おもしろ生保爆弾

May 30 [Wed], 2012, 23:45

生理的に合わない吉本関西芸人がどうなろうと何の関心も無く、またタレント連中がトンチンカンな擁護コメントを発するのも、「そんな世界なんだろうな〜」と憐憫を込めながも、何のポリシーも無いのなこいつ等。と、ますますTV・マスコミに嫌悪感を覚えつつ、同時にランボーの如く単身乗り込んで銃を撃ちまくる片山さつきにも「性格的FLYHIGHT」を感じて面白いやら、何やら・・まあ面白いのだが。んで、ネット住民から支持を得ているようで、実はガソリンをぶっかけられているだけのようなランボーさつきだが、このまま銃を乱射しつつ、自身に引火してもクラッカー爆弾を投げ込みながら芸能界・マスコミを焼け野原にしてウオー!と雄たけびを上げて欲しいと思わずにはいられない。
んで、壁の陰に隠れてそれを眺めていた、いつもは何にでも首を突っ込んでくるのに何故か妙におとなしい橋下市長にどこからか金たらいがガン!と落ちてきて、白目剥いてフラフラと車道によろけた瞬間にパチンコ屋の駐車場から出てきた右翼の街宣車が避けきれず轢いてしまい、助けに来た石原都知事がつまずいて橋下市長の顔面にエルボーを食らわしてとどめを刺し、目をぱちくりさせていたところに火達磨の片山さつきがキャー!と転がり込んでBURN!〜紫の炎 というデイープパープルコンサートのような派手なエンディングを期待するものである。

塀の向こうの懲りないウーメン〜そして伝説へ

April 21 [Sat], 2012, 21:02
突然だが、ワタクシは年増女が好きだ。
若さによって誤魔化されていたものが全て露わになった状態で魅力的というのは素晴らしいではないか。
人間的魅力込みで漂う女の魅力。そんなものにわたしゃあメロメロ←死語 となっちまうんでござーすよ。
「いい年増だね〜え」なんて落語の中の台詞のように、にやけながら言ってみたいものである。

あれ、やだよ鷹さん。こんな年増にちょっかい出しちゃ。 わたしだって、女だよ。そんなにされると、、あっ、本気になっちまうよぉ、、、
いいじゃないですか、おかみさん。あっしやあ前からおかみさんのことがアッー!

この野郎!番台でなにしてやがんでい!

などと落語「湯番屋」のような妄想たくましく性癖を披露してしまうという、休みの真昼間になにやってんだ俺は・・


しかし、現実にはこんな粋な年増女など滅多に居なく。
ただ女の醜悪な部分を煮詰めたような汚らしいBBAが「女子」などとふざけた事を抜かして跳梁跋扈しているのだから、この国の逆ピラミッド型人口分布は解消されない筈である。

それにしても、女ってのは、いつから女からBBAに変貌するのだろうか?
年増の女とBBAは似て非なるものである。

などという成人病真っ盛りのKUSOジジイの戯言であるが。



先日、青森市浪岡の某銭湯温泉に行ってきた。洗い場も6つ位しかない湯小屋と言ってもいいような小さなところなのだが、その小ささ故に女風呂の会話が壁一枚隔ててガンガン聞こえる。
オバハン2人の会話は、初め近所のだれだれさんやら、親戚のだれがどうしたやらといったものだったのだが、一方が先日借りた洗顔石鹸やら化粧品やらのお礼を風呂場内で一方に渡したらしいことから仁義無き戦いは始まった。
※津軽弁での表記になるので、意味が分からない他県・他国の人は、エキサイト翻訳にでもぶち込んで翻訳すればいいと思う。


