【観劇】アンジェリカ・リデルは3時間さらけ出し続けた「地上に広がる大地(ウェンディ・シンドローム)」

November 24 [Tue], 2015, 0:38
アンジェリカ・リデルの舞台。ものすごいものを観た。
ただの1人で動いて語って発して、独白一時間以上、体ただひとつの表現をまざまざと見せつけられた。すごいものを観たよ。途中で席を立って帰る人もいれば、ブラァボゥ!と叫ぶ人もいた。
開幕すぐの局部を丸見えにしたオナニーに始まり、それも含め、ただ一人の身体として、500人もの前で立ち、動き、発し、伝えたことのそこにはまっさらな生命が、つまり生と死があった。ものすごい3時間。
圧倒されつつも受け入れられたのはリデルが同じ日本人ではないから?とも思ったけれど、日本人がこれをしたとしても、きっと最後には、同じだろうな。同じ人間として、どうやって人の前に立ちどうやって生きるかということ。本気で暴れている幼児を観るような、俯瞰と共感。
テーマであるウェンディシンドロームもまた、母と子どもの関係のえげつなさに、わたしも女として、子どもを存在価値にしてしまう同性への嫌悪はわかりすぎる。子どもを産むことが、偉いわけでも許されるわけでもない。

ただ、どうも集中できなかったのは、前の席の人でほぼ見えなかったから。確認したらE列までは見えづらい。チケット完売してる公演じゃないのだし、舞台セットに合わせて客席を潰すとかチケット安くするとかの配慮はやはり劇場側に必要だと思う。一時は舞台制作を志していた気持ちとしては、作品をよりよく観客に届ける気遣いを、劇場運営に反映してほしい。
 
 

文学座「明治の柩」観劇レビュー書きました

June 24 [Wed], 2015, 0:10
文学座「明治の柩」観てきました。そして、エンタステージさんで観劇レビューを書きました。

■エンタステージ
“たとえ命尽きても”渾身の遺作——文学座『明治の柩』観劇


大好きな高瀬さんの遺作……になるのかな。
知っている人が何人も出ているだけでも、嬉しくてしかたがなかったよ。

高瀬さん、いなかの高校生だったわたしは
深夜テレビにかじりついて、内野聖陽さん主演の「モンテクリスト伯」を観て震えてた。
まさか4年後にその高瀬さん演出の舞台に立てるなんてまさか。

厳しくて厳しすぎるほど優しいところが大好きで
長文のラブレターを手渡しに行ったことがあるけれど
今思えば直接言えばいいのに、口じゃ足りなかった、
したためるってああいうことかあ。

舞台観れてよかった。
お会いできてよかった。
本当に大好きだったなあ。

がんばります。

ブルーエゴナクは演劇界を変えるかもしれない

June 07 [Sun], 2015, 14:15

福岡の劇団ブルーエゴナク「POP!」の通し稽古にお邪魔してきました。
突然あらわれて、満足にご挨拶もできなかったのに優しく対応してくださり申し訳なかったし有り難かったです。

だからというわけではまったくないのですが、
彼らの芝居は、演劇界を変えるかもしれない。
それくらいの可能性の片鱗を感じた。

それは、10年前に藤田貴大くん(マームとジプシー(当時荒縄ジャガー))に会ったときと、5年前に山本卓卓さん(範宙遊泳)を観たときの「ああこの人は演劇で人の心を変えることができる」という納得に近い感覚で、それはプロの方にはたくさんいるが、まだ無名の、荒削りの、ただの若者のなかでは、この10年でその3人にしか感じてない。

藤田くんは、「つまんない、売れるわけない」と言われていた時からすでに、こだわり続ける強さと自信を持っていたし、人を動かすセンスもずば抜けていた。繰り返し/リフレインのスタイルを確立しなければ今の活躍はなかったと思うけど、どんなに紆余曲折をしても今のスタイルにたどり着いたと思う。ある稽古場で3つのシーンを同時進行した時、ふと「もうすぐ答えが見つかりそうな気がするんです」というようなことを言っていたのを覚えている。実際、それからリフレインにたどり着くまでは何公演も重ねているんだけれど。

