気づけばもう5月 

May 26 [Thu], 2011, 19:14
ずいぶんとブログもほったらかしにてた。


また細々と再開しよう。



もう、あまりここにくるひともいないと思うけど。おもむくままに。書こう。



母も癌の手術をして半年がたった。こないだのペット検査では転移が見られず一安心でした


最近は、土曜になるとリハビリに通って食道発声の練習に行っているが、なかなか上達せず、もどかしいようで。


地震が起きて2ヶ月たった今もまだまだ地震がくるし、いつになっても震度6の時のトラウマは消えないけど


なんとか頑張っています。
小さな貸家に住んでいますが


今日は庭で二十日大根がとれました。
母が育てている大根。


それにしても小さい。


でも、こんな小さな菜園を楽しんでる母がとてもかわいく、いつまでも長生きしてほしいなぁと思うのでした。

近況 

January 08 [Sat], 2011, 3:24
あけましておめでとうございます!

なかなかブログを書くことも、忙しさに負けてしまいがちだけれど、今年もたくさんの思い出たちや、日々の記憶や母のことをブログにのせていけたらと思う

年の初めに
母が首の腫れがひどく検査をしました。今日は検査の結果を聞いて来たのですが、異常なしでひとまず安心

安心したついでに、自分の時間が出来たので、
石岡にある珍スポットに行ってきました。茨城には珍スポットがたくさんあって巨大な埴輪や、巨大なダイダラぼうなど巨大なもんばっかあって一体巨大なもんばっか作ってるのが謎ではありますが、
石岡にある、巨大な獅子舞を見に行ってきました。
獅子舞の口の中に入れるようだが、なぜか今日は獅子舞さんご機嫌ななめか、それとも正月だからか、なぜか入れず、悔しいので獅子舞に貼り付いてきました。


獅子舞の野郎!





今度機会があったら次は獅子舞の口の中に入れたら入ってやる!



いや、絶対入ってやる!(笑)



ちょうど、新年てことで、獅子舞もブログに載せれて良かった。


珍スポットめぐり、ばかりしてるわけじゃないけど、へんなものがわりと好きなのかもしれないな。


そんなへんなもの好きのわしを思っ?てくれてるかどうかわからんが、彼はきっと物好きだろう、きっとそうだろう。


さて、あと一週間後には妹の結婚式があるのでバタバタしてます!


姉ちゃんは(と、言っても双子)
カメラマンという重役をこなせるか心配デスガ、


なんとかなると、いや、なんとかせんと。


そんなわたしが最近はまっているトイカメラアプリ。スマートフォンの皆様なら、きっとはまるはず!Androidにしたせいで、以前よりメールが非常に打ちにくいのだが、トイカメラアプリのおかげで、最近下らない写真も、パシャリと撮るようになりました。


結婚式にあえてトイカメラアプリもよいかな?なんて思ったりしてます。もちろん一眼レフがメインなんだけども。


トイカメラアプリ、なかなかあなどれんな。ウム。











幸せと不幸せって何だ? 

December 29 [Wed], 2010, 2:26

ずいぶんとブログを書いてなかったようだ。

年末の忙しさにやられ、仕事も家もピリピリしている。

母は、と、言うと話せない事をなかなか受け入れられず、常にかんしゃくをおこしている。
そんな母だから、人間だもの、こっちも我慢の限界で喧嘩になることだらけだ。

妹が1月に結婚式をあげるので今月18日に引っ越した。

当然新しい名字になるわけだから自分の家庭が大切だ。

引っ越しで忙しく妹からしたら実家になるわけだから、実家のことを出来なくなる。


私も仕事をしているわけだから家の掃除や洗濯、夕飯の準備も毎日は出来ない


ついつい自分ばかり頼まれるから負担になり、妹にあなたは家を出た人間だからいいね!などとひねくれて責めてしまった。
今日は妹は午後から休みで

せっかくトイレ掃除に来てくれた妹に母がトイレ掃除のやり方が気に入らなかったらしく、口論になり、

妹が帰る時に水をまかれたようで、
メールが来て、母をおこらせてしまったというので、わたしもムキになり、また責め立てるように電話をしてしまい、妹を泣かせてしまった。

