『カゴツルベ』・安田章大に魅せられて。
2009年03月23日(月) 0時08分
みなさま、ごきげんよう。
行って参りました、安田章大さんが座長を務める『カゴツルベ』
素晴らしかったです!!太鼓判バーンって押して来ました。(何処に?)
今回は母の個人的な解釈を、レポと感想を交えて書いていこうと思います。ですから、母の感想や解釈が邪魔をしてしまう可能性がありますので、これから『カゴツルベ』をご覧になる方は見ちゃ駄目ですよ。
本当に見てはいけません。
こちらが今回の「カゴツルベ」のパンフレットとポストカードです。
パンフレットはインタビューも含めて綺麗な写真が満載です。
手垢を付けてしまうのが申し訳ないくらい艶やかな世界がこの黒い表紙のパンフレットの中に存在しています
ポストカード・・・もう、かっこよすぎてどうしましょう、どうしましょう、どうしましょう〜〜〜〜!!願わくばこれをポスターにして頂きたかった。そしたら家の外壁にこれでもかっ!ってくらいに張り倒して、カゴツルベ屋敷にしたいくらいです。
はあ〜
とため息なショットと息をのむ凛々しいお姿の章ちゃんのポストカードでございます。
もうこれだけで、かなりヤラレテいるのですが、本編のお芝居も半端なく、申し分なく素晴らしいものでした。
母の中で「狂おしいまでの愛おしさ」というカテゴリーが誕生しました。かなり重症です・・・『ヤスツルベ』@よこちょに斬られて一生傷を負った感覚です。
娘のレポと合わせて読んで頂くとより詳しくお伝えで出来るのかなと思います。
まず今回の舞台を見て母は二種類の涙を流しました。
一つは純粋にストーリ展開に泣かされました。もう一つは安田章大に泣かされました。
次郎左衛門が生まれながらにして持っていた痣という逃れられないコンプレックスと、吉原で生まれ育った八つ橋もまた自分を取り巻く環境から逃れられないという共通点があると思うのです。
最初はお客と割り切って接した八つ橋が、刀を見つめている次郎左衛門に話しかけるシーンでの事です。
次郎左衛門は「刀は自分の鏡」だと・・・。刀身には痣のない綺麗な顔の自分が写るから、刀を見ると落ち着くと話します。八つ橋は吉原の女達も同じ様に「鏡」を見ている、嘘と誠の交錯する吉原で生きるために・・・。
それを象徴するかのように八つ橋の自室は鏡張りになっていました。
八つ橋の部屋の鏡には醜い痣を持った次郎左衛門と艶やかな花魁姿の八つ橋の外見だけでなく、心の奥までも写してるように思えました。
そんな鏡の部屋での演出も素敵だな〜と見入っていました。
吉原での嘘の世界を嘘と承知の上でのめり込んでゆく次郎左衛門と、それを客と割り切って「売り買い」に徹する八つ橋の駆け引きも緊張しながら見ていました。
愛しい人を目の前で殺されてしまった八つ橋と、商売が立ち行かなくなり別れを告げに行く次郎左衛門とのやり取りは印象に残っています。
愛しい人を失った直後に「主さんをお待ちしておりました」と次郎左衛門に告げる八つ橋。その「主さん」が自分ではない事を分かっている次郎左衛門。それでも八つ橋へのどうしようもない思いに負けて身請けの話を承諾してしまう。
こういった切ないシーンでの章ちゃんの表情が本当に悲しそうで苦しそうで、見ていて胸が締め付けられるような感覚がありました。
これはお茶の間でテレビを見ているのとは違った「演技の迫力・演者の気迫」を肌で感じることが出来て幸せでした。
最後に次郎左衛門に斬られるその瞬間まで「花魁」として生き抜いた八つ橋の強さや凛々しさ、そして吉原に生きた女の悲しい業が溢れる素敵な演技でした。
八つ橋役の藤澤さんは本当に美しく、お顔も夏みかん位の大きさでした。
花魁独特のしなを作った艶っぽい所作がなんとも「うっとり」でした。その所作の一つ一つが綺麗で上品なのです。演技とはいえ、毎日毎日あんな風に優しくされて・・・むふってならないのかしら、章ちゃん。
そしてカゴツルベを手にした時の殺陣のシーン!!これは二度美味しいシーンなのです。
実際に劇場で見ているときは、無残に人を切り刻んでゆく次郎左衛門の悲しく恐ろしい形相に、ギュッとハンカチを握り締めて肩に力が入って見ていました。
斬っている次郎左衛門も斬られている街の人達も、どちらも悲しくて悲しくて仕方がないのです。次郎左衛門が「うおーっ」と大きく叫んで、一番激しく長い立ち回りの殺陣のシーンに入るのですが、その時の叫び声が・・・もうなんだか胸に響いて涙が溢れて来てしまうのです。