山本卓卓さんについては、実は本公演は観たことがない。
ただ山本さんがある即興舞台(?)に客演していた時、圧倒的なセンスと才能が輝いていた。なにもしていないし後ろの方で少し動いてしゃべっただけなのに、その一瞬のシーンを演出していた。この人は演劇と親子のように両想いなのだなあと思った。(とはいえ、演劇界で活躍することと演劇界を変えることはイコールではない)。

劇団ブルーエゴナク演出の穴迫さんは、もしかしたら演劇とは両想いではないかもしれないし、活躍もしないかもしれない。けれど、演劇という親がいたら確実にその息子だろう。親を愛しながら反旗を翻し、その異端な才能を認めさせてしまうほどの可能性があった。
ただ彼には、たった一瞬の印象だけれど、そこまでの自信がないようにも見えた、し、それはものすごく自信があることなんだと思う。あと4〜5公演くらい演出家として模索をすれば、日本の小劇場界で確実な地位を得られると思う。
難しいのは、業界で居場所をつくるためには作品の出来とお客さんの応援だけでなく、専門家の後押しが必要なので、力ある評論家やライターの方々に多く見てもらえるチャンスが必要になるだろう。活動拠点が「福岡」ということがプラスになるのかマイナスになるのかは、彼らも戦略を練らなければならないたぶん。

正直、「POP!」は意味不明だったし、すごく意味があるようでもあったし、わざとそうしてるんだろう。
全編ギャグのようなものなので、ギャグや被り物が苦手な私は最初うへーどーしようーと思ったけれど、戸惑わせ続けないパワーがあった。役者さんの力量も、ひとりひとりが高い。音楽のセンスも良い。(通し稽古なので照明や衣装はわからない)。後半には泣いてしまった。
受けた印象は、初めて野田秀樹さんの夢の遊民社公演「小指の思い出」(ビデオ)を観たときのようだった。いい意味での衝撃だった。公演前なので詳しくは書かないけれど、セリフと演技の距離感の構造はとても似ていると思う。ダンス公演を観ている感覚にも近い。

だからぜひ、次回「POP!」からすでに多くの演劇関係者に観ていただきたい。
本番を観ていないのでそんなことないかもしれないけれど、今は演劇の方向性としてまだまだ荒削りの状態。人の目に触れるタイミングと、人に受け入れられるタイミングはかなり密接なので、観始めるなら今だと思う。
ブルーエゴナクは、先日平田オリザさんがブログで書いていた「大衆性と芸術性」の狭間の不安定なところにまだずぶずぶと浸かっている気がする。彼らが小劇場界の片隅で確実に足元を固め続けるか、拓けて大きな舞台へ漕ぎ出していくかは、これから4〜5作品くらいで決まってきそうだし、どちらも選べる才能と可能性がある。
もし大舞台を望むなら、今まで演劇を観続けてきた専門家の方々に観てもらえ、もう少し観客と一緒に未来を見つめられる舞台になっていけば、次の時代は穴迫さんのものなんじゃないかと思う。

ブルーエゴナクは演劇界を変えるかもしれない。彼らにその気があれば。


まあ、明るい部屋でジャージでの通し稽古しか観ていないから、本番を観るとそうは思わないかもしれないですけど。いつかブルーエゴナクの舞台が劇場で観られるのが楽しみです。


▼ブルーエゴナクHP
http://buru-egonaku.com/


(話に聞くと、ブルーエゴナクは毎回テイストが違うらしい。いくら次回公演「POP!」が良くたって、ほかの舞台が良いとは限らないんだけど、穴迫さんが自分の心の風景とお客さんから目を離さなければ、べつにどんなテイストだって問題ない気がする。)

最近のおしごと

December 02 [Tue], 2014, 11:03
最近のおしごと、ちょっとずつだけ、あげてみました。
8月にフリーランスになってからは、編集/ライティングとお仕事の幅も広がりつつあり、ありがたいです。

◆編集
「エミダスマガジン」編集長
製造業の業界紙。WEBから無料ダウンロードもできます。

  

http://www.nc-net.or.jp/knowledge/mag/backissueslist/



◆雑誌インタビュー(一部)
「クオリタス」ビジネス誌
前回号では、世界ヨット一周・海洋冒険家の白石康次郎さん、チームラボとのアートコラボレーションも精力的な書家の紫舟さんなどのインタビューを担当しました。

