2冊の本

November 12 [Sat], 2011, 1:22




子供の頃、突然近所の知らないおばさんに

「うちの子大きくなって読まないからあげるわ」

と、2冊の本をもらった。

母親からは「知らない人から物をもらってはいけない」ときつく言われていたが、
知らないとはいえ、近所のおばさんである事は分かっていたのでありがたく貰った。
でもばれると怒られるような気もしていたので、こっそり持って帰り、
いつも隠れて読んでいた。読み終わった後は秘密の隠し場所に隠しておいた。

貰った日から、その本を夢中で読んだ。1冊は妖怪の本で、もう1冊は地獄の本。
どちらも当時の僕には恐ろしく、妖怪に出会ってしまった時の対処法とか、地獄に落ちないように
するには…とか毎日考えていた。
眠る前には必ず「妖怪に会いませんように」と「地獄に落ちませんように」
と神様にお願いしていた。

いつの間にか本もなくなり、そんな思い出も忘れてしまっていたのだが、
昨年その近所のおばさんの家が改築をしているのを見て、急にその本のことを思い出した。

当時は分からなかったが、妖怪といえば水木しげる先生だろうとパソコンで検索をかけると
妖怪の本はすぐに見つかった。
やはり水木しげる先生の「世界の妖怪大百科」という本だった。
表紙もはっきりと覚えていて、すぐにこれだと分かった。
さっそく購入し、懐かしいなと思いながらページをめくると
よっぽど真剣に読んでいたのだろう、ページをめくる前に次のページの妖怪が分かっている。
内容もほぼ覚えていた。
子供の頃恐ろしいと思っていたが、今読んでも恐ろしい。
出来れば会いたくない。そんな妖怪ばかりだった。

なぜか、「アシャンティ」という顔や手足がさかさまについていて、声をかけられたら
なんでもさかさまに答えなければ、バラバラにされて魂を食べられてしまうという、
アフリカの妖怪にひどく怯えていて、さかさまに答える練習などもしていたことも思い出した。


もう1冊の地獄の本も探してはみたのだが、タイトルも著者も記憶には無く、結局見つからなかった。

が、先日秋のプチツアーの最終日、高野山へ行き、何を買うでもなく
ふらりと立ち寄ったお土産屋さんで…、見つけてしまった。

表紙を見るなり記憶が蘇った。
その名も「地獄と極楽」
死んでしまった良いことも悪いこともしなかった人が、生まれ変わった時に
悪いことをしないよう、八大地獄を見て回るというお話。

こちらも、今読んでも恐ろしい本だった。






俺のパンツがない事件

October 10 [Mon], 2011, 12:44




先日北海道へ行った時のこと。
僕は温泉付きの旅館にその日の宿を決めた。チェックインを済ませさっそく温泉へ。
昼間なのでがらがら。
脱衣所へ入っていくと、おじいさんが二人入っていた。
二人とも湯上りらしく、一人はドライヤーで髪を乾かし、
もう一人のおじいさんは素っ裸でベンチに腰掛け涼んでいた。

軽く会話を交わし、服を脱いでいると突然涼んでいたおじいさんが叫んだ。

「俺のパンツがないぞ」

どうやら他のお客さんが間違えて、涼んでいたおじいさんの浴衣を着ていってしまったらしい。
宿内なのでみんな同じ浴衣。確かに間違えやすい。
ドライヤーのおじいさんがお仲間なようなので、とりあえず僕は風呂へ。

温泉に入っている間も脱衣所からは

「フロントに連絡してくれ」とか「困ったなー」

とかおじいさんの声が聞こえていた。

風呂から出ると、おじいさんはまだ素っ裸で浴衣をはおっていた。
が、旅館の人も来ていて、どうやら間違えて着て行ってしまった人も見つかったらしい。
間違えて着ていってしまったおじいさんは、

「すみません」

とパンツとランニング、股引などを脱ぎながら素っ裸のおじいさんに渡していった。
素っ裸のおじいさんも笑いながら

「よかったよかった」

と言って浴衣を渡していた。

まるでサッカーのユニフォーム交換のような感動的なシーンだった。





せつない話

May 03 [Tue], 2011, 1:12




小学生の頃自転車ブームがあった。
みんなお気に入りの自転車を誕生日やクリスマス、お年玉
などで買って、無駄に集まっては乗り回したりしていた。
そんな中一人だけ新しい自転車を買えないN君がいた。
N君が乗っていたのは、家族共用のママチャリ。
かごはひん曲がり、チェーンも錆びついていた。

そんなある日、N君はごみ捨て場に捨ててある自転車をみつけた。
捨てられていたのはボロボロのマウンテンバイク。
N君は、その捨てられていたマウンテンバイクを持ち帰りピカピカに磨いた。
錆をきれいに落とし、パンクを直して、チェーンも付け替えた。
壊れた部品は買い換えて、新品同様とまではいかないが、
捨てられていたマウンテンバイクは見事に生まれ変わった。

