前回の記事は
『ミス・アース2011-パパラッチ(3)』(3月10日付)
< http://yaplog.jp/ottsuandesuyo/archive/786 >
では次に、優勝直後に新聞 “HOY” が、オルガ・アラバと国際電話インタビューを試みた記事を紹介しよう。
彼女が優秀だと思う理由は、話しの内容も当然のことながら、話す相手に対する笑顔や溌剌さ、更に皆に公平に感謝の言葉を忘れないこと、相手を褒めこそすれ傷つけないこと等からも判断されるからであり、マリア・フェルナンダの母親が『ミス・エクアドル』事務局を一方的に酷評した態度とはエラい違いだ。
『ミス・エクアドル・アース』代表のホセ・イダルゴの言葉、『笑顔と態度』を忠実に実践した成果だろうか、人物的に優れて見えるのは。
オルガ・アラバ・インタビュー(新聞 “HOY” )
- 2011年12月5日付
12月4日(日)、エクアドル時間で午前3時、フィリピン時間で午後4時、 “VIDA DIARIA” (新聞の一欄)は、この東洋の国でたった今『ミス・アース2011』に選ばれたばかりのオルガ・アラバと、電話インタビューを行なうことが出来た。
このタイトルは、ひと月も経たないうちに得た、2度目の国際ミスコンの栄誉になった。
最初は、さる11月6日に中国で『ミス・インターナショナル2011』として、キト出身のマリア・フェルナンダ・コルネホが達成した。
オルガは、昨年(2010年)『ミス・アース・エアー』として2位に入賞したジェニファー・パスミニョの達成を更に凌いだ。
朗らかで感動的で楽しい会話、グアヤキルの美女は、コンテスト期間中に起きたその時々のことや、環境保全を支持するミス在任期間中にすべきことを語った。
世界レベルの我々の代表であることを、どう感じているの?
とても感動しています。初めてエクアドルにもたらしたこのクラウンは、私の人生と、特に私が代表した国に有益な事柄をもたらすであろうと大きな期待を持って興奮しています。
あなたの責務をどのように受け止めているの?
とてつもなく大きな責任を感じています。神の助けを借り、地球の状況を改善する目的で、母なる大地の為に働いて、自分の手で全てをこなす一人の女性として全世界を代表します。
一ヶ月も経たないうちに世界レベルのクラウンを2つも手に入れた・・
今年は決定的にエクアドルの年でした。最も重要な4大ミスコンの内の2つ、そう、勝利は我々にあって、ホセ・イダルゴの(指導による)表現力、ウォーキングやイメージ作りに専念したお陰で(不足部分が)可能になりました。私と同様にマリア・フェルナンダ・コルネホも彼と準備したんですよ。彼は、この我々の、そして国の夢を現実のものにする手助けをした偉大な専門家です。
選抜と(全体を通した)コンテストはどうだったの?
選抜は感動的でした。コンテストは何時もとても厳格でした。毎日、写真で見る以上に厳しく働き、集団行動は植林に従事する日や、自然保全と戦い保護したいと願う各国の親善大使として学校を訪問したりしました。『ミス・アース2011』では、殆ど眠ることが出来ない日々があったほど厳しいものでしたよ。(笑)
開始当初から優勝すると思った?
当初から『優勝』を感じていました。実際、殆ど感動で泣きながら目覚めた夢を見て、本当にそう感じました。でも、競争は熾烈で、とても美しく理知的な女性が何人かいたので、もっと努力しなければと言う意識もありました。だから、ウォーキングに、エクアドル人として自分を投影することに、回答時用に、確実性を得る為に凄く練習したんです。
あなたは、今や我が国がミスの新しい参入国だと考える?
ええ、今回の準備の仕方で、我々が新しいミスの生産国であり、エクアドルが国際ミスコンに参加するごとに上昇して行くだろうと言えると思います。
あなたを支援した人達は誰?