  



◆シナリオ(一部)
「防弾少年団シュミレーションゲーム」ソーシャルアプリ
韓国のグループ、防弾少年団(BTS)のシュミレーションゲーム。
BTSは昨年末の韓国主要アワードで新人賞5つを総ナメにした超実力派グループで、6月に日本デビューしてからさらに人気でてきてるし、11月の東京&神戸ライブは大御礼!今後も続編リリースしていきます。





◆占い記事
自分が手相・耳相も見るので、占い関連の記事やアプリ制作を各方面で多数発表してます。


そのほか、企画から関わることも増えているので、来年はもっと楽しんでもらえるコンテンツをぞくぞくリリース予定です。

これからもよろしくお願いします!



「原発」を書くこと

November 02 [Sun], 2014, 13:24

原発のシナリオを書いています。

2年間ブログを放置しているあいだ、
やっぱりわたしはライターの仕事にもどって
インタビューしたり、シナリオを書いたり、雑誌をつくったりしていました。


いまは、縁あって、原発のシナリオを書いています。

けれどもそれを書く時に、長年映画を作ってきた諸先輩方から
「原発を描くことの覚悟は?」と言われます。

「原発事故はまだ解決していなくて、たくさんの人が傷ついた問題だ」
「軽く扱っていいことではない。書くなら、がっつり題材にとりあげないと」
 だから、覚悟があるのか? って。


それを言われて、うーんわからなくもないけど…うーん…とぐるぐるぐるぐるして
一時は原発に触れることはやめようとしたのだけど
でも結局、覚悟って、そういうもんじゃないでしょう、って思った。

まだ解決していない問題に対して、覚悟(覚悟ってなに?)がないと書かないというのは
それは、それこそ、覚悟がないんじゃないかって。


殺人事件の取材をしていて、泣いたりわめいたり倒れたりマスコミに過敏になるのは
多くは、被害者家族のそのまわりの人だった。
個人差はあるけど、「過敏に騒ぐのはいつも当事者になりきれなかった人」ってのが私の持論。


原発事故があって、命からがら逃げ出して、鬱病にもなって、家族も崩壊した友達が言ったのは
「この現状を、知って、忘れないで、誰かに伝えて」
ってことだった。


私は、「覚悟を持って原発事故を主題にして書くべきなんじゃないの」と言うことこそ、
覚悟がないことだと思う。(だからその人たちは原発を書かないんだろうけど)

多くの人は、原発事故を主題にして生きてはいない。
そんな人がたくさんいるのに、原発事故を主題にしたホンは、
たくさんの一般人たち(原発事故に直接関わっていない日本人)の今の現実とはかけ離れていると思う。

覚悟を持つとしたら、そういう、当事者じゃない人のなんだかわからない恐怖感からうまれた非難を、
冷静な目で見られる覚悟だけだと思う。



)))
なにを描いても、誰かは傷つきます。
誰のために書くのか、誰に向けて書くのか、
それさえわかっていれば、誰かを傷つけることは覚悟ではなくて
そういう構造で世界はできてる…ってだけのことなのだと思うのです。



  =====


2年ぶりにブログを開いたら、コメントくださっている方がいらっしゃいました。
2年間気づいていなかった。
ありがたいです。

場のちから

December 27 [Tue], 2011, 23:32
場所のちから、というのは大きい。

旅行をしているとだいたい写真を撮って
ツイートしたりfacebookにあげたくなったりするのだけど、
そんなことができなくなる瞬間、てのがある。

場の、ちから。


ノルウェーにあるハンセン病博物館に行ったとき、
澱みのあまり中に入ることができなかった。
青森の恐山では、途中、急に気分が悪くなり、
内臓がひっくり返りそうになって、走って駐車場まで戻った。

ハンセン病博物館。ひとがたくさん苦しんで死んだ場所。
恐山。霊山。生物のにおいが薄い神様の山。

ただの、建物であり、山であるのに、
立つこともままならないような
写真をかまえシャッターを押すなんてできないような
畏れのある場所。


それって、空間の所為なのか、磁場とかなのか、
空気の圧力? そういう、環境要因的なこと?