お芝居の中の出来事とは言え、今すぐにでも止めに入らなくてはと言う思いで一杯になって来るのです。だれか、次郎左衛門を助けてあげて!!と見ていて苦しくなってしまうのです。
本当に瞬きしては勿体無いくらいの見所だと思います。
そして、そして、瞬きなどしていてはいけないもう一つの理由があるのです。
それは座長・安田章大がフライヤーで見せていた、あの魅惑のお背中を汗で光らせながらの熱演だからなのです。もちろんこの上なく破壊力のある「例のびーむ」も拝めます。
しかしこんな不純な感想は、今だから書ける事で、思い出しているからむふふっ・・・となるのであって、劇場ではそんな事は全く頭には浮かんで来ないのです。
ですから先程書いたように二度美味しいシーンなのです。
涙でかすんで見えない・・・と劇場を後にしてから後悔してしまうのです。
あんなに格好いい座長・安田章大の迫真の演技が涙で見えなくなってしまうのです。
どうしたらいいのでしょうか、何とか泣かずに超絶に素敵な殺陣の場面を見る事は出来ないものでしょうか・・・。
前半のマジメな商人の次郎左衛門と、後半の吉原で遊びなれた感のある妖刀カゴツルベに心を囚われた後の次郎左衛門との変化も伝わって来ました。
初めて吉原に連れて行かれた時の次郎左衛門はちぇりーぼーい
だった訳で、それがいきなり吉原一の花魁にお相手をしていただいた訳ですから、しかもコンプレックスの痣の事も含めて優しくしてもらったのですから、骨抜きになって夢中になるのも仕方がないかしらね・・・。
次郎左衛門の「あんなに素敵な人と・・・コトを・・・いたすなんて・・・
」とモジモジしながらの恥ずかしさで一杯な初々しいセリフがありました。
これをいう時の次郎左衛門も可愛いこと、可愛いこと。ちょっと章ちゃんが顔を出したようで、本当に可愛かったんです。
遊郭に足を踏み入れる所も、初めての時の背中はオドオドしていて、通い慣れた後では違っていて、後半の背中は遊んでるって雰囲気が存分に出ていました。
ここでまたもやチラリと顔を出す黒安田・・・もとい若旦那次郎左衛門。
劇中とはいえ前半と後半のギャップにやられました。かわいい+かっこいいという母の大好きな章ちゃん方程式はカゴツルベでも健在でした。
娘のレポにもありましたが、冶六ことかざぽんと二人で絹を買いに西へ向かう場面はダンスで表現されていました。
これはいつものキレキレのダンスでした。着物の袖が大きく揺れるのですが、腕の振り方とか、ステップの踏み方とか細かい所を見ると、これは他ならぬ安田章大のダンスでした。
お着物でダンス!!と思っていたので、裾が肌蹴たら・・・章ちゃんのすね毛が焦げちゃうくらいの熱視線で拝見しようと目論んでおりましたが、袴だったのでそれは叶わず。
でもこのダンスのシーンは風間君との息もぴったりで、二人とも身長が同じくらいなのでバランスも良くてかわいかったです。このダンスの時の章ちゃんの腰つきが滑らかで艶かしく、それでいてキレがあるんですよ・・・
この記事、長いですけどまだ続きます。
おそらく一箇所アドリブのセリフを言う場面があるのですが、章ちゃんのアドリブ・・・笑い取ってました。
冶六とお市が抱き合っていちゃいちゃしている所に遭遇する次郎左衛門・・・まぜてくれ!!ってお願いしたり、ぶらぶらとしている右手を見ながら、止まらなくなったぞ!!などど言っていました。
ちょっとコミカルな場面も挟みながら物語は進行して行きました。
そしてキメ台詞「花魁、そりゃあんまり袖なかろうぜ」は一体どんな風に言われるのかしら・・・と大変に気になっていたのですが、娘のレポにも有った様に身請けの話を断れられた後に次郎左衛門がこの台詞を言うのです。
大変に切なく、心底悲しそうに、途切れ途切れに語りかけるように八つ橋に向けてすがる様な言い方でした。言い終わると同時に膝から崩れ落ちて、床に顔を付けて泣いている次郎左衛門・・・。
本当に悲しい、哀しい台詞でした。
何かの台詞で「舞台は目で見て心で感じるものだ」と言うのを見た事があります。そして舞台は演じる者と観客により作られる者だとも思います。
演じる側の気迫や気力が見ている私達に伝わって来るように、見ている側の感動や心境も必ず演者の方々に届いていると思います。
惜しみない拍手をカゴツルベに関わった全ての方々に送りたいと思います。素敵な舞台をありがとうございました。
そして、章ちゃん・・・かっこよかったよ
コメントの御返事はまた明日!