「わいは、なんでそすの」

「なも、安ものだはんで、気にしねんでけへ」

「まねまねまね!そたのだばまね!」

「そたしゃべねんでよ、おらわりことしたみてだべし」

「わりぐねばたって、まね!いらね!」

「わいは、こいだばおら押し売りでもしにきたみてだの!」

「そんでねばたって、おらお礼だのいらねって言ったでばす」

「そんでも、礼するのがほんとだでばす」

「嘘でもほんとでも、しゃべった本人がいらねってしゃべってるんだば、んだがってするのがほんとだんでねが」

「わいーは!迷惑したじゃ!すいませんね!おら世の中しらねもんだはんでさ!」

「そたしゃべかだあるもんだがして」

「へば、どんだばいいのさ!こた1回使えばねぐなるんたものだば、んだがってもらってければなもわだってこたしゃべがたしねくてもいいんだべさ!」

「あんたこそ、おれいらねったものくどぐけらけらってわのかごさ入れでこねばいいんだべさ!」

「んだが!もうわさものとばかさねんでけへ!」

「そすじゃ!」


でたよ・・・BBAのサンキュー事故ならぬサンキュー喧嘩。
子供たちよ、善意と善意がぶつかっても戦争は起きるんだぜ。この世から争いごとを無くそうなんて気楽に言っちゃあいけないよ。争いごとを減らすには、争いもまた必要なんだということを踏まえながら減らす努力をしなきゃな。
それにしても、この後の完全無言の女風呂から、「カコーン、、、カコーン」という桶の音だけが時々聞こえてくるという、ある意味、番町皿屋敷のような怖さを感じながらワタクシは失笑を噛み殺していた。

BBAって・・・いったい・・・


んで、関係ないけど、浪岡駅っていつのまにこんな立派になってんだ?


津軽弁と淡き想いと中年男性

March 30 [Fri], 2012, 0:02

10年位前、津軽半島をツーリング中に、東京からバイクでソロでやってきた20代半ば位の女性と話をしたことがあった。
都会育ちの人らしく、田舎(というか青森)に妙なファンタジーを求めてやって来ていたが、津軽弁の訳わからなさに、それなりのカルチャーショックは有ったようだった。

「ホント凄いです!全然わからないんです〜」

「そ、そう」

「一つくらい覚えて帰りたいんですけど、私でも話せる言葉って有りますか?」

「うーん、短い言葉のほうが良いよね・・んじゃこれは」

「嶽キミ」←キの発音が思いっきり津軽弁イントネーション

「???嶽きみ・・」

「違うな、キ」

「・・・き」

「キ!」

「くい」

「キ!」

「・・・・ぷ、ぷい!」

「だははははは!」

「もっと簡単なのにしてください!(泣)」

「うーん、んじゃこれは、しいが」

「しいが?」

「そう、しいが」

「しいがって何?」

「すいか のことだよ」

「あー!さっき聞いた!トラックで移動販売していたオジサンがマイクで叫んでた!」

「そう居るね、移動販売のトラック」

「えーとね、しいが〜しいが〜しいがにみろん!」

「だはははは!上手いじゃん!」

「ホント!しいが〜しいが〜しいがにみろん!」

「プッ、完璧だよ(笑)」

「やった!」

「しいが〜しいが〜しいがにみろん!」
「しいが〜しいが〜しいがにみろん!」←二人で

あははははは!



この後は、特に何もなく「じゃーねー」と別れてしまった。
ヤマハのアメリカンバイクに跨って笑顔で手を振る彼女を今でも何故か思い出す。
ほんの少しの胸の苦しさと共に。

もう少しでまたバイクの季節だ。

彼女は今でも話せるだろうか?

