一歩。 

2005年11月03日(木) 23時25分
私はこの人が好きなんだ、ではなく、
好きかもしれない、という気持ちを持って、
誰かと出かけたのは2回目だ。
4年前。そしてこのあいだ。
喜びながらも、酷似するパターンに怯える私がいる。

少しだけ知り合って、あとはメールで仲良くなり、
一緒に過ごせるのは月に1回あればいいほう。
心の距離ばかりが近くなって、体の距離は縮まらなくて、
それは確かにはにかみを生んだけれども、
最後にはその差に耐えきれなくなって切った。

私は彼のその後を知らない。
そしてきっと、彼も私の今を知らないだろう。
全て投げ捨ててしまった私をどう思っているだろう。
そして、当時の名前すら捨ててしまった私を見たら、
いったいどんな顔をするんだろうか。

自分から手放したこと自体に後悔はない。
埋めようと焦っても、私には今でも出来ないから。
けれど、トラウマになっていることは明らかだ。
どうしても重ねて考えてしまう。

重ねて重ねて、少しでも類似点が見つかると、
ここが同じだ、上手くいかないかもしれない。
そんな風に考えてしまう。
逃げ道を作って、自分を正面から対峙させない。

あのときは身軽になりたい一心で、
追いすがる彼を「嫌い」という言葉で閉め出した。
けれど、今になってみれば、
追いすがられることは確かに嫌いだったけれど、
彼自体が嫌いではなかったのだ。

そして、一緒に出かけた相手を見ているときに、
どうして私を誘うのか、聞いてみたい気持ちと、
先回りのすえ自分を制御しすぎる自分がいる。
離れてしまいたくない。
依存したくない、と思っている今、
すでにかなり依存をしているのだ。

あれから恋をしていない、ということはない。
決して多くはないけれど、大事な気持ち。
そして、20年間この目で見てきたものをふまえた、
私の気持ち、相手の気持ちがある。

私が一歩を踏み出せば、近くなれる。
おそらく、気持ちを私のほうへ向けていてくれる。
私はまだ、3年前に彼を切ったときと同じ、
あの場所で足踏みをしているのだろうか。

痛み。 

2005年06月21日(火) 21時37分
背中が痛い。肩胛骨と背骨の間、左の筋肉。
体全体が歪んでいる上、凝りやすい体質だ。
何もしていない普段からガチガチなので、
疲れが溜まるとあくびだけでも痛む。

人に痛みを伝えるのが、とても苦手だ。
運動部とは縁のない生活をしてきたので、
大きなけがをしたことがない。
感覚というものは麻痺していくので、
今の痛みが、世間でどれだけのものなのか
ちっとも分からなくて躊躇してしまう。
慢性的であれば、特に。

心の痛みというのは、どんなものだろうか。
目に見えないだけに、どう扱えばいいか分からない。
傷になっていれば推測も出来るけれど、
中身が痛んでいるときはどうしようもない。
何しろ、どうやったって見えないのだ。
よく分からないけれど痛いとしか言えない。

昔から痛みを我慢する癖があった。
自分以外は他人だった。家族でさえも。
だって私ではないのだから、全部は分からないと、
そう思って今までやってきた。
そしてひとりで抱え込むことは辛くて、
痛みも、喜びも、自分から切り離してしまった。

だから何を言われても、
敏感なのは私ではなく、切り離された「誰か」。
そして私は、それを眺めているのだ。
痛がる様子も、喜ぶ顔も、じっと見つめて。
ただただ冷静に。観察者として。

体は正直だ。痛みもきちんと感じる。
それでも私は考えてしまう。
いつかこの体も、どうしても辛くなって、
痛みも喜びも切り離してしまうのだろうかと。
そうしたら、私はいったいどうなってしまうだろうか。

いつになったら、この痛みは治まるだろう。

詩。 

2005年06月16日(木) 22時37分
言葉はきっと、空気のようなものなんだろう。
普段口に出す言語ではなく、練り上げた“言葉”。
記憶の曖昧な頃から、文章を書くのは好きだった。
吸って、吐いて、それが上手くできなければ苦しい。
することが出来なくなれば、死ぬ。
そんな受け取り方を、私はしている。

一つのものに頼らなきゃいけないのは脆い。
けれどもそれが、必要最低限のものなら仕方がない。
そして毎日のように、日記なり、詩なりを書き続ける。
感情を表に出すのが苦手だ。日常でも、虚構でも。
本当の気持ちを、と言った方がいいかもしれない。
ポーズを作ってみせるのは慣れっこなのだから。

ゼミに入って。詩人だけでなく、仲間の作品を読んで。
どうしてこんなに感情を素直に出せるのか、
斜に構えて見ていた反面、妬ましいと思った。
どうしてもそれが自分には出来ない。
悲しいとか、淋しいとか、弱みを見せることが出来ない。
溜まったものを吐き出すために書いているのに、
その言葉は、出せない。

自分が本当のことをなかなか言わないから、
人の言う言葉を信じることが難しいのかもしれない。
これを“心を開いていない”というのだろうか。

それならそれでいいのかもしれない。
閉じた世界も開きすぎた世界も嫌いだ。
自分の居心地のいい状態が今なのかもしれない。
それならば、無理に変えたとしても戻ってしまう。

