Yearbook

July 24 [Tue], 2012, 20:44
ひとりの少年が、自分が経験している苦しみや辛さについて誰にも相談できないまま自らの命を断つということ誰ひとり目撃した人間がいないとしても、その光景は壮絶です。
いじめ≠受けていた大津市の中学二年生の男子生徒が自殺してしまったという事件をうけて、世間では再び、子供たちが通う学校には、子供たちの間には、僕らが生きるこの社会には、いじめ≠ニいう言葉によって表現される人間同士の関わりが存在するのだと、改めて気づいたかのように、いっそう深刻度を増して語られています。
人が経験する出来事や状況それを本当の意味を込めて語ることができる人が誰かいるとすれば、それはその出来事や状況の渦中にいた本人を於いては他にいません。
誰も本人に成り代わって出来事の意味を語ることなどできません。
テレビのニュースやワイドショーの司会者やコメンテーターがいじめ問題について語る話を耳にする時に、常に違和感を感じてしまうのは、どんな専門家や有名解説者であっても、他人事めいた距離感を隠せない、その場限りの同情と嘆きの表情を伴って語られる、実際には真実など何ひとつ知らないままの言葉に過ぎないのだと、分かってしまうからなのかもしれません。
いじめという言葉実は僕は好きではありません。
その言葉が感じさせるもの、そして引き起こす感情に抵抗する自分がいます。
いっそのこと、いじめなどという言葉は、学校などで起きるこの種の状況を説明する言葉で無くなってしまえばいいのにとさえ思います。
この言葉には、人間に、自分自身の弱さを増幅して感じさせる働きかけがあるように思います。
現に存在しているいじめ≠サれを誰かに加える者としての自分、誰かからそれを受ける者としての自分どちらの立場にいるのだとしても、この言葉が誰かの状況に当てはめられた時に、その人は健やかな自分を保つことが難しくなります。
いじめられている子供が、なかなか親や教師たちに相談することが出来ないということには、脅されて口にできないというだけでは必ずしもなく、このいじめ≠ニいう言葉の持つ暗黙の意味を受け容れて、自分自身を顕わにしなければならないそれに伴う屈辱と辛さに、人は耐えられないからなのだということも、その理由のひとつではないのかと、僕は思っています。
いじめ≠ニいう状況は、発端が何であれ、其処には紛れもなく加害と被害の構図があります。
しかし、この言葉が使われた瞬間、其処に在るはずの痛みや辛さ、苦しみは、大抵の人は避けることが出来ているはずの、全体から見れば僅かな人間だけが経験する特殊なものへと印象が変換され、事態そのものの意味は混濁した曖昧なものへと変えられてしまいます。
たとえこの言葉を使う人に意図が何も無いとしても、いじめ≠受けている誰かは、いじめている誰かよりも弱い者助けてあげなければならない者守られなければひとりでは健やかでいられない者可哀想な者という暗黙のメッセージとレッテルを身に受けている気持ちになります。
大人であっても、子供であっても、人間は自分の尊厳を保つことを本能的に求めるものですが、このいじめ≠ニいう言葉が表す状況が身に起きているということを、誰かの前で認めるということも、また内心では自分もそれを認めていたとしても、誰かにそれを知られるということ其処には必ず、自分自身を貶める感覚が伴い、あの子は虐められていると、誰かに配慮されることそれ自体が、周囲が真に気づいてくれるまでは、自分を失してしまいそうなほどに、辛く恥ずかしい思いを人に強いることになるのだと僕には思えるのです。
僕が学校に通っていたのは、もうずっと昔のことです。
今の子供たちや学校のことを、僕が理解しているとは思いませんし情報に通じているわけでもありません。
でも、自分自身の場合はどうだったかそれなりにふり返って思い巡らしてみることは出来ます。
僕自身は、いじめを受けたことはたぶんありません。
それでも今、ひとつの風景が浮かんできます。
ここから書くことは僕のひとつの告白です。
高校一年の時のクラスの中に、一人だけ、いつも下を向いていて、誰とも目を合わせて話せない生徒がいました。
授業中も休み時間でも、席に座ったまま、学校の時間が終わるのをただひたすら待っているそんな感じでした。
クラスの中には、乱暴な生徒が何人かいて、高校生活が始まってすぐ、四月のうちに、もうイジメと、ここでは敢えて表現しますが始まってました。
休み時間になると、そのあまりしゃべらないひとりの生徒のまわりにいつも四五人の生徒が集まっては頭をこずいたり、おい、なんかいってみろよなどと、みんなでからかっていました。
イジメられていた生徒は、それでもただ黙ったまま、机の上に顔を伏せたまま耐えていました。
僕は数日それを見ていて、たまらない気持ちでいましたが、自分が可愛いかったんでしょうね。
イジメている生徒たちに、やめようよとはいえませんでした。
ただ、いつも後でその生徒に近づいては、ふつうに接して友達になろうとしました。
自分は他の生徒たちと同じようになんて思ってないよそんな風に、少しでも分かってもらいたかったからでも、僕が笑顔で話しかけても、彼は、怯えたような顔をして目をそむけました。
やがて先生にも状況は伝わりましたが、その時の担任の先生は、ただ1度だけクラスみんなに注意しただけで、あとは何もしてくれませんでした。
