心理

July 10 [Sun], 2011, 13:00
自分の権利を侵されるなら
抗議しなければならない

自分の対等な立場を侵されるなら
闘わなければならない

苦しみがあるのは
それを苦痛と思う自分がいるから

人に対してはっきりものが言えないのは

人を傷つけるのではないか
人に嫌われるのではないか
自分が間違っているのではないか
間違っていて笑いものにされたら嫌だな
私の話なんて誰か聞いてくれるのか
眠たい顔されたら嫌だな
否定されたら嫌だ
うまく伝えられなかったら嫌だ

と思っているから。

では
人は傷つけないほうがいい

といういことと

自分の権利を守ること(対等な立場で主張する)

どちらが大切?
どちらか一方を選ぶなら?

私は以前、傷つけないほうを選んだ。
感情的にそちらを選んだ。
相手が、私がどんな考えを持っているのか、気付いてくれると期待していた部分もあるし
悪いのは向こうだからと甘えていた部分もある。

ん?
いや
自分が楽なほうを選んだ。
今までとってきたパターンで処理した。
自分の権利を侵されても主張しない
なぜなら
それに対して相手が言い返してきて
結局泥沼になり何も解決せず
気まずさだけが残り
不快な気持ちになるからだ。


そして

自分は自分の気持ちを伝えただけでも
相手は人格を批判されたと感じることがあるがあることを理解しているから
こっちがキレれば
私がキレたという事実を使って
いかに自分は悪くなく
いかに相手が酷いのか
言葉巧みにかわいそうな被害者の自分を演出し
周囲の心優しいひとたちに相談することで
親密感をだし
アドバイスをもらうことで相手の優越感を刺激し
心優しい部分を利用して同情を買う
心優しい人たち(他人に共感できる人たち)
を情に訴えて操作し
ひとつの派閥が出来上がる。

その人たちにとって
敵は本当に酷いやつなのだ
そして自分たちは正義なのだ
だから制裁しなくてはならない。
自分の正義を守るために。

相手が悲しい顔をしたところで
それは当たり前のことだと思っている
お前がした事実は消えないのだから
そうなることを望んでやっているのだから
泣き喚いて謝れ!!反省しろ!!と
もっともっともっと惨めな気持ちを味わってもらわなきゃ困る
こんな仕打ちを受けるのはお前が鈍感だからだ
人の気持ちがわからない酷いやつだからだ
もっともっと惨めな姿を見たい、
謝ったって許さない、
冷酷な部分がひょっこり顔を出す
そして力のない被害者は
加害者のどす黒い感情のゴミ箱にされる。
しかし
この加害者たちは
自分の本能に従って自分の近しいものを守ろうとしただけなのだ。
自分のもちものを傷つけないで
という主張がゆがんだ形で表出しただけなのだ。
だれでも心の中に正義を持っている。
それを利用しているのだ。

そう。自分の子がいくら悪さをしても子供がやっていないといえば
母親は信じるのだ、ヒステリックに守ろうとするのだ。同じこと。
自分の親密なものを侵されたくないという気持ち

自分を傷つけるやつは許さない、もし傷つけたら仕返ししてやるという気持ち
自分を頼ってくるひと、
自分を
自分の理想どおりに承認・理解し、優越感に浸らせてくれる友人は
自分の持ち物だから、
自分のつぎに大切なものだ
自分の居場所となる心地いい存在だ
それを侵そうとしている相手が
ぬけぬけと日々を送ることは許さない。
こんなに自分が傷ついているのに気付かず
けらけら笑ってんじゃねえよ、と。

そしてそれぞれがじぶんの恒常性を保とうとする。
自分の居場所を必死に確保している。
この心理、本当に誰にでもある

だから自分を傷つけたやつが転べば
天罰だ!!ざまあみろ!と
心の底から喜ぶし
表面上出さなくても
言葉にしていなくても
自分の権利を侵すものには、
地獄に落ちろ!!
と常に潜在意識では思っているのだ。
あいつは邪魔者だと。
排除されると小気味いい
共通の敵を持つ仲間がいればさらにいい。

なぜそう思うのかといえば、
本能に違いない
人は本来
自分の保身のために
いろんな方法で(周囲から攻めたり直接闘ったり)
他人を蹴落とさなければ

生存してこれなかったから。
これに尽きる。
自分が傷つけられてもそれをニコニコと受け入れてたら自分が相手にもてあそばれて
死ぬだけだ。
だから自分の保身が第一であって
保身のためには
どんな悪魔にもなれる。
身体上の安全が確保されていても
この感情を利用して生き延びてきた遺伝子は強烈に残っている
逆に死が見えない、身近にないから問題は複雑だ。



人の不幸を自分の食い物にする
人の不幸が自分の幸せ
という人間はこうして出来上がる。
別に悪い人間じゃない
誰でもこういう人間におちる可能性を持っている。


しかしやっかいなことに
それはその本人に向けられないときもあるのだ。

やつあたりだ。八つ当たりっていうのは
感情を揺さぶられた原因は他にあるにもかかわらず
他人にその怒りをぶつけること。

なぜそんなことをしてしまうのか?
そうしないとやってられないほど追い込まれているからだ。
八つ当たりをする人は追い込まれている場合がある。
自分の感情をコントロールできない原始人。
無能な証拠。