N君はだれよりもその生まれ変わった自転車を大切に乗っていた。



しかし数日後、お巡りさんにつかまった。




電車の中で

February 02 [Wed], 2011, 2:00



今日の日記は酔っぱらったサラリーマンが
電車の中でゲロを吐いた話なので、
読みたくない人はすっ飛ばしてください。



終電近く、横浜から京浜急行下り「特急久里浜行き」に乗り込む。
車内は少し混雑。たまたまつかまった吊り皮、
目の前には見るからに具合の悪そうなサラリーマン。新年会帰りか??
顔は真っ青。しきりに生あくびをしている。
いつ噴出してもおかしくなさそうな状況なので真正面からちょっとずれておく。
回りの人はあまり気にしていない様子。
サラリーマンは何度も体制を変えながら必死に耐えている。
数駅過ぎたころ、サラリーマンの動きが急にあわただしくなる。
もうじっとはしていられない様子。
車内に
「間もなく金沢文庫〜」
のアナウンス。
サラリーマン、限界近し。
顔をあげ出口までの進路を確認。
間に合うか?こっちもハラハラドキドキ。
駅に到着。と同時にサラリーマンダッシュ。
猛烈なスピード。サラリーマン凄い前傾で扉へかけこむ。

が、そっちじゃないー…

開いたのはサラリーマンが突っ込んだのとは反対の扉。
サラリーマンは猛烈なスピードで開かない扉へと頭から突っ込んだ。
「ゴン」というものすごい音。
と同時にまるで爆発でもしたかのように彼の夕食が飛び散った。
夕食の海へと沈んでいくサラリーマン。
もう全てが「どうでもいいよ」というような目。
彼は夕食の海の中で全く動かない…。

誰かが駅員さんを呼んできて、彼は電車を降りて行った。
車内清掃が入る。
電車は定時をちょっと遅れて金沢文庫を出発。
夕食の海は綺麗に片づけられ、何事もなかったかのように電車は走り出した。
車内には、まだ食べて間もなかったのであろう、
新鮮な味噌汁の匂いが漂っていた。

数駅過ぎ、お母さんと小学校1年生くらいのかわいらしい女の子
が電車に乗ってきた。
しばらくして何も知らないその女の子は
「お母さん、わたし、お味噌汁がのみたくなっちゃた」
と言った。








追浜物語

November 06 [Sat], 2010, 1:09



数年前の事、

その日もリハーサルの帰り、くたくたになって京急の終電に乗っていた。
横浜を過ぎ、上大岡という駅に着くと途端に乗客は少なくなる。
金沢文庫、金沢八景とさらに乗客は減り、横須賀に入る最初の駅、
「追浜」に着くころには人影もまばら。

たいていこの辺りから座って帰る。
この日も追浜で座席に座り出発を待っていた。

出発のアナウンスが入り「扉が閉まります」と聞こえたころ
階段をものすごい勢いで駆け下りてくる音が聞こえた。

階段の降り口に人影が見えたころ、もう扉は閉まりかかっていた。
20代後半くらいの青年。
タイミング的には完全にアウトである。
しかし、終電。青年も必死。
閉まりかかっている扉に容赦なく突っ込んできた。

「ガシン」と一瞬鈍い音がして、青年は両頬骨を綺麗に挟まれた。
顔の全面部分のみが電車の中という状態。
「あ、挟まれちゃった」と、目の前で起こった事にドキドキしつつも
「すぐに扉は開くだろうと」思い様子を見守る。

数秒後、扉はなかなか開かない。
8両編成の真ん中あたり、車掌からは見えにくい位置なのか?
青年は顔をはずそうともがいているが、なかなかはずれない。

さらに数秒後、青年「ぎ、ぎっ」と気味の悪い声を出し始める。
扉はまだ開かない。このままでは「くしゃっ」といってしまいそうな気がしはじめて
いよいよ助けねばと立ち上がろうとした時、「プシュー」と扉は開いた。

無事青年は電車に乗り込み、僕の目の前の吊り皮につかまった。放心状態。
車内に 「かけこみ乗車は大変危険ですのでおやめください」 という
車掌のクールなアナウンスが流れる。

僕は心の底から「はずれて良かった」と思った。

そして一駅過ぎ、二駅目を過ぎたころ、
僕の対面に座っていた女性の肩が小刻みに震えている事に気付く。笑っている。
それまで、僕は、「あ、挟まれちゃった」と「はずれて良かった」
という思いしかなかったのだが、青年が無事だった今、
それがとんでもなく面白い場面であったことに気づいてしまった。

