秩父鉄道(上熊谷〜長瀞)散歩

March 24 [Sat], 2012, 21:33
2012年3月15日木埼玉県は秩父鉄道の上熊谷長瀞307kmの途中下車散歩に出かけました。
秩父鉄道羽生三峰口全717kmの中ほどの部分を抽出して乗ってきました。
久々の秩父鉄道再度乗りつぶしの第二弾です。
行きは高崎線で熊谷まで行き熊谷駅からわざわざ上熊谷まで歩いて行きそこから秩父鉄道に乗り込みました。
何故熊谷駅から秩父鉄道に乗らず上熊谷駅から乗ったかというと前回の秩父鉄道の途中下車散歩が上熊谷駅で途切れているので寸分違わず途切れている箇所から乗るためです。
性格なのかこういうところがないがしろにできないのです3月ももう半ばだというのにこの日は冷たい北風が強く吹き真冬のような寒さでした。
秩父は山の方なのでひとしお寒さも染み入りました。
関東の平野部ではほぼ満開になってきた梅も秩父ではまだまだ寒いせいか三分咲きといった感じでした。
波久礼はぐれという小駅で降りまずは少林寺を目指しました。
駅から歩いて約30分くらいかかります。
冷たい北風の吹く中を淡々と歩いて行きました。
少林寺は永宝81511年に建立された曹洞宗の古刹で羅漢山247mの麓にあります。
羅漢山の頂上までの道筋に五百羅漢さんの石像がたくさん置いてありました。
写真1はその五百羅漢さんの石像です。
これらの石像は天保年間1830年頃に寄進されたものだそうです。
実に様々なポーズや表情をとった羅漢さんたちでとてもユニークでした。
川越の喜多院にある五百羅漢さんと雰囲気がよく似ていました。
江戸時代末期の石像の一種の型があるのかなと思ったりしました。
羅漢山の山頂まで登り山頂にある釈迦三尊の石像にお参りしそれから山を下り登ってきたのウェディングキューピッドとは山の真反対にある円良田つぶらた湖を目指して再び歩きました。
円良田湖は昭和301955年に造られた灌漑用水のための人造湖です。
写真2は円良田湖です。
そんなに大きくない湖の畔には桜の木が湖に沿って植えられていたので桜咲く時期はさぞ美しいだろうと思いました。
円良田湖をしばらく眺めた後今度は藤田善導寺というお寺さんを目指して再び歩き始めました。
再び歩くこと約45分くらい。
秩父鉄道の線路沿いを歩きながら時折走ってくる秩父鉄道の列車の写真を撮りながら歩きようやく藤田善導寺に着きました。
藤田善導寺は永仁51297年に建立された浄土宗のお寺さんです。
鎌倉時代に秩父地方の寄居辺りを支配していた武蔵七党の猪俣党の支流の藤田氏が建立したそうで藤田氏の菩提寺だそうです。
写真3は藤田善導寺さんの枝垂れ白梅と観音堂です。
藤田善導寺さんの境内にある梅の花はいずれも満開で境内に明るい彩りを添えていました。
藤田善導寺さんからはまたまた歩いて波久礼駅に戻りました。
徒歩約1時間強やっとやっと波久礼駅に辿り着きました。
寒く冷たい風の中をほぼ1日中歩きづめだったので寒いやら疲れたやら。
立ち寄り湯に入って温まりたいと思ったので長瀞駅まで再び秩父鉄道に乗り長瀞駅近くの立ち寄り湯に行きました。
お湯につかって本当にホッとしました。
じっくり小1時間は入っていたと思いますがその間或る大学の射撃部の面々が5人ほど入ってきた以外には誰も来ませんでした。
十分に温まり休憩所で缶ビールを飲んで長瀞駅に戻りました。
長瀞からは寄居まで戻り寄居からは東武東上線で池袋まで出副都心線で新宿三丁目まで出ました。
この日はほとんど埼玉県寄居町を歩き回ってきたのですが寄居町は荒川が関東山地から流れ出秩父山地秩父盆地を経て関東平野に出る所に位置しています。
このように川が山地から平野に流れ出る地唐は集落が発生しやすいのですがこれを谷口たにぐち集落といいます。
山地の物産と平地の物産との交易の場になりやすいという性質を持っています。
寄居は室町時代後北条氏の支城である鉢形城の城下町としても発展しました。
熊谷方面から秩父鉄道に乗ってくるとだだっ広い関東平野を走りやがて秩父の山々が迫って狭まってくるとそこに町が開けてくるのが分かります。
寄居です。
こうして地理や歴史をおかずにして鉄道に乗っていれば面白いもんだと思います。
そんな感想を抱いた日帰り散歩でした。
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