行って参りました、安田章大さんが座長を務める『カゴツルベ』
素晴らしかったです!!太鼓判バーンって押して来ました。(何処に?)
今回は母の個人的な解釈を、レポと感想を交えて書いていこうと思います。ですから、母の感想や解釈が邪魔をしてしまう可能性がありますので、これから『カゴツルベ』をご覧になる方は見ちゃ駄目ですよ。
本当に見てはいけません。
こちらが今回の「カゴツルベ」のパンフレットとポストカードです。パンフレットはインタビューも含めて綺麗な写真が満載です。
手垢を付けてしまうのが申し訳ないくらい艶やかな世界がこの黒い表紙のパンフレットの中に存在しています
ポストカード・・・もう、かっこよすぎてどうしましょう、どうしましょう、どうしましょう〜〜〜〜!!願わくばこれをポスターにして頂きたかった。そしたら家の外壁にこれでもかっ!ってくらいに張り倒して、カゴツルベ屋敷にしたいくらいです。
はあ〜
とため息なショットと息をのむ凛々しいお姿の章ちゃんのポストカードでございます。もうこれだけで、かなりヤラレテいるのですが、本編のお芝居も半端なく、申し分なく素晴らしいものでした。
母の中で「狂おしいまでの愛おしさ」というカテゴリーが誕生しました。かなり重症です・・・『ヤスツルベ』@よこちょに斬られて一生傷を負った感覚です。
娘のレポと合わせて読んで頂くとより詳しくお伝えで出来るのかなと思います。
まず今回の舞台を見て母は二種類の涙を流しました。
一つは純粋にストーリ展開に泣かされました。もう一つは安田章大に泣かされました。
次郎左衛門が生まれながらにして持っていた痣という逃れられないコンプレックスと、吉原で生まれ育った八つ橋もまた自分を取り巻く環境から逃れられないという共通点があると思うのです。
最初はお客と割り切って接した八つ橋が、刀を見つめている次郎左衛門に話しかけるシーンでの事です。
次郎左衛門は「刀は自分の鏡」だと・・・。刀身には痣のない綺麗な顔の自分が写るから、刀を見ると落ち着くと話します。八つ橋は吉原の女達も同じ様に「鏡」を見ている、嘘と誠の交錯する吉原で生きるために・・・。
それを象徴するかのように八つ橋の自室は鏡張りになっていました。
八つ橋の部屋の鏡には醜い痣を持った次郎左衛門と艶やかな花魁姿の八つ橋の外見だけでなく、心の奥までも写してるように思えました。
そんな鏡の部屋での演出も素敵だな〜と見入っていました。
吉原での嘘の世界を嘘と承知の上でのめり込んでゆく次郎左衛門と、それを客と割り切って「売り買い」に徹する八つ橋の駆け引きも緊張しながら見ていました。
愛しい人を目の前で殺されてしまった八つ橋と、商売が立ち行かなくなり別れを告げに行く次郎左衛門とのやり取りは印象に残っています。
愛しい人を失った直後に「主さんをお待ちしておりました」と次郎左衛門に告げる八つ橋。その「主さん」が自分ではない事を分かっている次郎左衛門。それでも八つ橋へのどうしようもない思いに負けて身請けの話を承諾してしまう。
こういった切ないシーンでの章ちゃんの表情が本当に悲しそうで苦しそうで、見ていて胸が締め付けられるような感覚がありました。
これはお茶の間でテレビを見ているのとは違った「演技の迫力・演者の気迫」を肌で感じることが出来て幸せでした。
最後に次郎左衛門に斬られるその瞬間まで「花魁」として生き抜いた八つ橋の強さや凛々しさ、そして吉原に生きた女の悲しい業が溢れる素敵な演技でした。
八つ橋役の藤澤さんは本当に美しく、お顔も夏みかん位の大きさでした。
花魁独特のしなを作った艶っぽい所作がなんとも「うっとり」でした。その所作の一つ一つが綺麗で上品なのです。演技とはいえ、毎日毎日あんな風に優しくされて・・・むふってならないのかしら、章ちゃん。
そしてカゴツルベを手にした時の殺陣のシーン!!これは二度美味しいシーンなのです。
実際に劇場で見ているときは、無残に人を切り刻んでゆく次郎左衛門の悲しく恐ろしい形相に、ギュッとハンカチを握り締めて肩に力が入って見ていました。
斬っている次郎左衛門も斬られている街の人達も、どちらも悲しくて悲しくて仕方がないのです。次郎左衛門が「うおーっ」と大きく叫んで、一番激しく長い立ち回りの殺陣のシーンに入るのですが、その時の叫び声が・・・もうなんだか胸に響いて涙が溢れて来てしまうのです。
お芝居の中の出来事とは言え、今すぐにでも止めに入らなくてはと言う思いで一杯になって来るのです。だれか、次郎左衛門を助けてあげて!!と見ていて苦しくなってしまうのです。
