度王位継承権を辞退している」
「10歳になるかならぬかの子供が、ですか」
「さて。或は周りの大人に辞退させられたのかも知れないが」
ふと、笑みを向ける。
「ルベール王子は貴公と同じ人種だったと思う。そう考えてみれば、保身の為に死んだふり位はわけも無かろう」
「しかし子供に出来る事には限りがありましょう」
「そう、協力者が要る」
メリックは沈黙する。ヴォールは待った。
公文書管理室は静かなものである。管理者であるイライシャが滅多に現れないにもかかわらず、机の上は整えられており、床は綺麗に掃き浄められいる。役立たずと言われるイライシャとは正反対の補佐官が上司の不徳を補っているのであろう。

予言5 

June 03 [Sat], 2006, 20:37
「ロディア王妃の他にカザスト陛下の寵愛を受けたという噂のたった娘が居た」
メリックは記憶を辿る。ロディア王妃の輿入れの際にイスタ公国から従って来た侍女の内の一人だ。
「夫人の位を用意されたがジルド殿下の病没と前後して姿を消している」
夫人とは、エントスの王家に於いては王の第二妃を示す位である。
「もう一人の王子が存在する、可能性が?」
「何とも言えない。が、そのタイミングで姿を消すならば。ただ、名前を思い出せない」
「捜しますか」
ヴォールは几帳面に背表紙をつけて綴じられた書類の森を振り返った。
折しもそこは公文書管理室である。
ロディア王妃の輿入れに関する文書、若しくは夫人の位に関する文書の中にその侍女の名が残されている筈である。
「陛下にお伺い出来ればた易いことなれど」
うんざりと書棚を見上げ、メリックが毒づく。
「ですが、例え予言の王子を探し出したとして、それが内乱の種となるならば王都に入れぬ方が良いかも知れない」
侍女の子が予言の王子ならば、王位継承権はトルビカの方が上となる。
「諦め、覚悟を決めたところに、巫女姫もややこしい予言を降されるものよ」
メリックの溜息は深い。
「不和の種になるにしても、最小限に抑えたい。トルビカ殿下の取巻き達や、その反対派達の手が伸びる前に、その予言の真偽と、誠なれば予言の王子の所在を明らかにしておかねばなるまい」
「はい」
「やってくれるか」
「下手に他を頼るわけにもいきませんでしょう」
安堵したように頷く。派閥に左右されないで居られる宮廷人は少ない。
若くまた親がすでに亡いこともあって柵に囚われることもなく、また独身の気軽さであろうか、野心を見せないヴォールは、現王とエントス王国自体に限りなく忠実に動くであろう。
ふと、メリックは疲れた顔で呟く。
「全く、肝心な時に居らんとは。役立たずの異名も否定出来んな」
同じように派閥に属さない若者に気が付いたのである。

予言6 

June 04 [Sun], 2006, 21:23
エントス王国に於いては、昔から王家の娘を巫女として神殿に仕えさせる習慣がある。これはかつてのティセ大神殿時代の名残であろうと考えられているが、実際に、霊能力に長け代々の教母を輩出して来た一族と交わりを持っていた各国の王家には、ティセが滅び年月を経た今でも霊能力を持つ巫女が出る可能性が高い。
トルビカの妹姫にあたるリオナ姫もそうした能力者であり、その能力は不安定ながらもエントスに還元されている。
リオナ姫が巫女として洗礼を受けたのは10歳の年。2年前のことである。神殿の暦は4年ごとに数えられる。巫女の務めは、通常8年間で一区切りとされており、この間は国を離れ、聖都マナへと居を移す。エントス王国は聖都マナをその国土に抱え込むような形をしている為、王都と聖都は地理的には近いものの、そう容易く行き来出きるものではなく、日々の勤めもあるために滅多に王都に戻れるものではなかった。
トルビカはこの歳の離れた妹を可愛がっており、彼女が聖都に移り住んでからも度々聖都を訪れて彼女の寂しさを気遣ってくれていた。
その兄の行動が実は戦場から気まぐれに野駆けをして来たものである事を、彼女は聞いて知っていたが、それでも会いに来てくれることが嬉しく、リオナも兄を慕っていたのである。

