引越し 

2007年05月22日(火) 16時37分

突然ですが、ブログひっこしまー。

こっちのやつ、好きなんだけど

ちょっとサービス足りないので。

新たな出発はこちらから。

http://jollibee999.cocolog-nifty.com/blog/

最後の一人旅 〜バギオ・ボントック・ビガン編 

2007年05月20日(日) 19時51分
バギオ

フィリピンで有名な避暑地。
朝の4時にここに着いたとき
寒くて、息が白くて、みんなジャケットとか着てて、
息が白くて、
もんすごー嬉しかった。
日本を出たのが2006年夏、それ以来ずっと夏。真夏。常夏。
そのため、秋と冬の間のようなとっても好きな季節が
2005年振り。約2年。
大興奮。公園で夜が明けるのを、道端で売ってるコーヒーと待ってました。
私にとって季節の変化はすごく大事な要素らしいことを実感。

あージャケットとか着たいわー
さむー!って叫びながら原チャぶっとばしたいわー


ボントック

世界遺産バナウェの隣町。
ジープで御フランス人2人と、たぶんドイツ人2人と一緒になる。
御フランス人。あんまりお風呂入らないってほんとなのね。
女性だったけど結構香ってらっしゃった。
そしてわ○毛もそらないのね。かつタンクトップ。
一回試してみたかった、わきもうがどこまで伸びるか。
結果は彼女で一目瞭然。
南蛮の文化はまだ未開拓。

ボントックでは行きたかったライステラスまでの運賃、ばか高。
迷った挙句、あきらめ肝心。
もうひとつ、行きたかった博物館。満喫。
イフガオ族の慣習に興味津々。
特に首切りと葬儀・埋葬について。もう今では首切りはないって。ほっ。
山岳民族の色彩感覚。リサーチの余地あり。


ビガン

今回行けないかなと思ってたビガン。
強行で行きました。久々の低地。暑すぎる!
ビガンのバス停で野宿してたら
バス停のおっさんに浮浪者と間違えられ?、
男と間違えられ(こう見えてかなり珍しいのよ)、
タガログ分からんと思われ結構ひどいこと言われる。

バス停出るとき、おっさんら凝視しながら出てきてやったぜ、ぶー。

ビガンはスペイン占領時代の文化が色濃く残る場所。
フィリピンらしからぬものばかり。
アンティークのもの、好きです。
時計とか、家具とかほんと好きです。
でも高すぎです。

5月11日にマニラを出て、帰ってきたのは18日。
ホテルに泊まったのは3日間。上出来。
山岳地帯にいて、涼しかったから出来た業。

ところでたくさん日記更新しましたので
他もお見逃しなく。




boke boushi no radio taiso-




radio taiso- no mane wo suru street no obachan




ka-ten chaude, tabemono yade




yu-yake




Vigan no machi nami

最後の一人旅 〜バナウェ 写真編 

2007年05月20日(日) 19時39分


じょわっち




ややこしいわ!




最後の一人旅 〜バナウェ編 

2007年05月20日(日) 19時25分
着いたぜ、バナウェ。
直通のバスがなかったため丸1日かけての移動。

標高たかっ!
空、ちかっ!
空気、つめたっ!

町の周辺には、棚田やイフガオ族の生活が残る村など
たくさんの観光スポットあり。
移動に時間とお金がかかるため
ひとつの谷間に広がるライステラス(棚田)に的を絞る。

ひとつの谷間、といってもいくつもの山が重なり合ってできた谷間。
標高が高いため、気温も湿度も低くてとても過ごしやすい気候。
Say YO!! Jin(西洋人)はみんなトライシケル借りて
山のいたるところにあるビューポイントにびゅーって上ってたが
節約、歩きましょう。

5時間かけてゆっくり片道8キロくらいの道のりを
たった一人でぼちぼち上る。
ライステラスも綺麗だったし、久々に吸った森と山の空気。
気持ちよすぎる。
帰りは友達になったトライシケルの兄ちゃんに途中で遭遇。
ラッキー、乗っけてもらう。

そのあとのビール、美味。
もちろんひとりです。
その夜の睡眠、深し。
あ、もちろんひとりです。











konna bus attara, minna nocchaisou

最後の一人旅 〜トゥゲガラオ編 

2007年05月20日(日) 19時17分
今回の旅がフィリピンでの最後の一人旅。早いもので帰国も間近。
めげずにもりもり更新!