わかんないけど、「あー、じぶん、ちっぽけーだー」って
思っちゃうような場所があるんですよ。


神様なんて信じてないけど
神様のようなものなら、いるんじゃないかと思う。

人間が、コンクリートの家や、パソコンの前でわぁわぁやっているのを
まるごと包み込むような大きな存在はあると思う。
それは、誰かが「神様」と呼び、誰かが「大地」や「自然」「宇宙」と呼ぶようなものかも。
個人的には、畏れ、という言葉が似合うと思ってる。


カメラなんかに、おさめちゃいけない場所。


鈍感か、信念か、どちらかがないと、シャッターが押せないような場所。
たとえば、列車事故でぐちゃぐちゃになった知人の死体にカメラを向けるような。
そんなかんじ。




今日、伊勢神宮に行った。

落ちついた場所だったけれど、
そこにも、カメラを手にしてられない瞬間、場所、てものが、あったよー

だから、そこは、撮影できていない。




 (伊勢神宮内宮)


一年前の、今日。働く意味。不明。なう。

September 21 [Wed], 2011, 16:56
   
 
一年前の、今日、の、メモが見つかった。
一年前の働いていないあたしの言葉。


 ******


「マニュアルですから」としか答えなかった町田のTSUTAYAの店員さんくらい間違ってる。

2歳下の忙しく働いている女の子がmixiでふたつの質問をした。

●なんのために働きますか?
●なんのために生きますか?

彼女は、言う。
『決して働きたくないわけじゃないんだ。でも「何か」の為に働きたい。
 願望と矛盾の中で働く日々に葛藤しておる』

もうね。先輩たちもきっとそうだったでしょう?
あたしたちは悩んでいるのよ。
働く意味。不明。なう。


 ******


一年経った。
正社員として働いてる。
ベトナム出張、なうです。

それでもまあ、意味なんて、めちゃ不明だよね。

 
 

被災地にいなかった人の気づき

March 22 [Tue], 2011, 0:49


こんにちは。

東日本大地震。
そのときわたしは、東京にいました。

今から転載させていただくのは、そのとき沖縄にいた大学生のメルマガ。
沖縄にかよい、戦争についてのメルマガを発信している、瞳さんの言葉。

地震があって、誰もがいろいろ動揺し
わたしもいろいろ動揺し、
そしてわたしは、瞳さんの言葉にさらに動揺した。


動揺のあまり、即、転載許可をいただいて
いまやっと、こちらに載せます。3月20日のメルマガ。


************************




東北関東大震災発生から1週間。。


震災が起こっても変わらない沖縄の青い空の下で、色んなことを考えていました。



正直に、書きます。


今、沖縄にいて、
仙台と、福島には
いまだに連絡をとれない大切な人が2人いて

でも私は普通に生活をしてて
心配だけどどこか人ごとで

沖縄は親戚もだれもないし
とても不安だし
家族に早く会いたいと思うし
隆さんにも早く会いたくて
瞳は今、戦争のことに
とてもじゃないけど気持ちが向かわなくて

早く帰りたいと思ったり

でも帰ったところで何が変わる?

私は今、沖縄に来た目的を続けるべきなんじゃないだろうか。

今まで通り、、


でも、意識はやっぱり地震にある。

今はそれよりも支援をすること?

聞いてくれる人がいて、

平和な日常があってこその
瞳が伝えたいこと

これからはホテル滞在、
そのお金を支援に向ければ

ゆくゆくは繋がって行くんじゃない?

