再公式のカキコを拝見していると 

February 20 [Wed], 2008, 0:19
昨日も亮治くん、
撮影されてたようですねー
歌が気になりますねー

うーたんママさん、
→うーすけママさんでしたm(__)m

よかったですねー

もし、ご本人がみてはったら恐縮なので。。。

お詫び版です!

言葉が引き込む想い 

February 15 [Fri], 2008, 2:59
気付いてくれない


言葉が
引き込む


想い



君が僕の事を好きなら

僕が君に

会いたい


て言って


好きて気持ちは

君の

会いたい


呼んできて

会えない現実を

君も僕も

よりいっそう
思い知る


会えない

て気持ちのつらさを


僕は知ってるから


会えない時に


そんな言葉は使わない



そんな気持ちの
裏側に
隠してある気持ちに


気付いてくれればいいな

プロフィール 

February 07 [Thu], 2008, 11:18
名  前  : 瑞帆(みずほ)
生年月日  : 1979.11.05
星  座  : さそり座
身  長  : 150cm(←に少し足りません)
体  重  : ○○kg
スリーサイズ: エヘ(∂_∂)
生 息 地 : 大阪南部
出 生 地 :和歌山
家族構成  :パピー・マミー・みず・はる・プリン の4人+ワン
仕  事  :家業の手伝い(マスコットです)
趣  味  :ヤフマ DVD鑑賞(ジャンルは秘密〜)

聞きたい事があれば ゲストブックにコメントしてね

支障の無い事なら おしえますね (^^)

旅行♪ 

January 21 [Mon], 2008, 2:09
突然の行動が多いあたし。


バイト始めるのも突然。
ピアスの穴あけたのも突然。

突然バッサリ髪切ったり。
○○が食べたい!!と思ったら即買いにいくor作る!!
○○行きたいな〜と思ったらできるだけ早くそこへ行く!!


就活の自己分析をしてて、あたしの印象を友達に聞いてて数人に言われた一言↓↓↓


『行動力あるよね。』


『行動力がある』なんて、全く思ってなかった。

ってか、どちらかというと行動力ないと思ってた。

でも、この意見を言ってた子たちよりは行動力あるかな!?



そして、今回は旅行に突然行く予定☆


しかも海外(初)一人☆

海外って行っても韓国。

ご近所だけど。

しかも親戚(日本人)のお家に遊びに行く、、というか泊めてもらって一人ブラブラする予定。


友達さそったら、

「えっ!?もぉ1ヶ月もないよ!!海外でしょ・・・ちょっと心の準備が・・・」

って言われてしまった。。。


そんなもんなのかなぁ??

あたしは明日からでも世界中どこでも行ける気マンマンだけど・・・

親戚は海外に住んでる人も多いかったり、国際結婚してたり、

海外とか外国の人に対してあまり抵抗なく育ってきたけど、

そぉいう環境のおかげで明日からでも行けるテンションなのかな??

海外に行くってそんな抵抗あることなのかな??


今回の旅行は、バイトもやめてダラダラ過ごしてる時間がもったいないと思って決定!!!

最後の学生生活、イッパイたのしまなくっちゃ♪


イッパイ旅行行っちゃうもんね〜♪♪♪

オンボード映像設置しなおし 

January 13 [Sun], 2008, 22:22
オンボード映像をバージョンアップ

真っ白な灰にwww 

January 08 [Tue], 2008, 16:26
2ndライブ無事??終了しましたw

5バンド出場で、うち以外皆オリジナルだった!!

一発目の出演でしたので

めちゃくちゃ緊張!!

本番直前まで、客席にいましたw

でも、一回音出すと

あら不思議、操り人形の動きにww

上手い下手別にして

ライブって、ほんと楽しいっす

私は砂糖で作られました. 

December 23 [Sun], 2007, 3:41
どうです?
本当に海みたいですか?