私を支援してくれた人達は、殆ど限りないリストになりますが、先ず、本選会で私を支援し続けてくれた私の両親、ラモン・アラバとテレサ・バルガス、更に私の名付け親、レティシア・セルバンテスです。
誰と準備したの?
エドゥアルド・ビジャマルは、予選会のドレスで、タチアナ・トレスは、優勝時の本選会のドレスで助けてくれました。ミス養成校のホセ・イダルゴを忘れてはならないし、ウーゴ・ウイルソン、ルイス・ティッパン、マリア・デリア・トレス、ジョナサン・テジョ、アラセリー・デブッコ等のデザイナー達の援助もありました。
予選会のドレスは多分コレ!
フィリピンに滞在した3週間の間、誰とより親密になったの?
常に83名の一人一人を知る様に試みたけれど、より分かち合った人達は、チリ、コロンビア、デンマーク、中国、フランス、キュラソー、エル・サルバドル、パナマ、そしてブラジル代表達です。
見たところ、この国(フィリピン)を凄く気に入った様で・・。
(笑って)私は東洋の文化を凄く気に入っています。私の両親の幾つかの商売の為に多少継続して訪れています。ここ(東洋)は、素晴らしく手本となる土地で、中国の様なそんな国が凄く好きです。良いことは、両国とも比較的近くに位置することです。
『ミス・エクアドル2011』の第3ファイナリスト(4位のこと)になったことは、あなたを助ける手だてになった?
『ミス・エクアドル』に参加したことは、凄く助けになりました。ミス・エクアドル組織は、幹部を初めとして、デザイナー達、ドクター達、卓越したメイク・アップ係やヘアスタイリスト、フォトグラファー等、素晴らしい専門家を有しており、この経験で沢山のことを学びました。
『(フィリピンに)旅立つのに『ミス・エクアドル』組織の許可を取ったの?どの様に手続きした?
『ミス・エクアドル』のディレクター、マリア・デル・カルメン・デ・アグアジョは、先ず『ミス・ラテンアメリカ』に私を参加させて2位(*)になったンですが、その前に、『ミス・アース』に国を代表して参加出来るよう、ホセ・イダルゴがマリア・デル・カルメンと話してくれたんです。彼は既にエクアドルのフランチャイズ・オーナーになってたのでネ。双方合意のもと、向こうで(フィリピンに)留まることになったんです(笑)。
*(注)『ミス・ラテンアメリカ2011』では4位の筈。ラテン諸国のミス・コンでは、1位のミスを “Reyna”(女王)と呼ぶことがあり、その場合は2位を “Virreina”(副女王)と呼び、3位が第1ファイナリスト、4位を第2ファイナリストと呼ぶ。
オルガの場合は第2ファイナリストで、実質4位になるので、この記載は間違いだと思う。
< http://en.wikipedia.org/wiki/Reina_Hispanoamericana_2011 >
オルガ・アラバとホセ・イダルゴ
2008年に『ミス・グアヤキル』2位になり、フィリピンに旅立つ前に、ボリビアの『ミス・ラテンアメリカ』で2位、全てが、世界レベルのクラウンを獲得する前の過程だったと思う?
これらの経験で多くのことを学びました。今、なぜ神が私に向けたこのクラウンの為に私を保温して来たのか、全てが私を完成させる為の過程であったことが判ります。人は夫々の夢の為に戦う必要があり、多くの場合それは容易いことでは無いと言うことが、やっと理解出来ます。興味深いことは、挑戦し続けることで人生がより面白くなって来ることであり、それらの達成はより深く心に響いて来ます。
本選会のビデオで、選出後、(優勝を)凄く喜んで強く抱きしめて、あなたと飛び跳ねて見える参加者がいるけど、彼女は誰?
私を凄く強く抱きしめた参加者は『ミス・チリ』です。彼女はとても奇麗な人で、素晴らしい友情を分かち合ったとてもカリスマ的な女性です。多くの場合、『ミス・コン』では友人関係を築くことは出来ないと言われますが、このことで、そうでは無いと言うことが自分には分かりました。最初から常に、もし私達の一人がファイナルまで進出出来たら、お互いに励まして支援し合おうと言ってたら、見て、そうなったでしょ。
優勝するには多くの秘密が、例えば知的(に見える)スタイルとかが、隠されていると言われるけれど、あなたの場合はどうだったの?
