Nのコメント 

September 29 [Thu], 2005, 8:08
『犬との生活』のコメント、そう言えばアイツ、ハムスター飼ってたって、しつこくS君とこで書きまくってたじゃん。

あんな風に書かれるのも嫌だけど、自分のペット話もしないで、あんな上から評価するみたいなコメント…。

やっぱり、人に共感なんてできないんだなと思った。
で、もし自分の話書いたとしても、自分語りばっかりなんだよな。
無理にコメントなんか書かなくていいよ。

9/18(日)母との言い合い-3 

September 21 [Wed], 2005, 1:01
あたしももう、自分でどうしたいのかわからない。
母はきっと、あたしに今まで通り、文句を言わず手伝って欲しいと思ってると思う。
でも、無条件にウヤムヤにして、そんなのが叶うと思う?
自分の健康にも体力にも自身が無くなって、これからもどんどん具合が悪くなるし、
多少なりとも弱気になってる所へ、あたしに冷たくされるのが、こたえてるんだと思う。
だからって、どうしろと?
あたしは、母の自業自得だと思ってる。
あたしは、今は本当に仕事が忙しいし、もう、色んな事に疲れてしまった。
病気の事を聞かされるのもうんざりしてる。
でも、今の状況にもうんざりしてる。
引越を考え始めて、いかに今まで自己犠牲を強いて来たかがよくわかる。
今まで、自分の事を考えなさ過ぎた。
今は、自己中すぎるかも知れないけど。
やはり、何かの限界を通り越してしまったんだと思う。

母が居ない間の家事は、自分のペースで出来て、さほど負担には感じなかった。
愚痴を聞いたり、具合を案じたりもしなくていいから、気分も軽かった。
料理は、父が大量に作ったものを消費するだけだったし、
台所は、いつもきれいに片付いていた。
母が帰って来たとたん、散らかり放題になって、不潔な感じになった。
手が痛いせいかもしれない。でも、多分、本来のだらしなさなんだろうと思う。
それを見ただけで、うんざりして、やはり家事をしたくなくなる。

それよりなにより、あたしは、疲れてしまった。
7月頭くらいから、ずっと本格的に心身ともに疲れていて、限界を感じてた。
すべてから逃げたかった。だまって座ってるだけで、泣きそうになる事もあった。
もう、そんな我慢はしたくない。
でも、今の状況も、決して楽しく無いし、ラクでもない。

母と言い合いになっても、結局自分がどうしたいのか、わからなくなっていた。

9/18(日)母との言い合い-2 

September 21 [Wed], 2005, 0:25
布団を取り込み終わって、廊下に運び出す手前で立ち止まって、母が話し始めた。
ベランダに出るには、あたしの部屋を通らなければならないが、
部屋の中を人が出入りするのが嫌なので、部屋を本棚で仕切っていて、
母が立ってるドア付近から、あたしのいる場所は見えない。

母:「なんでそんな、ふてくされた態度とってるんや。
   こっちは、おじいちゃんが大変で実家に飛んで帰って…。」
私:「だから、その間の家事はちゃんとやったじゃん!」
母:「だから、安心して行ってこれたんや。
   そんで、帰って来たらまた、なんでこんな態度とってるんや。」
私:「あたしはもう、愚痴や文句を聞きたく無いんだよ!顔も見たく無い!」
母:「そんな態度してたら、みんなが気分悪い。迷惑や。」
私:「そういう原因を作ってるのはあんたじゃないのか?!」
母:「こっちは、指先しびれて痛くても、爪がはがれても、
   我慢して絆創膏して頑張って料理作ってる。
   それなのに、何がそんなに悪い事あるか?」
私:「………。」
  (何も答えられなかった。言いたい事はたくさんあったはずなのに、
   頭が真っ白になって、何も言葉が出て来なかった。)
母:「………。心配せんでも、もう、あと5年後にはどうなっとるか、わからへん…。」
  (少し涙声)
私:「だから!そうやってすぐ、イチイチそういう事を言われんのも、もう嫌なんだよ!」

