思考を書き留める

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「理解する」 / 2007年06月27日(水)
私たちは現代において生活する上で

勉学や仕事内容、会話、表現などさまざまな場面で

「理解する」ことを必要とされます。

思うに これには大別して3種類の理解の仕方があり

@ポイント(要点)を理解し 重要単語を記憶しておおまかな流れをつかむ

Aそれらの真意を理解し 自分に合う言葉遣いで細部にわたって記憶する

B行動(実践)から五感で理解し そこから思考に移る

長所及び短所

@比較的短時間で実行に移せるが 
  他者依存率が高く正確性に欠け 重複しなければ記憶時間も短い

A比較的長時間費やしなければならないが
        公正で自立性が高く正確で 忘れにくい
 
   
Posted at 23:33/ この記事のURL
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「考える」 / 2007年06月26日(火)

日常生活において、考えることを一切しない人などいないことでしょう。

言語を理解していない赤ん坊ですら・・・いや

正確には脳の記憶がより白紙に近い状態にある、より年齢が若くなるほど

日々の経験に確かな新鮮味をもたらし、心身を掻きたて「考える」という作業を

より活発なものにしていると思う。

少し昔を振り返ってみると、中学・高校以前は

よく教育者に「もっとよく考えてしゃべれ(動け)」と説教されてましたが

今現在回想してみると当時の自分もそれなりに

自分の中では適度だと思うくらいには考えていました。

確かに今の自分と比べてしまうと

教育者の目に思慮の欠ける人物に映ったのも

なるほど、という面が感じとれます。

ではなぜ当時の自分はそれ以上考えを深めようとはしなかったのだろうか

考察してみるに、その要因として

自分の言動や行動あるいはその過程での心的目線を

客観的にもしくは別の角度から検討する発想自体が浮かばなかったし

そう考えること事態が自分の人格を否定しているように感じていた。

また、そんな些細なことに心を動揺させているようでは何事もいくらかの

迷いや躊躇がうまれ、大事を成すなど決して不可能 胆の小さい人間だ

と確信していたからだろう。

少々読書するんですが

思うに知識人のインテリや歴史的偉人とよばれる人々は

こういった純粋な感情や思想を結構嫌っている人が多いようです。

でも、自分としてはこういった単細胞的な言い分も大いに真実であって

このような考えの持ち主の人のほうがスポーツなどでの集中力が高く

冗談も面白いし、ノリもいいように思います。

ただ、成人以降このままだと痛い人に見られるでしょうけれど。

自分が言いたいのは

こういった純粋なこころも一方的に批判すべきものではないし

良い面は忘れずに、ずっと心に取り込んでおきたいものだということです。
 
   
Posted at 17:13/ この記事のURL
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最近の幸せ / 2007年01月19日(金)
みなさんにとっての幸せとは何ですか?

最近 しばしば考えるんです 「幸せって何だろう」と。

           幸福 と 幸せ 

似ているようで全然違うと思うんです

パチスロで10万勝った

かわいい(かっこいい)人から告白された

テストで100点とった

長期休暇がとれた

昇進した

ある大会で優勝した

おいしい物を食べた

夢が叶った


どれも俗にいう 良い出来事 即ち 幸福 が起きたことを

幸せ と呼ぶのでしょうか

確かに 幸福 は良い経験として 生きる糧 となりますが

思うに 本当の幸せ とはそういったことではなく

のちのち思い返したときに

自分にとって プラス だったなぁ と感じられる物事

多くは その最中 苦しい つらい 悲しい ことこそ

私達にとって こころ という花を咲かせるための

素晴らしい肥料となってくれているものではないかと

そう しみじみ思うんです

ただ

肥料のやりすぎは こころ の崩壊

つまりは 死 をもたらすこともありますがね・・・

それともう一つ

こころ の肥料だと思うのが

人との関わり コミュニケーション

色んな人と話をすることで 色んな人生観や

性格特性に触れることができ

自分の世界を広げてくれると思うんです

好みの合う 合わない で線引きせず

生きている間にできるだけ多くの人と

深い話をしてみたいと思ってます

( ´ー`)フゥー...ノシ
 
   
Posted at 15:34/ この記事のURL
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やっぱやめとこ / 2007年01月18日(木)
  つづく