水を実の母に玄関にまかれ、もう来るなとばかりにやられ、悔しかっただろう。

責めることばかりでいつしか母が少し重荷にかんじていた。
自分ばかりが面倒をみて、家のことばかりやらされていると思い疲れていた。

妹だって頑張っていたはずなのに、私は妬ましかったのかな。

母はあの子は家を出た人間だから頼めないとよく言う

わたしばっかりと言う気持ちばかりで責めることしかしなかった。

大の大人が嗚咽をあげてなくのは大抵のことがなきゃなかないだろう

後悔ばかりで寝つけない私は幸せと不幸せについて考えている。

何が幸せで何が不幸せなんだろう、、、。


家族がバラバラな心でいるのではなく、幸せな日がくるんだろうか?



お母さんが1日でも早く
この生活に慣れる日が来ます様に。

おかんのその後 2 

November 23 [Tue], 2010, 1:51
今日は退院してから 初めて、母が日中ひとりで家にいることが出来た



退院してから誰かしら家にいたが



さすがに平日は 妹も兄も父も仕事で



わたしだけは平日は休みなのだが今日22日は仕事だったから


母を日中見ておくことができず



仕事していても ハラハラドキドキしてしまった



運悪く、携帯の充電が朝一に切れてしまい?すら出来ない状態に。



五時半に上がりだったのだが気が気でなかった



おひるにらあめんつくってたべたよあんしんしてね



とひらがなだらけの?が届いていたのを車で携帯を充電した五時半すぎに気がついた



とりあえずほっとして家に着いた



今日は比較的落ち着いていた



良かった


何かの話から
今年の五円玉は製造枚数が少ないらしく
二千円くらいの価値になるということをこないだテレビで見て、母とそんなくだらない話をしていたら



母が昔のお金を引っ張り出してきた



これ








どんだけ古いねん(笑)



でも 古い紙幣



なぜだかそれを持っていた母がカッコ良く見えた





母ちゃん、やるなぁ。←何が!!!







くれ!!