より大きな秘密で私のより強力な武器は、笑顔です。私を取り囲む全ての人々に微笑みかけることで、私を肯定的な状態に導いてくれることが分かりました。
何か助言を受けた?
沢山助言を受けたけれど、ドクター・エルナン・デルガドとホセ・イダルゴの言葉は忘れません。『微笑みと(好感な)態度』、それが自分が実行したことです。
なぜ『ヤスニ-ITT』計画を促進することを決めたの?
我々全員が保護すべき場所だから、ヤスニを促進することを決めました。
ヤスニは自然保護区で、地球が必要とする緑地帯(新鮮な空気を作り出す場所)です。(*後記参照)
このコンクールの代表として、国連の組織と働くと思うけれど、あなたの役割は何?
正直に言うけど、国連とのことは、ここ(フィリピン)で話し合う必要があるの。ホンの数時間前に(ミス・アースに)選ばれたばかりで、取り組まなければならない事は沢山あるけれど、私の参加出来る役割があるのは知っています。
無作法を承知で言うけど、今や貴女の家庭はミスの家柄になってしまった。貴女の妹のマイテは『ミス・グアヤス』2位に選出された。おそらく同じ道を行くのでは・・。
(笑って)え〜と、そうです。妹達は美しい少女です。おそらく、アラバ家(の女性)はエクアドルのミス達でしょう。
同邦の人達に何か言うことある?
この達成は貴女達の為で、このクラウンはエクアドルが保有している自然美を世界に明示する為の道具であることを、私のエクアドル人達に言いたいです。
我が国は小さいけれど、多くの人が保有したがっている全ての多様性を持っています。
今回の達成を祝う為に、もう直きにエクアドルで会えるでしょう。
いつ国に戻って来るの?
いつまでフィリピンに留まるのか、未だ何も言われていないけれど、クリスマスと新年の前にエクアドルに戻れることを期待してます。
最後に、貴女に取って来年は楽しみな一年になると・・・
自国の為のみならず、地球の為に沢山の仕事が待っています。熱中する一年になるでしょう。私の挑戦は、子供達を対象に、森林破壊について彼等に自覚させ、木を植えることを教え込むキャンペーンに、時間を費やすことになるでしょう。
(注)『ヤスニ-ITT』計画とは、アマゾン地域のエクアドル側にある(自然保護区)ヤスニ国立公園の自然環境を存続させる為に、エクアドルが石油開発を永遠に放棄する代償として、石油で得られる利益の半分(36億ドル/約3000億円!)を国際社会が負担するという国連の開発計画プロジェクトのことで、ITTとは3地域の頭文字。
ところが資金集めは難航しており、2011年末までに1億ドル集まらなければエクアドル側は第二計画(石油開発)に移行するとのことだったので、知り合いからの情報では、本当かどうか、中国と地下資源採掘を許可する調印をしたとかしないとか・・・。
マ、そもそも貧乏国エクアドル相手では、資金欲しさから、いずれは石油開発に着手することにナッちゃうんだろうネ。
しかし、中国って辺りが、ナンだか、チョ〜〜〜キモッ!!
(出典/関連資料)
http://www.hoy.com.ec/noticias-ecuador/me-senti-ganadora-desde-el-principio-con-preparacion-somos-la-nueva-fabrica-de-reinas-518925.html
http://www.voy.com/206289/
http://kotobank.jp/word/ヤスニITT計画
http://www.weblio.jp/content/ヤスニITTイニシアチブ
http://www.newint.org/blog/japan/2011/09/21/yasunievent2011/
http://blog.zaq.ne.jp/blueocean/article/895/
http://www.jamesnava.com/2010/02/23/parque-nacional-yasuni/