ガンがんストーブ@ 

2008年04月19日(土) 15時40分
寒い冬が、・・・小さな炭鉱部落の家家にやって来ると、この界隈では
一斗(18リットル)に適当な孔を開けたもの・・・で石炭を燃やして暖を摂り
食事を作っていた。
   常磐地方の石炭は、九州のあたりのそれに比べて
カロリーが低く、臭い煙りが出る。
・・・そこで、着火して煙が出なくなるまでおもてに置いておき、
完全燃焼を見計らって屋内に取り込む・・・方式の、
いわば簡易ストーブである。
これを称して「ガンがん」(初めのガンは雁のガン・あとのがんは
鼻濁音で発音)と、言っていた。

pinokinoko

更新しなくちゃ!!
・・・と思ってはいるものの、中々できなくてごめんねおじいちゃん
しかも、原稿がばらばらに

第一章・・・高谷の湯C 

2008年03月25日(火) 12時53分
途中、道端の草むらに何回かの青空用便をしながら、それでも正午前には目的地に着いた。
何の成分か解らないが、お湯には微かなぬめりがあり、入浴すると体が凄く暖まった。
床がつるつるする。浴槽へ行くまでに私を始め、誰もがすべって転びそうになった。
母は、赤ん坊の昭太郎を抱いて入浴中、
つるつるすべる赤んぼうが手の中からすべり落ちてしてしまい、
驚いた赤ん坊に大泣きをされて困ったとか・・・。
本当によくすべるお湯であった。
入浴をして体が暖められたのが功を奏したか、私の腹具合は、痛みもなくなり、
おもらしもせずに無事だった。
しかし・・・腹くだしの警戒をされた私は、旅館の御馳走にはありつくことが出来ず、・・・
母が特注しておいた、赤い大きな梅干付きのお粥を、何杯も、何杯、も・・・
お替りすることで我慢した。

pinokinoko

かなり酸の強い温泉だったのでは
赤ん坊を連れて温泉なんて・・・私には面倒で出来ないわ
次男がまだ1歳なので、最近はレジャーもすっかり減ったなぁ


第一章・・・高谷の湯B 

2008年03月06日(木) 12時42分
父・母・ふき子姉さん・峰房兄貴・自分・弟の昭太郎の六人家族である。
ははとふき子姉さんは家事、峰房兄貴は小一、私が五才そして弟の昭太郎が乳幼児であった。
宮から車でなら約二十分で行けるのだが、そのほとんどが上り坂である。
当時から定期バスもあったらしいのだが、どうも歩いて行ったように記憶している。
それと言うのは、出かける予定の前日頃から私の腹具合が悪く、下痢が止まらなくなった。
「久坊の腹ッぴりが止まんねと、高谷の湯は行がんねェぞ!・・・」
父は行楽プランの延期を宣言した。ので峰房兄貴をはじめ、家族の皆から、
「久坊は、もどから腸が弱いのに、いやしンこで、何でも口にすっからだど!・・・」
私は非難の的になってしまった。
母が提案をした。「熱がある訳では無いから、オシメをしていけば大丈夫でがすぺ」
急遽、弟・昭太郎のおしめで、もっこふんどしの装着をして父の背中に帯でくくられ、
母は、赤ん坊の昭太郎をおぶっての出発となった。



pinokinoko

ま・また下痢
おしめして温泉もしんどいなぁ・・・

5歳の長男は、何があってもオムツはしない
プライドが許さないんだろうか

第一章・・・高谷の湯A 

2008年02月28日(木) 21時38分
身をそらせ、両手のバチをかざして、左から右に
天空を仰ぎながら上半身を捻る動作がある。
そこのところが一番格好良くて、だが、・・・難しかった。
政次はこれが得意だった。
その政次が、どうしたものか右腕の骨を折ってしまったのである。
「じゃんがら踊りのまねが出来なくって・・・つまんねベナ・・・」
と、私は子供心に、同情をした。