こみあげてくる笑い。しかし青年は目の前に突っ立っている。
笑えない。対面の彼女は笑っている。
苦しい。降りたい。でも終電。青年もなかなか降りない。

結局僕が降りる1つ前の駅まで青年は一緒だった。


僕は死にそうになりながら最寄駅で降りた。






小人

October 03 [Sun], 2010, 1:49



「小人」


桜木町の交差点。

ゆっくりと動く袋が目につく。何やら動きが変。
よく見るとそれは小人で、荷物をしょいながら横断歩道を渡っている所だった。

身の丈15pくらいか。

きちんと青信号で渡っていたのだが、信号は人間用。
小さな小人の足では渡りきれるわけもなく、半分ほどで赤に変わってしまった。

車からは「ごみ」くらいにしか見えていないのだろう。
容赦なく走り出してしまう。

小人は気にせず歩き続ける。不思議とひかれない。
が、バスが通った時、その風圧で小人は飛ばされそのまま消えてしまった。




「いや、クワガタがね…」

July 19 [Mon], 2010, 1:27



昨日は下総中山にある波葉菜亭さんでインストライブ。
すごく素敵なお店で、料理もおいしく、お客さんも楽しんでいただけたようで、
充実の時間でした。皆様ありがとうございました。


で帰り、下総中山駅から2時間の電車旅。
目が離せない人が目の前に座っていたので、以外とあっという間にJRの最寄り駅「衣笠駅」
に到着。終電なので人影はまばら。

ライブ後なので大荷物を引きずりながらてくてくと地下通路を歩いていると
通路の真ん中にクワガタを発見。今年初クワガタ。
詳しくはないので種類までは分からないが、立派な顎?をもったオスのクワガタだった。

あたまをもたげ威嚇している様子。しばし観察。
特に動きはないので、帰ろうかと思ったのだが
「こいつは自力でここから出ることはできるのだろうか?こんなところにいたら死んでしまうのではないだろうか?」
と思い、とりあえず拾い上げ、どこか木のあるところまで連れていってやる事にした。
夏は始まったばかり。きっとこのクワガタも始まったばかりである。

この衣笠駅、駅裏は山なのだが、改札側は商店街になっていて
山のほうに回るにはかなりの距離を歩かなければならない。
自宅も山とは反対側。きっとこいつの故郷はそっちの山なのだろうけど
ライブ後の疲れと、大荷物もありそっちまで行ってやる気にはなれなかったので
帰り道で住めそうな所を探すことにした。

片手にクワガタを握り歩きはじめる。
すぐに見つかるだろうと思っていたのだが、なかなか良さげな場所が見つからない。
クワガタの住めそうな場所を求めてだんだん裏道に入っていく。
数分歩いたところで木の生えている空き地を発見。

この頃にはもうだいぶくたびれていて、さんざん挟まれもしてちょっと
いやになっていたので「ここでいいや」とその空き地に放すことにした。
木につかまらせてやり、家路へ急ぐ。

で、川を渡りそこから2分くらい歩いた辺りだろうか、木のたくさん生えている
立派な庭のある家の前を通りかかった。こっちの方が環境がよさそうである。
木も桜の木で樹液もたっぷり出てそうな気がする。
そういえばさっきの空き地の木はさるすべりだったんじゃないか?
など、その豪邸の前で立ち止まっていろいろ考え、
「よし、こっちに移動させてやろう」と思い引き返そうとした。その時。

「こんばんはー、どうされましたか?」

お巡りさん登場…。

そりゃ真夜中に大荷物持って人の家の前でうろうろしてたら怪しいよな
と思いながら、なんて説明しようかと瞬時にいろいろ考えて出た言葉が

「…いや、クワガタがね…」

であった。







ミヤオの思い出

March 31 [Wed], 2010, 1:55







数年前まで、我が家には「ミヤオ」という猫がいた。
ミヤオが家に来たいきさつはこうだ。

当時僕は観音崎にあるキャンプ場のようなところで働いていた。
ここは自然に恵まれ、観光客の落としていく食料なども豊富にあり猫がいっぱいいた。

毎年施設内では子猫が産まれ育っていく。基本野良なのであまりなつかないのだが
毎日顔を合わせていると何となく仲良くなっていく。

ある日、事務所で事務仕事をしていると「みゃー」と子猫のなく声が聞こえた。
今年も産まれたなと思い、外に出てみる。
どうやらその年は施設内ではなく道路を挟んだ向かいの空き地で産んだらしく
声はそっちのほうから聞こえた。声からすると2〜3匹だろうか。
あくまでも野良なのであまり干渉せず声だけの確認。

