楽しみ方 

2005年03月06日(日) 16時38分
久々の観劇、もう周辺に宝塚ファンが誰も居なくなってしまったので当券で一人・・。
今回は宙組にしては珍しくチケットがダブつき気味みたいで、開演20分前に売り場へ行っても購入できた。
隣の席にはトップさんの少し痛いファンの方。今まで幸運なことに爆竹拍手をする方の隣に座ることがなかったので、なかなか面白かった。
その方、暗転後にドタドタと着席。芝居で二回ほど爆竹を鳴らした後、ラストまで1時間以上熟睡(いびき付き)。幕が下りた途端目を覚まし誰より先に離席。
ショーでは挽回しようと思ったのか、キメのシーンの前から拍手の準備、フライングもなしでバチバチしておりました。
もちろんオペラはトップさん以外使わず、まるで仕事のような観劇。

こういう痛い方々が宝塚ファン以外の方を舞台から遠ざけ、作品にも何らかの悪影響を及ぼしていることは言うまでもないが、こういうファンが営業的に宝塚を支えている側面もある。
私はこういう歪な方々を否定するつもりは無く、宝塚にとっては必要悪だと思っている。(ただ近くで観劇したくはないけど・・・)

帰国・そして復帰 

2005年02月26日(土) 0時41分
フランスから帰国してはじめて会社に行った。
入社してから丸々2週間の休みなんて経験ないから、少しは新鮮に感じるかなと思っていたら、会社に足を踏み入れた途端にいつもと変わらぬ日常が訪れた。

普段から新聞の国際面を愛読していて、地理便覧が大好きだったりと文字での知識は豊富だったはずだが、海外に行くのが大学の卒業旅行(仏・伊・西)以来2回目なので、体感することの多くをすぐに日本と比べてしまう旅だった。

本の知識と実際に体感してみるのでは大きく違う、特に強く感じたことを列挙。
・日本はとにかく効率、利便性を追求している(コンビニ・自販機)
・日本の電気製品があまり入っておらず、未だにカセットCDラジカセが店頭にある。
・車はハッチバック型の古い小型車が多く、日本で多く見られるミニバンはほとんどない
・日曜は街の中心部でもホントに静かで店舗がやっていない

次回はいつ行けることやら・・・。

フランスへ 

2005年02月12日(土) 11時56分
結婚前日だというのに何も実感が湧かない。
きっと大勢の人たちを目の前にした時にはじめて感じるのだろう。
今は天気情報と新婚旅行で行くフランスの情報収集をして過ごしている。
「都市」が趣味のひとつなので、東京とは正反対の長期視点でグランドデザインされたパリを見て、また東京の見方が変わってくるだろう。

ということで2週間日記は休止です。

もったいない 

2005年02月10日(木) 23時17分
樹里さん退団はすごく残念。さらに劇場通う回数が減りそうだ。
実力派であるとともに、包み込まれるような暖かい雰囲気を持った貴重な男役。
しかも舞台にかける情熱や、舞台で表現することの喜びが観客席まで伝わってくる稀有な存在だった。
万能でどこにでも求められる人材だったゆえ、専科では便利屋助っ人のように使われていたが、ホントは組に入って組子をまとめるポジションであって欲しかった。

トップになれなかったのはとても残念だけど、今後の活躍を願いたい。

更年期・・ 

2005年02月05日(土) 0時37分
越冬つばめ・立待岬・(森昌子)
津軽海峡日本海・天城越え(石川さゆり)
雪国(吉幾三)
冬のリヴィエラ(森進一)
氷雨(日野美歌)
舟唄(八代亜紀)
おもいで酒(小林幸子)
北の宿から(都はるみ)

無理にマイベスト演歌10を挙げてみるとこんな感じかな。
演歌は1曲あれば食べていけるから、小林幸子や八代亜紀ほどの絶大なネームバリューを持ってる人だって、実際1,2曲しか口ずさめる曲はないし、基本的に演歌って知らない曲を聴いて感動は出来ない。しかし森昌子は上記2曲に加えて「せんせい」「悲しみ本線日本海」という不滅のクラッシクスを持っていながら、そのあまりに伸びやかで感情豊かな歌声で知らない曲まで有名曲と同等の感動を与える、まさに「演歌界の女王」と言い切りたい歌唱力だ。
その彼女が更年期障害なんて信じられない。森進一と精力的に活動して、子育てにも忙しそうで、世間一般の更年期障害になるような環境にないような気がするけど、ホルモンバランス等人間の身体ってほんとにわからないことが多い。