と言ったら



母が90か百歳になったらね



と言われました



母さん




あなた




どんだけ生きるつもりなんだ!と突っ込みましたが



元気な母ちゃんを見ているのは
わしはうれしいです。




母が元気になってくれたら



妹の結婚式が来年1月に来ます。




それまでにわたしも体を元気にしなきゃ。




理由。




先日の健康診断の結果がD判定だったので かなり凹んでます



貧血と蛋白尿らしい



診察要らしい




とりあえず落ち着いたら私も念の為、診察してきます










おかんのその後 

November 23 [Tue], 2010, 1:26
母が退院して5日がたった。


退院してきて、3日くらいした時の事、

退院してからまだ一度も髪を洗ってなく


髪を洗うのにどうするかという話からとんでもない騒ぎになった



うちは貸家で、しかもせまい



普通の家はお風呂の前辺りに、洗面台があるのだろう



しかしうちは洗面台がなぜか玄関入ってすぐ、トイレの真横にある。しかも洗面台があるスペースは、ひとひとりしかいれないくらいの狭さ。


母の髪を洗うにも難しいせまさだ



ましてや、洗面台、お湯が出ないときたもんだ



洗面台ではなく、風呂で洗ったらどうだと話になったが下を向くと息が苦しいという



病院ではどうやって洗ってもらったの?と言う話から



病院のお風呂は広く顔をまっすぐにして洗ってもらったのだという



しかし病院の風呂と家庭の風呂とは違う



うちの風呂もひとりがギリギリだ



ではあお向けになって洗ったらどうだとの話になる



あお向けだと息が苦しいという



だんだん 家族会議が深刻になり
母もエスカレートしてしまい
興奮し出した


落ち着いて



みんなで考えよう



と言うと



簡単にいうけど


穴に水が入って死んだらどうするの



責任とれるの



と母



紙に書いた文字をぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃと


子供がまるで暴れてイライラして落書きをぐしゃぐしゃに書いたかのようにし


興奮がマックスになってしまい


過呼吸みたいになってしまった


母が苦しみだし、ハラハラする私


父は興奮する母に切れてしまい


台所に向かう



水2杯くらい飲んで落ち着かせようとしてるのか


でも父の姿はまるで介護に疲れた人間のような姿で



母が殺されてしまうんぢゃないかと心配した



妹が帰ってきてとりあえずは母も落ち着かせ、なんとか髪を洗うのをその日は諦めさせ、母は下半身だけお風呂に入った



次の日


日中に暖かい方がいいとのことから結論から



台所の流し台で父と妹でなんとか母の髪を洗うことが出来た



ひとつのことがこんなに大変だなんて思いもよらなかった



母がのどの穴に水が入ったら命とりになると何度も何度も何度も 興奮して前日に書いた言葉が胸に突き刺さる



何気なく髪を今まで洗えていた 簡単なことも



母には注意が必要で生きてくうえで日常的に大変で



本当に本当に母は悔しいと思う



まだまだ家族もましてや母もなかなか受け入れられず



どうやったら母の為になるか


どうやったら母が普通に生活出来るか


日々 勉強の毎日です


そんな母が書いた絵














あの、、、








下手くそすぎる(笑)




たまには字じゃなくて絵を書いてって頼んだら



ちんちくりんな絵を書いてくれました(笑)



これは、いつぞやの





キャンディキャンディのつもりかしら




と思った1日。



母は頑張ってます。



早く 痛みもとれ、普通の生活に戻れますよーに。

退院 

November 18 [Thu], 2010, 22:47
11月18日 本日、母が無事に退院いたしました。



とは言え大変なのはこれからなんだと思い知らされた1日となった。



まず、家に帰ってきてすぐに
家がホコリっぽいと言いむせてしまった。


手術前より手術した後、のどに穴が開いた今の方が
ホコリをのどから吸いやすくなってしまうのはわかっていたが



目の当たりにして、びっくりした



急にむせてびっくりしたら乾燥すると
のどがぴったりしてしまうという


急いで水を飲ませて落ち着く



その後落ち着いてきたかと思ってたら夜になりまた苦しむ



理由は のどのエプロンが穴にぴったり張り付いてしまい 危うく窒息しそうになってしまった




こんな状態で、病院もなぜ退院させたんだと少し憤りを感じた



会計が終わってなんら今後の説明もなし



主治医は、手術のため説明は外来に来てから知りたい事があれば聞いて下さいと看護婦さんに言われた





帰ってきて、苦しんでたのを見たら、手術したら 退院したらもう終わりかよと憤りを感じてしまった



何千何万もいる患者ひとりひとりに、細かい説明はないのはわかるが



いくらなんでも不安すぎると思う(本人も家族も)




でも、母の癌を発見してくれた主治医には感謝ももちろんあるんですが。何故、家族は 緊張が張り詰めてしまってるんだから少しぐらい、説明があってもいいんじゃないかと思う



明日も私は休みなので1日付き添ってられるけれど


土日は妹や父が付き添っていられるけれど



付き添ってられない日、自分も仕事で家族も仕事だったり



そんな日にちがすごいすごい心配です。



今日はずっと今まで緊張の糸が張り詰めていて、ようやく母は寝ましたが、(眠れないから睡眠薬使用)