マニラからバスで13時間。
結構遠いね、トゥゲガラオという町に行ってきました。
特に見るものはなくw 唯一の観光スポットの鍾乳洞は
町からは離れているらしく
トライシケルのおっちゃんに止められました。

本当に町と、町の周りをぶらぶら。
選挙カーの行列眺めた帰り
一緒に眺めてた兄ちゃんがバイクで町まで乗っけてくれたり
市場でおっちゃんに話しかけたら
危うくゲテモノ食べさせられそうになったり
町の中をぐるぐる行脚。
ここまで北部に来たのは初めてだったので
久々に海から離れた生活。山、というより高原。
空気が気持ちいいなー

ホテルは安かったのにテレビあって、
久々に見たNBA 大興奮。ダンカン渋すぎ。


今回の旅のテーマ
『どれだけホテルに泊まらないか』

夜はなるべく、移動・野宿で行きました。
結果は後ほど。

次の目的地は世界遺産の棚田があるバナウェ。





church



getemono gokiburi ja nai rashii....




ame no hasi kara hasi

タウィタウィ報告A 

2007年05月10日(木) 14時15分

えー、写真。

ちなみに、帰国する日、決まりました。
来たる6月15日。
関西国際空港上陸です。

いや、いいって、ほんと
お迎えなんてさ。
荷物多くて、一人で抱えて帰るのしんどいからって
車とか出さなくて、ほんと、いいから。

日本円ないだろうからって
お小遣いとかほんとやめて、だいじょうぶ。


さ、今日からの旅の荷造りしよーっと。



サリサリストアの子供




たまねぎ発見。




ここにもたまねぎ。




あ、小たまねぎ。




海が空を映す。

タウィタウィ報告@ 

2007年05月10日(木) 13時33分
ただいまさん、予定変更いったんマニラに帰ってきました。
だって地球の歩き方とか忘れたんだもの。
ま、他にも理由はありますが。

危険危険と言われていたタウィタウィ。行ってきました。
結果。
かなりpeacefulなんですよ!!
かなりの田舎でもあるが、穏やか。
島の大半が親戚、状態。
暑くて暑くてくたばりそうになりましたが、タウィタウィ。
イスラムだから1日5回、村中にイスラム音楽流れるけど
誰も祈る気配なし、タウィタウィ。
バスケばっかのフィリピンでバレーがはやってるタウィタウィ。
バレーの前はサッカーがはやってたらしいタウィタウィ。

第二次大戦中は日本軍もこんなジャングルをうろうろしたんだろうなー
っていうジャングルが村のはずれから始まり、
ヘビがいたり、ワニがいたり、ヤギが大量にいたり、
のどが渇くとココヤシに登り、ココナッツをかち割って飲んで、
男たちはタバコ、女はおしゃべり。

職がなくてもどうにか生きていける世界で、
暇しながら「それなり」の幸せ・生活を生きる人々。
尺度は違えど、私も日本で「それなり」の幸せの中で生きてた。
同じ「それなり」なんだ、って思うと
私たちから見れば途上国で貧しい彼らの生活も
彼らにとっては何も問題がない気がしてきた。

そう言って思考を止めてしまうと、
そもそもの開発論の意味がなくなるから
それじゃ駄目なんだけど・・・
って矛盾した考えに陥ってしまう、タウィタウィ。

夜の船着場。満天の星。
今まで見た星空の中で一番の満天。
空中に星が広がっていて、こぼれそうな星。
こんな空を眺めて、あなたのことを思わずにはいられませんでした。
そう、あなたですよ。

「あ、私かも・俺かも」って思ったあなた、ご一報ください笑

正確には「あなたたち」ですよ。
日本にいる、フィリピンにいる、オーストラリアやらイギリスやらにいる
大事な仲間たち。
帰国をあと1ヶ月程に控え、感じるのは仲間たちの存在なしでは
このフィリピンの生活は有得なかったこと。
直接メールやらでコンタクトを取ってなくても
やっぱりあなたのことを思ったり、人づてでも近況聞いたりすると
心の励みになるんです。ほんとに。
有難う。本当に有難う。

感謝の気持ちを胸に、明日からまた旅に出ます!笑
明日からはフィリピンの北の果てを目指して。
5月23日からはインドネシア!
ダディーよろしく!