そんなところをぐるぐるしていました。


でも、15日の朝、気付きました。


結局、私が、動揺していたのは、


世界で最大級の地震が来たからではなくて、


悪夢のような津波が襲ってきて
人や街をのみこんで
なんにも無くなってしまったからでもなくて、


原発が大変なことになっているからでもなくて、


ただひとつ、


結局は今まで無関心だった自分に気付いたからでした。




今、避難所では食べ物や水に困っています。


でも


今までも、食べ物に困っている人は
世界中に数えきれないほどいました。


家すら持てずに路上で暮らす人々が
日本にすら山ほどいて


原発が危険なことも私は知っていました。


だけど、日本で、今、
こういうことが起こるまで
自分のこととしてとらえられていなかった。


世界はひとつ

とか言いながら。


心の底から世界を想っていたら、

とっくに世界は変わっていました。


私は「無関心」と何も変わらなかった。


そんな自分に気付いてしまいました。

だから苦しかった。



だけど、幸い、今、私は、気付くことができました。



あまりにも大きな犠牲の上に。


あまりにも大きな悲しみの上に。



みんな本当にごめんね。


本当にごめんね。


どんなに涙を流してもこの状況は変わらないけど
あやまります。


本当にごめんなさい。


今ごろ気付いてごめんなさい。


みんなが家族を失ってから、
みんなが住むところを失ってから、

気付いてごめんなさい。


ごめんなさい。




でも、気付いたから、ここから動きます。


自分にできること。


それをやるために予定より早く沖縄を出て、長崎の仲間のところへ向かっています。


沖縄で、最後に戦争体験を聞かせてもらったおばぁが言っていました。



「テレビ見てると、戦中、戦後を思い出すさね〜

みんな食べるものも無かったし、

一滴の水さえ飲めなくて

家なんてどこにあったかわからないくらい何にもなくなっちゃって

みんな大切な誰かを亡くして

そんな場所が沖縄だけじゃなくて
日本全国いたるところであったわけさ。

みんなが大変だったから、自分たちだけで
復興させてきたんだよ。

でも、今は、被災していない人たちがいて、助けることができる。

大丈夫。大丈夫さ。」


かつて焼け野原だった沖縄を、
今は想像することができないように

被災した地域に光が降り注ぎますように。



瞳より


(一部割愛)


************************



力が小さくてごめんなさい。

たくさんのことに気づかなくてごめんなさい。

いっぱい、いっぱいごめんなさい。



福島第二原発のすぐ近くから帰ってきた友人が言いました。(前回の記事で紹介した友人)

「あのね、自分を責めちゃだめだよ」

あたしなんにも言えなかった。
そのあと言葉を探して、なんて答えたのか、なんにも答えなかったのか、それすら覚えていない。

でもやっぱり消えないごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい


けれど、負けたくないし、
    間違いたくないのは、


ごめんなさいって思ってるから動けるんだってこと。


ごめんなさい だから、わたしにできること。
ごめんなさい だから、あなたの声を聞き
ごめんなさい だから、わたしは自分の生活をして
ごめんなさい だから、胸が熱くなって足が前に出ます。前かな、うしろかな、知らんけど。


瞳さんは、長崎の友人のところに向かったようですね。
それから、なにかを形にするのでしょう。

わたしは、山口県上関の原発建設予定地、そして祝島へ。
ちょっと、それは、またの話しに。


できること。
たくさんあるやろ。
考えてわからんやったら、動いてみて、誰かと話して、立ち上がって探してやっとみつかるできること、
きっとあるやろ。


むやみやたらに動いてるんじゃなくて
頭も身体もつかって、
ごめんなさいもありがとうも大好きも
伝えにいく方法。



=================

 さいごに、瞳さんのメルマガは
 00587166k@merumo.ne.jp
 に空メールで登録できます。

=================


福島原発――避難対象地域で被災した友人の記事。ショックでした。

March 19 [Sat], 2011, 1:27


福島の、原発の避難対象地区にある病院で働いている、友人のmixi記事。

mixiで公開していたものを、
お願いして、転載させていただきました。


*****************


明日、浜松にいる叔父が、郡山まで迎えにきてくれることになりました。
現地に残ることも考えましたが、結局わたしは、福島を離れることにしました。

というのは……

私の病院の患者さんを引き受けてくれた病院のうちの一つが、引き受けるための条件をいくつか提示してきました。
院長は、その条件をのんで、患者の受け入れをその病院にお願いしました。
そして、他のスタッフに対して、「ボランティアのような、ただ働きになる可能性が高い。それぞれの生活があるから、みんなは連れていかない。再建できたら、必ず声をかける」と。
入院患者さん全員転院先が決まり、昨夜はスタッフのお別れ会になった。みんな泣いてた。

原発の避難対象地域に病院があった。ただそれだけ。
なのに、なんで転院先から引き換え条件をだされる?
私たちの立場は下なのか?