予言7 

June 27 [Tue], 2006, 2:20
お兄様を裏切ってしまった。
巫女姫リオナの表情は暗い。
病に倒れた父王は近付き難く、リオナの能力を気味悪がるロディア王妃は母親と思えないほどに遠い存在であった。
今のリオナにとって、家族はトルビカ唯一人であったと言って良い。
その兄の期待を裏切ってしまった。
リオナのショックは大きい。
「何故あんな歌を歌ってしまったのかしら」
世話役を仰せつかっているサーリンは膝をついて小柄な巫女姫の顔を見上げた。
「巫女は器に過ぎません。姫が契約した霊がどんな予言をしようと、それは貴女の言葉ではないでしょう。私たちにはどうしようもないことです。人ごとの様にお考えになって良いのですよ」
慰めの言葉は、しかしリオナの心を癒す力を持たなかった。
「そうだとしても、お兄様はそうは思わないもの」
兄だけではない。他の大勢の人々も、私が兄の失脚を望んだと思うだろう。
脳裏には、母の顔が浮かぶ。
「巫女姫さま、お妃さまがお呼びでございます」
王妃付きの侍女に声をかけられて、リオナは弾かれた様に立ち上がった。
「お母様は、怒っていらっしゃる?」
問われた侍女は無表情に首を傾げた。
「ああ、なんでもありません」
リオナは弱々しい笑みを浮かべて侍女を促した。
「ご一緒致しましょうか」
「大丈夫。二年ぶりに母に会うだけですから」
精一杯の強がりを見せた。

予言8 

January 09 [Tue], 2007, 21:45
あの子は、生きているのね?
王妃ロディアは母の表情で言った。
しかし、それはリオナの母としての表情ではない。リオナの物心がついたころから、母の心は離れていた。
しかし、「あの子」と言われてもリオナには誰を示しているのか理解できずに居た。
「私は器に過ぎません。今の私には、予言の言葉もその意味も、お話できないのです」
巫女として修行を続ければ更なる高位の技術を習得すれば、母の疑問に答える事も不可能ではない。
しかしその為には聖都マナの聖職者として生涯を捧げる覚悟を決めなければならない。
王の娘として、それを独断で決める事はリオナには許されない。
「どけまでも、役立たずな」
深い溜息と共に吐き出された言葉に、リオナは震えた瞼を伏せた。

あの子、とは誰を指すのか。
母の前を辞してなお、疑問は残る。母との繋がりが希薄なリオナにとって、それは払っても払いきれない疑問となった。
「このままマナに戻れば悔いが残る」
巫女姫の呟きにサーリンは振り返る。
傾きかけた日の光りが、巫女姫の頬を橙色に染めている。
「サーリン。私、調べたい事があるのです」
「予言の王子でございますか?」
柔らかく微笑むサーリンの言葉に、巫女姫は少し戸惑う。
あの子、は予言の王子を指している筈であるのに。私が気になるのは、お母様の「あの子」の方なのね。
「サーリン。少しお手伝い頂けますか?」

予言9 

January 10 [Wed], 2007, 2:38
公文書管理室を実質上管理しているのは、公文書管理補佐官であるところのカグラである。
カグラは上司であるところのイライシャとは相反する性分の持ち主であり、彼の神経質な程に真面目な勤務態度は、「役立たず」な上司を補って余りある。しかしそのカグラを補佐に指名したのが他ならぬイライシャ自身であり、彼はその人事一つで管理官の責務を果たしたと考えていたのかも知れない。
管理室自体が出入りを制限された王宮の中にあり、また彼の上司の仕事は書記官を兼ねている為、忙しいカグラが常にこの部屋に詰めている事は無かったが、朝夕の決まった時刻には全ての書物が書棚に納まっているかどうかの確認を怠らなかった。
普段、人影のない管理室から話し声がする。
宰相殿か、と足を止め、手にした書類を抱え直す。
いや、聞き馴染みのない女性の声。

