蝋燭 

November 25 [Thu], 2004, 13:02
髪の毛が根こそぎ抜けるんじゃないかってぐらい考えて、悩んで、一緒に包まった白いシーツの中どうしようと小さく呟いたこともあった。返ってくる言葉はいつだって好きにすれば良いよだったけれどその言葉が聞きたくて訊いていたのかもしれない。ずるい自分。背中を押してくれているという確かな肯定が欲しかったのだ。そうして自分に与え、与えられたもう2年間のモラトリアム。カタカナ語にすれば格好よく聞こえるけど、曖昧な自分に対する甘やかしに他ならないんだってことぐらいもう気付いてる。だってその時一緒にシーツの中で温め合った人はもうとっくに所謂社会の荒波に揉まれていて、荒波の中でも自分の立つ場所をしっかりと見つけて足を踏ん張って前をぐっと睨んで立っているのだから。
プカプカと頼りなく水面に浮んでいる自分の癖に、しっかりと地に足を着けて生きるその人と離れたくなくて、間違っていると分かっていながらも妙な『ケジメ』をつけることにしたのが丁度1年前。色々と都合が良いからと独り暮らしていたその人の部屋に迷惑以外の何ものでも無かったけれども、衣食住の衣だけを携えて身を寄せたのだ。周りにも家族にもバカだのアホだのヒモだの言われたけれど。衣を抱えてドアホンを鳴らした自分を見てその人もぽっかりと口を開けたけれども、やっぱりいつものように好きにすれば良いよと言ってくれたから、好きにした。
スペアキーは実家にあるから、とスーパーの靴修理コーナーでコピーした銀色の鍵に浮かれてその人にくっついて一度だけ行ったことのあるショップで見たキーホルダーを今度はその人を引っ張って連れて行き買ってきた。リングに鍵を通して鍵掛けに並べて吊るした時、とてつもなく幸せだと思いながらその人を見るとその人も微笑んでいてまた、幸せになった。

クッキーの崩れる音 

November 21 [Sun], 2004, 12:59
通い飽きた、否、通い慣れた道を顔も上げずに歩く。両の手をポケットにしまって歩く程外気はまだ肌に冷たさを感じさせることはなかったが辺りは既に暗くなっていた。確実に冬は迫ってきている。今日のことを考えながらも多少の羽目を外してしまった昨日のせいか、それとも単に日々積もっていく様々な意味での疲れなのか、ともかく常よりも重く感じる己の足取りに溜息を洩らせば、それとは裏腹の軽快な音が鳴った。
秘める、と言うほど彼と自分に目が集まるかというとそうでもないのは決して目立たない人間だとか淋しい理由ではなく立ち回り方の問題なのだろう、周到さと言い換えたら聞こえの良いズル賢さは似通った気質だと思う。言い争いながらも隣に座りあった可愛らしい頃から変わらない居心地の良さをそこに得る。疲れた体を引きずりながらも誘いを断らない理由はこの程度で足りるだろうか。
待ち合わせた店の前で鶏の文字と姿を象った看板を見て昨日も鳥だったよと言ってみたけれど片方の眉をヒョコっと持ち上げただけで流されてしまった。背中を向けて帰ることも出来たけれどそうしなかったのは久しぶりだからで、結局最近の好みらしい単なる焼き鳥一歩手前の料理をこれまた最近の自慢らしい焼酎蘊蓄をダラダラと聞かせられながら食べた。ただ食べている様をじっと見つめる様子に彼の段々と変わる目の色味には心の底笑ったけれど。

羨望 

November 14 [Sun], 2004, 12:56
不思議なところで同調していても時間の都合をなかなか合わせられないのは互いがそれぞれの場所で嘗て望んだように『忙しい』時の流れに揉まれているからで、それはそれでバランスが上手に取れていると思っているから卑屈にはならない。この身を置いている場所で閑散期があるということは良くも悪くも己の考える方向が深みに落ちていってしまって、大方の場合悪い方向へというのが多いから忙しいに越したことはないけれど、でも、時々立ち止まってみたくなる時もある。
あるいは、戻れるところまで戻って、修正しながら今日の日まで歩き直せて来れたなら、などと。
そこまで考えて直したい場所って、時って一体何時なのだろうと思う。
パスタを丸めていたフォークが音を止めたのに気が付いた。どこか薬っぽさを感じる黄色い米粒を浚いながら相手の手元を見、ちらりとその顔を見遣れば確かに視線は丸めたパスタの乗ったスプーンに落ちていたけれど焦点はスプーンも木製のテーブルも突き抜けて、いや、その盤面に衝突して辺りに拡散しているかもしれない。こういう時、声を掛けるのも体に触れるのも得策ではない。それは彼に限ったことだけれど、この時自分は正しくひとりになり、彼を思うだけ独りにさせようと思った。
何でもない風を装いながら細心の注意を払って黄色の米粒を片付け、細長い貝の中身も殻の付いた海老も食べ終えたところで、ポケットにしまったままだった携帯をテーブルの上に置いた。小さな音にその間もずっとパスタを見つめていた彼はようやくゆるゆると視線を上げ、もういちど手元を見つめて。今度は瞬きを繰り返した。

