兵頭 新児
二見書房
売り上げランキング: 294502
ひょんなことから、著者の兵頭新児氏から献本頂きました。ありがとうございました。
本書では、セクシャルハラスメント、ストーカー等の行き過ぎた認定や、痴漢冤罪・ドメスティックバイオレンス冤罪を「女災」と定義し、男性ならば女災に遭ったことがない人はいない、とする。そして、「萌え」の一言が意味をする、
『電波男』的な二次元に活路を求めるオタク男性や、草食系男子は、女災からの「防災」と捉えている。「宿命的に女性への渇望を抱き続けている男性が、今世紀に至ってとうとう女性への希望を見出せなくなってしまった、女性とつきあうことにはほとほと疲れてしまった、ということなのです」と、第二章では結ばれている。
そして「二次災害」として、少子化・晩婚化や「負け犬」そして腐女子化を挙げ、これらは、男性を得ることの出来ない女性側の現象、という文脈で捉えている。
筆者は、「ぼくたちの清む女災社会」を、このように結論付ける。
(前略)「ナオンが決めたことをぼくたちがテレパシーでもって察知して、ナオンが何も言わないうちにナオンの願望を充足させ、もしそれができなかったらお巡りさんに捕まっちゃう社会」であります。
間違っちゃいました。再度訂正させていただきます。
「ナオンに近寄らない社会」が正解でした。
何となれば、今の男性たちはぼくに指摘されるまでもなく既に女性のリターンは望めない、リスクしかないと考えはじめているからです。
えーと。筆者の文脈に従えば、私Parsleyのような乙女男子はどういう位置づけになるのだろう? 消費社会が「女性化」している中で、女性をターゲットにしたコンテンツを積極的に楽しんだ方が面白い、という考えは、女性の側にすり寄る裏切り者、になっちゃうのかな??
本書は、ジェンダーフリー、婚活、草食系男子、腐女子にまつわる文献、統計を丹念に当たっている労作であることは間違いない。
ただ、結論が「女性に近寄らない社会」というのは、実効性という意味で難があるし、既に『電波男』で指摘されているような、「二次元」に寄るという対処法とかぶり、それほど新味がない、という弱点があるように思われる。
つまり、本書の場合、結論が重要なのではなく、「女災社会」というアジェンダを、より多くのひとに共有して貰うことそのものが目的、といえるだろう。
しかし、本書が発売して数ヶ月経てもそのような問題意識が浸透しているようには見えない。
兵頭氏には厳しいかもしれないけれど、本書のアジェンダ設定は、痴漢冤罪やDV、少子化といった個別問題を全て包括しようとして、逆に焦点がぼけてしまい、結果として内容が薄い印象を受けざるを得なかった。
もう一つ、本書に関して思ったことは、本屋さんの担当がどこに並べるかで迷う本は、売ることが難しい、ということ。ジェンダーの専門書コーナーに並べるには、二見書房の実績がない(失礼!)し、サブカル書やロスジェネ論壇特設コーナーに混ぜて売るにはイマイチ関連付けに乏しい。
また、現在、著者・出版社編集は本を作ることでなく本を売ることに積極的に関わることが求められる。勝間和代女史ほどのひとでも、がっつかないと月数万点の刊行物の中の一冊に埋もれてしまうのだ。
そのためにも、兵頭氏は今すぐにでもブログを開設しなければいけないのでは。出来ればtwitterも。そこで、「女災社会」が抱える問題や事件について、恒常的に情報発信していくべきだ。mixiの
女性専用車両反対コミュニティでの議論を追う、というのもいいかもしれない。いずれにしても、「女災社会」という言葉をネット上に流し続ける地道な作業が必要になってくる。
世間への浸透が難しいテーマを広めるための、アクロバティックな方法としては、フィクション化、もっといえば「ラノベ化」するというものもある。
最近では、ピーター・ドラッカーのマネジメント論を扱った
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』が大成功している。
例えば、女災社会が進んで男性の人口が極端減少した未来を舞台にしたSFフィクションなどを描いてみたら、よりこの問題が認知されたかもしれない。
…って、それまんまよしながふみ女史の『大奥』の設定じゃん。ということで、おあとがよろしいようで。