急性大動脈解離は怖い病気だよ

September 08 [Tue], 2015, 16:26
昨日はあまりの眠さに寝ていたら看護師さんに頭を殴ってたたき起こされた。
そのためか、急性大動脈解離を発症してしまった。

市井紗耶香 母 急性大動脈解離で死亡しました。

桜の蕾がほころび出すと年々歳々思い浮かべるのだが9年前の今頃診てもらっていた心療内科の先生から
会社を休職することを強く勧められた。

だけど急性大動脈解離を併発してしまっているから悩ましい。
翌朝上司に震える手で診断書を見せ会話したことは極度の緊張のため何も思い出せないが何れにせよそれから2か月半の休養することになった。

うつ病で仕事をしないことはまさか自分がこの境遇になるとは思ってもいなかったので
症状の辛さから休めることの有り難さたよりも遥かに、
心の病で会社を休むということがさも人としての品格を置き忘れたような感覚になったことを
とても鮮明に残っている。

その半年前、2005年ちょうど30歳の頃、
指導する部下も出来年の暮れに8年勤務した経理部から兄貴のところへ行った。

配属されれば栄転という部署で聞けば誰でも名前を知っている
大企業を相手にした大きな取引を担当ポジションでした。

今思えば自分が勝手に思い込んでいただけなのだけれど
周りから見込まれることと他の何ものより僕が先頭グループをはしっているのだという
自負を誇りに感じ、何事も良い方向に行くとと信じていた。

易々と自信を失うのは簡単だった。とにかくなにをすればいいのか分からなかった。
過去に過去の経験はどうしようにも業務の内容が規模が
大きくまた案件で全力で朝から晩まで時間外労働をしても翌朝一番に必要な、
クライアントからの質疑応答用の書類が出来上がらない。

仕事のデキる人ばかりの職場で各々が自主的に動いていて
援助は求められずましてや年下の後輩もいてがんじがらめでした。

当時の私は、お願いします助けてほしいと言うことができなかった。
それでも日々何とか頑張って半月経過したある日突如愛妻が入院しました。
望んでいた懐妊の良い知らせと同時の切迫流産の危険が迫っていた。

2か月過ぎ、私は職場と病院を通いながら家庭では、
未経験の洗濯やら掃除やら生活するためにすることを
何とか自己流で洗濯ものを届けに朝方妻の病院に寄り帰宅は残業で深夜に、
そんな毎日が続きました。二人の容態はなかなか安定せず、
兎にも角にも二人の無事を神にすがる思いでした。