『声かけてやりたい』 (2005.06.20発) 

November 13 [Sun], 2005, 20:00
京都府出身の詩人、野村尚志(たかし)さんの詩集。
序盤は、見開き1〜2ページで完結する作品で構成されていて、少ない行数から時どき心にチクリとくる景色が見えてしまう。

   二人とも旅人で
   覚えていないくらい昔に
   二人が生まれる前かもしれない
   どこかで会っていたはずで
   「久しぶりだね」
   「久しぶり」
   旅の報告をするように
   それから
   あなたは悲しいことも思い出し
   泣いたのだ「なみだ」(p.9)より

冒頭の詩から抜粋。最後から2行目「あなたは悲しいことも思い出し」 が、とても心につきささる景色だと思う。まるでフィヨルドの氷みたいに、ふたりの心は白くて分厚い何かでつながっているのだけど、ここでは出会いと触れ合いの温かさだけではなく、主人公が相手の負の感情をいつくしむように受け止めているのが伝わってくる。感情の溶け出している「あなた」を、彼はどれだけ包んでやりたい気持ちになっただろう。でも「包みたい」などと書いてしまうと、それは押し付けや1人よがりになってしまうことを、詩人はよく知っている。

大切なのは、愛するものと自分との言葉の距離を読み違えないこと。この詩集を読んでいると、謙虚さやいつくしみの心を教えてもらえる気がする。「ふたりで歩いていると静かに心が満ちてくる」という少し甘いつぶやきで始まるのは、「夕日・商店街・あなた」。夕暮れの商店街を夫と歩きながら、「かなしいことはもうたくさん/つよい子に育つように/つよい子に育ちますように」と妻が祈りをこめる。この行を見て思わず喉がふるえてしまった。彼女はその思いを夫にも他人にももらすことはないのだけれど、自分のための幸せを求めることが周囲の幸せにつながることを知っている人だと思う。謙虚さや、人をいつくしむ心があるから。自分のための幸せを求めて、周囲を傷つけてしまうだけの人は多くいる。私もそうだ。そういう時は、謙虚さやいつくしみを忘れているんだと思う。誰かを思いやるのが窮屈になって、わがままに振舞う私がある。詩人はそういうところを突いてくる。立ち読みでどんどん読み進めていて、作者は女性だ、と思っていたら男性の名前だったのでびっくりした。1967年生まれなので30代後半か。

野村尚志「声かけてやりたい」 (2005, 思潮社;1890円)

昨日は寒い日曜でした 

November 07 [Mon], 2005, 3:34
暗がりに鳩一羽ずつ焦げてゆく「好きよ」・「愛して」のフレーズのたび

「守る」とか「そばに…」とあなたへ唄われて腕(かいな)とあなたの顔が遠のく


 大学時代のサークルの仲間と飲みに行きました。今27歳ですから、入学時18歳のときに知り合った同期や先輩方とはもう10年近くのお付き合いになっているのだと、飲んで話をしながら気付かされされました。それぞれが職場を変えたり、夢を「あきらめた」り(といいつつ内心では遠巻きにおいて眺めていたり)、また夢に近こうとがんばっていたりする。そういう友の変化を聞いていると、嬉しくなってくるし、力をもらえる。別に仕事の内容を事こまめに愚痴にするわけではないのだけれど、誰それの恋・結婚の話や、絵本の話、鍋物の話、そういうことを昔の人柄のままで織りなすと、心の物置きに入しまいこんでいたものに久しぶりに陽がさしたようで、明日から少し違う自分で生きていけるような気がした。

 二次会(三次会だったかも)のカラオケでは、普段歌わない後輩もマイクをにぎって、しっとり愛の歌を歌ってくれてビックリ。もちろんそれは傍らにいる、愛する彼氏のためなのだけれど、歌う彼女の眼差しに愛の深さを感じました。エゴイスティックなものでもなくて、彼氏も彼の世界も包み込もうとする暖かさ。守られていることは強いと思う。

 私と秀さんはそういうものを纏っているだろうか。後輩の、すき通るような歌声というより思いが響くボックスのなかで、それを思うと寂しい気がした。
P R
■プロフィール■
◇まつ (1978年生・男)◆
▲大阪府高槻市在住▽
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