海を渡ったこと。

May 06 [Fri], 2011, 7:35
月中旬から九州に行ってました。ミッションは祖母の介護もうすぐ歳になる祖母は、部落の中でも有名なガンコモ。ワタシの残念な事件の原因にもなることもあるくらい変わり者で有名です。年以上も前から、自宅を使いやすく改造することや体調管理などを◆足フェチ博覧会◆家族親族がアドバイスするも全て拒否し自分一人で生きていくんだと言って聞かなかった彼女。でも、歳ともなれば加齢には勝てません。体調を崩し、療養も兼ねて入院したことをきっかけで、介護保険の瑞ソをしました。もうこんなところにはいたくないということで、無理矢理退院をしたとこで身の回りのことは自分でできるわけでもなく、介護保険の瑞ソ手続きは約ヶ月くらいかかり、それまでヘルパーさんやデイサービスなどは完全実費になってしまう。ということで、ワタシが退院に付き合った父と交替で、介護瑞ソ手続きが終わって、サービス利用開始まで一緒に暮らすことにしました。と一緒に暮らすようになってからあれちょいちょい言動がおかしいわけです。一週間もすると、ドラマで見るような光景が広がることもあり、認知症なのでした。一人で長いこと暮らしており、バスは一日本、一番近いコンビニまで車で分部落の人数はほんのわずかで、それぞれが高齢者となっているそんな毎日の中で、少しず発症し進行していたようです。被害妄想、時間間隔のズレ、徘徊、不眠真夜中の徘徊の後、保護しそのまま救急車で病院へ入院介護保険も認定され、グループホームへお世話になることになりました。なんて矢先に、今度は肺炎で入院ですっては弟も含めて、両親が行きまとめて環境を整え、彼女の精神的な面も含めてケアをするとのことなので少しは安心なのだけど、やはり歳近くの肺炎はもの凄く怖い。入院してしおらしくなっている祖母の様子は悪態をかれてふざけんなって思っているよりも、実はしんどいことに気が付くガンコでくそばばぁが、彼女のエネルギーのバロメータだったような気がして。介護ってなんだろうお年寄り向けとか、女性好みってなんだろうそれって、上から目線の勝手な思い上がりだったんだろう、そんな風に自分を反省する毎日です。しばらくは祖母の介護を視野に入れて生活することになりそうです。ただ、嬉しい出会いもあって、地元のビッグバンドの方々を知りあうことができました。一緒に音を出したり、コンサートにまで参加させていただくことができました。地震の際には、ワタシがボランティアをしている児童養護施設に対して防災用具の援助なども多々していただき、本当に本当にありがたい。ちなみにビッグバンドの皆様はこちらよしだポップスオーケストラ海を渡ってから色んな事が起きましたが、全てがプラスになっていることに感謝です。九州と関東を行き来していることで色々な方に多々ご迷惑をおかけしているのですが、どうかお許しください
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