幸田文メモ
2006年04月17日(月) 23時42分
五十歳の知慧と考案がつくされて、薄鴇色の布がととのえられた。と云えば、無理算段でさもいい布を用意したように聞こえるけれど、それは廉い木綿地でしかなかった。考えに考えた上で、花のような長いスカートの意匠が裁たれた。羽二重のようなつやと張りはなかったが、木綿はごわっと存在を主張して憚りなかった。デシンのような優雅な陰翳はつかなかったが、おおまかな襞をつくった。カットは極度にまで木綿の質を生かしていた。
(中略)
「二代にわたる花のスカートだなんて云って、部屋じゅうぐるぐる廻って見せていたわ。」
こうなると、執着ということもなかなかいい結果になるものだなと思いながら、私は聴いていた。
(『番茶菓子』幸田文 講談社文芸文庫 1993.11)
「すかっと言ったじゃないの。感心した。あんた頭悪くないわ。だけどかなり意地は悪いわね。お父さんまでもちだしてきめつけちゃうんだもの。」
「だって――。」
「いいわよ、わかってるわ。からだの赤い時はね、女はうんと意地悪になるのよ。」
「あら、あたし。」
「いいっていえば、そういうものなんだから。るつちゃんはそのとき、意地悪で利口になるたちなんだわ。あたしなんかは普段よりぼんやりして、バカになっちゃうたちなんだから損だわ。いいなあ、るつちゃんは、たぶん一生、得するわ。一ヶ月に一度ずつ、頭が冴えてしっかりするんだわ。」
(中略)
だがそのぶざまで不愉快な状態は、自分のせいからじゃないのだ、天然自然にそうなったのだ、断ることもできず文句もいえないのだ、こんな押しつけがましい嫌なことを背負わされている以上は、何か代替えのいいことがあってもいいわけだ。もし頭が冴えるということでもあるなら、幾分は助かるがとおもう。(中略)それにしても頭の具合はともかく、意地わるになる、とはどういうわけなのだろう、姉はさもそれが本性のあらわれのようにいうのだが――。
(『きもの』幸田文 新潮文庫 1996.12)
(中略)
「二代にわたる花のスカートだなんて云って、部屋じゅうぐるぐる廻って見せていたわ。」
こうなると、執着ということもなかなかいい結果になるものだなと思いながら、私は聴いていた。
(『番茶菓子』幸田文 講談社文芸文庫 1993.11)
「すかっと言ったじゃないの。感心した。あんた頭悪くないわ。だけどかなり意地は悪いわね。お父さんまでもちだしてきめつけちゃうんだもの。」
「だって――。」
「いいわよ、わかってるわ。からだの赤い時はね、女はうんと意地悪になるのよ。」
「あら、あたし。」
「いいっていえば、そういうものなんだから。るつちゃんはそのとき、意地悪で利口になるたちなんだわ。あたしなんかは普段よりぼんやりして、バカになっちゃうたちなんだから損だわ。いいなあ、るつちゃんは、たぶん一生、得するわ。一ヶ月に一度ずつ、頭が冴えてしっかりするんだわ。」
(中略)
だがそのぶざまで不愉快な状態は、自分のせいからじゃないのだ、天然自然にそうなったのだ、断ることもできず文句もいえないのだ、こんな押しつけがましい嫌なことを背負わされている以上は、何か代替えのいいことがあってもいいわけだ。もし頭が冴えるということでもあるなら、幾分は助かるがとおもう。(中略)それにしても頭の具合はともかく、意地わるになる、とはどういうわけなのだろう、姉はさもそれが本性のあらわれのようにいうのだが――。
(『きもの』幸田文 新潮文庫 1996.12)
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