首都圏に放射能が観測された。
「首都圏」で観測されて「はじめて」マスコミは詳しい図説をはじめた。
福島県で観測されたとき、なぜそこまで報道しない?
仮に首都圏で高濃度の放射能が観測されたとする。
そのとき、福島県はどうなっている?

原発は悪だという人がいる。
ではあなたは電気の恩恵を「一切」受けずに今まで生活してきたか?


双葉病院のことを責める報道がある。でもそれはデマだった。
(参考記事
『福島・双葉病院「患者置き去り」報道の悪意。医師・看護師は患者を見捨てたりしていなかった』
放射能がもれている、逃げなさいとしか言わない行政。
患者さんの搬送に対しては「迎えにバスがいく」といい、何時間まってもこない。
放射能がいくつもれているかわからない。
街はどんどんゴーストタウンと化していく。
極限の恐怖。
うちの病院は、一度、スタッフと動ける患者が避難。
院長が警察経由で自衛隊に要請し、ヘリコプターにて救助した。
もし、要請がとおらなかったら。
私の病院も報道の矢面にたったかも。


避難指示がでたとき、
県立病院のうち2つ「だけ」「すぐに」緊急搬送した県。個人病院は「なんとかしてください」と。
福島県と、日本政府が許せない。


昨日まで、スタッフは家族のもとへいかず、患者さんたちの看護のために働きました。
全国の医療従事者の思いは同じです。


この日記を読んでくれたマイミクの方々だけでも、私の思いが伝われば。

少しでも、真実を知ってもらえたら。


********************


友人は、差別が怖いとも言います。

多くの人に、現状を知ってほしい。
そして、その場にいた人の声を聞いてほしい。

放射能はこわい。
けれどその放射能とはなんなのか、
そのときそこで、なにが行われているのか。

福島原発の傍にいた人の話を聞いて、思いをめぐらせてほしいのです。





宮城ではネットが見られない。けどわたしたちはこういう記事を読める(ので転載)。

March 15 [Tue], 2011, 1:53

友人の日記から転載。
地元の宮城が心配だろうに、ずっと「笑いを!」と言っていた彼女の友人で、ほんとによかったわたし。


 ↓↓


わかりやすいのでそのままコピペします。
この記事を読めて本当によかったのです。

→→ 阪神大震災を経験された今村岳司さん(西宮市議会議員)のBLOG
今これを読める状態の人こそ、これからのために読んでほしい。


前後も含め、ブログを読んでほしいですが(阪神大震災での観光気分のボランティア、被災地にいない人間の発言について言及)抜粋。

 ■   ■   ■   ■

私はこの地震で何も失っていない部外者です。
そして、この地震に対して何もできない無力な素人です。
ただの「被災していない人」です。
被災していない人間に被災者の気持ちが分かるわけがないのです。
分かるわけがない相手に分かったようなことを言われたりされたりすることこそが、
相手に「被災者の気持ちなんて結局誰もわからない」を痛感させます。
とにかく、自分にできることなど何もないことを受け容れることが必要です。
「何かしよう」という気持ちが、本当に自己満足ではないのか、よくよく考えるべきです。

政府の大規模な財政出動に理解を示すこと、増税を受け容れること、
節電など、政府の呼びかけに応じて、不便を受け容れること、
被災者の苛立ちや要望をただ受け容れること、
プロが呼びかけるボランティアや募金に参加すること。
これくらいが関の山なのです。

「被災経験のあるあなたに訊きたいが、被災地に対して何かできることはないか」
と友人に訊かれたので、こう答えました。

まずは、呼ばれでもしないかぎり、絶対に被災地に行かないことです。
被災地から出ようとする人、入ろうとする支援部隊や家族で
アクセスはただでさえ大混乱ですから非常に邪魔です。
統制もとられておらず装備もなく訓練も受けていない「ボランティア」は
ただの野次馬観光客です。何の役にも立ちません。
自衛隊は、食糧から水から燃料から寝具から、全て自前で用意して出動します。
しかし、手ぶらのボランティアは、
被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、
被災者が寝るべきところで寝るのです。
完全に現場指揮に従うのであれば、
しかも生き地獄での救援活動に耐えうる技術と精神力を備えているのであれば、
行ってこればいいと思います。

