民主主義政党

July 03 [Wed], 2013, 21:09
社民党が執行委員会を開いて、革命か議会主義かの決定
をしようとしていた時、左派と共産党のデモ隊がなだれこ
み、数時間の乱闘の末、社民党本部も党機関紙編集部も占
拠されてしまう。民主主義政党がついに崩れ落ちた最後の
瞬間である。
頑張りつづけていた大統領ベネシュは二十五日、ついに
首相ゴットワルトの要求に屈し、十二人の民主派閣僚の辞
表を受理し、ゴットワルトの提出した新閣僚名簿を承認せ
ざるをえなくなった。共産党が支配権を完全ににぎった新
内閣の顔ぶれの中で、例外は留任した無所属のマサリック
外相だけであった。
大統領ベネシュが譲歩したのは内戦の発生を恐れたため
で、チェコの民主主義の象徴であるマサリック大統領の息
子のマサリック外相を残したのも、両派の対立を少しでも
緩和しようとしたからだった。
しかし共産党は政権を奪取したあと、ただちに反共分子
の大量逮捕にふみ切り、民主派の政治家は次々に粛清され
ていった。辞任した閣僚は警察の監視下におかれ、中には
自宅のアパートから飛び降りて自殺をはかり、重傷を負っ
たまま投獄された閣僚もいた。粛清はあらゆる部門で広範
囲に、しかも徹底的に行なわれ、とどまるところを知らな
かった。技術者や熟練労働者まで少なくなり、経済にまで
その影響が出た。軍隊でも二十六人の将軍、四百三十人の
高級将校が退役処分となる。
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