消え行く風景、懐かしいあの日、昭和の思い出、、、
人は誰でも心にそんな思い出を持っているものである。
そしてそれは時代を象徴するような大きな出来事ではなく、日常の断片のほんの一瞬の出来事だったり、音だったり、臭いだったりするものである。
プール教室の時のビニール鞄の合成樹脂の臭い、駄菓子屋のサッカリン味の駄菓子、空き地に捨てられていたポンコツ車、泣かしてしまった女の子、夏の田んぼの眩暈するような青さ、近所に駐車してあったコスモスポーツのかっこよさ、キンチョールのブリキ看板、、、、
道端のゲロ、、、干からびて白くなった犬のクソ、、、、
そんなアナタの思い出を毎週特集記事とミニチュアセットで綴る。
週刊「あの日あの時」創刊号は、干からびて白くなった犬のクソ のミニチュアセットが付いて特別価格490円で、、、
と、ディアゴスティーニから発売されないだろうか?もしくは明日の朝刊の折込チラシで、みたいな。
子供の頃には見たけど、今は見ないな、こんな風景。というものには上記のゲロ&クソの他に、真昼の千鳥足の酔っ払いオヤジというものがある。
ワタクシの親や祖父母の時代にはわりとポピュラーだったらしい酔っ払いオヤジだが、ワタクシの記憶でも小学校に上がる前に数度見たことがあるという程度で、ワタクシの世代でギリギリ記憶にあるという風景だろうか。
まるでドリフのコントのように絵に描いたような「THE酔っ払い」という千鳥足で道行く主婦や女学生に「うっせーい馬鹿野郎!」と誰かれ構わず絡んでゆく大迷惑ぶりや、ちょっと屈強な男に「何だコノヤロー!」と凄まれると「あぶっ、、、しゅ、、%&’#$、、、」と一気にトーンダウンするヘタレぶりが記憶に残っている。真昼の超日常の風景に千鳥足の酔っ払いオヤジというのは、やはり子供心にも異質で。何かショッカーが我が町を歩き回っているような恐怖を覚えた記憶がある。すると、道すがらの人々は「嫌だねえ〜酔っ払い来たよ〜」とまるで童話の一節の定型文であるかのようにヤレヤレと顔を顰めて酔っ払いが通り過ぎるのを待っていた。
アウガ裏手のニコニコ通り、小雪のちらつく氷点下の昼下がりの路地裏でそんな昭和の風景を久しぶりに見た。
「”#$%&%$!!んだばってがーっ!!」かろうじて津軽弁の断片が残る意味不明の言葉を発し、あのドリフコント丸出しの千鳥足でヨロヨロと歩いているオヤジを見かけた。見た瞬間に脳みそが混乱し、デジャブーのような悪夢のようなノスタルジーのような奇妙な感覚に襲われたが、混乱が収まった後「ああ、子供の頃に見たなこんなオヤジ」と記憶に刻まれた過去の風景にたどり着いた。ただ、私の記憶の酔っ払いオヤジはツンツルテンのズボンにランニングシャツの赤ら顔のオヤジだが、今回のオヤジはイージーパンツにダウンジャケットといういわば普通の格好だった。こんなところからも日本の経済発展の軌跡が見られる(そうか?)ワタクシはつい「ああ、いたなァ〜こんな酔っ払いオヤジ」と感慨に浸ってしまい、生暖かい目でこのオヤジを見てしまっていたのだが、残念?ながら「なんだあゴルアァ!」と昔のように絡まれたりはしなかった。それは冷たくにやけながら凝視するデブ中年に歪んだ狂気を感じたからか、絡むタイプの酔っ払いじゃなかったからか。「$%&$###!!!!」相変わらずの意味不明の言葉と酒臭い口臭を発しながらワタクシの前を通りすぎていった。
良い風景でもなければ、ノスタルジーでもないし、酔っ払いを肯定するわけでもない。
ただ、ふとあの頃を思い出してみると、強い拒絶感情と相反する寛容さのようなものは無くなってしまったなと思った。愚かしき者を罵り、障害者を嘲り、それでも地域の構成者として受け入れてしまうみたいな寛容さだ。人権の擁護や福祉の発展は当然必要なことだったし、それによってのプラスの方が大きいのは理解できる。しかし、制度の充実と共に、人間のドロドロしたパンドラの箱の中に光っていたような寛容さも同時に失ってしまったのではないかと。
遠い昔の「嫌だねえ〜酔っ払い来たよ〜」の複雑なニュアンスが、酔っ払いオヤジの酒臭い口臭と共にまどろんでいった。