 

November 03 [Wed], 2004, 12:50
シャワーを浴びて出てきたら既に眠っているとばかり思っていた人が肌に掛けたベージュの羽根布団から長く白い腕を出して本を読んでいた。とても珍しい光景だった。
肌を合わせた後引き摺られるように眠るということが無かっただとか、もうこんな季節だ。平素は薄着で過ごすくせにこんな風に過ごした後は寒い寒いと言ってすっぽりと掛け物に肌を包んでしまうのにだとか、何より場所、空気、時間そのどれにも囚われず本を読む姿など。見たことが無いと言っても間違いではない筈だ。
何しろ学生の時分から読書感想文さえ誰かに本を読ませて感想文を書かせていたなんて話がまことしやかに流れているくらい、読書とは縁遠い人だから。この人において、『秋』という季節に冠を被るなら食欲、あるいはスポーツであって多少の芸術派含まれたとしても読書など、他の冠を頂くのに忙しくて暇が無いと言うのが自分の中での定石だ。確率詞を珍しいから有り得ない、に引き上げたとしても誰も文句は言わないかもしれない。
珍しいといえばそうだ。
共に摂った食事の後、大きなCDショップに立ち寄って見るとも無しに店の中を歩いていればまず行ったことも無いクラシックのコーナーへ足を運んだ彼を何事だと後追ったのだ、ついさっき。目当てのものを探し出せなかったらしく店員に問い検索までさせて購入したのは見たことも聞いたことも無いアーティストのアルバムだった。珍しい、珍しいと感じるのは久しぶりだということを殊更意識させられている気がして途中から考えないようにしたのだけれども。

フレーム 

October 26 [Tue], 2004, 12:44
一番に好きだなんて言葉、貴方なら笑ってバカ言えと言うのだろう。
一番に好きな人。
靄の向こうに浮かぶ顔はその所為だけとは言い難い不明瞭さで、懸命に目を懲らしたけど結局輪郭すら判然としなかった。向かい合いながら遠ざかるあの人は誰だったのだろう。目が覚めてある種の後味悪さに喉を鳴らし手に取った電話の、直近の発信番号は愛しいはずの恋人のものじゃなく秘めた逢瀬を重ねる彼のものだった。

招き入れられた少し背の高い車の助手席に背を埋め、前を見たままに夢語りをする。近況を伝え合うような甘やかな関係ではないと一応は弁えているので自分と彼との隙間を埋めるに相応しいのは他愛もない、過ぎ行く時間に紛れ、次第に形を失いゆくもの。淋しいと感じる心が無いと言えば嘘になるけれど、これが本来の形からは歪み、逸れたものなのだから仕方がないと納得せざるを得ない。
本来の形とて到底真直ぐなものではなかったけれど。
夢語りに、自覚のある不誠実さを指差されて。特に腹が立ったわけでもないが口をつぐんだ。
拗ねたのか?と問う声へ車窓に飛ぶハロゲンランプの橙を数えるのに何故か意識を囚われていて反応が遅れる。
おい、と再び声を掛けられると同時、頬に指の背が触れた。
なに、と首を傾げ見遣ればそのままするりと撫でられて二人一緒に小さく笑う。
いつに無い甘い空気への照れと、必要の無い甘い戯れへの嘲り。
どうしようもない自分達にもう一度笑えば車は静かに停まった。

 