次に、要請されないかぎり何も送らないことです。
何が不足しているかもわからずに送られてくるものは、千羽鶴と同じゴミです。
「着るものがないだろう」とボロを送られても馬鹿にされたと思うだけです。
水もガスもないところにカップ麺を送られても意味ありません。
現場に何が必要かを理解しているのは現場のプロだけです。
「○が不足しているのでどこに送って欲しい」という呼びかけに応えるのであれば、
ぜひ送ればいいともいます。

そして、ぜったいにこちらから安否確認の通信をしないことです。

安否確認したいのは被災していない側です。
被災していない側が安心したいだけです。
安否確認などされても被災者には何の益もありません。
安否確認で電話することは、
通信が復旧しきっていない情況で、
被災者でない側が安心したいがために通信を使用する行為です。

要はプロに任せることです。
16年前、遠くのまちの名前が書かれた消防車やパトカー、
そしてなにより規律正しい自衛隊が来てくれたときには、
ほんとうに嬉しかったです。
彼らは、これまでに見たどんな人間より気高かったです。
彼らはプロとしての技術を持っていましたし、
彼らは私たちに感謝されることなど求めていませんでした。
被災地に必要なのは、プロだけです。

私のところで学生のころ活動をし、
そのあと陸自の士官になった女の子が、きょうから災害派遣で被災地に行きました。
彼女は、明確に被災地に必要とされている人間です。
16年前の私に、人生を日本のために使うと決意させてくれた災害派遣の自衛官として、
彼女が岩手に行くことがとても誇らしいと同時に、
無力な自分の被災地に対する気持ちは、彼女に託すことにします。

被災地の復興と、自衛隊の活躍、そして、大切な友人である自衛官の無事の帰還を、
心から祈ることだけが、無力な私にできることです。


■■■

そして本日の日記。

それでもなにかできることを。〜昨日の続編



最初のみ抜粋/
大きな反響をいただいてびっくりしております。
そして、「それでも自分にできることはほんとうにないのか」
というご連絡を、遠くに住む方からいただきました。

「できること」を改めて考えました。
考えて出た結論は、
落ち着いたという雰囲気になってきたときに行動を起こすことでした。

テレビに「復興した」というニュースが散見されだしたときこそ、
動き出すべきときです。
テレビは感情に訴えかけるエンタメなので、
感動的なドラマを放送するために、「復興」を放送します。
しかし、ほんとうの復興など、そんなにすぐできるわけがないのです。
そういう報道が為されだすくらいから、
必要な物資や、必要な人的支援や、必要な資金などが明確になってくるいっぽうで、
反比例的に「助けを求めている!」という報道は減少します。
さっきまで国じゅう挙げて「力を合わせて」といっていたのに、
さらっと忘れるのです。
そういったときにこそ、小さな情報を拾って、
みんなに呼びかけてあげてください。そして応えてあげてください。

いまみたいに、テレビが連日特番をやっている情況では、
みんな「なにかしたい」と思っています。
献血に長蛇の列ができたりするのです。
それはそれで、たいへん価値のある行動だと思います。
しかし、血液もいつまでも保つわけではないので、
献血の行列がなくなりかけたときこそ献血をするべきです。

いま、自衛隊、全国の自治体の救援部隊、さらには外国からの援軍も
被災地に投入されていっています。
彼らがまずは現地入りして、救援の統制系統の下地を整えた状態であれば、
ボランティアは活きてくる可能性もあります。
ただし、彼らの指揮下に入ることが最低条件です。
(後略 大体1/3です)




被災地のために今できること “ボランティア難民”にならないために

91の国と地域、国際機関から支援申し入れ



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プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:桃子
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:1985年1月20日
  • アイコン画像 血液型:A型
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演劇ライター/ゲームシナリオライター/雑誌編集長。ほか手相・耳相占い、耳つぼジュエリーの資格あり。
【経歴】桜美林大学総合文化学科→舞台役者→海外一周→殺人事件記者→テレビ制作→家なし車生活→今。

▼演劇関連についてはこちらで記事更新をすることが増える予定です▼
http://momocom.org/


■家なし車生活ブログ■
 「拝啓、おばあさま」

■サイト:84ismでコラム中■
 “働く”ってめんどくさくね?

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