はじめに 

2007年04月30日(月) 11時18分
私は2007年4月10日に子宮頚癌で広汎子宮全摘出を受けました。
癌家系なのですが26歳で癌になるとは・・・
癌と知ってから色々なサイトで自分の病気について調べました。
自分と同じ病気になった方のブログなどを見て、すごく勇気づけられました。
今まではmixiで日記を書いていましたが、mixiの日記は検索にHITしません。
自分と同じ病気になった人達をこのブログを見て少しでも勇気づけられればと思い開設しました。



入院中お世話になった方々にこの場を借りてお礼いたします。
家族はもちろん、忙しい中お見舞いに来てくれたお店のお姉さん達
手術をしてくださった先生方、明るく元気付けてくれた看護師さん達
メールで勇気付けてくれた友達


不安な中頑張れたのはみんながいてくれたからです。
本当にありがとうございました。


異変 

2007年04月30日(月) 12時34分
初潮からずっと生理不順で、3ヶ月に1度くらいしか生理がきませんでした。
子供を2人産んでも変わらず、月経前症候群(PMS)が酷かったので、半年ほど前(18.5.20)からピル
を飲み周期的に生理をこさせていました。

ピルを飲み始めてからは体調もよく、月経前症候群(PMS)も軽かったように思います。


18.12.21

ピル服用中、予定日より10日ほど早く生理がきました。
赤い出血ではなく、生理の終わり頃のような茶色っぽく少量の出血でした。
この時は、癌のことなどまったく頭になく「一応病院にいってみようかなー」くらいの感覚でした。

ピルを処方してもらっている病院へ行くと、先生が
「あなたが嫌じゃないなら一応内診しときますか?」と、聞かれました。
「やべっ!お風呂入ってくればよかった」とか思いながらも、内診することに。

内診してもらった所「生理の出血ではなく、不正出血ですよ。一応癌検診しときますね。」と言われました。
長女を出産した時に1度癌検診は受けていました。
その時はクラス3aで軽度、中等度異形成でしたが、それもたいして気にすることなく過ごしていました。
今回もそんなもんだろうと思い気楽に家に帰りました。

子宮癌検診(細胞診)の結果 

2007年04月30日(月) 13時17分
18.12.26

「検査の結果が出たので、病院に来てください」と電話があり、細胞診の結果を聞きに行きました。
結果は電話でもいいですよと言われていたのに、病院に来てくださいと言われたので、あまりいい結果じゃないのはわかりました。

検査の結果クラス4で上皮内癌の疑いがあるとのことでした。
その中でも【腺癌】の可能性があると言われました。
「精密検査が必要なので紹介状を書きますね。」
と言われ大崎市民病院に紹介状を書いてもらいました。

「年末年始は仕事が忙しいから、病院に行くのは年明けでいいですかね?」と聞くと
「あなたみたいな人は明日にでも行ってください」と意味不明なことを言われ
「この忙しいときに病院どころじゃねーっつーの」と思いながらも翌日行くことに・・・

この時も多少の不安はあったものの「自分が癌になるわけがない」と思っていたんだと思います。


精密検査(組織診) 

2007年04月30日(月) 13時37分
18.12.27

紹介状を持って大崎市民病院へ。
「大きい病院は待ち時間が長いので好きじゃないんだよねー」とか思いながら産婦人科に行き、精密検査を受けました。
コルポスコープで膣内を拡大し鉗子で米粒〜小豆大程度の組織を何カ所かつまみ取る検査をしました。
痛みはほとんどありませんでした。
膣内を見ている先生が「うーん。怪しいねー。」と言っていたので、そこで初めて「えっあたし癌なの」と思いました。

お正月を挟むので、検査結果は年明けの15日とのこと。
長い長い半月の始まりでした。


結果が出るまで 

2007年04月30日(月) 13時48分

結果が出るまで半月もあったので、色々考え込んでしまいずっとイライラしっぱなし
「癌だったらどうしよう。死ぬのかな?あたしが死んだら子供たちはどうなるの?」とか
考えて子供たちの寝顔を見ながら涙する日々でした