しばらくの沈黙のあと、母が無言で立ち去って行った。

9/18(日)母との言い合い-1 

September 20 [Tue], 2005, 23:59
母が自分たちの布団を干していた。
あたしも隣に布団を干していたが、15時過ぎになって、自分の布団だけ取り込んで、
親の布団はそのまま放置していた。
取り込むべきとは思っていた。取り込む事を期待されてる事もわかっていた。
でも、頼まれた訳でもないし、忘れてる方が悪いんだし、
あたしが自分で洗った自分の洗濯物は、例え出かけていて帰りが遅くなっても、
よく、わざとそのまま外に放置されているので、そのまま放っておいた。
第一、母を手伝う為の家事は一切しないと、徹底するつもりだった。
でも、気になって仕方なかったし、知らないフリをするのもうまく無いし、
寝た振りでもしていようと思って、干したての布団の上でゴロゴロしていた。

19時くらいになって、母が布団をとりに来た。
布団の事はすっかり忘れていたみたいだったけど、
あたしが自分の布団だけを入れたのを見て、文句を言って来た。

母:「何で布団入れといてくれへんの!
   あんた、そんな意地悪して楽しいか?
   あんた、結婚したらそんなふてくされた態度、通用せんで!」
私:「結婚なんて、関係ないじゃん。」
母:「関係ない事あらへん!
   相手の家に行くんだから、ちょっと気に入らんからって、
   あんたみたいにしてたら、勤まらん!」
私:「あたしは、あんたの文句や愚痴を聞きたく無いだけだよ。」
母:「文句?何をそんな文句言った事がある?」
私:「帰って来て、食事作る前に、少しご飯食べてただけで、
   『何であんただけ、先食べてんの!?』とか言ったじゃないか!
   そんな事、言われながら、手伝いたく無いよ!」
母:「いつそんなん言った?」
私:「言った自分は覚えてなくても、言われた方は覚えてるんだよ!
   そんなの、何回も言われてるよ!(ちょっと誇張入ってるけど。)」
母:「あー、あー、そうですか。あんたはいつでも正しい。自分が正しい。
   ご飯作っても食べへんし、外で美味しいもん食べて来たらええやろ!
   仕事から帰ってきて、自分でご飯の支度したらえぇ。
   そんなんやったら、一人暮らしでもしたら?」
私:「そのつもりだけど?」
母:「だったらさっさと…。」
私:「でも、今はしない。2月になったら引っ越す。」

ここで一度途切れて、母は布団を取り込む作業にかかった。

9/8(木)父との話-4 

September 20 [Tue], 2005, 23:56
この後、母が帰ってくるまでの間、父とはわりと楽しく過ごした。
その週の日曜日に、父方のイトコが遊びに来たけど、
母が居ない事で、なんとなく気楽に楽しむ事ができた気がした。
こう言ってはなんだけど、客嫌いの母がいると、前後は愚痴と文句にまみれ、
呼ぶのにも遠慮して、外であったりする羽目になる所だった。
ましてや、病気で具合が悪いなどとなれば、おいそれと遊びに来てはもらえない。
母が居たら居たで、それなりにはなったんだろうけど、
きっと、気分は多少重苦しかったのではないかと思う。
少なくともあたしは、そこに同席はしていなかったと思う。

父と真剣に話したのは、今の所これだけ。
また、引越が具体的になってきたりすれば、多分、父に相談する事になると思う。

9/8(木)父との話-3 

September 20 [Tue], 2005, 23:32
父に話をするなら、きちんと場を選んで、落ち着いて話をしたいと思っていた。
それが、ちょうど気持ちが落ち着いたくらいのタイミングで、
話す機会が出来たのは、とてもラッキーだった。
話す時には、絶対に泣かずに、冷静に話そうと思っていた。
でも、これだけ頑張って手伝っているのに、こんな事を言われては、
本当にやっていられない、と言う話をしていたら、泣けてきてしまった。