常磐線の綴駅から、父の炭鉱事務所があった内郷村・宮の沢までの、比較的平坦な
地形もこれまでで、ここから北西に向かって・・・突然・・・勾配がつき始める。
事務所の前から山手に通じる道路があり、
高谷の湯(ひなびた湯治場だが現在も営業を)している)の順路になっていた。
ほこりっぽくて暑かったその年の夏も、
三度目の台風が連れ去っていき、晴天の青空が澄み切っていた。
日中の煮え滾るような油蝉の鳴き声はミンミン蝉に変わり、
朝夕もめっきり涼しさが増して、
哀調を帯びたひぐらしの「カナカナ」と言う鳴き声と、このしのぎ良い気候には、
人間性の浄化作用でもあったものらしく、今度の日曜日に、
高谷の湯へ三浦家総出の日帰り行楽プランが立てられた。

pinokinoko

う〜ん!
田舎の夏の雰囲気が出てる文章ですね〜
私は都会育ちなので、たまに行く田舎が大好きで・・・
たまに行くから良いのか都会から離れられないけど

第一章・・・高谷の湯@ 

2008年02月14日(木) 14時11分
私が綴の堤で溺れたりしている頃、宮の地方では村の青年団が、
じゃんがら踊りの練習を始めていた。
 例年、盆になると新盆の家に、じゃんがら踊りの供養回りがあるのに
備えてである。

小学生の男の子達の中に、このじゃんがら踊りを
上手に真似ている子がいた。
 政次と言う名前の、大柄でたくましい感じがした、
ガキ大将的存在の子でもあった。
   っジャンか・じゃじゃンカ、じゃンカじゃか、じゃじゃンカ、じゃッカ・・・」
(横笛が入る)「ピョロロ、ヨロヨロ・ピッピヨロ・ピッピヨロ・・・」
 と、鐘や太鼓の口真似をしながら、
太鼓の曲打ちのしぐさをする。

pinokinoko



太鼓と言えば、輪島の伝統行事、御陣剰太鼓

第一章・・・父の背中G 

2008年02月03日(日) 21時15分
下りのバスを待っていても、あてにはならないし、・・・
運良く来てくれればいいが・・・。
と、たまたま後ろを振り返って  は見るのだが、全然姿を見せない。
 日に焼けた草いきれに、陽炎がひしめいている。
 華奢で小柄な体格の母の額に、大粒の汗がふきだしていた。
  早くしなければ、   。早くしなければ・・・)
急いでいる気持ちに反して、もどかしいくらい足は動かない。
 あせりと心配が交錯し、心臓が潰れそうに鼓動を早めていった。

悪夢の様な路上を、・・・所作無さそうに・・・
こっちへ向いて歩いて歩いてくる  子、が本当に
「(鉄棒から落ちて、息が止まってしまった)はずの我子なのだろうか?」
 と、信じる事が出来なかった。

この事件があった為に、母は
「自分の寿命が、何年も縮んでしまった・・・」と言っていた。

pinokinoko

子供に何か・・・と想像するだけで寿命が縮む思いです
長かった「父の背中」はココまで
次回からは「高谷の湯」・・・日帰りで温泉へ
楽しい話・悲しい話、どんどん増えて行きますよ〜

第一章・・・父の背中F 

2008年01月25日(金) 13時31分
滑沢の坂を下りて、カーブを曲がる頃には時間がたったせいか
背中の痛みも和らいで、良巳君が二人分の鞄(・・・と言っても風呂敷包み)
を持っているのが気の毒になり、「はー、背中なおったがら、俺の鞄・呉れろ」
と自分のを受け取ろうとした時、「久坊か・・・!?久坊でねぇが!?」と、
声がして母が息をせきながら小走りに駆け寄ってきた。
 見ると、よほど急いで来たらしく、顔が蒼褪め・・・体も震えている。
『「鉄棒がら落ぢで、久くんが」   息が止まった」』
 と、知らせを聞いた母は、
{    もしもの事ががあったら大変だ!峰コ・・・
(なぜか父や母は峰房兄貴をこう呼んだ)も、同じ四年生の時に、
自転車で転んでびっこになってしまったのだ・・・し、久坊までが
『息がしっ止まった』まんまになったりでもしたら、どうしよう   }
と、心配で心配で、とにかく大急ぎで学校へ向かった。

pinokinoko

やっぱり男の子は怪我が多い
うちのパパさんもかなり小さい頃には怪我をしたとか・・・
私は今まで、入院した事もないし、救急車に乗ったことも無い
うちは男のこ2人、コレからが怖い
まだ大人が守ってくれる歳だけど、来年から小学校だもんね