不安なことだらけで、まだ障害者の認定すら下りない中で、


大丈夫なんだろうかと思ってしまった



不安が母に移らないように



わたしは元気でいなきゃな。




風邪っぴき 

November 07 [Sun], 2010, 23:21
この2日間 風邪を引いたおかげで


鼻水ぶしゅぶしゅ


鼻声だわ 咳は出るわで


ぼーっと仕事をこなしあげ



母に風邪を移してしまったら大変なので

母の入院してる
病院に顔を見に行けずにいる



妹がその分病院に行ってくれてるのだけれど


日に日に回復しているようです。
手術したのが先月の27なので
10日がやっとたったのかな。



ただ、お腹がすくのか


お腹がグーグーなっていたとか。



まだ鼻のチューブがとれないので
鼻からの食事なのがかわいそうです。早く口から食べれるといいんだけれど



一歩一歩 というかんじなのだと思う



何日か前に病院に顔を見に行った時



百円の某 百円ショップの鏡だと


裏と表に鏡があって便利だけれど
片方で見る顔がおっきく見えるのが嫌だとゆっておった



60を過ぎた母でも顔の大きさを気にするのだろうか


それともただ単に顔がおっきく見えるのがかえって鏡が見にくいのか



鏡を買ってこにゃ!と思う今日この頃です



母は携帯もらくらくフォンで



ようやくやっとメールが出来るようになったのだけれど


見事に全部ひらがな、または文章がひらがなでつながっており、まるもてんもなく、題名にいつも本文が長々と入ってきます。


どうにか 人並みにメールを覚えさせないと


来たメールが文章が読解不能で


いつも先を先を考えて読む


なんてことになるのです



でもその、ひらがなだらけのメールが愛おしくかわいいのです。



風邪が治ったら顔を見に行こう



冬の澄んだ空気が朝は 気持ちがよく


心がしゃんとする


冬の夕暮れのコントラストも
オレンジと青がきれいで


何気ない景色もなんだか魅了してしまうようだ



画像は携帯から撮った写真ですが



年を重ねるにつれ、景色を見て感動したり
空気がおいしく思えたり



何気ないことがうれしく思うようになってきた。



1日1日を大切に思うようにと教えてくれたのは


母なのかもしれない


母、強し! 

November 01 [Mon], 2010, 21:04
今日で母が手術して5日がたった


昨日、妹が病院に行った時、早ければ明日にでも車椅子に乗れますよと看護婦さんに言われて帰ってきた矢先、


今日なんとなんと
病院に行ってみると

看護婦さんに付き添われてトイレに歩いて行けるようになりました



病室からトイレまではとても長い道のりを一生懸命歩く母



ゼーハー苦しそうではありましたが



その姿に涙が出そうになりました



まだネブライザーの吸入になれず
薬を入れた湯気のようなものに


苦しんでしまってゲホゲホしていたようだが



何よりも歩いていたことにとても嬉しくなり、



子供を産んだことも結婚したこともない私は



なんだかお母さんみたいな気分になり、歩けて良かった。と胸が熱くなりました


母ちゃん毎日ちょっとずつだけど頑張ってる



わたしも頑張らねば



そう思い



家に帰ってきて料理のしたことすらないわしが
初めて、ポテトサラダや 漬け物を作りました


といっても、漬け物は出来ている漬け物用の液(一夜の夢)で漬けただけ(笑)


さらにポテトサラダなんて、ジャガイモ蒸かしてつぶして具を入れて混ぜ混ぜしただけ(笑)



料理…




じゃなかろうもん!