しいが〜しいが〜しいがにみろん! と。



素人小芝居に暗澹たる思い

March 19 [Mon], 2012, 11:53

このブログでも何度かネタにしている、従業員が自らの写真をポップに貼り付けて、「おすすめ!」やら「チョー売れてる!」やら、最近では従業員の寸劇をDVDで流し、(刑事ドラマ風で、太陽にほえろのBGMとか使ってる。あれって権利関係とかどうなっているんだろう?ジャスなんたらに絡まれたら面倒なことにならないだろうか?)仕事で疲れたワタクシの心にボデイブローを一服の清涼感をもたらしてくれる、ユニークな販促をしている近所のスーパーでのこと。

夕暮れ時で仕事帰りのサラリーマン・OL、学生、主婦らで店内はかなり混雑していた。
ほぼフル稼働に近いレジも、全て長蛇の列が出来ていた。どこに並んでも同じだなこりゃ・・ワタクシは一番手近な目の前の列に並んだ。
すると、、

「こーっこっこっこっこ」

突然、おっさんの声でこんな擬音がワタクシの背後から聞こえてきた。
何というか、おっさんのこういうおどけた態度って、妙にイラッとするものである。
ワタクシは内心、「チッ」と舌打ちをしながら早く順番が廻ってくるのを待った。
すると更にだ・・・

「にわとりは、神様です。おかげで生活していける#$%$、、ます、、、」

このおっさん、台詞とちってんじゃねえよ。
たった三節の台詞じゃねえかよ・・

苦々しい思いで、早く順番が廻ってこないかとイライラするが、まだワタクシの前には5人もいる。
しかも、そのうち3人はカート車に山のように食料品を積んだ主婦だ。約束の地はまだ遠かった・・

んで、イラッとしながらもしょうがないので聞き耳を立てていると、どうやら卵の販促のために生産者のおっさんの一日を追って、こんな手間隙かけて作っていますよ、わたしゃ。というプロモVTRらしい。
んんん、だったら、あの台詞カミカミは撮り直せっつーの、、おっさんの素朴さを表しました。ってレベルじゃねーぞ。
すると、、、

「こーっこっこっこっこ」

!!また始まりやがった!
おっさん!低いテンションで形態模写してんじゃねえよ!
やるんだったら、獅子てんや・瀬戸わんや ぐらいの勢いでやらんかい!

「にわとりは、神様です。おかげで生活していける#$%$、、ます、、、」

ワー!とちった!噛んだ!言わされている感ムンムンだぞ!
言えないんだったら、言うな! んで、わたし善人でしょ、という自己主張がウゼーんだよ、テメエは誤謬が貧困なだけじゃ!

二順目、三順目となるとワタクシのイライラもMAXやまびこ。レジではBBAがキャンペーンのスタンプのことで、あーでもないこーでもないと店員に質問してやがる。今?今おまけの皿の生産地とか聞かなきゃ駄目なわけ?

そして、長い年月が流れ・・・

「こーっこっこっこっこ」

はいはい、「たまごの親じゃ、ピーヨコちゃんじゃ。ぴっぴっピーヨコちゃんじゃ、アヒルじゃがぁがぁ。」

「にわとりは、神様です。おかげで生活していける#$%$、、ます、、、」

そうか、神様の産み落とした物を、そなたは商品として流通させているのか。
なんと不敬な、、、いや、違うな。これは正に聖餐。ある意味かなりに宗教的な示唆をこのおっさんはしているのではないか?とするとこのおっさんは、卵生産農家に見せかけた聖職者。大天使様。おお、アーメン・・・

もはや、悟りの境地である。ワタクシの目はもう焦点が合っていない。

しかし、そんな白痴状態で過ごすこと数分。ワタクシの前のBBAが会計を残すのみになった。
私の目に光が戻った。終わる、これで「こーっこっこっこっこ」とも「にわとりは、神様です。おかげで生活していける#$%$、、ます、、、」からも、この無限地獄から逃れられる。そう希望の光が一筋差した瞬間。

前のBBAがクレジットカード出しやがった。



あああああああああああああ!!!