まさに南の島。




旅の相方、真理子姉さん。




子供も広場で賭け事。




洗濯終わったおばちゃんたちも、広場で賭け事。




のどが渇くと、ココに登る。

たくさんお知らせ。連続更新予定。 

2007年05月10日(木) 12時59分

まずは、こないだのせ損ねた写真たち。
このブログ、写真5枚までしか乗せれないんだよねー。

いろいろお知らせあるので連続更新予定。
みのがすな!



スポーツフェスの行きのバス。




エスニックダンス、踊れます。




この写真結構好き。




総勢120名弱。




帰りのバス。瀕死の状態。

たくさんの笑顔 

2007年05月02日(水) 13時11分

4月16日から5月1日までPREDAというNGOに
2週間お世話になってました。

このNGOでは、
軽犯罪や冤罪で大人と同じ刑務所に入れられた
未成年や少年を刑務所から助け出すこと、
セックスワーカーとして働かされていたり
虐待を受けていた少女たちを助けだし、
この少年少女をもう一度社会復帰や家族のもとで
暮らせるようにするための
一時的なシェルターの役割を担ってます。

http://www.preda.org/home.htm

ここに保護されている男女100名弱と2週間ずっと一緒でした。
正直疲れることの方が多かったけど、
たくさんの笑顔と、生き生きした表情を見て、
こっちが元気をもらうこともありました。

想像できないようなつらい経験をしてきた彼らが
またこんな風に笑顔でいられるなら
たった一人の力ない人間だけど
そばにいて、一緒に笑ってられたらいいな。

奇麗事ばかりじゃない世の中で
でも彼らをいとおしむ気持ちは奇麗事ではない。
そんな気持ちだけじゃ何もできない

・・ことはない。
行動を起こす前にはまず感情が生まれるはず。
この感情の芽さえ
「奇麗事じゃ済まないのだから」
と摘み取ってしまえば、そこからは何も生まれない。

まずは感情を。私たちは人間だから。

彼らのこと、彼らのすむフィリピンのこと、
少しでも多くの人が知ってくれれば。
私を通じて、多くの人が知ってくれれば。
きっといつかそれが何かのwaveになる。

ゼロじゃない。彼らをゼロにはさせない。


というわけで、明日からしばらくタウィタウィ島に行ってきます。
結構治安のよくない場所な上に、
選挙間近のため、タイミングもよろしくない。
が、行ってきます。かなりマレーシアに近づきます、私。





スポーツフェスの練習中。双子です。
めっちゃいい子らで、惚れてますw





もうみんな写真大好きでしつこくて・・・





PREDAの歌姫。演技派女優でもある。





日本人の方が綱引きは上手。PREDAは2位。




きゅうらぎ、元気にしております。

一期一会 

2007年04月09日(月) 13時39分
一期一会

意味;一生に一度限りの機会

語源;茶会に臨む際、その機会を一生に一度のものとして心得、
主客ともに互いに誠意を尽くせ、という茶会の心得。
利休の弟子、宗二の『山上宗二記』に「一期に一度の会」とあり、
ここから「一期一会」の語は広く使われるようになった。
(http://gogen-allguide.com/i/ichigoichie.html)



とっても好きな言葉。

接客のバイトを初めて、
いろんな人がいろんな形で私に教えてくれた言葉。
私自身も、さまざまな形で実感として感じた言葉。
人と人の繋がり。


フィリピンでもまた、感じた。

3月末から4月頭にかけて、同行したスタディーツアー。
マニラ・ダバオと、自分だけでは見ることのできないもの、見れた。
きらきら光る、若い子(いや、ほんとに若いのよ)の情熱を感じた。
自分の知らなかった日本とフィリピンの繋がりを感じた。


『情熱は伝染する』

キリンの商品開発部長が言ってた。

情熱は伝染する。
疑問をばかりもって、何も始めないより
疑問を抱えながらも、何か自分にできることをするほうがいい。
情熱を持って。


そう、自分にできること。
1人が100のことをしなくていい、100人が1のいことをすればいい。


私は、
大事な『出会い』が、一生に一度限りの機会だと思う。
その出会いを、一生のものにするかは自分次第。
たくさんの一期一会を繋げていきたいと思う。

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