という感じですが
父は夕飯に平らげてくれました



ちょっとずつだけど、わたしも料理、頑張らねば。



母に負けちゃいられません



母の料理がいちばんだなぁと



うちの父ちゃんがゆっていたけれども



ちょっとずつでも
母に負担のないよう


自分の身の回りはしっかり出来なきゃいかんと思いました





いよいよ手術の日 2 

October 28 [Thu], 2010, 0:45
手術室には
12時くらいに入る予定だったが


前の手術が長引き
手術は13時15分くらいから入った



手術に向かったあとの時間は長くて長くて すごく不安になった



13時に手術室に入ったのに
20時を過ぎても出てこない


この時点で七時間は過ぎている


みんな焦りと不安で そわそわした



看護士さんから手術が終わったのを告げられたのは
8時半過ぎだったかな



手術終わって説明の為別室に呼ばれた



母の癌になった部分や声帯など切り取った癌の部分を見せてもらう



とてもそれはグロすぎて直視出来ず
でも頑張った母の為にも見なきゃと
頑張って見た



声帯に癌が突き出していた。取ったそれはあまりにもすごい肉厚で こんなにたくさん切り取ったんだと驚く



取ったそれを見たら、母は手術よくがんばったなぁと思うぐらいひどいものだった



甲状腺まで左右切り取ってしまった母は声帯も取ったので



それを見て ああ母はもう本当に声が出ないんだなぁと 納得せざるをえなかった



その後安定したら母がICUに来る、病室に来ることになっていたがここからが長かった



待っても
待っても
待っても
来ない



21時


22時



夜の10時を過ぎたあたりだろうか



やっと病室に戻ってきた



母はまだ眠っており、でもうっすらと麻酔が覚めてきた様子だった



母の手を握ってあげて下さい




看護士さんが言うと妹が母の手を真っ先に握った



目をつぶってはいるが目からたくさんの涙が出ている母を見た妹は




さっきまで気丈だったのが プッツリと糸が切れたのか



泣かなくていいよ
よくがんばったね!
と 言葉につまりながら妹が泣いた



わたしは安堵からか
頑張ったね
えらいね
頑張ったね


って母の手をギュッとしたら握り返してきた



首を固定されているから2、3日は絶対安静なのでうなずくことも危険なので



私たち家族は 病院の先生に任せることにして帰宅した



家に帰ると 父が
全く今までと違うことに母は慣れるだろうかと不安になって話をし始めた



今まで呼吸は意識をしてすることもなくそれが当たり前だと思っていたものが



目が覚めたら呼吸法が変わっていたら本人は苦しいだろうし


絶対パニックになるだろうと父がゆった



わたしは言葉を失い 帰ってもただただ父の言葉にうなずくことしか出来なかった



今母は苦しいことを1人きりで暗い病室で戦っている



ずっとずっと夜のようなそんな感覚であろう


不安で押しつぶされそうだが



一番は母の回復を願って 祈ってゆきたい


母をずっとずっと支えてゆくって決めたんだもん



わしが負けてどうする



おかんは絶対大丈夫!



今は信じて 祈ります

いよいよ手術の日 

October 27 [Wed], 2010, 14:42
手術の朝

父が掃除機をかけている


これから手術だという時に掃除機かけている


のんき?まじめ?



病院に向かうと 母がなぜか笑顔で明るく振る舞っていた



妹の旦那様もかけつけてくれた



手術が12時からだというのに もう30分以上遅れ



母がそわそわする


父が医師に聞きにゆくと


10分後にむかえにくるとゆった



10分後
車椅子を持ってきた医師が車椅子に母をのせた



さっきまで笑顔でいた母



みんなが頑張ってと声をかけたせいなのか


優しい言葉に瞳いっぱいで泣き出した



こわい?と聞くとこわいんじゃない



もう声が出ないことが悲しいと言う



さすがのわたしも母が車椅子で手術室に運ばれる後ろ姿に



涙をこらえきれず泣き出した




1時くらいからだろうか



今母は手術室で戦っている



涙をながさない頑固な父の目にも涙があった
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:panky1910
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:1978年5月19日
  • アイコン画像 血液型:O型
  • アイコン画像 現住所:茨城県
  • アイコン画像 趣味:
    ・風景印や駅スタンプを集めるのにはまりました。ぼちぼち集めて行きます。
読者になる
mixiもツイッターもやっております。
そしてブログもはじめました。

楽しい事は楽しむ
悲しいことは悲しむ
人間くさい自分でいたい。
2011年05月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
アイコン画像パンキー
» 気づけばもう5月 (2011年06月21日)
アイコン画像おじいちゃん
» 気づけばもう5月 (2011年06月06日)
アイコン画像パンキー
» 近況 (2011年02月04日)
アイコン画像癌ダム4G
» 近況 (2011年01月26日)
アイコン画像パンキー
» 幸せと不幸せって何だ? (2011年01月08日)
アイコン画像パンキー
» 幸せと不幸せって何だ? (2011年01月08日)
アイコン画像癌ダム4G
» 幸せと不幸せって何だ? (2011年01月07日)
アイコン画像おじいちゃん
» 幸せと不幸せって何だ? (2011年01月05日)
アイコン画像パンキー
» おかんのその後 2 (2010年12月13日)
アイコン画像良い声いいな
» おかんのその後 2 (2010年12月01日)
Yapme!一覧
読者になる