完結編 

December 15 [Sat], 2007, 18:50
「やったね!」からの続きも これで完結です。

いつもと逆バージョン 山頂から下りてきた画像なので
 
この記事からが順路ということに・・

さ これから山頂目指します?



今年3回目の この湿原

訪れるたびに 新しい発見がある


そして 今回は ちょっと先まで足をのばしてみた

そこには・・素晴らしい眺めが待っていた!

時間切れで 行けなかった もう一つのピーク

来年こそ! 日の長いころ 再び・・

『王道のすすめ』 (十三) 「応用問題としての征韓論」(後編) 

December 08 [Sat], 2007, 16:13
 彼が主張しているところは、討幕の際の主張と一貫している。あの時薩摩藩は諸侯会議を起こして、そこで理を尽くした上で、幕府の曲直を分明にして、これを天下に鳴らして討とうとしたのであった。それは結局慶喜が大政奉還を行ったことで、当面は回避されたが、再び、王政復古の政変当日に行われた諸侯会議(小御所会議)で、西郷らが辞官納地という、王土王民の名に基づいた理を尽くし、鳥羽伏見の開戦へと行き着くのである。
 ということは使節派遣論の先には、朝鮮の出方次第で戦争になった可能性は否定できないのである。単なる征韓論にも、単なる使節派遣論にも収まりきらない、と言った訳はここにある。
 もちろん戦争が目的であったわけではない。目的は彼の文中の言葉にあるように交誼を結ぶことにある。しかし彼の主張が対徳川問題に応用された思想と同じところから見て、単なる和ではなく、やはり道理に基づく和と解釈すべきではないだろうか。だからこそまず日本自ら道理を実践する。そして朝鮮の対応の仕方で、触視する所の形跡から勢を見抜き、正していく。朝鮮がこれを受け入れれば戦争をする必要はなかろう。しかしこれを断固拒否して、暴挙に及ぶなら武力の発動が必要になってくる。そして恭順したところで、和を結ぶ。彼が言っているのはそういう論理の道筋である。
 板垣退助への書簡を掲げて、西郷の目的を後者に重点を置いて解釈するむきもあるが(ひどいのになると死処を求めて征韓論を唱えたとする見解まである)、西郷が彼を最も優れた軍人とみなしていたことが重要である。
 西郷は板垣を日本で最高の野戦指揮官と認めていた。大隈重信の談話によれば、西郷と板垣は太政官で、弁当を食う以外は、戊辰の時の戦話ばかりに花を咲かせていたという。西郷という人物は、軍人には軍人としてしか接しない。要するに西郷が板垣に語った言葉というのは軍事的な面に比重を置いた言葉なのである。そうだろう。軍人は戦のときに必要になってくる人材なのであるから。
 ともかく西郷にとっての目的は、道理を貫くことであり、朝鮮との和を成すことであった。但し彼はこれを成すのに、戦争にはならないと見込んでいたらしい。西郷は薩摩藩士黒田清綱(黒田清輝の父)に次のように語ったというのだ。
「…朝鮮の事は心配は入らぬ。帰りには其足で露西亜に廻って同盟を結んで来ると云う事を言われた事を記憶して居る、実に驚くべき先見ぢゃないか。」(『日本及び日本人 南洲号』)
西郷がこう考えて、朝鮮への使節としての任務をまっとうできると考えていたであろう事については根拠がある。
 明治六年遣清大使を務めた外務卿の副島種臣が、その該博な儒教的教養を駆使して困難を克服し、李鴻章と意気投合し日清条約を結んだ上、西欧各国の公使も成し得なかった皇帝との対等の礼式での謁見を勝ち取ったのである。
 彼はこの清国渡航以前にも、各国公使の天皇への拝謁問題や、ペルー籍の帆船マリア・ルイーズ号の清国人奴隷二百三十一名を解放し、清国に送還するなど、積極的に王道外交を展開していた。この延長線上に清国との交渉がある。そして使命を果たした彼はさらに、非公式ではあったが、台湾住民については化外の民にして政教及ばずとの清国政府の言質を得、朝鮮交際には関与しないとの回答を得た。前者は台湾征伐の根拠となる。後者が国内で沸騰しつつある征韓論に対処するためのものであることは確かであろう。しかも実は副島は清国に渡るに当って、鹿児島に寄港し、当時久光の怒りを宥めるために帰省中の西郷隆盛と打ち合わせを行った上で、清国との交渉に当っていたのである。
