考える自分 

January 28 [Mon], 2008, 20:08
I believe God has a purpose for everything.
He must have given me this illness for a reason.

If I give up,I might as well as die right now.
Life isn't worth anything if you don't put effort into it.
You must put emotion into it.

I fight because of my desire to conquer.

What can kill me will only make me stronger.










久しぶりに見た。
1年も経っていないのに、私って変わったなっていうのが率直な感想。

今の私は、あの時の私が嫌い。
記憶から抹消したい。
助けてくれそうな人に依存しまくってた。
本当に情けなくて、馬鹿じゃねーのって思う。

でもココに残してた当時の私の言葉を見て、
ちょっとは許してやろうかな、って思った。

いや、むかつくよ。
でも、それなりに考えてたんだって思う。

今元気にやれてるのは、
「私の嫌いな私」がちゃんと未来を考えていたからだと思った。
結構、前向いて生きてたんじゃん。
「人は一人では生きられない」
とかいうけど、それと同じで、当たり前なことなんだけど、
過去の自分がいなかったら、今の自分はないんだもんね。

そういえば、わたしの大好きな先生が言っていたなあ。
「今はしんどいと思うけど、それでも闘う君を、未来の君はちゃんと好きで居てくれると思うよ」
って。

そうだね。うん。
本当だ。
その言葉を、もらったとき、
それは今の自分と未来の自分の話だと思っていたけど、
よく考えれば、
今の自分は過去の自分の未来なんだ。
この公式は、特定されたものではなくて、いつの、どんなわたしにでもあてはまるものなんだな、きっと。
生まれたときから死ぬときまで。
なんて柔軟な公式なんだ。


なんか脱線したけど、なんつか…
そろそろ、許してあげてもいいかな。
いつも、
「あの人がこういったんだ」
「また私は否定された」
ってわめいてきたけど、本当に私を否定していたのは、
「私自身」
って、もうずっと前から知ってたんだよね。

ただ、自分を許すことは破滅を意味すると思ってた。
甘えが生まれるんだ。
それがまたあの世界への扉を開く鍵になってしまいそうな気がして。

でも、ここまで来たんだ。
今は、自分で自分を信じてる。
こんな強くて、こんな必死こいて日の当る場所に戻ってきた私が、
自らあんな寂しい場所に、帰るわけなんてないじゃん。
馬鹿じゃないんだし。
今の私は自意識過剰なんだ。

もう終わりだね。
私は勝ったぜ、病気さんよー
てめえになんて負けるかヴォケ!!!

でも、色々ありがとう。
感謝することはするよ。
色んなことに気づけたし、
色んな人と出逢えたし、
何より、「健康」の大切さを知ったしね。

でも、もう戻ってこないでね♪













とまあ、言ってはいますが。
小学4年生。
あの時の不思議な感覚にはいまだにとらわれる私。

永遠のテーマだ。

「自己とは何か」

テーマは変わってないよ。
小4の当時、自分に発問したのもこれさ。

でも変わったことはある。
それは、このことを考えるとき、
「恐怖」だけではなくなったということ。

小学生の私には怖かった。
恐怖しかなかった。
とにかく目に映るもの全ての意味がわからなくて、
自分が自分でいる意味もわからなくて。
「ひとりぼっち」
なんて感覚さえも超越した
「孤独」

でも今は違う。
恐怖を抱く気持ちが0かと言えば、そんなわけでもない。
今だって怖い。
でも、今の私にはそれ以上に理解を深める能力がある。
だから、ゆっくり、考えてみる。
答えがないのはわかってる。
それでいいんだ。
きっと、答えが出ることが一番怖い。


