Risaちゃん

2005年10月06日(木) 8時11分
我が家の末っ子Risaちゃんが16歳になりましたぁ
Sweet Sixteenだよ。

姉はね、6日になった時にメールをし図書カードをプレゼント
この子ね、読書家なんですね。


Dear My little Sister

Happy Happy Birthday
Wish your best


Enyの旅立ち

2005年08月18日(木) 14時06分
Enyが明日Columbusを発つ。土曜日だったのが早まったのには、不満で仕方がなかった私。

月曜日のfarewell partyで案の定大泣きした。
sharing したくても声が出なかった。
enyをみたら又涙が溢れてとまらなかった。
あんたのために泣くわけないでしょなんていってたのに。
隣にいる事があまりにも自然で横にenyがいなくなることに違和感を感じるだろう。
涙がとまらない私に泣きながらトイレットペーパを渡してくれたeny

笑っちゃったよ。

ちっとも感動的じゃない。


明日は、Finalだから見送りは、いかないから。
シカゴなんてすぐ隣だもの。

Columbusに来てからずっと仲良し。

いつも、笑いが絶えなくて本当に楽しかったの。
冗談だって何だってenyだから言えてた。
やっぱり、Enyに会えてよかった。
Enyが私にくれた沢山の幸せと笑顔が離れても続きますよう。

又、すぐに会おうね。



No matter where you go, You are My Best Friend, Eny

wanting

2005年07月28日(木) 12時34分
台湾では、母方のおじいちゃんを外公と呼ぶ。

『公公』gonggong

私は、そう呼んでた。

公公は、中国の大陸生まれ.
180cmとしっかりした体つきをしていた。読み書きは、もちろんその時代にしては、珍しく教育も受けていた。
そんな公公は、軍隊として勤めてた。蒋介石率いる国民党と共に台湾に来たという。
公公の家のテレビの上に蒋介石の写真があったことを思い出す。

いつだったか公公に歴史の勉強をしたいから公公の知っている事を書いてと言ったことがある。軽はずみで頼んだんだと思う。
そんなことを頼んだ事も忘れ私は、日本に戻った。
母から公公が私のために机に向かって手紙風に彼の歴史を綴っていた事を聞かされたのをしばらく後のこと。
次に帰ったら読もうと思っていた。
そんな風に次に次にと先延ばしにしていたら公公の歴史を綴った手紙も公公もいなくなってしまった。


中正記念党で宋美林の肖像画を泣きながら自分の目にしたものを語ってくれた婆婆。

台湾では、母方のおばあちゃんを『外婆』と呼ぶ。

私は、『婆婆』popoと呼んでいた。

私の概念は、全て彼女からきているんだと思う。
婆婆は、公公とお見合い結婚だった。
5人の子供を産み育てた婆婆。
その婆婆に私も育ててもらっていた幼少時代。


あれは、私が中学の時だったろう。
婆婆が泣きながら語ってくれた歴史。
婆婆が私だけに残してくれた財産。

少し、自分の存在に迷った時。
私は、私の源に戻る。
それが父母であったり公公と婆婆であったりする。
My Precious Present☆
☆The Ohio State Universityにてコミュニケーション&中国語を専攻する留学生☆日々を綴って語って笑って泣いてみます。
■代替テキスト■
Wanting
*趣味*tea time. *好きな曲&アーティスト*Etupirka.葉加瀬太郎 坂本龍一 山中千尋 Rie fu, Elva, Sixpence None The Richer etc
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