October 20 [Wed], 2004, 12:43
年齢の壁、知性の壁。様々な障壁が自分の周りにはあると思う。一番厄介な壁は薄そうでいて破れにくく、柔らかいのに穴を開けられない。体当たりをしたところでその弾力に当たった力の分だけ簡単に弾かれてしまう、この人と自分の間の壁。
一見人好きがして柔和な笑顔をしているけれどその実懐に入り込んでいる人間はその人の周りに一体どれだけいるのだろうか。まったく性質が悪い。こうして膝の上に簡単に頭を乗せさせて、一定のリズムで髪を柔らかく撫でておきながらも、撫でている人間には少しの心の動きも無くて。撫でられている自分といったらその手が温かくて気持ち良い、と思うと同時無駄に心臓がバクバク言っているというのに。もしかしたら頭の後ろの血管は心臓と同じくみゃくみゃくしていて、膝の皮膚がそれを感じ取り自分の変な動揺をばっちり感じ取っているかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなくなってガバリと身を起こした。
途端、微妙な距離でその人が読んでいた雑誌の背が額に痛烈なヒットをかまして鋭い痛みが襲ってくる。起こした身を屈め、呻くと爆笑しながらも大丈夫かよ、と様子を伺い顔を覗き込んでくる。鼻先がくっつき兼ねない距離にまた驚いて顔を上げると目に笑いを残したままの顔で、赤くなっちゃってるよ、と優しく額を撫でて来た。痛いの痛いの向こうの墓場に飛んでいけ〜、と変な呪いを繰り返しながらされるがままに撫でられている。不意にその手を掴んで抱き寄せたい気持ちが湧き上がってきたけれど、実際に体は少しも動く事は無かった。見えない壁に跳ね返されるかもしれないと体ではなく心が竦んでいる。
その壁を打ち破ることが出来るのは何時になるのだろうか。思いながらもうとっくに離れてしまった額に当てられた手の温もりが心の底にこびりついていた。

世界 

October 19 [Tue], 2004, 12:41
世界が色を変えた、なんて陳腐な言葉を良く聞く。陳腐だけれど、しかしそれは本当なんだな、と隣を歩く度に思う。来る時に歩いた道をただ逆方向に歩くだけなのに、昨日だってこの道を自分は歩いたのに。他の誰でもなく、この隣に歩く時だけ恥ずかしいほどに世界は色々な色を帯びるのだ。知られてしまったら顔から火を噴けるほどに恥ずかしいし、このことを告白されたら隣だって間違いなく3メートルは後退るだろう。だから、今はまだ、自分ひとりの秘め事だった。
最近良い感じの店を見つけたんだ、意気揚揚に話す隣とは然程趣味が近しい訳ではない。だから後でひとりで赴いてみても彼が言うほどに『良い』とは思えないことも多い。しかしこうして一緒に入れば自分にはこんな趣味があるのか、と首を傾げたくなるほどにたった一枚のポストカードでさえもとんでもない宝物に見えてくるから心で苦笑を零すしかない。もうすぐ冬だから、とニットの帽子とマフラーを求めにやって来た店で、片っ端からコレはどう、アレはどう?と纏ってみては感想を求められる。どうしようもなく自分にとっては不毛な時間でも楽しいのだ。
お揃いにしようよ、と冗談めかして言ってくるのを馬鹿言うなとやり過ごして。でもこれを言われるのが自分じゃなくていくつか浮かんだ他の人間なら冗談に冗談とも気付かず商品を手にレジへ向かったに違いない。可笑しくて笑い出す。何が可笑しいの、と問われても笑っているといつの間にか一緒に笑っている。
笑えるほど簡単に、自分の世界を塗り替えてしまう人。こういうのを『好き』と言うんだと改めて思い、北風に目を細めて微笑んだ。

 

October 18 [Mon], 2004, 12:39
足りない、足りない、足りない。
夜中、突然目が覚めた。悪い夢を見ていた。逃げようと必死に走るけど闇は決して開ける事が無くて、前後の区別も付けられない漆黒の世界にだけれど走り続ければそこに光が射すのではないだろうかと、必死に走っていた。そして、自分は何かを叫んでいた。ただその言葉だけが張り裂けそうなこの胸の何かを宥めてくれていたんだと思う。
目を開けて。でもそこに光は無かった。道理だ。まだ夜が明けるには数時間も早くて、眠りに落ちる前最後に見た時計の時刻の方が夜明けよりよっぽど近い時刻だった。寝入ってすぐに夢をみたのだろうか。
そして、唐突に胸痛が襲ってきた。息を吸い込もうとする度に胸がその骨ごと砕かれるんじゃないだろうか、という痛みに襲われる。吸っては詰め、詰めては吐き。自然息が荒くなる。胸元を掻き毟るようにベッドへ倒れ込むとそこには自分など全く構うことなく安らかに眠る顔があった。そうだ、今日はこの人が隣に居た。思い、片方の腕を恐々とほんの少し覗く肩に回す。シーツ越しに腕へ伝わる確かな体温に胸を裂くような痛みが少し退く。そのまま抱き寄せるように近付いて鼻先を柔らかな髪に埋めた。僅かに湿っている所為か、甘い香りが殊更強く感じられた。その香りを頼りに息を吸い込む。少しずつ、少しずつ。最初は口の中に溜め込むように。段々と奥へ誘い込む。何度目にか、肺の細胞ひとつひとつがその香りで満ちるほどに深く吸い込んだ。あれほどの痛みはいつしか消えて、変わりに疼くような何かが胸の奥に残る。まるで吸い込んだ香りがそのまま停留してしまったかのように。
肺全体を侵したそれは二度と浄化されぬ甘い毒のように刹那の幸福と永遠の絶望を自分に知らしめる。この人が足りないと思っては求め、一瞬の幸せに酔い、また足りないと藻掻く。
もう、逃れることは出来ない。

