崩壊

September 03 [Mon], 2007, 10:01
「崩壊」という言葉の先には未来がある。

最近、あらゆるものが崩壊している。政治崩壊、会社崩壊、学級崩壊、家庭崩壊。。。

共通して言える事は、権力によって集約出来なくなっている事、権力が機能しなくなってきている事。権力という言葉は、一見いやな言葉に聞こえる。でも人間社会ににおいてピラミッド構造は必要。みんながみんな、横一直線に並んで自立共生型の社会は素敵だけれど、それはあくまで理想論であって、実際そうある事は現時点では不可能である。

しかし、あまりに崩壊する社会の先にある新しい概念として期待したい部分でもある。いつだって、そんな理想論あるはずがないと言われて、築きあげられて来たのが歴史だ。いつの時代だって、新しい事を唱える人はクレイジーだと言われ、歴史になって英雄となる。

最近の立て続けに発覚する政治家の不正、そして勃発する辞任。転職嵐の現代、カリスマ社長も少ないし、カリスマ社長に一生を捧げると誓える社員も少ない。テレビドラマの学校をものを見て、今こんな事が起こっているんだと身震いしながら、そうさせてしまっているのは子供のままの大人の責任。大黒柱とか父権などと言う言葉はもはや時代遅れの存在しない言葉になりつつあり、それどころか家庭すら維持する事の出来ない離婚ラッシュ。

何がいけない?何がおかしい?いつからおかしい?

マスメディアに煽るのをやめろと言ったって、見たい人、聞きたい人がいるから流すのだ、と言われればその通り。だから真実を知る事は自分の責任。

みんな自分の寂しさやうっぷんを人の不幸を見て晴らしている。だけど、それをやり続ける事は極めて危険。人ばかり批判して、自己を省みようとしない。自分の思考や行動は変えられない。でも本当にそれが正しいのかどうか反省する事は出来るはず。

権力を持つ人を面白くなく思うのは当然。でも、今の時代、新しい概念が出来ていない時代において、権力を持つ人をひきずり降ろすのは簡単でも、じゃあその先、その仕事を出来る人を私たちは見つける事が出来るのか。権力不在のままの概念なしの自由社会は崩壊するだけ。

最近怖くて眠れなくなる時がある。

外交が極めて不安定な事に。。。
日本という国の未来が見えない事に。。。
家庭を築き、子を育てるという自分の責任に。。。

クレイジーだって言われても構わない。私は賢く生きたい。


戦争映画

May 04 [Fri], 2007, 12:00
先日、テレビで放映された「男たちの大和」を見ました。来月「俺は、君のためにこそ死ににいく」が公開されますね。最近、戦争映画や戦争をテーマにしたものを良く目にします。

確かに、戦争を知らない私達にとって、暗さや難しさのない映画やテレビからだとしても、戦争を知る事は大切かもしれません。でも私にはどうしても違和感が残ります。

私の祖父は戦死をしました。そして気がついた時、私の父はお父さんがいないで育った事を知りました。何不自由なく親の愛情をたくさんに受けて育った私は、その事に気がついた時、言葉には言い表せない想いが募り、それは今でも私に生きる事の大切さを教えてくれています。

人の命が失われているのに、誰が悪いとか、誰を恨むとか、そういう事の出来ない事実は、戦争の終わった今でも続いています。愛する家族や恋人、伴侶が隣にいない現実の中で暮らしている人がたくさんいます。

今、私達の大切な人の命を誰かに奪われたら、どうしますか?

戦争映画に私達若い世代が感動を求めて飛びつく事が大切なのでしょうか。戦争という歴史の事実は、メディアなどでは理解する事の出来ない、もっと奥深いものがあるように感じます。映画への興味で終わる事なく、当時の書物、新聞、戦争を経験された方の生の話、そういった事を大切に意識して初めて、戦争映画をみる権利が与えられるのではないでしょうか。

映画を見て、涙を流しはしても、沖縄やグアムやサイパンに行って、何も感じず、気づかずにリゾートを楽しむ、そんな現実は許しがたいものがあります。

私は数年前、リゾート感覚でサイパンへ行きました。何をしようか迷っていた所、現地の観光ガイドのお兄さんが声をかけて来て、マニャガハ島に行かなきゃ、と言いました。もちろん、私はお遊びの気持ちもあったので、行きたいとは思いましたが、観光をせずして遊ぶ事が心苦しく、戦地となったここで見るべきものがあると思い、バンザイクリフなど、行きたい場所があるからと断ったところ、「そんな所に行ってもおもしろくないよ」と彼がいいました。