他にも、以前ここに書き綴ったような事を少しずつ話した。
札所巡りや、気功などをやっても、母は全く精神的に平穏さを得られていないとか、
その間、頑張って支えて来たのに、それが全く報われないとか、
母が事あるごとに、「もうすぐ死ぬのに…。」とかすぐ口にするのが嫌だとも話した。
それに対して父は、「でも、実際、そんなに長くは生きられないから。」と言っていた。
そのあと、自分の周りの知り合いや、知り合いの人の奥さんが、
亡くなってしまった事例をいくつか話していた。
知り合いの人の奥さんの話が、きっと自分の近い将来にだぶって見えるのだろうと思った。
私は父に、「お母さんは、もう少しお父さんに色々話を聞いて欲しいと言っていたよ。」と母が以前言っていた言葉を教えた。
母の愚痴があたしにばかり向くのは、あたし以外に話をゆっくり聞ける人がいないからだ。
母自身の愚痴だけではなく、母の父に対する不満も、あたしに降り掛かって来る。
その事は、あたしが被るべき事ではなくて、父が解決してあげるべき問題だし、
残された時間、母が何を望んでいるのか、少しでも知っていた方が父の為でもあると思った。それより何より、父が話を聞いてあげるだけの事で、解決する事は多いのではないかと思った。

父に話せて、少しホッとしたし、父が引越の事も了承してくれて、
胸のつかえが降りた気がした。
父と話せてよかった。
この時ばかりは、父と一緒に仕事をして、多少なりともわかりあえた事が良かったと思う。
一緒に仕事をしていなかったら、多分、スムーズには話ができなかったと思う。

9/8(木)父との話-2 

September 20 [Tue], 2005, 23:15
父は、話を聞きながら、
「お母さんは、すぐそういう言い方をするんだよな。」
とぶつくさ言いながら話を聞いてくれた。
台所が汚い事は、父も嫌がっているので、
この台所に立つのがストレスだという話もわかってくれた。

引越の話をすると、小さくため息をついたあと、仕方ないと言った様子で、
「それもいいかもな。」
と言った。
「ぺこも、もう、自分の人生設計を考えなきゃならんしなぁ。」
という感じの事も言った。
どの辺に住むつもりなのかと聞かれたので、場所と家賃など、
具体的に調べてあった事を話した。
具体的な話が出た事で、少し本気さをわかってもらえたみたいな気がした。

父は、結婚の事も気にしていた。
あたしは、できれば家を出るときは、結婚して出るつもりだったけど、
あたしは結婚はいつでもいいけど、彼氏の方がまだ準備が整わないようなので、
結婚は待たずに家を出る事にしたとも話をした。
父は、「人生にはタイミングがあって、望んでも叶わない時期もあれば、
望む通りにすいすい叶う時期もある。」と言った。
「引越にしてもそうだ、時期がくれば、自ずとそういう風になるもんだ。」
とも言っていた。

母の具合がこれから、ますます悪くなるだろう事が心配だと話すと、
「お母さんは、もう、これからは悪くなる一方で、良くはならない。
 だから、悪くなるのを待っていても仕方が無い。
 お母さんの事は気にしなくていい。」
と言ってくれた。ただ、
「今、肝臓をだいぶやられていて、肝臓が悪くなると、怒りっぽくなるから、
 そこの所だけは、割り引いて見てやってくれないか。」
と言われた。この言葉は、胸に痛く滲みた。
その他にも、私が、こんな事をすれば母はこんなやっかみを言うだろうから嫌だと
話していると、「そんな事はない。お母さんの言う事は、気にしなくていい。」
と言ってくれた。

9/8(木)父との話-1 

September 20 [Tue], 2005, 22:59
祖父の具合が悪くなり、母が実家へ帰った。
前日、旅行の支度がしてあり、何かと思った。
一瞬、入院かと思った。
現在、髪も抜けてカツラ姿の母は、外出を嫌っていた。
一番嫌がっていたのは、実家へ帰る事だった。
実家では何かと干渉され、根掘り葉掘り聞かれるからだ。
実家の人には、母が癌で闘病中の事は内緒にしている。