そして今日も私は言葉を呼吸する。
人にかけられた言葉を、自分の投げた言葉を、
詩人の言葉をできるだけ吸い込んで、
自分の中で消化できなくても飲み込んで、
いつか誰かに渡すために口にすればいい。

それが誰かを傷つるだけだとしても、
吐き出さなければ、私は生きていけないから。

旅先。 

2005年03月25日(金) 23時47分
私はどこかへ行くたびに忘れ物をしてくるのかもしれない。
1日分の私、3時間分の私、2週間分の私。
出かける前と同じようだけれども、どこかぽっかり
穴が開いてしまったかのように感じる。

旅に出るということは、もしかしたら
少しずつ自分を置き去りにすることなのかもしれない。
土地に魂を残していく、まじないめいた作業。

そして、旅先で思うのは、
自分の住む町に残してきた大切なもののことばかりで、
それはとても矛盾しているけれど、真実なのだ。
今この場所にないもののことを思う。
そして、帰ったときには別の何かが“ここ”にはない。

きっと私はどこまで行っても完成できないのだろう。
完成された人間なんてものはこの世にいないのだけど。
それでも、あまりに穴の多すぎる私は夢を見てしまう。
どこへ行ったら、私は本当の私になれるのだろう。

そうしてまたどこかへ旅に出て、
幾ばくかの私を置いて、忘れて帰ってくるのだ。

友達。 

2005年02月12日(土) 22時16分
思い出したように電話をくれる「友達」がいる。
いつも相手の鮮やかさに目を奪われて、眩々してしまう。

自制してきた言葉を容易く言わせてしまう、
そんなところが好きだった。
私はひとりでも大丈夫だと思い込むのに、
甘えも弱音も邪魔でしかない。
けれども消えてなくなってはくれなくて、
どこかでくすぶり続ける。
それを楽にしてくれる。

彼が恋人であればと何度も願ったけれど。
プレゼントに欲しいもの、あれば何でも言って。
そう言われて、本当に欲しいものを
口にすることはしてはいけない。
彼の全てが欲しいわけではないし、
好きだと言った私に、これ以上ないくらい
言葉を選んでくれた彼を困らせたくはない。
そこまで考えなくてもいいのかも知れないけれど。

自分と相手の幸せ、秤に掛けるのは無謀だ。
私の幸せは彼の幸せと違うし、等価でもない。
だから釣り合うことなどない。
釣り合えば一番いいのに、とは思っても。

だから、彼の幸せを壊さないように、
自分も幸せでいられる道を探している。
ずっと一緒に歩けないことなんて分かってるけれど、
しばらくの間だけでもそうできたらいいと思ってしまう。
探しているうちに分岐点を迎えるかもしれないけれど。

10代。 

2005年02月03日(木) 23時18分
20歳になる前の日に、髪型を変えた。
それだけのことなのに、
随分色んなことが変わってしまった気がする。
それは多分私が望んだことで。

私は自分を大きく変えることで、
10代に起こった全てを過去にしたかった。

母親が家にいない日々、
怒鳴り散らす父親の形相。
背中だけが冷える感覚、
愛してると言った唇の形、
螺旋階段をどれだけ下りても辿り着けない闇、
人づてにもらった最後の手紙。
メールボックスを開いては溜息をつく夜、
手渡された印刷物の温度。
相手から聞かされた知りたくない事実、
行き場がなくて凝ってしまった悲しみ。
聞くだけしかできないつらさ、
誠実であろうと出してくれた答え。

そういう、もろくて淋しいものを、
まとめてひとつの「過去」にしたかった。
未だに夢を見てしまうから。
これは過去だと、
今ではなく未来でもなく、
続きは決してないのだと。
いつまでも守ることはできないのだと。

明るいだけの、洋々とした未来は見えない。
だからこそ手放したくないのだけど、
それでは新しい大切なものを
この腕に抱きしめられないから。
だからせめて、変わることで少しの距離を。

思い通りにできたかは分からないけれど。

大人になること。 

2005年01月30日(日) 21時52分
大人になることは、とても怖いと思う。
幼い私から見れば、今の私は充分すぎるほど「大人」だ。

あのときから私は変わってしまった。
のらりくらりと誤魔化して、ないと困るものは適当に手に入れて、
誰にでも愛想よく笑って、ときには悲しいそぶりをしてみせて、
必要ないものは気付かれないようにゴミ箱に投げ捨てて。

怖いものは少なくなった。
考えなしに残酷な言葉を吐かなくなった。
淋しくなることも前ほどはない。


それが怖くて仕方がない。手に入れたものは確かに多い。
でも、それ以上に、心に増えた隙間が気になってしまう。
失ったと同じだけ手に入れたのなら、心は膨張しているのか。


膨張は止まらない。
そして私は相変わらず、失っただけしか手に入れられない。
増えた隙間を埋めようと必死になって、埋めた分だけ失って、
隙間はどんどん増えていく。

そんなことはないと信じたくても、
私は「信じることの強さ」を、前ほど信じられなくなってしまった。
信じても叶わないことも多いと知ってしまった。

そうして私は、一眠りの間にも「大人」に近付いていくのだろう。
こうやって言葉を連ねているときでさえも。


私はそれが怖い。
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