ナイロビの都市問題 

March 19 [Wed], 2014, 22:22
ナイロビの水の94%は市の北にあるAberdare山系から供給される。中でも最も重要な供給源はティカ・ダムである。しかし、取水された水のうち40%は配水中に失われてしまい、水道に接続している消費者のうち水の供給が受けられるのはわずか40%にすぎない。スラムには水道水の供給がほとんどないために、幸運にも水道水の供給を受けられるものや水売りから水を買わざるを得ず、水道料金よりもはるかに高い水代を払わねばならない。2009年7月には、深刻な水不足が続く中、トランスペアレンシー・インターナショナル・ケニアとケニアのNGOであるMaji Na Ufanisi(水と開発)の発表した報告書によってナイロビ市上下水道事業会社の取締役会が不正のために解任される事態となった。この報告書はナイロビを含むケニア国内5都市のメーターの不正検針や産業用水の不正転用、水道への不正な接続を見逃すための賄賂の授受を告発し、中でもナイロビで最も不正が激しいことを指摘していた.[21]。
これに限らず、ナイロビ市政府は急増する住民に十分な行政サービスを提供することができていない。ケニア政府は独立以来一貫して都市重点政策を展開し、インフラ整備の大半を人口の10%台を占めるに過ぎない都市地域に振り向けてきたにもかかわらず、である。ごみの収集能力は1994年時点で1日800tから1000tの発生に対し回収能力は200tに過ぎなかった[22]。この状況は以後も根本的な改善はなされていない。停電も多く、住宅供給は間に合わずに市の人口の60%が可住地の5%に過ぎないスラムに住む事態となった。公共交通機関も十分ではなく、公営バスの不足の隙間を埋める形で1960年代よりマタトゥ(ミニバス、乗り合いタクシー)の普及が急速に進んだ。一方でモータリゼーションの進行によって自動車の数は大幅に増え、交通渋滞が激しさを増しており、大気汚染もはじまっている。
また、ナイロビは治安の悪さにおいても悪名高い。特に、1990年代より凶悪犯罪が急増、組織的、凶悪的な事件も目立つようになった。2013年9月21日には、比較的安全とされていたナイロビ中心部のウェストゲート・ショッピングモールに武装集団が乱入するテロ事件(ケニアショッピングモール襲撃事件)も起きた[23]。

参照:Wikipedia「ナイロビ

[PR]表参道のバイト情報

ナイロビの観光地 

March 19 [Wed], 2014, 22:21
ナイロビには多くの観光名所があり、またケニア観光の拠点ともなっている。
ナイロビ中心部にはニュー・セントラル・バンク・タワーやケニヤッタ国際会議場といった高層ビルが立ち並び、上に登ればナイロビ市街を一望することができる。中心部の北には1930年設立のケニア国立博物館があり、ケニアで発見されたアウストラロピテクスの化石などが展示されている。その向かいにはヘビ公園がある。中心部の南には、キリンに直接えさを与えられるキリン公園がある。南西部郊外には、ケニア各民族の伝統家屋や伝統文化を展示するボーマスオブケニアや、ナイロビで暮らし「アフリカの日々」(Out of Africa, 1937年、映画『愛と哀しみの果て』の原作)などの作品を残したデンマークの女流作家カレン・ブリクセンの住居を博物館としたカレン・ブリクセン博物館などがある。また、市の中心部から10kmほど南、ジョモ・ケニヤッタ国際空港のすぐそばにはナイロビ国立公園があり、アフリカの自然を手軽に楽しむことができる。
ナイロビ南西には景勝地ンゴングヒルズがある。また、ナイロビの北88kmにあるナイバシャ湖とヘルズ・ゲート国立公園や、南のマガディ湖などは日帰り圏内であり、ナイロビが観光拠点となっている。
これらの観光資源のほか、ケニア国内のサファリやケニア山などの登山を楽しむ外国人観光客もナイロビを拠点とすることが多く、また国連関係はじめ多くの国際機関が存在することから、ナイロビには多くのホテルが立ち並んでいる。

参照:Wikipedia「ナイロビ

ナイロビの主要な交通機関 

March 19 [Wed], 2014, 22:20
◯空路
外国からの窓口として、1958年に建設され、市の中心部より15km南東にあるジョモ・ケニヤッタ国際空港があるが、ジェット機の時代になる前は1933年に建設された市の中心部から南に4kmはなれた[26]ウィルソン空港(英語版)(現在は国内線用空港)が使用されていた。1930年代から1940年代にかけて、イギリス南岸のサウザンプトンから南アフリカのケープタウンに向かうイギリスの旅客機や郵便機の中継地であった。このルートでは、イギリスからケニア西部のヴィクトリア湖に面する港湾都市キスムまでは飛行艇が使用され、そこから南では飛行場の航空機が使用された。ジョモ・ケニヤッタ国際空港は、現在東アフリカ最大の拠点的空港として各地に路線が開かれており、ケニア航空やフライ540、ジェットリンク・エクスプレスといった航空会社のハブ空港となっている。

◯鉄道・バス
市内の公共交通はケニア・バス・サービスなどの会社組織のバス、ならびに個人経営が多い『マタトゥ』と呼ばれる小型バスが担っている。マタトゥは1960年代後半より公共交通の未整備を補完するために出現したもので、現在では中心部から市内各所に路線網を伸ばしている。マタトゥの路線は固定されているが、時刻は固定されていない。タウン南部にはウガンダ鉄道のナイロビ駅があるが、ナイロビ発展の原動力となったこの鉄道も現在では重要性が低くなっている。現在ではモンバサ駅行きの列車が週に数便出ている。この鉄道は近郊路線としての機能はない。長距離輸送は長距離バスが担っており、国内各地、さらにはウガンダのカンパラやタンザニアのダルエスサラームなどにも路線が延びている。まとまったバスターミナルはなく、行き先ごとに発着場は異なっている。大型バスのほかに、国内各地や国境までの長距離マタトゥも頻発している。

◯道路
旧宗主国のイギリスと同じく、自動車は左側通行。モンバサからウガンダ国境へ抜ける国道が幹線で、市内を貫いている。中心部では片側2車線である。
市内中心部の道路はほぼ舗装されているが、舗装の傷みの激しい場所もある。信号機は数が少なく、交差点の交通の整理はイギリス式にラウンドアバウト(ロータリー)でなされている。

参照:Wikipedia「ナイロビ
P R
2014年03月
« 前の月  |  次の月 »
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
ヤプミー!一覧
読者になる
http://yaplog.jp/pda5vw2e/index1_0.rdf