均質化 

2005年02月02日(水) 23時57分
日本中どこにいっても同じような駅前の風景、国道沿いの光景。
地方都市ほどではないと思うが、東京でも個性ある個々の街の均質化が進行している。
先週金曜に友人と行った浅草は、一番人が出ていてもおかしくない時間に閑散としていたと同時に、雷門付近の一番浅草らしい地区にもマンションが立ち並び、ひたひたと浅草アイデンティティーを薄めていた。
赤坂もどこか艶っぽい大人の雰囲気が、パチンコ屋や飲食店チェーンの進出で大衆的で開放的な方向へベクトルが向きつつあるし、神楽坂や通称「谷根千」も独特の味わいは、丁寧に街歩きをして見つけ出さなくてはならなくなっている。
この均質化は現代人がもとめる利便性追求の当然の帰依であり、計画的な街の景観を考えることのほとんどない日本人自身が求めたものであるが、一度失った街の風情や味わい、艶などは二度と取り戻せない貴重なものだということを考える人が少しでも増えたら、街は復興して外国人も訪れたいような魅力を醸し出せるだろうか。

柏ナンバー 

2005年01月27日(木) 23時41分
野田市民に同情するね。柏・流山・我孫子を柏ナンバーにしたら地図で見る限り野田だけ取り残されちゃう。
でもこっちから見ると「野田」でも「柏」でも目糞鼻糞の田舎で、独立ナンバーが欲しいと思えるような街かなと思う。

いじめ 

2005年01月21日(金) 23時34分
内Pでのふかわりょうのポジションのように、朝日新聞はメディアのいじめられ役。
学級委員であるはずNHKにも思いっきり牙を向けられて四面楚歌だ。
文春・新潮の右寄り雑誌はここぞとばかり書きたて、新潮に至っては「極左記者」呼ばわりで広告掲載を断られるほどエキサイトしている。
日本を代表するメディアでありながら、ほとんど唯一といってよい「左」
まぁ手強いからこそ皆叩くのであって、朝青龍のように我が道を行って欲しい。(相撲ブーム)

話は違うが久々に耳鼻科に行った。中耳炎もどきで症状が結構重かったのだが、耳鼻科の治療というのはいじめの如く。鼻に細い鉄の棒を5本も突っ込まれながらの問診に容赦のない薬剤塗布・吸引など・・。鼻水と一緒に涙を流しながら帰りました。
これから通院すると思うと気が重い・・。

復活 

2005年01月19日(水) 21時06分
北の海や千代の富士が憎たらしいほどの強さで土俵の秩序が保たれていた、自分が小学生の頃は、ビニール紐をまわしのさがりにして遊んだり、各力士の部屋まで覚えるほど相撲に親しんでいた。
中学から大学までリアルタイムで取り組みを見れなくなったときでも、若貴・曙が土俵を活性化させていて、当時の藤島部屋が実家の近くにあったこともあって「大相撲ダイジェスト」でチェックしていた。
若貴が土俵から去り主役不在となった頃、モンゴル人力士を初めとする国際化が進んでいき、世間の大相撲人気も下火になり、三役の名前さえわからなくなった。
でも最近懐古趣味が盛り上がりだしたのか土俵を注視するようになった。
現在の大相撲は危機的状態で、ドル箱の東京場所でも土日しか満員御礼にならないし、昔からのしきたりを守らない力士(圧倒的な強さの朝青龍に逆らえない・・)の増加、有望な日本人力士の不在等々問題が山積みしている。
でも改めてみると相撲の所作は実に味わい深く、伝統に裏付けられた攻防には趣がある。
昔ほどではないが力士の個性も多様で、その力士の技や合口を知ると面白さが倍増する。

それにしても今の朝青龍は強い。力・技・気迫が他の力士と段違いだ。でも確かに強い横綱はなくてはならないが、左手の手刀とか相撲界の秩序をヒエラルキーの頂点に居る者が壊してはいけない。

時代は目白 

2005年01月12日(水) 21時53分
ここ15年体重が53〜55kgの間で推移していたが、正月の不摂生や運動不足が祟り60kgの大台が見えてきた。
健康診断でずっと痩せ過ぎと診断されていたので、数字的には問題ないのだが、かつてない数字の急変に衝撃を受け3ヶ月ぶりにジョギング。

坂を降り学習院の下を明治通りまで走り戻ってくるコースが定番コースなのだが、学習院下は住友不動産と鹿島によって大開発が行われていた。
学習院のすぐ下は前から解体工事が行われていたのは知っていたが、製薬会社が並ぶ明治通りに近いところにも21階建てと11階建ての大型ビルが建つという。

目白にとってはかつてない大きな開発で、目白の街づくりにとっては非常に注目している。
目白の街のイメージを尊重し、恵比寿の成功例を参考にし
どこにでもあるような安易な商業施設の誘致だけは止めて欲しい。
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