ヒロさんへ 

2007年01月07日(日) 0時13分
HiroKawashimaさん~  
こんにちは〜 
返事本とにありがとうございます。
私はBusanにすんでいます。
私もHiroKawashimaさんが韓国で演奏するのをみたいです。
Busanもとてもさむいです。
あたたかいSingaporeにえんそうをしにゆくHiroKawashimaさん うらやましいですね~
私はいつかHiroKawashimaさんと演奏するのを夢を見ています。
今日からjazzpianoを習うのを始めました。^^
Singapore演奏旅行 気をつけていてきます。

JungHee より






Dear Bae,

HiroKawashimaです。こんにちわ
そしてHappy New Year!!
Mailをありがとう。Baeさんはもしかして
trumpeter のIL hwangさんといっしょに
Jazz-Birdにきたかたですよね。

BaeさんもBusanにすんでいるのですか?
いちど、Chanceがあったらぜひ韓国で
えんそうをしてみたいです。
そしておおくのひとたちとあいたいと
おもっていますよ。

東京はとてもさむいですが、
ぼくは、らいしゅうからとてもあたたかい
Singaporeにえんそうをしにゆきます。
SingaporeにもとてもすてきなJazz-Clubが
ありますよ。

では、2007年がBaeさんにとってすばらしい
1ねんになりますように、いのっています。
では。

ヒロさんへ 

2006年12月23日(土) 17時21分

こんにちは〜 
お元気ですか。
私はBAE JUNGHEEと申します。
私は韓国人です。
8月に青山のJAZZ Birdでヒロさんの演奏を見ました。
その時ヒロさんの演奏と歌がChet Bakerに似ていてびっくりしました。
韓国は東京よりジャズを聞くのも演奏する人も少ないです。
そして色んなジャズCDを求めることが本とに大変です。
特にChetのCDはもっと求めることが大変です。
私は1993年ごろタバコの会社で広報のために作ったCDをおばさんにもらって聞くことができました。
ジャズを聞くようになったのは、このCDがきっかけでした。
このCD中にChetの曲がありました。
Chetの声はあまりにも美しいでした。
私はその時高校生でした。
Chetの声がとても気に入ってChetのCDがほしくてCDを買いに行きましたがCDはなかったんです。
どこにもなかったです。時間が経ってインターネットの普及でオンラインで聞けるようになりました。
仕事で疲れる時にはChetの声とトランペット音をきけば気持ちよくなります。
実際にChetに似ている声と音楽を聞くと胸がわくわくしました。
表参道ビルズ、ソレイユ丘、新宿区役所前などでヒロさんの演奏を見ました。
色んな所でヒロさんの演奏を見てもう一度 びっくりしました。
演奏するたびにほかの感じがしました。
ヒロさんかっこいい〜〜〜
ヒロさんに会った時話したいですが私は日本語ができなかったんです。
ひらがなだけ読めました。
また、ヒロさんのホームページを読みたかったです。
そして韓国に帰って10月から今まで日本語勉強にハマっています。
ホームページを読むのはまだとても難しいですが毎日毎日少しずつ読んでいます。
ヒロさんの演奏には人の心を動かすものがあります。
あなたの演奏は暖かいです。 ありがとうございます。
あなたの演奏をまた聞きたいです。 


ヒロさんの韓国の一番おっかっけより


明けまして おめでとうございます。

992 

2006年11月06日(月) 17時41分
この間、自由が丘の本屋で絵本のセールをしてたのね。
みったんとおねぇちゃんに絵本、買ってあげようと思って、見に行ったら、全部英語だった。。^^

残念!!!!!


もったいない〜
英語でも大丈夫だ !!!!

えりこ 

2006年11月03日(金) 14時14分
 

ある日、えりこが木の下で本を読んでいると、白いうさぎが現れた
うさぎは時計を見ながら 
<たいへんだ! たいへんだ! ぐずぐずしてはいられない。>と言うと、すたすた行ってしまった。
何があるのだろうと思ってついていくと、うさぎは小さい家に入っていった。
えりこも後から入ったのだが、うさぎはもういなかった。
でもそこにわおいしそうな飲み物があったので、ごくごくと飲んでしまった。
すると、えりこの体はぐんぐん大きくなって、家から出られなくなってしまった。
どうしようと思いながら、よく見ると、もう一つ飲み物がある。
<これを飲んだら小さくなれるかもしれないわ。>そう考えて、ぐっと飲んだらもとにもどった。
ほっとして家を出ると、さきのうさぎが走っていった。
またあとをつけて、着いたところは大きなお城。
きょろきょろしていたら兵隊が出てきて、つかまえられて、女王様の前につれていかれた。
<どうしてわたしをつかまえたの?>とえりこが聞くと
<おまえは招待状もないのにお城に入った。だから死刑なのだ!>と女王様が言った。
<だれか助けて!>と叫んだとき、遠くからおさんの声が聞こえた。
<えりこ、えりこ>、、、えりこは目を覚ました。
本を読んでいるうちについうとうとし、そのまま不思議な夢を見ていたのだった。


走れ江ノ電 光の中へ 5 

2006年08月26日(土) 11時17分

さじ先生はさっそくパンフレットのボランティア団体に相談しました。
 団体の人は、江ノ電の会社へ手紙を書きました。
 「協力しましょう。それほど江ノ電を愛してくれる人がいることは嬉しいことです。」
 という へんじがきました。


 なんども準備の話し合いがもたれました。
 三つの条件が揃ったら、実行することになりました。
   とも君の体調が安定していること。
   ちょうどいいあたたかさの晴れた日であること。
   お医者さんが乗ったドクターズカーをはしらせ、
         いつでもすぐに病院へ運べる用意をすること。


 とも君はお父さんからこの計画を聞くと、大喜びで、すこし元気になりました。


  