第一章・・・父の背中E 

2008年01月17日(木) 11時48分
四年生の時。・・・鉄棒が好きで、大振り・巴抜き・背上がりなど、
大抵の技をマスターし、初めて大車輪、に挑戦して失敗した・・・
これが2度目の事故である。
 高鉄棒の下は砂場になっていたが、背中を下に落ちてしまったのだから
たまったものではない。「・・・  ・・・  ・・・     
息が出来なくなってしまった。
・・・一緒にいた友達が驚いて・・・先生と私の母親に連絡をした。
 保健室で先生に手当てを受けると、何とか歩けるので帰宅する事になった
付き添いに橋本好巳君も一緒に早退し・・・
私の鞄を持って行く様に・・・と、先生が計らってくれた。

pinokinoko

そうそう、息が出来なくなるとビックリする
幼稚園頃、初めてみぞおちを打ち「何だこれ!死ぬ〜」
と思ったなぁ

第一章・・・父の背中D 

2008年01月10日(木) 12時27分
早く馬を後退させて、車輪を逆回転しなければならないのだが、
馬は後退が大の苦手な動物である。
 私はこの時も(   死ぬかもしれない・・・・・!)と思った。
やがてどうにかして助けられ{どこか怪我は無いか}と、裸にされた。
 右の肋骨の下に   出血があった。
「血止をする・・・」と言って、刻み煙草をすりこまれた。
ひりひりしていた痛みは   ビリビリッとする激痛に変わった。
 翌日、心配をした好夫君のお父さんが、私の家にわざわざ見舞いに来てくれて、
丁寧に謝って行ったそうだ。
 礼儀正しい立派な人だと思った。
 だがこの事があった後は二度と馬車には乗せて貰えなかった。

pinokinoko

そう、子供に何かあったら親・大人の責任になってしまう。

私の大怪我・・・と言うと7歳位の時の大火傷。
絶対に触るなと言われた石油ストーブを動かして・・・
上に乗っていたやかんをひっくり返したのだ。
冷静に母の職場に電話をし、お風呂で足を冷やして待っていた。
大雨の中、2人で泣きながら車を飛ばしたのを良く覚えている。
やっぱりその時も母は怒られたそうだ。

第一章・・・父の背中C 

2008年01月04日(金) 12時00分
その日も、いつものようにわざわざ
   ドォよ、ドォ、ドォ」と馬を止めると、
私達を馬車の荷台に乗せてくれた。
 好夫君も一緒だった。し、他にも誰か二人位の者が乗せて貰っていたので、
皆がおおはしゃぎをしていた。
 大きな車輪に背を向けて騒いでいる内に(めくれたランドセルの角が車輪に
引っかかったらしく)私は馬車の荷台と木製の車輪の間に、
頭から引き込まれてしまった。
 見えていた田圃が・・・・・、遠くの山が、グラーッと・・・傾いて   行った。

急に馬の歩みが止まったので、好夫君の親父さんは、馬が小便でもするのか
と目の前の馬の尻を見たがそうでもない・・・・・。
「なにィおー、このー、しらばッくれヤガって・・・・・」
と馬に一鞭くれ   ようとして、車輪に挟まっている・・・・・
私、を見つけて驚いた。
  これは大変だ!・・・・・・」

pinokinoko

見てくださっている皆さん、明けましておめでとう御座います
今年もコツコツUPして行きますので、ヨロシクお願いします

私の実家の隣がQさんの家で、今回は3泊4日お世話になりました
お寿司・お刺身・天ぷらetc・・・
10人で賑やかな年越しをしました
なにやらタイプを打っているQさん
さてさて、今度はなにを始めたのか
とんぼのめだまの続きを書いているそうな
頭の中がタイムスリップしている    そうです
そんなQさんを応援し、孫娘も頑張ります



どうか今年も皆が元気で幸せな1年で有りますように・・・
プロフィール
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  • アイコン画像 誕生日:1976年
  • アイコン画像 職業:専業主婦
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    ・お酒-今は禁酒!
    ・映画-シザーハンズ!
    ・ダイエット-産後2キロ!
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おじいちゃんの直筆自叙伝を
書き下ろして行きます
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