逆に、悪意を持ってこちらをわざわざ怒らせようとしている場合もある
脅そうとしている場合もある

よって自分が感情をコントロールできないと、
それが弱点となり利用されてしまう場合がある。
いや
確実に
利用される

八つ当たり(あらさがしも)は人を傷つけて楽しんでいるのだ
自分がこんなに怒っているのだ
自分がこんなに傷ついているのだから
ちょっとくらい自分の気を晴らすために
お前を傷つけてもいいだろう、と。
迷惑極まりないと誰もが思っているが
自分が追い込まれたり
虫の居所が悪いときは
人を傷つけて
むりやりなほうほうで
自分が優位に立ち、安心したいのだ。
自分の危険を犯さず発散したいのだ。

自分の欲求を満たすために必死なのだ。

ベイビーなのだ。
原始的欲求をおさえられないのだ。

そんなことで自分の優位性を確立しようなんて
どんだけ無能なのか、
自分自身で言いふらしているようなものだ。
なんのとりえもない
自分をコントロールできない
馬鹿ですと。
または
私、欲求不満です!と

あなた、こんなこともできないの?
フフン。

自分はできているという優越。

私は優越感で満たされたい!!と叫んでいるようなもの。
あれがほしい!ちょうだい、ちょうだいと駄々をこねる子供と一緒。
自分の欲求をコントロールできていないのだ。
欲求を通す方法は相手にゆだねているのだ。

欲求丸出しで芸がない。
方法を間違えているのに気付いていない。

ダメ!と厳しく言う母親にしつこく
ちょうだいちょうだいと泣き落としても、ダメ!とさらにきつく言われるだけ。

それが変形して、ダメといわない人に、むりやり要求して通すのが大人だ。
ほぼ一人遊び。
他人を利用した妄想一人遊びだ。

相手が優越に浸りたいだけなのだから
こっちが劣等感にさいなまれる必要などどこにもない。
その人の世界で私がどう見えていようが
それを自分の世界に適用する必要などどこにもないのだから。
(他人からどう見られているかということはとても重要だけれど。)

そんな事実どこにもない。
というか
相手の目的が優越感に浸りたいということなら
見ず知らずの他人を利用しなければ優越感に浸れないということは
他の部分で、本当の意味で優越感に浸れていないという
無能をさらけ出していることになるのだから
その点で相手にはすでに勝っていることになる。
むしろこちらが優越を覚えていい。
なぜなら相手が原始人、自分は原始的な本能をコントロールできる人間ということになるからだ。
こっちのほうが強いに決まっている。

つまり、何が言いたいのかっていうと。

冷酷に見える加害者は
弱い被害者であった場合が少なからずある。
自分の中に生まれた不満は押し殺して抑制しても
完璧に忘れ去られることはない。むしろ増強する場合が多いだろう。

そんな自分のなかのもやもやを発散するためには
八つ当たりやあら捜しをする。

自分の感情を作り出した本来の原因に対して処置をしようとしない。
または処置できない。

八つ当たりやあら捜しをして感情を発散できない人は?
悪口を言える相手がいない人は?

自分を傷つけるようになる。

なんで犯人探しをしてしまうんだろう。
犯人は自分だ、自分はいないほうがいい人間だと。

どうしてつじつまを合わせたくなるんだろう。
それは公平さをどこまでも追い求めているからだろうか。
正義とか真実とかを追求してしまうからだろうか。

まあ、とりあえず
自分をニュートラルにするために感情を発散する
その方法のひとつとして八つ当たりやあら捜しがあるってことだ
自分が理不尽に傷つけられたことで心を乱し
他人に八つ当たりして
人が傷つくと
きもちがすっと晴れるのは、
なんでだろう。
やっぱり公平さをもとめているからだろうな。
人は最低でも、他者と対等でありたい動物なのだ

本当に自分勝手な生き物だが、
私はこの本脳をうまくコントロールしたいし、
この本能が起こす言動をよく理解して
状況に合わせて善処していきたい。
そうなるとわかっている上で
相手を怒らせるのと
わからなくて
相手を怒らせるのでは
雲泥の差だ。
わかっていて怒らせるのはたちが悪いかもしれないが
それを覚悟した上でその状況でそれが最適解ならそれを選べるように。
想定できれば対処が早い。
フォローもできる。

いろいろな選択肢がある中で
最適解を選べる人間になる。


今回のことで、
人間に共通するひとつの型がわかった。
ひとつの解を得た。

自分の感情を利用し目標を達成する。
他人の感情を理解し協調していく。
そのためには
人の感情に敏感になること
日々自分がどういうときにどういう感情になるのか
記録すること
何があったらどういう感情になって
その感情からどのような行動を人は起こすのか
パターンを蓄えるんだ。

そして
人を傷つけないほうがいいが
時には自分の権利を守るために
傷つけてしまう自分を許すことだ

自分を嫌いな人がいることを許すことだ
誰にでも嫌われる行動をとらなければ
必ず味方はいる。

相手を憎む自分を許すんだ
相手を嫌ってしまう小さい自分を許すんだ。
人を怖がってしまう自分を許すんだ
弱い自分も弱い相手も許すんだ
許すとは
一段上の自分に成らないとできないわけだから
こんなに成長できることはない。
受け入れればいい
全体像を把握して
共通点を見つけ出し
フレームワークをつくる
敵の存在を理解し
自分の立ち居地がわかれば
それほど恐怖はない

理解すればわだかまりはない
正体がわかれば恐怖はない

欲求をコントロールできれば
欲求不満はない。
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