死のエネルギー

March 12 [Mon], 2012, 23:34

ワタクシは過去に2度ほど死というものを触れそうになったことがある。
自慢することではないので詳しいことは割愛するが、少年期・青年期の、若気の至り(それとワタクシの脳タリンぶり)が招いた失態ではあった。

其のうちの1つは、丸一日意識不明というそこそこに危険なものだった。
しかし、そんな痛い目にあっても若い頃のワタクシは、死というもののリアリティーをあまり感じていなかった。
身内の死、知人の死、数々の死を見はしたが、何故か死というものはワタクシの心にリアルとして響いてはこなかった。ハッキリ言ってしまうと、いきものの死。それ以上でも以下でもなかった。
自分の死さえも、朦朧とした意識の中、「このまま死んでもいいかもな」なんてことを体中に管を通されて、楽観論にも似た能天気さで思っていたほど、死というものは以前のワタクシには「ありえない」ものだった。

だがしかし、若さという鎧を一枚ずつ脱いでいき、1つずつ自信を潰されていくごとに、心なんて大人になるにつれ弱くなるんだということを噛み締めるごとに、死は黒い油染みのように確実にワタクシの心を染めていった。
死はどこか高いところにぼんやり佇む雲のようなものではなかった。自分の後ろに寄り添って歩く影のようなものなのだ。

ワタクシは追悼特番を一切観なかった。元よりTVを観ないのもあるが、この一年考えた結果、ワタクシにとっての東日本大震災とは「巨大な死」であり、そして死の恐怖だという結論が出たからだ。
ワタクシは死を恐れている。そしてその死をいくらオブラートに包もうが、TV的演出をして誤魔化そうが、迫り来る津波という死の迫り方をこれほど具体化した、あの映像の前では。腹立ちこそすれ、がんばろうなんて気にはならない。

黙祷、哀悼、祈り、そういった思いとは別に、あの震災の夜感じた、そして災害映像から感じる圧倒的な死のエネルギーからは

「死を忘れるな」

というぶん殴られるような感覚がいまだに、いや一生消えることはないのだろうと思っている。

家宅捜査雑感

March 09 [Fri], 2012, 21:50

正直2chって、資格試験のテキスト選びや旅行情報には重宝したけど、それ以外は、まとめブログをバラエティー番組のノリで笑いながら見ている程度で、書き込みなんてしたことないし、大した思い入れも無いんだけど。

このニュースを見ると

警察嫌いのワタクシのソナーが警報を鳴らしている。

特にコレ

なんて、ただの言いがかりじゃないの?急いで自転車乗ってるから犯行現場から逃げようとしていたんだろ!ゴルア!←実体験 という言いがかりを警察からつけられたあの日を思い出して胸糞悪いわ。

んで、ちょっと調べてみたところ。こんなことらしい(あくまで俺調べ)

犯罪っぽい書き込みがある!削除しろ!→では正式な依頼を(2ch)→なにを!お前等の判断で犯罪っぽいレスはどんどん削除しろ!→んな無茶な(2ch)→なんだ!無視するのか!犯罪幇助で立件じゃー!

これはかなり無茶苦茶じゃないのか?
話の通じない、コミュニケーションを無視した恫喝じゃないか。
へっちょっとは痛い目を見たほうがいいんだザマアww ってレベルじゃない。

違法薬物の取引はマズイし、2chは便所の落書きだと思うけどこの国はこういうのを潰しちゃだめだと思う。

マーチであるから徒然なるまま

March 08 [Thu], 2012, 19:05

さあみんな!150円台にガソリンなったよ!
これで円安が始まると、あっという間に180円台の悪夢がやってくるよ!


