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・バー!? いや、クラブか?
ふすまを開けるとそこは
雪国、ではなくて
異世界だった。頭上にはミラーボールが輝き、棚にはなにやら高そうな酒が並んでいる。それも洋酒ばかり。薄暗い部屋の中で赤いレザーのソファーがぼんやりと見えてきて、棚の側はカウンターになっているのだということに気がついた。ここは和風建築の神代の家のはずなのにどう見てもこれは夜の世界の・・・。
呆然と立ち尽くす赤川の後ろから、世にも奇妙、いや、恐ろしい声がした。
「
見ーた−わーねー?」
ぎくっ。
地の底から響いてるかのようなその声に、カシャンと眼鏡の落ちて、赤川の綺麗な目がチワワのように震え、影を踏まれたのかのようにその場から動くことができなかった。パパが近づいてくる気配を背中で感じ取りながらも、金縛りにあったかのように指先すらピクリとも動かない。もちろん振り向くことなどできるはずもない。
「私、夜はここでクラブのママをしてるの。」
耳元で怪しく囁いたパパの、赤い舌がチロチロと赤川の首筋をなぞる。ヒィと口を動かしても恐怖からか言葉が発せられることはなく、もはやチワワどころか解剖寸前の宇宙人のような怯えっぷりだ。されど足は未だに石のように重く動くことは出来ず、ただ涙で濡れつつある瞳だけをおろおろと泳がせている。
部屋にはピンクの看板がかかっている。
「クラブ
BEAUTIFULL RIVER」
の文字が、紫のネオンにより浮かび上がっている。ここは知る人ぞ知る高級クラブであり、パパは本業の茶道よりもこちらで荒稼ぎしているのだ。パパは夜になると、「ママ」になるという大変身を遂げるのだ。そんな裏事情を赤川が理解しているわけもなくただただパニックに陥っている。パパはといえばそれをいいことにどんどこ進めていくのであった。
そして、パパの細い指先が赤川の上着のボタンに伸びた、そのとき
「
パパー!いくらパパでも許せないわ。私の赤川っち☆に手を出すなんて!」
と、お茶のお盆をもって神代が現れた。アンティークのティーセットだ。漂うアールグレイの香りが赤川を正気に戻してくれる。
和菓子の練り菓子に紅茶をチョイスするなんてなんて斬新なんだ!さすが俺の神代ー!!というかそんなことよりも、
女神っ降臨。
赤川は心のそこからそう思った。神代は高そうなティーセットを惜しげもなくパパへと投げつけ、パパはそれを軽くかわすが、カッシャーンと響き渡った食器の割れる音を合図にして二人の殴り合いが始まった。ふわふわの髪を鷲づかみにしてのビンタの嵐。
突如として始まった親子喧嘩は一向に収まる気配がなく、とうとう日が暮れ、さらに夜が明けるまで続いた。初めてのお宅訪問は、初めての朝帰りとなりいろんな意味で記念すべき日になった。互いに譲らぬ攻撃のせいで神代もパパも、普段の三倍ほど腫れあがった頬を氷で冷やしながら赤川を玄関で見送る。
申し訳なさそうに
「今回はこんなことになっちゃったけどまた、遊びにきてね。」
という神代に
「あぁ、楽しかったよ。」
と出来る限りの笑顔で返して、背中を向ける。なんとか仲裁しようとして食らってしまった数発のビンタのせいで赤川も頬が痛かった。
パパの
「
愛があれば年の差なんて関係ないわよね♪」
という声が朝焼けの綺麗な町内に響いていた。
同時に投げられたキッスを何とかかわし、赤川は神代邸を後にしたのだった。