 

October 10 [Sun], 2004, 12:37
「っつ…ー」
腕の中のモノが揺れないよう自分の体位を少し変えようとした時、背中に小さな引き攣れのような痛みを感じた。その反動で結局ベッドごと小さく揺らしてしまう。
「…ん……」
モゾモゾと動いたが、幸い覚醒させてしまうに到るほどのものではなかったらしく、そのむずがる様子がなんだかとても可愛らしく目に映り思わず微笑んで、そのままその柔らかな髪を梳いた。地肌が少し湿っぽく感じるのは寝汗の所為なのか、今こうして此処に二人して来て寝るに到った行為所以なのか。撫で続ける手に口元を少し微笑んだ形にしたまま規則正しい寝息は変わらない。
引き攣れた痛みは爪を立てられたからか、と今更に気が付いて笑う。爪痕を付けてこれから数日、痛みを感じる度に思い出させようと言うのだろうか。まさかそんなことを考えている筈もないだろうけれど、思い至らせるほどに大人にもなったんだ、と感慨深くも思いしみじみと溜息を吐く。肌に触れ合い爪痕を残される。少しずつ成長していく相手と自分達の恋。珍しくくすぐったく感じて胸の高鳴りを感じた。ジタバタと暴れるわけにも行かず、視線を落せば晒されたのは白く滑らかな膚。悪戯を思いつきそのまま唇を寄せて強く吸う。流石に今度は意識に響いたのか、落とした紅い跡に満足に笑うと同時にしっかりと腕に抱き止められた。胸に抱かれコレじゃ赤ちゃんじゃねぇか、と苦笑を漏らし、今日はこのまま眠ってしまおう。そして起き抜けに胸元の印を見て怒りながら俯き微笑むだろう様を見てやろう、と抱かれたまま目を閉じた。

もう、いない? 

October 08 [Fri], 2004, 12:25
遠くに声がして、ふと目を醒ました。辺りはまだ闇に包まれている。二度、三度。ぼんやりと瞬きをすれば、視界の端に自分の意識と同じ位にぼんやりと光るのを見止めた。追えば、そこにあったのはベッドサイドを照らすデジタルの時計。
未だはっきりとしない目で見れば午前三時を半分過ぎたところ。一番鶏は鳴くと言うけれど、此処にはそんなものが居る筈も無い。
思いつきをひとつひとつ追いかければ、ベッドの中居るのは独りだと知る。
…また、帰っちゃったんだ。
心の中呟いて目を閉じた。でも、瞼の上を時計の目障りな緑色発光がちらついていて。それがやけに気に障ったのは包まれて眠ったその腕が今自分を包んではいてくれなかったのが悲しかったから、とか。あんなにも熱かったのに空調の効いたこの部屋は適温を通り過ぎて肌に冷たいんだ、とか。丁度見てしまった数字が否応もなく此処に居た人のことを思い出させたから、とか。それらが呼んだとは思いたくなくて、ただ単に明るくて嫌なんだ、と。だったらもっと厚く遮ってしまえば良いんだ。
そう決めて、腕の代わりとばかりに掛けられたベージュのブランケットを頭から被る。そして、失敗だったと唇を噛み締めた。
温かなそれがそれが閉じ込めていたのは、暖かなあの人の匂い。
此処にはもう居ない、あの人の匂いが、この胸をぎゅっと鷲掴みにしてしまう。
何処にも行かないで、その腕で何にも触れないで。此処に居て、この身をその腕で包んでいて。
決して音には成らない懇願が、瞑った瞳から涙になって零れ落ちた。
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