 西郷は実際、明治五年八月朝鮮と満州に探偵を放って調査を行わせている。その結果たとえ戦争になっても、ほとんど戦闘らしい戦闘もなく勝利できるだろうとの認識に達していたのである。その認識が正しかったことは後の江華島事件で証明されることになる。
 ではなぜ西郷が交渉を成功させる自信があったといえるのであろうか。根拠は西郷と同じ思想的傾向を持つ副島が清国を相手に使命を果たしたこと。それも堂々たる王道外交でであった。朝鮮も科挙の制度を取り入れた儒教を奉ずる国であり、この同じ価値規範を通じて交渉することは可能なはずであった。こういった交渉は西郷の最も得意とするところである。
 しかも清国は朝鮮の宗主国である。実質はほとんど属国といってよい関係であった。その清国とすでに条約を結んでいたことは、朝鮮を翻意させるのにかなり有効な状況にあったといえるだろう。
 そして西欧の、特に日本と同じく露西亜の脅威に直面しているという点で利害を共にしている。当時の状況なら、偶発的事件さえなければ、うまくいく公算が大であった。
 結局この使節派遣論が外遊組によって流され、結果的に江華島事件での砲艦外交がこの懸案を解決したことが、そこからの感情のもつれの始まりである。もちろん西郷が渡っていれば、後の関係が全てうまくいっていたなどという気はないが、かなり違ったものになっていたのではないかと思う。その後の朝鮮半島の辿った歴史は悲惨だが、あそこまで日本に対する感情がねじれてしまうと、せめて最初だけでもしっかりした道筋を残しておくべきだったと悔やまれて仕方ない。その後の日本がいくら王道的感情で朝鮮外交を進めたにしても、形跡からは西欧流の覇道と判断されても致し方ないものになってしまったからである。今更大久保ら外遊組の残した禍根を悔やんでも仕方ないが、それでも惜しいことをしたという思いがしてならない。戦前の日本が朝鮮半島・満州・支那の秩序維持のための苦労も、現在陥っている苦境も、その原因はここに凝縮しているように思われるのである。
 ぼやきはこれくらいにしておこう。
 ともかく西郷が目指していたものを追求しておかなければならない。
 彼が征韓論争において目指したものは、これまでの探求から西欧の侵略に対抗しての、日・清・韓の儒教的王道主義に基づく、人心の一致一和だったと結論することが出来るかと思う。これは西郷の師、というか神である斉彬が目指し、彼の良き理解者勝海舟が目指したものであった。勝は神戸の海軍操練所(塾頭は坂本龍馬)を、西洋諸国に抗するための、日・清・韓三国合従連衡策の一環であったと述べている。彼らの目指すところが何であったかは明らかであろう。
(なお、この文章は一年以上前に書いたものですので、『新西郷南洲伝(下)』「征韓論政変」編を書き終えた現在、意見の変っているところがあります。)

☆第1回・投票しめきりました…! 

December 04 [Tue], 2007, 2:48
いろいろなご意見ありがとうございました。

やはり、実用的なものをもらったら嬉しいんだな〜と、

実感しました(^-^)

一番投票の多かったものは、ランチョンマット&コースターでした。

我が家もそうですが、すぐに汚してしまいますし、

いくら洗い替えがあっても嬉しいものですものね!

プレゼントのときの、参考にさせていただきますね!

ご投票していただいた皆様、ありがとうございましたm(_ _)m

また、次回も楽しいご意見おきかせくださいね〜(^-^)/
P R
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