心の住人 

2006年12月01日(金) 23時44分





心の住人が居る。

瞳をつぶったとき、深呼吸をしたとき、空を見上げたとき、景色がにじんだとき、星が輝くとき、月が照らすとき、風が吹いたとき、心の住人が居る。

誰よりも控えめに、何よりもぼやけて、どんな音よりもささやかに、でも確かに心の住人は居る。

彼らは僕に告げる。

本当に多くのことを告げる。

その声を聞くたびに、その心音を聞くたびに、僕は思う、そして想う。

幸せとは何だろうと、前に進むとは何だろうと、そして失うとは何だろうと。

人は結局、自分の記憶を許すことも、また自分の記憶に許されることもできないのだ。

それでも僕は思う。

それでも僕らは、

自分が持ちうるだけの、

そう、最大限の光を灯そうとすることを。

その灯した光で、その光で、

生きていかなければならないということを、

僕は思う。

そして、心の住人に僕は告げ返す。

この僕をいつまでもふるわせてくれないかと、

僕はそっと告げ返す。

大切なもの 

2006年07月03日(月) 0時27分


ふと僕が歩いていると、目の前に白いカラスが居て、僕にこう言う。

「あなたが大切にしなければならないものをここに置いて、あなたが歩き出すのなら、あなたが大切にしたいものを手にすることができます」

僕には大切にしたいものがあったから、僕はそのとき大切にしなければならなかったものをそこに置いて、また歩き出した。

すると、大切にしたいものが手に入った。


やがてそれは、大切にしたいものから大切にしなければならないものへと変わっていった。


また僕が歩いていると、白いカラスがやってきて、全く同じことを言った。

僕には大切にしたいものがあったから、また彼の言葉に従った。

そして、新しく手に入った大切にしたいものは大切にしなければならないものへと変わっていった。


大切なものとは、その繰り返しなのだろう。

パンドラの匣 

2006年06月23日(金) 23時44分


17歳の僕が読んだ本の中で、野島伸司はこう言った。

「パンドラが箱をあけたとき、すべての災厄がこの世界に飛び出して、最後に希望が残った。
なぜ希望なのだ。愛ではなくなぜ希望が残ったのだ。やはり愛は存在しないのか・・・」

考えて、答えは出なくて。

それでも、考えていて、時間はたって。


19歳の僕が夜道で自転車をこいでいるときに、ふと自分の答えが出た。

愛は残らなかった。

それは、愛が箱の中にあるものではなくて、箱の外にあるものだったから。

愛は最初から箱の外に存在していたから。

その世界に確かに、ひっそりと呼吸をしながら、存在しているものだから。


そして、24歳の僕が夜道で自転車をこいでいるときに思うことは、

希望は、残るべきだったのだということ。

愛は最初からこの世界に存在していた。

しかし、誰も見ることができないし、触ることもできない。

だからこそ、希望は残るべきだったのだ。

なぜなら、見ることも触ることもできない愛と僕らをつなぐのは、きっと希望だから。

もしもその希望が、咲いてはたちまちに枯れてしまう花のような一瞬でも、

もしもその希望の代償に、すべての災厄をこの世界に飛び立たせようとも、

やはり僕らは、その箱をあけて、希望を見つけては、生きていくのだろう。

あたりまえのこと 

2006年05月17日(水) 7時36分



正しいことをしたいと、いつだって思うけれど、僕らはその方法を知らない。

正しいことをしたいのに、正しいことができないとき、

優しくしたいのに、優しくできないとき、

選びたくないのに、選ばないといけないとき、

傷つけたくないのに、傷つけてしまったとき、

壊したくないのに、壊してしまったとき、

失くしたくないのに、失くしてしまったとき、

忘れたくないのに、忘れてしまったとき、

変わりたくないのに、変わってしまったとき、

助けてあげたいのに、助けてあげられないとき、

伝えたいのに、伝えられないとき、

そんなすべての場面をむかえたとき、

僕はあたりまえのことを考えるようにしている。

満月 

2006年04月15日(土) 1時21分



さっき24歳になりました。

会社から歩いて帰っているときにむかえました。

ふと高層ビルの間から、満月がのぞいていて、

なぜか「やっぱりそういうことなんだろう」と思った。


ああ、やっぱり、そういうことなんだろう。


今までずっと探していたものが見つかったみたいに気持ちが楽になった。

そうだ、僕は生まれたときにただ戻りたいだけなんだ。

そういうことなんだろう。

そして、それでいいんだろう。

季節の灯 

2006年03月27日(月) 11時18分



すっかり暖かくなった。

そろそろ春が満開に降る。

当たり前のように季節は流れていて、

でもそれは時が流れるから季節も流れるのだと、

また当たり前のように思う。


季節は始まっては終わって。

そのように思うけれど、本当はずっと続いていて。

終わるものは何もなくて、続いていくものしかないのだと思う。

そして、始まっていくものしかないのだと思う。


終わりなき、始まり続けていく季節の灯に花を添えて、

僕らも終わりなき、始まり続けていく。



強く 

2006年03月13日(月) 0時32分

強くならなくちゃと思う。

誰かを打ち負かす強さじゃなくて、もちろん誰かを傷つける強さでもない。

自分に降りかかるあらゆるものに耐える強さが欲しい。

僕はイマまで誰かや何かにたくさん助けられて、守られて、支えられてきた。

だから、一刻も早く強くなって、今度は僕が誰かや何かを助けて、守って、支えたい。

強くなって、僕は月になりたい。

月の砂漠をさばさばと 

2006年01月31日(火) 21時06分



北村薫が好きだ。

おーなり由子も好きだ。

 

2006年01月21日(土) 22時41分



目が覚めて、道路側に面している僕の部屋に音があまり届かないと思ったら、外では初雪が降っていた。

きれいだなと思いながらスーツに着替え、会社へ行った。

通勤中、ずっとレミオロメンの粉雪を聴いていた。


雪は音を吸い込むという。

だから、雪が積もった今日のような夜はいつもより静かな夜だ。


吸い込んで欲しい音をどんどん吸い込んでくれればいいのにと思う。

誰かのため息や、誰かの泣き声や、誰かが誰かを傷つける音を。

そして、雪が融けるようにそっと融けて液体になって見えなくなってしまえばいいのに。


初雪が降った今日はそんなことを考えました。

差異 

2006年01月19日(木) 22時30分


ずっとずっと前から思っていて、よくいろんな人たちに言っていたことを今日は書きたいと思う。

それは「人が比べることでしか、そのものを認識できない」ということ。


イマ、ナイフとフォークがある。

ナイフとフォークの向こうには、やわらかいお肉のステーキがあるかもしれないし、パン粉で焼いたお魚があるかもしれない。

その向こうに何があるかはこの話において特別大事ではないけれど、僕らはナイフとフォークを使ってその向こうにあるものを美味しく食べる。

ここで何を食べるかより大事なのは、ナイフとフォークの存在を認識しているということだ。

見た目の違いはもちろん、その使い方の違いまでも分かっているということだ。

それはごく、ごく当たり前のことのように思えるけれど、それではその違いを僕らはどうやって認識したのだろうか・・・。

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■趣味:音楽に関わること
■特技:お寿司を握れること
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