俺このCMが流れるたび笑っちゃうんだけど
初め見たときはコラ画像かと思ってたら、本物だったという。なにこれかっこわりい・・
全然この人たちのことは知らないけど、何なのこの「元ZOO」の人たちって。
ピンクレディー的なポジションなわけ?そのうち「小学6年生」とかに、紙人形で着せ替えセットが付録で付いたりするんじゃねえの?
というわけで、懐かしの赤線ネタで。


しっかし、オタクって話がつまらねえな。テメーのいじけた趣味なんて知るかよ。
そもそも俺の考える「オタク」って、カッコ悪くダサいけれど、もっとこう気骨を持った男っぽい連中ってイメージがあるのだ。「あの人偏屈で不潔っぽいけど、メカに関しちゃ生き字引だな。あいつに任しておけば大丈夫だよ」みたいな技師っぽい頼りがいのある連中ってイメージだ。
80年代前半頃までの電気パーツ屋に集まっていた男たちはこんな感じだった。


↑イメージとしてはこんなの

ところが何時頃からか、オタク=しょぼくれた連中の手慰み になってしまった。
「ボクはしょうもないオタク男。ハハ、、まあ、誰に迷惑かけるでもないし、好きなことやってますよ、、、」

好きなことやるならやってくれ。だが普段からのいじけた態度を、「ボク、オタクですから」と免罪符にするのはやめてくれ。
いい年こいて、馬鹿みたいなのを「ボク、オタクですから」で済ますんじゃねえよ!ったく。



中年男性は電気スイッチと前立腺肥大症

March 02 [Fri], 2012, 21:48

節電、節電、節電、節電、、、、
田舎のボンクラ男には、本当のところの電力事情は知るすべも無く。ただ止めようの無い不信感から原発停止に賛同している以上は節電の掛け声に反対する理由も無い。
ただ、TVCMで、「不必要な電力消費はやめましょう」などという物凄い自己矛盾CMを垂れ流しているのを見るにつけ、もはや節電という言葉だけが独り歩きをしていて、言葉自体に軽薄さが漂うようになってきている。
石田純一が説く節電。韓国スターがたどたどしい日本語で「ゼツデン、シマジョ−」
イタリアンスーツを着た節電伝道士、ナカタヒデさんがサングラスを揺らしやってくる。空港には500人のファンが!みたいな。←んなもん無いけど

「本当に節電するんだば、今すぐTV消さねが!」
寺山修二が健在ならば、TV画面いっぱいの津軽弁の男のアップでこんなアバンギャルドなCMを打ったかもしれない。


とかく役所というものは、民間への啓蒙活動の意味も有るのだろうが過剰にこういったものに反応しがちである。
役所が率先したカジュアルフライデーやらクールビズやらの歯車がかみ合ってない感じ(オッサン職員のダサさ&若い連中の妙に力の入ったお洒落w)がまた役所っぽさ満点で馬鹿馬鹿しいやら憎たらしいやらである。
そしてこの節電ブームでの役所の過剰反応は、机上の論理と、言われたからやるんだけど何か?という、オマエそれを世間じゃ馬鹿って言うんだぜ、という反感感情を増幅させる行為を利用者の利便性というものを一切無視して行われるのである。それをワタクシは今日ある公共施設で体感した。

ワタクシは最近おしっこの出が悪い。
昔は出初式の消防団の如き威勢の良いおしっこを放出して世間をアッと言わせたものだが、最近は「無名観光地のガッカリスポットのショボイ滝」の如きしょぼくれた垂れ方で、隣に並んだオッサンのジャーという威勢の良い放出音に諸行無常の思いである。
オッサンに先を越され、便所に一人ぼっちになったワタクシは黄昏を懐きながらチョロチョロとおしっこを続けていた。
すると突然プッという音と共に電気が消え便所が真っ暗になった。何事か、誰かの悪戯か、と思ったが、ふと便所の入り口に、「一定時間、人の動きがない場合、自動的に照明が節電のために消えます」という張り紙があったのを思い出した。

ちょっとまて、、、、

俺は今、前立腺肥大症の器官から健気におしっこを搾り出しているのだ。
膀胱内の尿を一滴たりとも残さず搾り出すために一点集中状態だ。 要するにだ

動けるかボケが!

