A Serious Man (2009) 

2010年02月19日(金) 17時26分

コーエン兄弟の新作。60年代後半のアメリカ、中西部のお話。

タイトルの「serious man」を絵に描いたような、ユダヤ人の中年大学教授、ラリーが主人公。
妻には突然、新しい男ができたから離婚してほしいと宣告される。反抗期の子供達にはばかにされきっている存在。教え子の学生には単位をひきかえに賄賂をつかまされる。隣人とは、土地の境界線のトラブルを抱えている。結局、妻に追い出され、精神的疾患を抱えた兄と一緒にモーテル住まい。ラリーはまわりの勧めにしたがって、ラビに会いに行き、助言を請おうとするが、そのお目当てのラビに会うのもままならない。

冒頭5分位、聖書の引用か、中世の逸話で始まるのだが、私には何のことだかまるでわからなかった。
ただ、この映画自体、正しいのに苦難ばかりに会う男の話、聖書の「ヨブ記」がベースであるという。
つまり、ラリーは現代のヨブということか。

コーエン兄弟といえば、様々な不条理、不運に見舞われる登場人物がたくさん出てくる、というより、まさにこの世の不条理こそがデビュー当初からの一貫したテーマの一つ。

ラリーは確かに風采は上がらないけれど、真面目に日々を送っている。これほど災難に見舞われれば見ている人は誰で
も同情してしまう。が、同時にあまりにもグッドタイミング(本人にはバッドタイミングだが)に、トラブルがふりかかるので、ついつい笑ってしまう。こんな意地悪さも、いつものコーエン兄弟作品ならではだ。

この映画で「因果応報」「自業自得」的展開があるとすれば、ラリーと、妻の新しい相手、サイが同じタイミングで交通事故に会うが、ラリーは生き残り、サイはあっさり死んでしまうことだ。ラリーは生き続け、まだまだ降りかかる災難を引き受けねばならない。
逆に不条理な死の象徴であるのが、ラリーの隣人の狩猟の獲物となった大きなシカ。血を流したその死体が一瞬、アップになる。このシカだって、他のシカに比べて、特に素行が悪かったわけではないだろう。でも、この日、あの隣人に撃たれて死んだのは、このシカなのだ。
「理由のない苦難や死」なんて、それこそが日常なのだ、と言わんばかり。

やっと会えた、お目当てのラビには、歯医者の奇抜なエピソードを披露され、ラリーはそのエピソードの結末を知りたがり、教訓を得ようとする。でも、ラビは「話はそれだけ」「教訓なんてない」と、さらにラリーを混乱におとしいれる。救いどころか、さらなる混乱。
ちなみにこのラビを演じるのがアラン・アーキンで、あやしい山師の雰囲気いっぱい。でもとても魅力的。
ここで変に結末や教訓を説けば、ラリーはこのラビに傾倒したかもしれない。でもラビはそうはしないのだ。
コーエン兄弟は、ラリーに安易な宗教的救い、意図、教訓を一切、許さない。
確率を学生に教える物理教師であるラリーも、この不条理にはお手上げである。

コーエン兄弟は、この作品の中に、今まで彼らが作ってきた作品の意味、答え、意図を示唆しているように思える。
その答えとはずばり「この世に起こることに、意味、答え、意図なんてない」!!
彼らの映画では、登場人物達は、いつも不運や事故に見舞われ、パニックしたり、絶望したり、キレてとんでもない行動に出たりする。ラリーは、ただおろおろするばかりだ。

映画後半、現実の世界や人々とうまく向かい合うことができない精神疾患をかかえる兄は、ラリーに向かって「お前には家族も、立派な仕事もある。俺には何もない!」と号泣する。世界一不幸な男みたいな気持ちでいたラリーだが、兄から見れば、自分は幸せな男なのだ、と思い知らされる。
投げやりになったラリーは、隣人の美人の人妻の家のソファーで、一緒にマリファナをやって、ようやく一息つくのだ。結局、マリファナが救いなのか?!ああ、60年代!! この後、ラリーはようやく落ち着き、渋々と現実を受け入れ始める。そして、ようやく事態は好転し始めたかのようにも見えるのだが・・・

個人的には、この映画には、ラリーの息子、ダニーが通うユダヤ人学校の風景や、彼のユダヤの13歳の成人式「バー
ミツバ」の儀式の様子だとか、ユダヤ風俗が垣間見れて面白かった。ユダヤ人であるコーエン兄弟も、あんな街に暮ら
し、あんな学校で学び、ダニーのように授業中にこっそりジェファーソンエアプレインの曲を聴いたりしたのだろうか。ラリーと違って、うまく立ち回る術を知るダニーは、コーエン兄弟の分身なのだろうか?

そして、ラリーが最初に面会する新米ラビの頓珍漢なところとか、妻の新しい男の鳥肌立つ位、嫌なおやじ加減とか、歯医者の訳のわからないエピソードの描写なんかは、いかにもコーエン作品らしい。予算も少なそうだし、超スターが出ているわけではないし、いつものミステリー仕立てですらない。
コーエン兄弟が今まで撮ってきた映画の種明かしや、彼らの少年時代の心象風景(多分)や、宗教的かつ風俗的バックグラウンドを見せてくれた、そんな個人的な小品。
オスカーの作品賞などにノミネートされている。

ところでこの映画の結末であるが、やっと一息ついたラリーのもとに、またとんでもない、いや今度こそ本物の暗黒の災難が、しかも立て続けに起こるであろうことが示されていきなり、暗転、THE END。
コーエン兄弟は、やっぱり、意地悪だ!でも、もっと意地悪な映画を撮り続けて欲しい!!

そして物語に教訓や意図を求める俗人の私としては、「ラリーに比べれば、自分はすごいラッキーだ。もっと前向きに生きなければ」という本当に俗な感想に陥ったのでした。

追記。ここでコーエン兄弟作品をふりかえる。監督としての長編デビュー作品「ブラッドシンプル」以降、すべて見ているが、ベストはやっぱり「ブラッドシンプル」「ファーゴ」「ノーカントリー」かな?「ビッグリボウスキ」も好きだ。いや、「赤ちゃん泥棒」も好きだ。
プロフィール
  • アイコン画像 ニックネーム:parisgeneve
読者になる
フランスとスイスの狭間に住んでいます。最近はなかなか映画館に行けないのが残念。DVDで見ることも多くなってきたので、自分の覚書として。
フランス語か英語字幕で見てますし、間違い多々あると思います。ネタばれもしています。ご容赦ください。
2010年02月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28
Yapme!一覧