結局私は、戦争の跡地を見てまわりました。今でも、その選択は正しかったと思うし、私の心の奥深くに残っています。

観光や産業が、戦争を食い物にしているような気がしてならない今日この頃です。

真実や大切なものは、自分で確かめる事にあると思います。

帰省

May 03 [Thu], 2007, 12:00
仕事も住まいも東京の中心地に移して数年。

昔、小学校の頃、社会科の教科書に「丸の内オフィス街で働く人々」という写真を見て、幼いながら、私もいつかこういう所で働きたいと漠然と思っていた。

丸の内という「場所」に憧れたのではない。政治、経済、文化の中心地、世界の中の東京という「動きのある」場所が好きだった。いつでも何でも最先端の場所で挑戦したいと思い続ける自分がいた。

遠回りはしたけれど、やっと今自分の居場所を見つけた。思い描いていた漠然とした夢が一本道となり、自分を取り巻くすべての経験に理由があった事を感じ取られる事を見つけた。港区に居も移し、今が一番幸せだと思える時間を手に入れて、日々仕事に邁進していた。

先日、数ヶ月ぶりに実家へ帰った。母親のおいしい食事と、意味はないけど、一緒にいるだけで幸せ、という家庭の温かさを実感した。

実家に滞在した3日間。何故か情緒不安定になる。東京で自分が得たかったもの、欲しかったもの全てを手に入れて満足をしていたはずなのに、きっとそれとは別に大切なものがある事を思い出したからだと思う。

庭で見たアリやネコやカラスや雑草が生えている風景。うぐいすの声。深夜もの音一つしない暗闇の静けさ。中学校から書き綴っていた思春期の頃の日記。パソコンのデータではなく、アルバムに綴られた一枚一枚めくる写真。好きだった人と写っている写真と共によみがえる思い出。近所の人間味あふれるお店やさん。のんびりと歩く人々。何よりも、自分が生まれ育った思い出がぎっしりとつまった宝箱のような実家。

タワーマンションの高層階で、夜景を眺めながら、取り揃えたお洒落なインテリアに囲まれて、好きなジャズを聞きながら、こだわりのワインを飲む。外にはビルの上で止む事のない無数の赤い光の点滅、首都高・新幹線・山手線の絶える事のない音。立ち並ぶタワーマンションの消える事のない光。人間関係では、世でいういわゆる成功者?の方々の中に紛れて、日本の進むべき道を考える。マスメディアと現実の同居。

地元の友達に言われた言葉。ここへ帰っておいでよ、どこまで行ってしまうの??

人間はないものねだり。普通の生活をしている人は、普通でない生活に興味がある。だけど、自分では普通だと思っていた生活が実家に帰ってきて普通ではない生活だったと改めて気づいた時、普通の生活の大切さを実感する。

だけど、私がやりたかった事は、実家のあるここでは実現出来なかったんだ。

普通って何だろう・・・!?

仮想社会

May 02 [Wed], 2007, 12:00
昔はまっていたMIXIを止めて数年。

最初の頃は、なんと素晴らしいコミュニティーの世界だろうと思っていたが、いつしか自分が仮想社会の住人になりかけているような気がして、ある日突然、予告無しに退会。今までは何十人という友達の中で生き続けていたにもかかわらず、突然いなくなっても何も変わらない現実、それが仮想社会。

WEB2.0という言葉と共に、いつしかSNSやブログは私達の日常生活の一部となった。

生身の人間関係が大切、そう思いながら、この先の未来を考える。今やネットで全てが出来る世の中。ビジネスも学問も買い物も。ともすれば、これからは生身の人間関係が必要となる会社も学校もお店もなくなるのか。。。それならば、仮想社会が現実で、現実社会は一体どこへ行くのだろうか。。。

私がこの歳にしても、ネット社会の怖さを感じる中、孫を私立小学校に通わせているおじい様が、今や私立はパソコンがないと出来ない宿題が出るとの事。私立に行かせている位だから、パソコン位買えると思われているのか、と嘆く。

いや、違う。パソコンを買うお金がどうの、という問題ではなく、家庭で子どもがパソコンに向かう現実がある事自体が問題。SNSやブログにはまっている親が、どうやって子どもにネットの怖さを教える事が出来るのか。。。中途半端な学校教育と無責任な親の子育ての仕方が、結局今のこの世を作りあげている。

目を覚まそう。ネットの中は仮想社会なんだ。人間は人間同士、生の声を、音を、匂いを、仕草を、表情を感じ取る事が大切なんだ。

核家族化の行方

May 01 [Tue], 2007, 12:00
昨日は、とても深い一日となりました。

昨日、港区の開催で夜回り先生で有名な水谷修氏の講演を聞きに行きました。最近は日常の生活があまりに満足、充実している為、これ以上の刺激は必要なく、あまり出かけない私ですが、子育て真っ最中の姉が誘ってくれて、赤坂まで足を運びました。