だがしかし、漆黒の闇の中でチョロチョロおしっこをする不便さと、何より誰かが入ってきてパッと電気が点いた時に悲しい笑いを浮かべた中年男性がエヘへと小便器前につっ立つている図が間抜けすぎる・・・
これは何とかして電気を点けねばなるまい。しばし思案した結果、この小便器につっ立った状態で唯一自由に動かせる場所である頭を動かしてスイッチを入れることにした。

とりあえず、「ダンカンこのやろ」とビート的に頭を左右にコキコキと動かしてみた。
駄目だ、ウンともスンともいわねえ・・・

「いいないいな〜人間っていいな〜♪」まんが日本昔ばなし的に左右にゆっくりと大きく動かしてみた。
くそ!人間なんてなんて無力なんだ!電気の点く気配もねえ!

ならばしょうがない。元メタラーの意地を見せてやろうじゃないの。 いくぜ!

Master !
Master !
Just call my name, 'cause I'll hear you scream


メタリカ・Master Of Puppets を頭で奏でながら、ヘドバンだこのやろ!
うおおおおお!テンション上がって来た!

Master
Master !!!!



あ、、、



パチ という音と共に電気が点いて便所が明るくなった。
そして、それと同時にワタクシの目に入ったのは、激しくヘドバンし過ぎて前立腺肥大症のチョロチョロとしたおしっこがジョップリ手に引っ掛けちゃった悲しい光景だった。

それはMaster Of Puppets の後半ギターアルペジオになる泣きの箇所とシンクロした。


とりあえずあれだ
何でも、過ぎたるは及ばざるが如しだ。便所の改装だって税金からだろう。
そもそも便所で踏んばっている時に電気が切れるって何なんだよ?クソ踏んばっている最中に踊れってか!
そんなに節電したかったら、コールマンのランタンでも便所に置いとけ!


と、心中で悪態をつきながら人に見られないうちにと涙目で急いで手を洗った。
悲しかった・・・













春も近いので徒然なるまま

February 28 [Tue], 2012, 23:24

岩手県花巻の温泉宿に行った帰りの盛岡ICにて。
岩手県内の高速道路が全車種終日無料ということもあって、結構な交通量だった。
そしてその結果、渋滞の緩和に役立つ筈のETCレーンの方が渋滞しているというパラドックス。


青い森公園を歩いていると、気分はシャイニング。
斧を持ったニコルソンが追っかけてきそうな雪の回廊だが、途中でオッサンがカラスに囲まれていたのが恐怖だった。
何だったんだあれは・・・




雪に埋まっちゃって、何だか大変なことになっている車を見ると、エベレストの登頂ルートに点在するという登山者の死体を思わせる。
それは、雪の中打ち捨てられた無残さと、第三者にはどうすることも出来ない無念さがある種の神聖さを感じさせるからだろうか。
ワタクシはこの種の埋まった車を「青森の冬の聖餐」と名づけたい。




「わいは、どんだっきゃの、車とば粗末さして。まんずだらしねえ人だんだべの」


写真を撮っていたら婆さんが独り言のように呟いて行った。

お、おう・・・

酔っ払いオヤジのラプソディー

February 19 [Sun], 2012, 0:15

消え行く風景、懐かしいあの日、昭和の思い出、、、
人は誰でも心にそんな思い出を持っているものである。
そしてそれは時代を象徴するような大きな出来事ではなく、日常の断片のほんの一瞬の出来事だったり、音だったり、臭いだったりするものである。

プール教室の時のビニール鞄の合成樹脂の臭い、駄菓子屋のサッカリン味の駄菓子、空き地に捨てられていたポンコツ車、泣かしてしまった女の子、夏の田んぼの眩暈するような青さ、近所に駐車してあったコスモスポーツのかっこよさ、キンチョールのブリキ看板、、、、