注意した時も、そんなに深刻な感じに受け止めているようには思えませんでした。
先生の話が終わってその直後の休み時間には、もう同じイジメの光景がありました。
数日後、高校に入学してまだ二ヶ月、6月になって、彼は学校に来なくなりました。
来なくなって数日後、担任の先生から、イジメられていた生徒が退学したということを聞きました。
僕はとてもショックでした。
でも、同時に、これが自分では今でも許せない、そしてここにこうして書いている理由でもあるのですが、本心、ほっとしていたのです。
入学してわずか二ヶ月で自ら退学して消えてしまったクラスメイトイジメていた生徒がいたとはいえ、僕もその一旦を担っていたような気がしてなりません。
彼に一生懸命に話しかけたのも、ただ、自分がイジメていた他の何人かの生徒や見守るだけの生徒と同じように見られたくなかっただけなのでは本当に彼と友だちになりたかったわけではなく、ただ、可哀想な目にあってる彼から、いい人に見られたかっただけなのでは僕の心の中には、自分のその時の態度や気持ちに今でも疑問が残ってます。
いなくなってしまった彼は、僕から気遣われることそのものも、屈辱であり、たぶん辛かったのでしょう。
毎日接して話かけていながら、最後まで彼は口をつぐんだままで、僕はひと言も言葉を交わすことができませんでした。
その時ことを思い出すと、今でも罪悪感が湧いてきます。
彼は今も何処かでちゃんと生きているのだろうかとさえ考えることがあります。
今回の事件が起きた大津の中学校では、他の生徒からの通報を受けて先生方が気づいた、加害者と被害者の間で起きたある場面での出来事が、果たしていじめ≠ネのか、それともただの喧嘩≠ナあったのかが話し合われ、最終的には喧嘩なのだと判断したということも聞きました。
自分の心と生身が経験していること、それに伴う感情が、誰かによって定義されるということ自体が、なんて不自然なことだろうと思うのですがどうなのでしょうもし亡くなった中学生が自殺を選ばずに、今も生きながら日々を耐え、事件としても発覚しないままでいたとすれば、この少年の経験は自分自身の感覚をよそに、他人によって裁定された喧嘩や不和という定義づけのままであっエロアニメ18禁たのかもしれません。
ある種の状況や子供が受けた苦しみについて、其処にいじめはあったのかなかったのかその子の死に、いじめが関係していたのかどうか後になってそんなことを考えるのなら、そもそも同じことが大人の間で行われていたとすれば、その人にとってそれは何を意味するのかを、大人は考えてみるべきです。
それについてもし人に訴えることや誰かに助けを求めることをしたとしても、それは当然の個人の権利であり、具体的な事柄について法的な手段に訴えて争ったとしても、何らその人自身を貶めるものではありません。
しかし、子供たちの場合、先に挙げたような風潮から、いじめという言葉が用いられた瞬間に、同じ経験が全く別のものへと変わってしまうように思います。
子供たちの間で起きているある種の状況について、いじめという言葉を用いて語るということ、それ自体に僕は、問題を扱いながら、渦中にいる子供たちを無思慮に萎縮させてしまって、問題を内に秘めさせてしまう働きかけのようなものを感じます。
それは、文字通りのいじめにオマケのように付いてくる、善意に基づくもうひとつの仕打ちのように感じるのです。
いじめ≠ニいう問題を考える時は、まずこの言葉を、子供たちの間に起きている人間関係や状況を表現する言葉として用いることを、先ずは止め、もっと明確な具体性を持った、それに直面している人が尊厳を保てるような言葉で語られるべきではないのかと、僕は強く感じます。
最後に、ひとつの曲をシェアします。
97年のデビュー当時、平均年齢14歳というアイザック、テイラー、ザックのハンソン3兄弟によるバンド、hansonの曲でYearbook¢イ業アルバムにも顔が載らない、いなくなってしまったクラスメートへの想いを歌ったものです。
hansonYearbook$e愛なるエイミー9月になったらまた会おうね。
それまで僕のこと、憶えててヘイ、ジェイミーいい友達でいてくれてありがとうこれからもこの場所で会えるといいね卒業アルバムをめくったら一人いないのに気づいたよ名前はあるのに写真がないんだだけど彼の顔は一生忘れないどこへいっちまったの教えてよ、どうしても知りたいんだジョニー、何処にいるんだい写真入手できずと書いてあるけどそれって悲しすぎるよだけどそれ以上に腹立たしいのはそんなの嘘だってどこかの誰かが知ってるという事実ジョニー、どこにいるんだいかわいそうなケイティもう彼の名前を出そうともしないあれ以来、僕たちはみんな変わってしまったしんとした学校の廊下にこだまが響くジョニーの謎をみんなが噂してるんだ卒業アルバムをめくったら一人いないのに気づいたよそんなの嘘だってジョニー、どこにいるんだい時々、彼が呼んでいるような気がする時々、悪いのは僕たちじゃないかと思うあれから一年、いろんなことが変わったよだけど今もジョニーが忘れられなくて気がつくとそのページを開いてるジョニー、どこにいるんだいそんなの嘘だってジョニー、どこに行っちまったんだいアルバムMiddleOfNowhereより対訳中村美夏。
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