夜、父が帰って来た時、私は、用があってリビングに居た。
すると、父が
「お母さん、おじいちゃんの具合が悪くなったから、今日から実家へ帰ったから。」
と言われた。

その後、しばらく各々の用事を片付けながら、少し話をした。
父:「彼氏とはうまく行ってるのか?」
私:「うん、うまく言ってるよ。なんで?」
父:「いや〜?なんとなく…。」
私:「彼氏とはうまく行ってるけど、お母さんとはうまく行ってないよ。」
父:「お母さんと?何でまた…。」
そう聞かれたので、ケンカのきっかけを話した。
その場に父が居たはずなのに、全く状況を把握していなかった。
私は、気に入らないとか、そんな理由で怒鳴られたくないとか、
これだけ手伝ってるのに、少し先に食べてただけで文句を言われた事とか、
毎日、疲れて帰って来ても愚痴と文句ばかり言われ、正直しんどいという事を話した。
そして、ケンカ以来、家事を手伝っていないと話した。
それから、こんな事ならもう、一緒に住まない方がいいと思うから、
一人暮らしをしようと考えてると話した。

今までの成り行き 

September 20 [Tue], 2005, 22:30
8/30(火)
朝、母に話しかけられる。
でも冷たい態度で通す。
まだ通院が続くのか尋ねた。

9/6(火)
夜、自分の部屋でアロマオイルでマッサージしていたら、
犬が私の部屋に入りたがったので、母がうちの部屋のドアを開ける。
アロマオイルの匂いをかいで、「なに?この匂い!クサイ!あークサイ!」
などと、廊下で大声で言われ、廊下に消臭剤を撒かれる。
非常に腹が立った。
同じ苦情を言うにしろ、他に言い方や、やり方があるだろう!

9/8(木)
祖父が病気になった為、母が実家に帰る。
夜、父からその話を聞いて、その時に父と話をする。(詳しくは以後の日記で。)
母の留守中、家事をやり、家で食事をした。

9/15(木)
母が実家から帰って来る。また外食生活に戻る。

9/17(土)
母が習い事に出かける予定の日だったので、家で必要な事をしようと思ったら、
母が出かけなかった為、ずっと部屋に引きこもる。
夜20時頃、食事をしに外へ出ようとした所、「どこいくの!」と母に呼び止められる。
母がテーブルでうつ伏せて寝ていたはずなのに、追いかけて来た。
「別にぃ〜。」と言って、振り返りもせずに出かける。23時頃帰宅。

9/18(日)
母が自分たちの布団を干していた。
あたしも隣に布団を干していたが、3時過ぎになって、自分の布団だけ取り込んで、
親の布団はそのまま放置していた。
その後、7時くらいになって、母が布団をとりに来て、その時言い合いになった。
(詳しくは後ほど。)

こんだけの事 

September 06 [Tue], 2005, 0:14
「たった、こんだけの事、アンタやってよ。」(依存?)
たった、こんだけの事が、ある人にとっては、ものすごく億劫で面倒で、
大変だったりする。

「こんだけの事って言うなら、自分でやれよ。」(自己責任)
こんだけの事って軽く言うなら、自分でやればいい。
人の事でも、自分でやってあげればいい。

「こんだけの事ならやってあげるよ。」(分担?)
そう、こんだけなんだから、誰がやるとかごねずに、
あたしがやってあげればいいじゃん。
こうして、簡単な事でも、どんどん仕事が増えて行く。

「こんだけの事、すぐできるから、こんだけの事もできるよね?」(負担)
そう言って、遠慮が無くなり、どんどん仕事が増えて行く。
でも、たったこんだけの事でも、数が増えれば大変になる。

そんで、最初に戻る。

なんか、こんな事の繰り返し?
P R
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