と書きましたが、なんだか気がのらないので

いつか フッ と気が向いたときにお話しましょう

適当で申し訳ない<(_ _)>
 
   
Posted at 15:40/ この記事のURL
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中学の同窓会 / 2007年01月09日(火)
( ´ー`)フゥー...お久しぶりです

一昨日に中学の同窓会がありました。昼の成人式の後だったこともあり

大勢の懐かしい友達と会えました

自分の中で中学以前の友達は特別な存在で みんなが親友と呼べる

最高の仲間だと思っていたので その時は純粋に嬉しかった

1次会の立食パーティを終えた後 みんなで一晩中飲み明かそう

ということで幹事の友達がログハウスを借りてくれて

そこで朝まで2次会ということになったんですが

全員が酒に呑まれてやりたい放題でした

恐らく 懐かしい仲間と久々に会えた感動と

その彼らと共に酒を飲む嬉しさ

もっと彼らに楽しんでほしい 自分も分かち合いたい

もう いつ次に会う機会があるか知れないだろう

といった思いからきた 行動 発言 だと思う

その場にいた自分もその時は 皆が盛り上げようとする

雰囲気 場の空気 に染まり冷静な思考ではなかった

しかし 自分と少数の仲間は拭いきれない強い違和感と

呆れた感覚を抱き ただただ 周りの勢いに合わせていた 

何故か拭いきれない違和感や嫌悪感と苛立ちに戸惑い

皆が寝静まった中 自分は1人酒を飲み続け そのまま

朝を迎えた その後 皆で片付けをして解散したが

実家に戻った後も 嫌な感覚は消えることはなかった

心身共に疲れていたのでそのまま布団の上に倒れたが

目を閉じたあと 5分程度で急に恐ろしくなって目が覚めた

目は開いたのに起きたくない

もちろん疲れもまだかなりあるが そうじゃない

ついさっきまでのことが 悪夢のように感じ

どうしてもその瞬間は 現実と受け止められなかった

そして やっと気づいた 自分の感じた違和感の正体に

       つづく
 
   
Posted at 19:16/ この記事のURL
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気をつけてること / 2006年12月21日(木)
             良い 悪い の判断基準

これって「文明社会」が作り出した「国家」の方針によって行われる

「教育」や「報道」などによって大抵は植えつけられるものですから

 その物事が本当に正しいのか_ 

 洗脳されているのではなかろうか_

 一時の感情・思い込みで自分の目を曇らせてはいないか_

などを常に自問自答し、向き合う必要があるでしょう

まぁ その判断基準も過去の経験により形成される人格によるものですが

そこは自分の感じる本能の判断に任せるしかない気も。

とりあえず自分以外の・・・他の人間の考えも自分と同じ

又はそれ以上に尊いものであり

全ての物事は 見方 考え方 感じ方 等の違いで

その存在が大きくも、小さくも 形を変えるものですから

何事も 広い視野 想像力 発想 感受性 等をもって取り組みたいですね

ンー 馬鹿は利用されるだけ とはよく言ったものです

 「見知らぬ人物・物事はまず様子を伺うこと」

こう言ってしまうと冷たい視点に感じるかもしれませんが

歴史上聡明な人物とされる人々も例外なく_

まずは互いに当たり障りのない言動・動作から

よしとするラインを探ってゆくものですヨネ 今日はこれまでε==」TO
 
   
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昨日の続き / 2006年12月20日(水)
さて、今日も昨日の(私の哲学的な)話を続けましょう