昔からみんなに「お前は危機感が足りない」と言われていました
ヤバイ状況になっても「どうにかなる。あたしは大丈夫。」と気楽に考える所がありました。
これは性格なのでなおらないんですが、自分が死ぬことに対する恐怖はなくても、子供たちを置いて逝くということに激しい不安を覚えました。
旦那は年下なので、あまり旦那に頼ることなく何でも自分でやってきました。
「あたしがいなくなったらこの3人はどうなるんだろう・・・」
ずっとそればかりを考えていました。

気楽に考えてて、いざ癌ですよって言われたら相当ショックを受けると思い、今回ばっかりは一番最悪な状況を考えて結果を待つことにしました。

「相当ヤバイ癌で、余命3ヶ月です。」

とか言われることを想定して、これよりも良かったら「予想よりは良い結果だった」って思えるかなって。



精密検査(組織診)の結果 

2007年04月30日(月) 14時06分
19.1.15

精密検査の結果を聞きに病院へ。
旦那がついてくると言っていたが、旦那はキレやすいので、私の体に異常があった場合、「ふざけんな」とか言って先生に八つ当たりしそうなので断り一人で行くことに。

結果は前回と同じクラス4【腺癌】と診断。
約1ヵ月後に円錐切除手術を受けることになりました。

この頃には腹も座り、色々調べて精神的にも落ち着いていたので、癌と言われても普通に受け止めることが出来ました。

円錐切除をして、詳しい進行度などを調べるとのことでした。

家に帰って旦那と母に伝え、1週間の入院だから子供たちよろしくねとお願いしました。


円錐切除 

2007年04月30日(月) 14時17分
19.2.18

円錐切除の手術を受けるために入院。
病室は想像より3割増しで古かった・・・
お化けと虫が死ぬほど怖いあたしとしては、 古い=なんか出そう となる。
個室は絶対嫌だったんだけど、手術の先日と手術した日は個室だそう。
手術に対する恐怖ではなく、お化けに対する恐怖で眠れない夜を過ごしました・・・
21時から絶食。眠れないからお腹空いてきつかった・・・

19.2.19

いよいよ手術当日。
7時から絶飲。7時ギリギリにお茶を一気飲みしました
注射嫌いなあたしの最大の敵点滴を9時につけ、12時に家族が来るのでそれまで待機。
手術に対する不安は無く、頭にはラーメンとカツ丼食べたいって事しかありませんでした

12時に家族が来て、いよいよ手術室へ。
歩いて手術室まで行き、手術台へ上る。
手術台は分娩台のように足を開いて座るヤツでした

台に上がり、背中から脊髄麻酔の注射を受ける。
想像してたのより全然痛くなくて楽勝
麻酔科の先生が麻酔の効き方をチェックして、いよいよ手術へ。
ちなみに腰椎麻酔なので意識はあります。

円錐切除もいろいろ種類があるらしいのですが、あたしはLEEP式で電気メスを使ってするものでした。
手術は30分ほどで終了。
痛みも無くかなり元気
でも、麻酔が効いてるので下半身は動かせないから不思議な気分でした。

病室に戻り、足に血栓予防のフロートロンという器具をつけて血圧と熱を測る。
点滴は維持。
病室に戻るとすごく寒くなり、熱を測ると35.4度くらい(正確には覚えてない)
眠いんだけど寒くてなかなか眠れなかった

円錐切除 -2- 

2007年05月03日(木) 16時07分
夜になり足の感覚が徐々に戻ってきて、少しづつ動かしてみる。
感覚が戻ってくると、器具で足を動かせないのがかなりしんどい
踵がだんだん痛くなってくる。でも朝までガマンガマン。

