『ケータイ小説的。』のこと。「批評」のこと。
September 05 [Fri], 2008, 17:30
gotanda6様の3冊目の単著に関しては、すでに発売から二ヶ月近くが経過していて、いろいろなブログでも取り上げられているので、今更Parsleyから言うべき余地は少ないのだけれど、ちょうど本日がジュンク堂書店新宿店のトークセッション『「ライトノベル的 VS ケータイ小説的」―ファスト風土の文学的想像力―』で、自分もこれから拝聴しに行くので、本書についての簡単な感想と、「批評」ということについて感じたことを記しておきたい。
目次はこちらをご参照のこと。
何よりも本書の功績は、ケータイ小説のルーツがこれまでの文壇の外であるJポップ、とりわけ浜崎あゆみであるとし、ケータイ小説の「リアル」の先達としてヤンキー、レディースご用達雑誌だった『ティーンズロード』を掘り起こし、「東京」がない世界−全ての流通が均一化した「ファスト風土化」した郊外が生んだ「文化」であると喝破したことだろう。
要するに、筆者の手によって、ケータイ小説というものの立ち位置が、はじめて規定されたわけだ。今後ケータイ小説を「読み解いていく」=「批評する」ための目的のためには、「はじまり」として読まなければいけない本、ということになるのではないだろうか。
個人的には、153ページにある、TSUTAYA・ゲオといったレンタルショップ併設の複合型書店の影響力が詳らかになったグラフが一番興味深かった。確かに、地方でも既存のチェーン書店がある地域(北陸や四国)などでは、それほど影響が見えてきてないものね。
ただし。本書で取り上げられている『恋空』などが世に出てから既に2年程の時間が過ぎ、ケータイ小説そのもののパイが爆発的な広がりを見せているため、特に作品の内容に触れた部分に関しては、本書に限らず急速に陳腐化する危険性は伴っているとは思う。
例えば、モバゲーTOWNでずっと総合一位の座を揺ぎなくしている藤原亜姫の『イン ザ クローゼット 〜blog中毒〜』は、「中卒、ブス、チビ、貧乏、馬鹿。」な地方出身の少女が、東京に出て美容師見習いになり、そんな自分から逃れて憧れるセレブになりたい一心でホテトル嬢になり、顔や胸を整形し、blogにレイナという架空の人格を作り、どんどんネット中心の生活になっていく様が描かれている。そこで描かれている「リアル」は、『恋空』などとは明らかに違うものに変質してきており、ケータイ小説の2.0化がはじまっていると捉えることも出来るかもしれないと感じている。
逆に、そういった意味において本書は「間に合った」批評であり、今後この分野に手を出そうという論者にとっては、ますますやっかいなジャンルでもある、といえるのではないだろうか。少女たちは、常に、先に先に疾走しているのだ。
さて、筆者はあとがきで、ヤンキー文化を「被差別文化」と規定し、次のように記している。
相田みつをを疎外すること、ケータイ小説を疎外することでしか自分たちの優位性をアピールできないところに、現代詩、純文学の行き詰まりがある。批評はその延命策に追従するばかりだから機能しないのだ。
本書は、その「被差別文化」にスポットを当てることこそ、現代の社会を直視する批評的な行為であるという信念に突き動かされて書かれたものである。
批評に自由を! ヤンキー文化にもっと光を!
あ、ここの中に「グラフティ」も仲間に入れてあげて欲しいです。
東横線に乗っていると、思いがけないところにグラフティがあるので楽しい。Parsleyはいつ消されるともしれない「作品」を、ケータイのカメラで撮るのが趣味になりはじめている。
そういえば、ちょっと前に東急東横線の車両に「落書き」をされたというニュースがあった。(参照)
誤解を恐れずに言うと、このグラフティは「アート」として捉え語るだけの要素は持ち備えており、車両に書くという行為自体が、ラッピング広告列車が普遍化しつつある現状への批評的な行為だと思う。が、そんな頓珍漢なことを主張する「美術評論家」は誰もいない。
これも、グラフティアートという存在の、ルーツや文化的背景が規定されておらず立ち位置が明確でないから、「落書き」とされてしまうわけで、誰かが「批評」という行為を行っていたとしたならば、また別の切り取られ方をしたはずだ。まぁ、器物損壊は犯罪ですけどね。
だから。
「批評」をするということは『404 Blog Not Found』様がおっしゃるような、「大きなお世話」では断じてないのだ。
批評というものは、批評の対象のためだけにやるものではない。ほっておいたならば、ただディスコミュニケーションが横たわり続けることになるだろう。あるジャンルが、ジャンルとして確立するためには、必ず必要になってくる行為なのだということが、彼には分かっていないと言わざるを得ない。
「ヤンキー文化に光を!」と叫ぶことは、決して穴に向かって叫んで済ませていいことではないのだ。
おっと、そろそろ新宿に行かないと。ちと中途半端ではありますが、「批評」の機能に関しては別の機会にさらに掘り下げて考える機会を持ちたいと思います。ではでは〜。
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