こんにちわ
11日の地震から3日目です。
私は今東京にいます。
今朝、出社しなくていいという連絡が入り自宅待機中です。
11日は、仕事中に地震に遭いました。震度5強でした。
小さな縦揺れを感じ冗談を言っていたところ、横ゆれが激しくなり始め、机の下に隠れました。
揺れが落ち着いてから同僚と社外に退避しました。
周辺のビルの人たちも、屋外に退避していて道に沢山の人が歩道に出ていました。
津波について心配しましたが、特に地域の放送等もありませんでした。
フロアではいくつかパソコンが床に落ちたり、着替えの為のロッカーやパーテーションが倒れたりしていました。
トイレでは水が激しく床にこぼれていました。
地震から30分たった頃、晴れていた空の南側から真っ黒な雲が広がりました。下手な特撮の敵が出てくるシーンみたいな雲でした。
電気、水道は止まっていないようでした。
パソコンの回線、電話もつながっていました。
その後会議室のテレビで、南相馬の津波を見ていました。
管理職達は、会議のため出張しており社内の統率は若手の課長がしていましたが、みんな割と落ち着いていたので、混乱はしていませんでした。簡単な点呼をして、各自自宅に電話をしたりしていました。
この時点で、交通機関がストップしていること、レンタカーも出払っているということでした。4時ぐらいの時点で、帰れる人は、帰っても良いという指示がありました。
私は歩いて1〜2時間の場所に住んでいたので、夜が来て暗くなるまでに帰ることにしました。
同僚達は、埼玉や神奈川、千葉など自宅が遠く帰宅方法を考えていたので、地図上で距離を測れるサイトを紹介し、地図の印刷をすすめ、自分は同僚と二人徒歩で会社を出ました。
バスが動いていたので、乗りましたが道路の渋滞でほとんど動かず1〜2キロすすむのに1時間程かかりました。
また、歩道は千葉方面へ徒歩で帰宅する方が大勢歩いていました。
午後7時半には自宅に帰りました。旦那さんは自宅にいました。
自宅ではガスが止まっていました。また私の本棚から本が落ちて飾っていたガラス瓶が割れていましたが、
その他は特に大きく壊れたものはありませんでした。
その日は、徒歩で帰宅しようとしていた同僚をうちに泊め、3人で過ごしました。震度2〜3くらいの余震が続いていたので、熟睡できず朝4時に起きてずっとニュースをみたり情報収集をしていました。
とりあえずここまで。