朝になり動けるようになったので、尿管を抜いてもらい、自分でトイレへ。
お水も飲んでいいよと言われ一口飲む。
お昼からは全粥だけどご飯も食べれた
出血も少量で、痛みは全くない。
看護師さんが「痛み止め処方されたから飲んでね」って痛み止めを持ってきてくれたけど
「何の痛み止めですか?」って聞いちゃうくらいでした

19・2・23

退院しました。
入院期間は1週間。
たった1週間だけど、子供たちと離れて暮らしたのは初めてだったから
子供たちにも大分負担をかけてしまったかも。

入院期間中は義母が青森から来てくれて家のことをしてくれてました。
大変感謝です

円錐切除の結果 

2007年05月03日(木) 16時43分
19.3.9

円錐切除の結果を聞きに行く日。
旦那と子供も一緒に行くことに

初期の癌の場合、この手術だけで治療完了になることもあるらしいけど、
あたしのなった【腺癌】という癌は、頚癌の多くの人がなる上皮癌と違い
悪性度が高く転移しやすい癌らしい。
いろんな人のブログなどを見て【腺癌】の一般的な治療法は子宮全摘出だとわかっていたので
これで終わりとは思っていませんでした。
子宮全摘出をすることを前提に、癌の進行度を聞きに行くって感じでした。


診察室に呼ばれ、先生にお話を受ける。
「子宮頚癌の【腺癌】でステージは1bだと思われます。」とのこと。
子宮全部とその周りのリンパなども取り除く広汎子宮全摘を進められました。

手術の前に自分の血液を輸血用として保存するための、自己血を2回に分けて800ml採るとのこと。
それと、手術の説明を聞くための日を予約して帰宅。

大体予想通りだった。

入院説明 

2007年05月03日(木) 17時01分
19・3・28

旦那と子供たちと入院の説明を受けに病院へ。
その後自己血を採る予定。

最入院の日程は4月9日に決定。翌10日に手術。
手術をする際に『卵巣は残すのか?』という問題が出てきた。
卵巣を摘出する場合のメリットは、卵巣への転移が無くなるということ。
デメリットは女性ホルモンが無くなるので、更年期の症状が出ること。
【腺癌】は上皮癌に比べて、卵巣への転移が何割か多いらしい。
もし卵巣へ転移した場合、再度入院して手術となるだろう。
あたしは、何度も入院して子供たちや家族に負担をかけたくないので、転移の可能性が少しでもあるなら
卵巣も摘出したいと希望した。
でも、旦那は更年期のような症状が出た場合、ホルモン剤を飲み続けなければならないと聞いて
卵巣は残したほうがいいと言った。

先生の前で言い合いになってしまい「手術当日までに話し合って決めておいてください。」と言われた。

家に帰ったら話し合いだなーとか考えながら、自己血を採る為の検査採血へ。
問題なしとの結果で、自己血を採る為に人工透析室へ。
点滴嫌いのあたしには血の気が引くような部屋でした・・・

両腕を肘まで洗い熱を測り、いよいよ自己血を採る作業へ。
献血と同じですね。
かなり太目の針を左腕に刺します。
しかも補佐する人が隣についている。
なんか大掛かりで更に血の気が引く・・・
針を刺してチューブの中を黒い血が流れて行きました。
「血って黒いんですね」って言ったら笑われた
怪我をして出てくる血とは違ってほんとに黒いんですよ

10分ほどで終わりました。
貧血も無く無事終了。
でも、もう1回やらなきゃダメだと思うと憂鬱でした・・・


プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:艶
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    ・ファッション-Pinkが大好きでPink色の服や雑貨が家に溢れかえってます(汗
    ・インターネット-無くちゃ生きていけないかも(汗
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26歳の主婦旦那が24歳3歳の長女と1歳の長男の母です
2007.4.10に子宮頚癌で広汎子宮全摘出を受けました
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