走れ江ノ電 光の中へ 4 

2006年08月26日(土) 9時54分
お父さんは毎日のように病院に来てくれました。
 「いまごろ江ノ電は海水浴客でにぎやかだろうね。また乗りたいな。」
 「乗れるよ、きっと。毎日暑いけど、おまえ、よく眠れるか。」
 「あのね、昨日夜中に心臓が止まりそうになったんだ。
  気が遠くなって、気が付くと、僕は空を飛んでいたんだ。
  風がヒュウヒュウ流れていた。
  僕は、大きなラッパに吸い込まれそうになったんだ。
  だめだ だめだっ!って 叫んだら目が覚めたけど、怖かったよ。」
 お父さんは、黙ってとも君の手に、自分の手を重ねました。


お父さんが帰ろうとした時、さぎ先生に呼び止められました。
 「実は・・・・・・とも君の状態が厳しいのです。3ヶ月持たないかもしれません。
 それで、江ノ電の運転手になりたいというとも君の夢を叶えてあげませんか。」
 先生は一枚のパンフレットを取り出しました。


    小さい時からいつも心に暖めていた夢
          考えただけで胸がドキドキワクワクしちゃう夢
           そんな気味の大切な夢を叶えるお手伝いをします。
 

 
 お父さんはうなずきました。


走れ江ノ電 光の中へ 3 

2006年08月25日(金) 11時34分
 お父さんは、休みのたびに施設に来ます。
 今日もお父さんは、お土産を持ってやって来ました。
 「ほら、この間頼まれた江ノ電だよ。」
 「タンコロだ!ありがとう、お父さん。僕、これが一番ほしかったんだ。」
 「ようし、今日は天気もいいから、本物の江ノ電に乗りに行くか。」
 「やったー!」
 江ノ電は、神奈川県藤沢市から鎌倉市までの海沿いを走る小さな電車です。
 「うわあー、海だ!江ノ島だよ。ヨットがいっぱい。」
 とも君の目がキラキラ輝きます。
 お父さんも嬉しそうにうなずきます。 

 
 

 とも君は中学生になりました。
 病気は少ずつ重くなっていきました。
 苦しくて動けなくなった日に、救急車で入院しました。
 病院のベットですごす生活です。

「トモクン コン二チハ。ゴキゲンイカガ?」
 カーテンの端から、縫いぐるみが現れました。
 「さじ先生でしょ。ヘンな声を出しても分かるよ。」
 「バレたか。これ、かわいいだろう。
  うちの奥さんの手作りなんだ。
  おっ、描いてるな、今日も。とも君は江ノ電が好きなんだねえ。」
 「うん、大人になったら、江ノ電の運転手になりたいなあ。」
 そういって、とも君は遠くの空を見つめました。



走れ江ノ電 光の中へ 2 

2006年08月24日(木) 12時26分
 お母さんの病気はよくならず、入院生活が続きました。
 お父さんはこれからのとも君のことを考えた末に、
施設に預かってもらうことにしました。
 癲癇や喘息などの病気とともに生きている。
 子供たちが、おおぜい生活しています。
 「とも君、会社の休みにはお父さんきっと来るからね。 待っててよ」
 「いや、いや、いやっ!お父さん いっちゃ いや!」
 とも君はいつまでも泣いていました。

 
 施設では元気に遊べるこもいます。
 <僕も思いっきり サッカーボールを蹴ってみたいな。>
 とも君はそう思うこともあります。
 でも、電車遊びをしているとも君は、いつも楽しそうでした。


 「とも君、長野県の白馬へ山登りに行くんだけど、どうやって行けばいいの?」
 寮母さんが聞きました。
 「新宿から中央線に乗って、松本まで行って、大糸線に乗りかえていくんだ。
  − スーパーあすさ − という直通の特急もあるよ。
  デラックス車両なんだ。」
「へえー とも君、電車のことは何でも知っているね。」
 「まあね。でも、僕も乗ったことないんだけどね。」
 とも君は、にこにこしていいました。



 とも君が、9歳になった春の日に、お母さんは亡くなりました。



 

走れ江ノ電 光の中へ 1 

2006年08月23日(水) 20時33分




ふぎゃあ ふぎゃあ ふぎゃあ
 とも君は 神奈川県川崎市で 生まれました。
 2100グラムの 未熟児でした。
 保育器の中で小さな命は 力を振り絞ってないています。
   <運でよかった。>
 お父さんとお母さんは、手を取り合って喜びました。
 お母さんは、心臓に重い病気があったのです。
 心臓の筋肉が弱っていき、
 血を体の中へ送り出すことができなくなってしまうのです。
 とも君はおっぱいにしがみついてぐいぐい飲みます。
 お母さんは幸せでした。
 とも君の体重は少しずつ増えていきました。
   <このまま元気に育ってほしい  ・・・・・・。> 
そう願っていましたが、お母さんは病気が重くなって、入院してしまいました。
 
 

 7ヶ月がずぎ、とも君をお医者さんに見せる日が来ました。
 聴診器が胸のところでぴたりと止まりました。
   「ちょっと心配です。詳しく検査をしてみましょう。」
 
 検査の結果、とも君にもお母さんと同じ心臓の病気があることが分かりました。
 お父さんは、突然目の前が真っ暗になりました。


       
        とも君の2歳の誕生日。
        病院にいるお母さんから箱に入ったプレゼントが贈られてきました。
        「なあに なあに、お父さん 早くあけて。」
        模型の機関車D51でした。

            コン コン コン
              コン コン コン
        その日からとも君は、来る日も来る日もD51で遊びました。
        D51に電車も加わりました。
        走ったり、長く歩くと、心臓が苦しくなるので、家の中で電車と遊ぶのです.



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