このブログを開設した頃から、今でも、社会の歪みは全て核家族化に起因しているように感じて来ました。しかし、そんな世の中を変えられる可能性を持っている世界にいながらにして、この問題を解決するには、数百年はかかるであろうと思っています。

昨日の水谷氏の講演の中でも、やはり、子供の成長過程における家族のあり方が最大の焦点になる事を感じました。水谷氏は毎晩子供達からたくさん届く何千ものメールに睡眠を取らず返信をされているとの事。1001番目の子の命が救えるかもしれないと思うから、と。。。

何故ですか?学校の先生はたくさんいるのに、私を含め大人は周りにたくさんいるのに、何故水谷氏の所に相談が集中するのか。。。その答えは簡単。大人が一生懸命生きていないから。子供は頭が良いと思います。一生懸命生きている人かどうか、見抜けるのだと思います。私達が色々な事に悩み騙され流され、大切なものを見る力を失ってしまっている間に。

気がつけば社会はどんどん変わり、誰しも本当は望んでいなかったのに、出来上がった社会に必死で合わせて生きて行かなくてはならない。誰が愛よりお金が大切だと思う人がいたか、誰が家族より仕事が大切だと思う人がいたか、誰が平和より戦争を好む人がいたか、誰が男性と女性は同じ生き物だと思う人がいたか、誰が生きる事より死ぬ事を好む人がいたか。。。

社会は誰も望んでいないのに、ある一つのメリットがあると、それによっていとも簡単に進んでいってしまうのに、その結果残された宿題の答えを解く鍵を持つ人はいない。今、この世の中で絡み合った知恵の輪を解くのは永遠に不可能かもしれない。

一人暮らしを始めて、改めて家族の大切さを思う。昔は家族団欒の憩いの場、癒しの場であった夕食の時間。母親が愛情込めて、スーパーから持って帰って来て、数時間かけて家族の為に作ってくれた食事。今は一人で準備して食べる夕食、生きる為の栄養補給としか思えない。

目の前にある豪華な食事が大切なのではない。母親が自分の為に数時間かけて作ってくれたと言う愛情。お金を稼いで来て好きな事をさせてくれる事が大切なのではない。父親のいつ何時も、大黒柱として、家族を守るその存在感。

家族の絆が強かった昔。お国のために、愛する家族のためにと言って戦争で命を落とした人々は、今、こんな社会を見たら天国で泣いている。こんな世の中を残す為に、自分は犠牲になったのではないと。。。

無題

November 19 [Sat], 2005, 14:32
お友達のページにあったサイトが、とても私の心をついたので、ご紹介致します。

http://www.reata.org/interviewjapanese.html

焦燥感

June 21 [Tue], 2005, 23:07
なんだろう、この焦燥感。

さっきベランダから、遠くの景色をぼ〜っと見た。最近は東京で過ごす時間が殆どで、色んなホテルのパーティーや、プライベートで遊ぶ場所も銀座や西麻布が多く、洗練された人とネオンに囲まれてる。仕事の帰り道にはいつも東京タワーが正面にあって、ここ東京の中心地こそが自分の立っていたい場所だった。

でも、今日、久々に家から見える、かなり田舎じみた夜景を見て、昔の自分を思い出した。大学受験の思春期の頃、勉強がのらず、良くこの景色を見て、当時好きだった男の子の事とかを思っていたのを思い出した。あれから十年。変わらない自分と変わった自分。

ここから見える景色は、あまり変わっておらず、なんとも言えぬ焦燥感が込み上げた。でもそれは、悲しさではなくて、今ようやく自分が求めていた人生の応えに近づいている様な気がする満足感なんではないかと思う。

昔から、ちょっと変わってるって言われる事が多かった。自分の思いや考えは、間違っているのかな、と思う時があった。でも今の仕事を始めて、間違ってはいない事を自分自身が納得し、何より、偉大だった父親と、永遠に超える事は出来ないと思っていた父親と、政治や世の中の話が少しでも出来るようになった自分の成長を感じ、大人になったなあ、と初めて思えた。そんな時間の流れを、この景色に感じたのだと思う。

女性外来

May 15 [Sun], 2005, 15:12
今日、日経新聞に、女性外来を置く病院が増えているという記事を見た。

女性外来の記事、やっと今か、と思いながら読んだ。男女平等と言われ、社会でも女性の社会進出はあたり前の様になってきている。でもそもそも男性と女性は違う。その記事は病院の検査の基準値が今までは男女同じであったが、内容によっては、若干基準値が違う為、基準内だと思っていても、男性若しくは女性の場合は、病気が進行している可能性がある、というもの。女性外来は女性特有の心身状態を診てくれる科。

