ていおん! 〜2〜

November 16 [Fri], 2012, 5:16
少しご無沙汰になってしまいました。
すみません。
さて、旅行日記の続きです。
今夜は温泉津温泉に泊まります。
ここは既に書きましたが、石見銀山で銀が採掘されていたころはにぎわっていたんだろうと想像される温泉街です。
よくいえば古き良きレトロな町。
しかし、かなり寂れています。
これでも世界遺産になってからは盛り返したんでしょうが、寂しげです。
しかし、今日は町の錘ミでの衰yがあるということで少しにぎわっています。
旅館でのおいしい海の幸を堪能した後に出かけてみました。
小さな錘ミにいっぱい人がきています。
どうにか前の方に座らせてもらいました。
地方のこういった芸能ってかなりちゃんと残っているんです。
地方歌舞伎とか人形浄瑠璃とか。
茶髪の若者がちゃんと踊るんですよ。
子供も太鼓を叩くんです。
ある意味感動。
内容としては八又のおろちとかそんな古代の垂ェ活躍するもの。
大立ち回りがあったり音楽も盛り上げます。
初めは興味深く見スタービーておりましたが、狭い、暑い、長い、そしてお尻が痛い。
それでもどんどん混んできます。
3つほど出し物を見て、少し町家風バーに寄ってから宿に戻りました。
さて、翌日。
今回の旅行の最大の目的地、石見銀山に行きます。
ここの観光、なかなか良さがわかりにくいということなので、イヤホンガイドを借りました。
300強の間歩発掘された穴が見つかっていますが、一般に解放されているのは龍源寺間歩のみということでそこを目指します。
世界遺産センターに車を泊め、バスで途中まで行き、そこから歩きかレンタサイクルで行くか2つに1つです。
一瞬迷いましたが、50分歩いていくことに決めました。
この判断が大成功だったのですが、ガイドを聞きながらのんびり、じっくり見て回ります。
銀山が幕府に管理されていたころの代官屋敷や寺院、製錬所跡地遺跡などもあります。
でも基本は山。
緑が多くていい散歩です。
ここで銀が多く採掘されていたのは1600年代のこと。
明治の頃にはほとんどとれなくなっていました。
そして忘れ去られ、ただの山になっていたのでしょう。
昭和の初め、この地に赴任になった社会の先生、山根さんがこれはすごいものなのかもしれないと休みの日を使い何年もかかり調査を始めたそうです。
ここに住む老人たちに話を聞いたり、発掘したり。
銀山での作業や生活の様子の描かれた絵も見つかりました。
そして研究発表をしたそうです。
それに注目が集まり、調査も多くの人が関わるようになったのでしょう。
それから70年余、ようやく世界遺産になったのです。
この先生がいなかったらまず世界が注目することもなかったでしょう。
調査を始めた頃にはまだ銀山で働いた経験のある人が生きていたんでしょうね。
偉い人がいるものだと感心しました。
龍源寺間歩は小さめな洞窟って感じで、確かにミで削った跡は残るものの、そう感動するようなものではありません。
自転車で来て、これだけ見て帰る人にはへーってな感じな遺跡です。
特別予約でガイドとともに入ることのできる大久保間歩がどんなものなのか気になるところですが、それは機会があれば次回に行きたいです。
ここは世界遺産になった当初、世界中から観光客が押し寄せ、大変なことになったというニュースを見ましたが、今は休みの日でもそれほど人手は感じません。
外国人に関しては一人も見かけませんでした。
それくらい地味な世界遺産ということです。
しかし、私としてはのんびりとかつてここが賑わっていた頃のことを想像してもらいながら山散策を楽しんでいただければいい休日になるのではないかと思います。
今回の旅行は鳥取砂丘に始まり、松江で小泉八奄感動し、石見銀山で終わりました。
関東からは遠いですが、関西滞在中にふさわしい旅行になりました。
写真1温泉津の衰y写真2製錬所の跡地写真3石見の山に咲く草花
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