次の日

相変わらずないている。が、声が1匹分しか聞こえない。それと昨日から気になっていたのだが
親の姿を見ていない。とりあえず様子だけ見に行くことに。
道路を渡り空き地に入ると、子猫はガサガサと草むらのほうへ逃げて行った。ちっこい。
やはり1匹しかいない。かろうじてキジトラの模様だけ確認できた。
帰りがけ空き地の片隅にキジトラの兄弟であろう真っ黒な子猫が死んでいた。
どうやらカラスにやられたようだ。施設からスコップを持ってきて埋めてやる。

その次の日

相変わらずないている。が、声がよわよわしい。そして親猫も姿を表さない。
様子を見に行っても、またガサガサと草むらへ逃げていく。

そんな感じで数日が過ぎたある日

朝、出勤すると、キジトラが道路を渡って門のところに来ていた。
あまりにちっこく、痩せこけたその子猫は明らかに助けを求めていた。ように見えた。
近づいてももう逃げない。そっと手を伸ばすと「ミヤオーミヤオー」と元気にないた。
名前は決まった。しかし女の子だった。

とりあえず、ミルクやら子猫でも食べられそうなものをあげてみると、やはりお腹がすいていたのだろう
グーグー言いながらよく食べる。適当な段ボールに入れて事務所に入れてやった。

が、どうしたものか困った。事務所は夜は空だし、家に連れて帰るわけにもいかない。
実は家ではこの数日前に「タイガ」という別の猫が死んでしまったばかりなのだ。パックもいる。

他の職員に飼えないか聞いてみたが、もう僕が連れて帰るのは決まっているようで、結局段ボールのまま
連れて帰ることになった。

その後ミヤオはグングン成長した。細身の色っぽい子になった。
が、やはり野良の血なのか僕以外の人にはあまりなつかなかった。


そして、ミヤオが家に来て1年半くらいが過ぎたある日…。


僕は泊まり込みのレコーディングで1週間くらい家を空けていた。
早朝、1週間ぶりの帰宅。

いつもなら僕の気配を察知して、すっ飛んで玄関まで迎えに来るミヤオが来ない。
「忘れられたか?」と思い2階へ。いつも寝ているところにもミヤオはいない。

「おかしいな?」と思いつつ、ミヤオのトイレに目をやると…、



…猫砂がきれいに片づけられていた…。   

そしてその中央には花が1輪とまだ空けていない缶詰が供えられていた。



その光景があまりにも悲しくて呆然としていると、母親が起きてきてミヤオが死んだ事を告げられた。

僕が出かけてから数日後、突然苦しみだし病院に連れて行ったのだが手遅れだったとの事だった。
原因は分からなかったそうだ。

いろんな事が頭を駆け巡っているとき、僕の帰りを察知したパックが吠えだし
泣きながら散歩に行ったのをよく覚えている。


今でもミヤオを連れ帰って良かったのかなーと思う時がある…。



で、なぜ突然ミヤオの話を思い出したかというと、

なんと、部屋のクローゼットの奥からミヤオの抜けおちたヒゲとツメが出てきたのである。






これはミヤオからのあるメッセージだと僕は受け取った。

















妖怪の類

December 05 [Sat], 2009, 1:31




仕事からの帰り道
何となくいつもとは違う駅で降りて家に向かっていた。この駅で降りると
家までは小学校と高校に挟まれた200mほどの真っ暗な1本道を通る。

最初に気がついたのは僕だった。と思う。
1本道のちょうど中間あたりに何かいる。
最初は猫かな?と思ったのだが、猫にしてはでかいし首が長い。
あと動きが変。いつか見た動物園の白クマのようにノイローゼっぽいのだ。

しきりに首を大きく振りながらゆらゆらと向かってくる。
ただならぬ妖気。怖い。あと臭い。

襲われでもしたらいやなので、僕は道路の端っこを
奴は道路のど真ん中を堂々と歩いてすれ違った。
奴は僕のことなど全く気にもしないで
「ふしゅーふしゅー」と言いながら暗闇に消えていった。







狢?…か??









抜けかけた

November 18 [Wed], 2009, 16:39








仰向けで寝ていたんだ。

軽い体のしびれで目が覚めたとき
もうすでに膝のあたりまで上に抜けていた。

「何だ?」と思う間もなく腰のあたりまで抜けてきたときに
やばいと思い、必死でベッドをつかんで抵抗した。

抜けたらまずいと思った。

で、戻った。完全に目が覚めたときの感想は

「危なかった」だ。


でも、今度同じ状況になったら思い切って抜けてみようと思う。








プロフィール
  • ニックネーム:平井ペタシ陽一
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どらまー
ぱーかっしょにすと

16歳より独学でドラムを始める。

いろいろな経験をする。

2005年 5月よりダラブッカ等のアラブパーカッショ
ンを演奏し始める。

2008年 トルコ、エジプトへ。現地の音に触れる旅に出
る。

いろいろな経験をする。

現在に至る。
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