仕事で自己実現が出来るのは楽しい。この先、何も考えなければ、仕事はし続けたいと思う。でも結局、結婚や出産で生活に影響が出るのは女性。男性に子供は産めない訳で・・・。仮に出産後、仕事復帰をしている女性をみても、結局一線から外れて仕事をしている人が多い。あの人があの部署?と思う様な事も多いけど、聞くと、自らの希望だと。

どんな人生を送るかは自分自身の選択。でも女性外来が注目されている様に、やはり、男性と女性では心身の作りが違う。生きるべき使命も違う。うつ病も多い。婦人科系の病気も増えている。少子化も問題になっている。子供の凶悪事件も多い。精神鑑定により善悪が問えない事件も多い。理由は分からないけど、家庭のあり方は社会に大変大きな影響を与えている様な気がする。

気がつけば、仕事にやりがいを感じたい、頑張っていたいと思う自分がいて、そういう自己実現が図れる場所を求めて働いている。でも必ずしもそれが正しい事かは分からない。もし結婚して家庭を作るなら、家庭を守るのはやはり女性の役割ではないかと最近思う。バイタリティーのある女性好きだよ、パートナー的な人がいいよ、と言う男性が最近多い。お料理上手な子がいい、結婚したら仕事は辞めて欲しいなんて言う男性をあまり聞かなくなった。

果たして、社会はこれで良いのだろうか、と考えつつ、自分も他人事の様に、テレビで多くの犯罪事件を見続ける。

コンサルタント!?

May 08 [Sun], 2005, 20:29
今の世の中、コンサルタントが流行っているような気がする・・・

とは言っても私は金融関係とか、M&Aとか難しい事は分からない。といいながらミーハーな所はあるから、合コンでは某コンサルタント会社のBとかAとかPとか言われると行ってしまうが・・・

それは置いておいて、身近な体験を一つ。

ある時、体調が悪くなり病院へ行った。症状は頻繁にある吐き気。地元の内科の先生から大学病院での精密検査へ。でも吐き気の原因は内臓的には不明。内臓に異常がないなら良し、とも言えるが、健康なら吐き気はしないのでは、とも思う。でもそれを診断してくれる所はない。怖いのは女性の場合、腹痛。内科では異常なくても、産婦人科で異常が発見される事は多い。自分は経験者であり、大学病院への通院もあるので、その辺はシビア。でも吐き気でかかった外科と産婦人科はカルテは同じでも総合的な診断はない。今後、病院の総合的な医療を望む。

最近はビューティーアドバイザーや枕コンサルタント、シューアドバイザーとかをデパートでちらほら見かけるけど、そういう総合的なアドバイスをしてくれる人がもっと定着してくれたらなあ、と思う。

そう考えると、この仕事、可能性がたくさんあるかも。ホテル、旅行、ウェディング、マンション、老人ホーム、保険、何でもある。勿論、代理店や仲介屋さんはいるけど、もっと親身になってくれる人を望む。でもそれが定着しないのは、何かビジネス上に問題があるからなんだろうけど。

最近は、色々な会社が、色々なサービスをしているから、選択をするのが難しい。勿論自分で情報収集する事も大切だけど、自分でやるには限界がある事も多い。お店の人に聞いても、自分のお店のものを勧めるのが当たり前。それじゃあ、悪い所は見えない。

昔、新卒就職活動中にインテリジェンスという人材会社に興味を持った。それが今や、転職と言えばインエリジェンスとなった。ホテル入社時、一休という会社に魅力を感じた。当時一日数十件の予約だったのが、今や数百件となった。

時代の流れをよむ能力が大切だ。

心身症

March 17 [Thu], 2005, 14:12
最近私の周りに心身症と闘っている人が多い。

正しく現代病であると感じ、社会の行く末が心配になる。物があふれ、自由を手にし、一見幸せに見える日本社会。だけどなんか違うような気がする。

発展途上の国々の人々が飢えと病気で苦しんでいる。同じ地球とは思えない状況がある。私たちはおいしいものを食べ、平気で残し、おしゃれな服を身にまとい、快適な家に住む。学校に行かせてもらえるのに、勉強せず、楽しい事を探して遊ぶ。選挙権があるのに投票に行かず、国家の在り方は人まかせ。

いいの?ほんとにこれでいいの?これが幸せ?少しずつ皆が気がついて来ている気はする。仕事に追われ、人間関係に悩み、生きる意味が曖昧な事に焦り、何かを変えたいって思ってる。でも体と心が元気じゃなきゃ、判断能力すら鈍ってしまう。

心身症が悪化すると、自殺願望にすら行き着くと聞いた事がある。生きたくても生きられない人がいる。でも止めたくても止められなくなって自ら命を落としてしまう人もいる。今もう一度考えるべき事がある。このままでいいの?って。私達が、私達の子供たちが本当に幸せな生活を手に入れる為に・・・
P R
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