まずは、「信じる」というところから入ってみる。
自分が自分だと、そう認めるのは何かを信じてることからくる、という設定。

信じるものはたくさんある。
「家族」「友達」「恋人」「宗教」
そして、「自分」

デカルトは、何か確実な認識の基礎を手に入れようとした。
全てを疑うことを試みて、
そして全てを疑うことができた。

知らなかったけど、9年かかったらしい。
彼はその疑いの果てに
「全てを疑いうる自分の存在」
という全認識の基盤となるこの答えに辿り着いた。

疑う自分を信じた、ということかしら

デカルトは自分以外のものは全て疑った。
勿論、
「家族」「友達」「恋人」「宗教」
は疑うことは可能だったのだろう

だとすれば、
「信じる」
という言葉は決して一義的なものではないと思った

同じ、
「信じる」
という言葉でも、
宗教や他人を信じることと、
自分を信じることとでは
意味のベクトルは正反対を向いている
そんな考え方っておもしろいかも。

いや、しらんけど。
いや、いいんだ。
それで。
今日このときのこの気分では、そんな答えが出た。
それでいい。
明日になったら、この考えが180度変わってたってそれでいい。
また考えればいい。
上書きすればいい。
自己の消費は避けたいからね。
どんどん意味を増やしていこう。

それに、考えることはわたしの暇つぶしだ。
必要なものは考える題材。考える頭。
なんて安上がりな。
でも、得るものは大きい。
良くない頭をフル回転させてクタクタになるのは結構快感。

こんなようなその時の思い付きや、
興味深い現代文の問題と出逢った時に、
自分なりの解釈をちょこちょこ日記として書いてるけど、
それを読んだ友達に、
「なんかいつも楽しそうだね」
って言われた。

最初は嫌味か?喧嘩売ってんのか?って思ったけど、
これって、たぶん、最高の褒め言葉だよね。
楽しんでる私がいて。
それは周りから見てもわかるくらいで。
じゃあ、きっと、今のこの楽しさは本物なんだろうと思った。



結論:いま、わたしはしあわせなのである


答え:そんな結論を出せるわたしはしあわせである


以上。



大切なもの 

May 25 [Fri], 2007, 16:20
今日は大切なことに気がついた一日でした。

離人感みたいなものに襲われて、感覚とか感情とか一切感じなくなった時期があった。
親や友達に話しても不思議そうな様子。
そりゃそうだよね、感情ってあって当然だもの。
でもそれが無くなったと同時に私は生きてる実感も無くした。

精一杯の力を振り絞って担当医に相談。
でも慣れることが大切って。
「薬でも出して、こんな症状消してよ!!」
って思ったけど、そういうわけにもいかない。

でも今日思ったんだ。
最近はちょっとずつ感情を取り戻してる事。
そして、先生はとびっきり効く薬を私にくれてた事。

今日、最近の不調を先生に話した。
もう死のうかと思うくらい、本当にきつかった。
そのことを正直に話してきた。

先生は、
『死ぬのはだめだよ、約束だよ。寂しくなるじゃん』
って言ってくれた。 
すっごく<嬉しい>って思って、涙が出てきた。
メールとかでは言われたことはある、でも直接誰かに言ってもらえたのは初めてだったから。
私がいなくなって「寂しい」と思ってくれる人がいてくれたことがうれしかったから。

わかったんだ、先生が私の一番の薬だってこと。
先生がいると心強い。
本当の【精神安定剤】。

通院は毎週金曜日。
だから私は金曜日に良い報告ができるように毎週頑張る。
いつからだろう?
自然とそう決めていた。
先生に話すことで、自分の一週間を再確認。
頑張ってる姿を褒めてくれて、よろこんでくれる先生を見たいって思う。

それは家族に対しても同じ。
頑張ってる姿を見せて、楽しんでる姿見せて、これがこんなちっぽけな私にでもできる唯一のことだから。

先生とは病気になったから出逢えた。
病気のおかげ。


マイナスな出来事とか、たくさんあると思う。
でもそれって本当にマイナスなのかな?
「失敗した」
そう思うことが失敗なんじゃない?