本当に瞬きしては勿体無いくらいの見所だと思います。
そして、そして、瞬きなどしていてはいけないもう一つの理由があるのです。
それは座長・安田章大がフライヤーで見せていた、あの魅惑のお背中を汗で光らせながらの熱演だからなのです。もちろんこの上なく破壊力のある「例のびーむ」も拝めます。
しかしこんな不純な感想は、今だから書ける事で、思い出しているからむふふっ・・・となるのであって、劇場ではそんな事は全く頭には浮かんで来ないのです。
ですから先程書いたように二度美味しいシーンなのです。
涙でかすんで見えない・・・と劇場を後にしてから後悔してしまうのです。
あんなに格好いい座長・安田章大の迫真の演技が涙で見えなくなってしまうのです。
どうしたらいいのでしょうか、何とか泣かずに超絶に素敵な殺陣の場面を見る事は出来ないものでしょうか・・・。
前半のマジメな商人の次郎左衛門と、後半の吉原で遊びなれた感のある妖刀カゴツルベに心を囚われた後の次郎左衛門との変化も伝わって来ました。
初めて吉原に連れて行かれた時の次郎左衛門はちぇりーぼーい
だった訳で、それがいきなり吉原一の花魁にお相手をしていただいた訳ですから、しかもコンプレックスの痣の事も含めて優しくしてもらったのですから、骨抜きになって夢中になるのも仕方がないかしらね・・・。次郎左衛門の「あんなに素敵な人と・・・コトを・・・いたすなんて・・・
」とモジモジしながらの恥ずかしさで一杯な初々しいセリフがありました。これをいう時の次郎左衛門も可愛いこと、可愛いこと。ちょっと章ちゃんが顔を出したようで、本当に可愛かったんです。
遊郭に足を踏み入れる所も、初めての時の背中はオドオドしていて、通い慣れた後では違っていて、後半の背中は遊んでるって雰囲気が存分に出ていました。
ここでまたもやチラリと顔を出す黒安田・・・もとい若旦那次郎左衛門。
劇中とはいえ前半と後半のギャップにやられました。かわいい+かっこいいという母の大好きな章ちゃん方程式はカゴツルベでも健在でした。
娘のレポにもありましたが、冶六ことかざぽんと二人で絹を買いに西へ向かう場面はダンスで表現されていました。
これはいつものキレキレのダンスでした。着物の袖が大きく揺れるのですが、腕の振り方とか、ステップの踏み方とか細かい所を見ると、これは他ならぬ安田章大のダンスでした。
お着物でダンス!!と思っていたので、裾が肌蹴たら・・・章ちゃんのすね毛が焦げちゃうくらいの熱視線で拝見しようと目論んでおりましたが、袴だったのでそれは叶わず。
でもこのダンスのシーンは風間君との息もぴったりで、二人とも身長が同じくらいなのでバランスも良くてかわいかったです。このダンスの時の章ちゃんの腰つきが滑らかで艶かしく、それでいてキレがあるんですよ・・・

この記事、長いですけどまだ続きます。
おそらく一箇所アドリブのセリフを言う場面があるのですが、章ちゃんのアドリブ・・・笑い取ってました。
冶六とお市が抱き合っていちゃいちゃしている所に遭遇する次郎左衛門・・・まぜてくれ!!ってお願いしたり、ぶらぶらとしている右手を見ながら、止まらなくなったぞ!!などど言っていました。
ちょっとコミカルな場面も挟みながら物語は進行して行きました。
そしてキメ台詞「花魁、そりゃあんまり袖なかろうぜ」は一体どんな風に言われるのかしら・・・と大変に気になっていたのですが、娘のレポにも有った様に身請けの話を断れられた後に次郎左衛門がこの台詞を言うのです。
大変に切なく、心底悲しそうに、途切れ途切れに語りかけるように八つ橋に向けてすがる様な言い方でした。言い終わると同時に膝から崩れ落ちて、床に顔を付けて泣いている次郎左衛門・・・。
本当に悲しい、哀しい台詞でした。
何かの台詞で「舞台は目で見て心で感じるものだ」と言うのを見た事があります。そして舞台は演じる者と観客により作られる者だとも思います。
演じる側の気迫や気力が見ている私達に伝わって来るように、見ている側の感動や心境も必ず演者の方々に届いていると思います。
惜しみない拍手をカゴツルベに関わった全ての方々に送りたいと思います。素敵な舞台をありがとうございました。
そして、章ちゃん・・・かっこよかったよ

コメントの御返事はまた明日!
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