道端のゲロ、、、干からびて白くなった犬のクソ、、、、


そんなアナタの思い出を毎週特集記事とミニチュアセットで綴る。
週刊「あの日あの時」創刊号は、干からびて白くなった犬のクソ のミニチュアセットが付いて特別価格490円で、、、

と、ディアゴスティーニから発売されないだろうか?もしくは明日の朝刊の折込チラシで、みたいな。


子供の頃には見たけど、今は見ないな、こんな風景。というものには上記のゲロ&クソの他に、真昼の千鳥足の酔っ払いオヤジというものがある。
ワタクシの親や祖父母の時代にはわりとポピュラーだったらしい酔っ払いオヤジだが、ワタクシの記憶でも小学校に上がる前に数度見たことがあるという程度で、ワタクシの世代でギリギリ記憶にあるという風景だろうか。
まるでドリフのコントのように絵に描いたような「THE酔っ払い」という千鳥足で道行く主婦や女学生に「うっせーい馬鹿野郎!」と誰かれ構わず絡んでゆく大迷惑ぶりや、ちょっと屈強な男に「何だコノヤロー!」と凄まれると「あぶっ、、、しゅ、、%&’#$、、、」と一気にトーンダウンするヘタレぶりが記憶に残っている。真昼の超日常の風景に千鳥足の酔っ払いオヤジというのは、やはり子供心にも異質で。何かショッカーが我が町を歩き回っているような恐怖を覚えた記憶がある。すると、道すがらの人々は「嫌だねえ〜酔っ払い来たよ〜」とまるで童話の一節の定型文であるかのようにヤレヤレと顔を顰めて酔っ払いが通り過ぎるのを待っていた。

アウガ裏手のニコニコ通り、小雪のちらつく氷点下の昼下がりの路地裏でそんな昭和の風景を久しぶりに見た。
「”#$%&%$!!んだばってがーっ!!」かろうじて津軽弁の断片が残る意味不明の言葉を発し、あのドリフコント丸出しの千鳥足でヨロヨロと歩いているオヤジを見かけた。見た瞬間に脳みそが混乱し、デジャブーのような悪夢のようなノスタルジーのような奇妙な感覚に襲われたが、混乱が収まった後「ああ、子供の頃に見たなこんなオヤジ」と記憶に刻まれた過去の風景にたどり着いた。ただ、私の記憶の酔っ払いオヤジはツンツルテンのズボンにランニングシャツの赤ら顔のオヤジだが、今回のオヤジはイージーパンツにダウンジャケットといういわば普通の格好だった。こんなところからも日本の経済発展の軌跡が見られる(そうか?)ワタクシはつい「ああ、いたなァ〜こんな酔っ払いオヤジ」と感慨に浸ってしまい、生暖かい目でこのオヤジを見てしまっていたのだが、残念?ながら「なんだあゴルアァ!」と昔のように絡まれたりはしなかった。それは冷たくにやけながら凝視するデブ中年に歪んだ狂気を感じたからか、絡むタイプの酔っ払いじゃなかったからか。「$%&$###!!!!」相変わらずの意味不明の言葉と酒臭い口臭を発しながらワタクシの前を通りすぎていった。

良い風景でもなければ、ノスタルジーでもないし、酔っ払いを肯定するわけでもない。
ただ、ふとあの頃を思い出してみると、強い拒絶感情と相反する寛容さのようなものは無くなってしまったなと思った。愚かしき者を罵り、障害者を嘲り、それでも地域の構成者として受け入れてしまうみたいな寛容さだ。人権の擁護や福祉の発展は当然必要なことだったし、それによってのプラスの方が大きいのは理解できる。しかし、制度の充実と共に、人間のドロドロしたパンドラの箱の中に光っていたような寛容さも同時に失ってしまったのではないかと。

遠い昔の「嫌だねえ〜酔っ払い来たよ〜」の複雑なニュアンスが、酔っ払いオヤジの酒臭い口臭と共にまどろんでいった。

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