「カグラ殿?」
背後から声をかけられ、彼は身構えた。
「ああ、貴女ですか」
知人の顔にほっと息をつく。
アントレス・クール・パーカー。
パーカー元帥の一人娘である。いや、息子と言うべきか。
彼女は艶やかなに黒い長髪を一つにまとめ、すらりと細い肢体を近衛隊の制服に包み隠している。
男装の麗人。
しかしカグラがその事実を知っているのは、書類を扱うただその役職にあったからに過ぎない。
宮廷人の殆どにその事実は知られておらず、彼女はむしろ「小柄で美しい近衛隊員」として、若い貴族の娘達の憧れの的にすらなっていた。
「相変わらず、真面目な方だ」
女にしては低く、男にしては柔らかな声で笑う。
「貴女は珍しいですね。何か調べ物ですか」
カグラは半ば彼女の中性的な容姿に見とれて夢心地に尋ねた。
「ええ、友人に頼まれてね。彼も遅れて現れると思うが…」
扉に手をかける。
「おや、先客が居らした」部屋の中が、奇妙に明るい。
この部屋での裸火の使用は禁止されている。しかしそれは、ランプの明かりでも蝋燭の明かりでもない不思議な光源に因る明かりである。
その明かりの下に、白い衣装の女が二人。
「リオナ様?」
驚きの声を上げて、アントレスが片膝を付き礼の形を取る。
カグラも慌ててそれに倣った。

予言10 

January 10 [Wed], 2007, 15:16
リオナは肩を強張らせて傍らのサーリンを見た。
見覚えのない近衛隊員である。
「パーカー家のアントレスでございます」
柔らかい声が名乗る。
「こちらはこの部屋の責任者でカグラ・ルーネスと申します」
アントレスの紹介を受けて、生真面目なカグラは訂正せずにはいられない。
「正確には公文書管理補佐を勤めております」
その言葉に、アントレスは僅かに微笑んだ。
「イライシャは、居ないのですか」
リオナの口から出た意外な名前に、膝を付いた二人が顔を見合わせる。
アントレスはイライシャに会ったことがない。
今度はカグラが口を開いた。
「彼は滅多に顔を出しませんが、イライシャ殿に御用でしたか」
「いえ、ああ。どうぞお立ち下さい」
促されて立ち上がる二人を、測るように見上げる。
「お二人は、私の予言をご存知ですか」
サーリンは黙って二人の男を見つめている。彼等の表情をより明確に見定める為に、光を移動させた。
二人は揃って頷く。
「王女はご存知なかったと思いますが、職務上、私もあの場におりました」
「私は居合わせていた友人から聞き及んでおります」
恐らく、知らぬ者の方が少ないだろう。
リオナは困惑の表情をサーリンに向ける。
「お邪魔でしたら私は失礼致します」
気がついた様に言い、慌てて一礼するカグラの肩に、アントレスは細い手を置いた。
「私は失礼致しますが、彼はここの管理者です。信用の出来る男ですから、調べ物でしたら王女のお役に立つと思われますよ」
彼等の気遣いに、リオナは寂しく笑い、首を振る。
「疑うつもりはありません。パーカー元帥のご子息ならば尚のこと」
「光栄でございます」
アントレスは優雅にお辞儀をする。聖職者である筈のサーリンが思わずため息をつく程に美しい所作である。
「ご想像の通り、私は予言の王子について調べたいのです。宜しければ、お手伝い頂けますか」
「素直な方だ」
カグラが抱いた印象を、アントレスはそのまま言葉にした。
「もちろん、お手伝いさせて頂きます。それに、実を言えば私も、友人に依頼されて王子について調べに来たのですよ」
2006年05月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
最新コメント
アイコン画像pallpunte
» 聖都へ (2009年03月06日)
アイコン画像冬夜
» 予言10 (2008年06月05日)
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:pllpunte
読者になる
Yapme!一覧
読者になる