これはある大切な人に言われたこと。

『過去は変えられないけど、過去の意味は変えられるよ』


「失敗した、もう失敗しないぞ!!」
そう思えたら、その経験ってもう失敗なんかじゃないんじゃない?
少なくとも、私はそう思ってる。
だから私は、病気も中退も何もかも、全部自分の経験値として、そしてその経験からしか見出せないものを得てみせる。

もういくつか見つけた。
担当医との出逢いや四谷学院の先生方との出逢い。

健康に過ごしてたら出逢えなかった人たち、大切にしたいと思いました。

5月19日 

May 19 [Sat], 2007, 22:15
最近また調子がよくない、ということで離人感が出てきた。
自分がしたこととか、改めて思い出して記録して、実際に起きたことなんだと感じることができれば‥と思ってブログはじめてみました。
あと、色々思ったことを吐く場所がないからここに書き込んでいくつもり。


5月19日

今日で予備校の授業が始まり、一ヶ月。
今日の日本史の授業に出れば初めての一ヶ月皆勤。

学校に行ってた時、小・中・高通して一ヶ月に一回くらいはいつものアイツとか、風邪にやられてた。

皐月特訓(ゴールデンウィーク4日間朝の9時〜夜の20時まで勉強)が終わった頃からだいぶ疲れが出て、体調は悪くなっていったのはわかってた。
でもこんなとこで負けてたまるか!って思った。
何よりも一番、休んで、置いていかれるのが怖かった。
ただでさえ、中退だし、それまでだって保健室登校だし。
学校辞めてからは独学のようなもの。
頭に入ってる知識なんてふわふわしてて、入るべき場所に入ってない。
だから意地でも休めなかった。
冷たい飲み物、フリスク、エチケット袋、頓服薬、出口に近い席。
そして、授業が始まる前に先生に体調が悪いことを伝える。
完璧に整えた環境で授業に挑んだ。

でも今日はついに負けてしまった。
昨日の夜から物凄い吐き気で、身体が震えた。

小学4年生の5月10日、私は朝会の最中に吐いた。
今でも鮮明に覚えている。
母親がいないところで体調を崩すのは物凄く怖かった。
一人な気がして。

あの年頃は嘔吐とか排泄に関してやけに嫌悪感を覚える年齢だしね。
避けてく友達の姿を横目に見てた。
一人、優しい女の子が背中をさすってくれて、すごく嬉しかったなあ‥

それからとにかく吐くことが怖くなった。
今でもそれは変わらない。


今日は授業を休んだけど、配布されるプリントをもらわないと来週の授業の時、追いつくために自分は倍やらなければいけなくなる。
ただでさえ、日本史は勉強の仕方を掴めてないのに、そして英語やら古文の予習もあるのに‥
だからプリントだけはもらいに行こうと思って、行った。
行きの電車の中で何回も降りようと思った。
風邪で弱ったせいか、アイツが来たらしい。
久しぶりに電車が怖かった。
ドアが閉まった瞬間に、
『もう逃げられない』
って思う感じ、冷や汗に動悸。
最近忘れかけていたのになあ‥

なんとか四谷について、プリントもらって、わざわざ準備して置いてくださった先生の所へお礼を言いに行った。
前まで予備校の先生って勉強勉強ってだけで、
『体調悪いとか、自己管理できてねえのが悪いんだろ!』
って、そんなイメージを持っていたけど違った。
日本史を教えてくださっている先生もその一人。
『無理しすぎずに』
と言って下さった。

でもそういう優しい言葉をかけてもらえると、
自分が休んだことがただの甘えではなかったのか?
と考えてしまう。
今日も悔しくなって、帰り道で泣いてた。
甘えるのはやめようって決めたし、
あの頃の自分とはもう違うって思ってるけど、
甘いよね。
忍耐力も足りないと思った。
何も変わってないとも思った。
情けない。

もっともっと強くなりたいと思いました。
そのために今自分にできることを探したいです。




あの日からもう一年以上経つ。
あの時の私は私が今日も生きてるなんて思ってなかったんだよね。
あの瞬間に終わらせたはずだった。
でも中途半端に終わり、
多額の治療費がかかり、
家族には本当に迷惑をかけた。

当の本人は、
そのときの記憶すらなくて、
何もなかったように生きてる。

何してるんだろう。


私が家族にできる恩返し。
『早く元気になること』

お父さん、お母さん、お兄ちゃん、
ごめんね、いつもありがとう。


この経験から学んだこと、
『先に何が起きるかなんてわからない、だから考えない』


今この瞬間を確実に
一歩一歩
踏みしめていかないといけないって。

P R
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