4月に蝶々夫人をやるので色々勉強していますが、ふと原作のアメリカ人ベラスコが書いた戯曲を少し前に知人からもらったのを思い出し、本棚から引っぱり出して読んでみました。
これにはさらにロングと言う人が書いた元ネタの小説があるんですが、ベラスコの戯曲をロンドンで見たプッチーニがオペラ化を決意した、と言う意味では、この戯曲もプッチーニに直接影響を与えた非常に重要な作品なわけです。
当然ですが僕はオペラの方を先に知っているので、この戯曲を読むと色んな差異や違和感?を感じます。
そこから「なるほど、ここからプッチーニはああ持っていったわけですな」と逆読みするのがとても面白いわけです。
まず、戯曲の方はオペラの2幕にあたるところからいきなり?始まります。オペラの第1幕はプッチーニ(+台本作家のイッリカ、ジャコーザの2人)のオリジナルになるわけです。
つまりピンカートンはアメリカに行ってしまっていて蝶々さんはその帰りを待っている、の所からスタートするわけで、話としてはいきなり悲劇の下り坂マッシグラになってしまうのです。
多分オペラ的盛り上がりや構成を考えて、どんなに二人が愛し合っていたか、またどんな困難を乗り越えたか(キリスト教に改宗したために村八分等々)など、2幕への大きな布石、また愛を歌う甘美な音楽を前半に盛り込みたかったんではないでしょうか。その方が後半さらに悲劇的になりますし。
細かい所で言うと、戯曲では改宗云々、と言う話は特に見当たらず劇冒頭蝶々さん自身がピンカートンが無事戻ってくる事を神棚にお祈りしています。
小さな事のように思うかもしれませんが、西洋人の感覚では改宗すると言うのは人生全てを投げ打つのと同じくらいの意味を持ちますので、このくだりがあるのと無いのとでは大きな違いです。
またヤマドリはオペラ同じようにお金持ちですが、田舎の成金ではなくニューヨーク在住のトレンディな人です(笑)
確かに「日本風の結婚」をしているので20人くらい奥さんがいるらしいですが(そんなにいらんだろ…)彼女を正妻にして一生大事にする、と誓っており、かなり真摯な態度で結婚を申し込みに来ています。
仲人は名無し。ゴローと言う名前はありません。しかもお爺さん。
それと、オペラの中で君が代がちょっと使われてるのを知っている方もいらっしゃると思いますが、この間ふと「そういや君が代ってそんな昔からあるの?」と思って調べてみたら1880年にはもう出来てたんですね。蝶々夫人が上演されたのが1904年ですから、プッチーニが知ってて全然おかしくないわけでした。なるほど…。
それから、最後に命を絶つところですが、ヨーロッパの劇場では今でも時々「HARAKIRI」って単語を使ったりしてます。どうも「自害=HARAKIRI」だと思っているようです。この間マエストロにも「HARAKIRIとは?」という講話をいたしました(笑)
皆さんご存知のように女性は腹切りをしないので、戯曲でも頸を切って果てます。
ちなみに、「自ら命を絶つ」という行為は勿論日本でもいけない事ですが、キリスト教社会では「神から与えられた命を自ら捨てる」と言う行為なので、これは神に対する大罪なのです。
オペラは楽譜を見る以外にも色んな角度から勉強できるので面白いです。
これにはさらにロングと言う人が書いた元ネタの小説があるんですが、ベラスコの戯曲をロンドンで見たプッチーニがオペラ化を決意した、と言う意味では、この戯曲もプッチーニに直接影響を与えた非常に重要な作品なわけです。
当然ですが僕はオペラの方を先に知っているので、この戯曲を読むと色んな差異や違和感?を感じます。
そこから「なるほど、ここからプッチーニはああ持っていったわけですな」と逆読みするのがとても面白いわけです。
まず、戯曲の方はオペラの2幕にあたるところからいきなり?始まります。オペラの第1幕はプッチーニ(+台本作家のイッリカ、ジャコーザの2人)のオリジナルになるわけです。
つまりピンカートンはアメリカに行ってしまっていて蝶々さんはその帰りを待っている、の所からスタートするわけで、話としてはいきなり悲劇の下り坂マッシグラになってしまうのです。
多分オペラ的盛り上がりや構成を考えて、どんなに二人が愛し合っていたか、またどんな困難を乗り越えたか(キリスト教に改宗したために村八分等々)など、2幕への大きな布石、また愛を歌う甘美な音楽を前半に盛り込みたかったんではないでしょうか。その方が後半さらに悲劇的になりますし。
細かい所で言うと、戯曲では改宗云々、と言う話は特に見当たらず劇冒頭蝶々さん自身がピンカートンが無事戻ってくる事を神棚にお祈りしています。
小さな事のように思うかもしれませんが、西洋人の感覚では改宗すると言うのは人生全てを投げ打つのと同じくらいの意味を持ちますので、このくだりがあるのと無いのとでは大きな違いです。
またヤマドリはオペラ同じようにお金持ちですが、田舎の成金ではなくニューヨーク在住のトレンディな人です(笑)
確かに「日本風の結婚」をしているので20人くらい奥さんがいるらしいですが(そんなにいらんだろ…)彼女を正妻にして一生大事にする、と誓っており、かなり真摯な態度で結婚を申し込みに来ています。
仲人は名無し。ゴローと言う名前はありません。しかもお爺さん。
それと、オペラの中で君が代がちょっと使われてるのを知っている方もいらっしゃると思いますが、この間ふと「そういや君が代ってそんな昔からあるの?」と思って調べてみたら1880年にはもう出来てたんですね。蝶々夫人が上演されたのが1904年ですから、プッチーニが知ってて全然おかしくないわけでした。なるほど…。
それから、最後に命を絶つところですが、ヨーロッパの劇場では今でも時々「HARAKIRI」って単語を使ったりしてます。どうも「自害=HARAKIRI」だと思っているようです。この間マエストロにも「HARAKIRIとは?」という講話をいたしました(笑)
皆さんご存知のように女性は腹切りをしないので、戯曲でも頸を切って果てます。
ちなみに、「自ら命を絶つ」という行為は勿論日本でもいけない事ですが、キリスト教社会では「神から与えられた命を自ら捨てる」と言う行為なので、これは神に対する大罪なのです。
オペラは楽譜を見る以外にも色んな角度から勉強できるので面白いです。
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