人は生まれでたその瞬間にしてその生涯歩む道が定まる

これが普遍の事実、絶対的現実と受け止めると

実際に今PCの前にいる私という存在は何なのだろう_

私達が個々に望み、信じる「明日」は変えられる「未来」ではあるものの

既に定まった「運命」でもある_

結局、内に壮大な野心ある人物にしろ 

周囲に合わせ漂うだけの人物にしろ

何らかの欲求に駆られて 生きる ことを行っているが

そんな人の欲求も小さい頃描いた夢も達成したところで

文字通り無限に続く星々の_宇宙の真理を思えば

そんなものは目に見えない原子1個よりも遥かに小さいカス同然であるし

私が今この場で死のうが全世界を征服しようが たいした問題ではない

  何のために生きるか 自分にとって生きるとはどういうことか

このテーマに自分なりの結論を出すならば

自己満足すること 生涯このテーマについて悩み続けること 

そして自身の宿命に抗うこと こんな感じでしょうか( ´ー`)フゥー...

やること成すことが必然で_

生まれたその時から世界は変わらないのなら・・・ と

 何もしない しようとしない人生はただ死を待つ人生であり

 それはもう限りなく死に等しい状態といえましょう

ならば せめて自分の本能(良い悪いの心の基準)に従って

自己満ライフで笑って死ねることこそ最高の幸せではないでしょうか

ヽ( ´ー`)ノ
 
   
Posted at 23:23/ この記事のURL
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下記事の続き / 2006年12月19日(火)
その行動・発言する内容については個々の人格に依存するものであり

だからこそ十人十色の行動・発言を行うのでしょう

では 人格 を形成しているものを考えたとき一般的に大きく分けて

それは 過去の全ての経験 と 生まれ持った気質 の2つと考えられ

生まれ持った気質は全人格の1%さえもまるで届かないと聞いたので

実質的には 人格=過去の経験 と言えると思います

では次に 過去の経験 について考えたとき

それは その人が生まれた・生きていく・生きてきた 

時代
(当時の国内外情勢 教育の方向性 世間一般とされる考え方 要求される知識分野等)

土地
(決定される内容は 時代 と同じだがさらに限定化される その他文化・風土等)

家族・友人・知人・他人・教育者
(生活水準 教育方針 周囲の性別・体型や価値観等)

才格
(声 ルックス 肉体の良いor悪い性質等)

などによるものであり、人は生まれ出でたその瞬間にして 

   彼が どう生き 果ては どう死ぬか

さえも定まっているものであるというのが普遍の事実でしょう

まだ途中ですが激しく眠いので

今回はこのへんで⊂ニニ( ^ω^)ニ⊃オヤスミー
 
   
Posted at 22:27/ この記事のURL
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ひさびさの更新 / 2006年12月19日(火)
あー何ヶ月ぶりの更新だろう。(´Д`)ハァ…

気がつけば、今年(2006年)もいつしか終わりを迎えようとしています

あと半月程で地元に帰省して成人式に赴く予定なんですが

成人するというのに、未だ自身の中で人生の指針が定まっておりません

〜今日はそんな私のちょっと重い話を致しましょう〜

人生・・・人が生きる、生きていること・・・

これまでの薄い人生経験を振り返ってみて考えるに

たいていの人々は 「生きる」 それ自体にはほとんど触れず

見る 聞く 触る 味わう 感じる 等の体と心に受けた感覚

加えて 今まで体験した過去の経験の記憶 を元に

それほどの時間を労すことなく行動・発言を行っているのだと

現時点の私は そのように 感じています

文字数やばそう(;^ω^)
 
   
Posted at 21:57/ この記事のURL
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コルムオンライン / 2006年06月28日(水)
以前ハマっていたMMOを紹介します。


「コルムオンライン〜corum online〜」


3年ほど前に韓国から輸入されたMMOでグラフィックはイマイチですが


コミュニティが確立していて他ユーザーと協力して楽しめます。


多数のバグ・不具合、ゲーム内勢力の偏り、運営側の対応状況など・・・


もともと基本無料のゲームのため、低年齢層のユーザーが多いのもあってか


どんどん腐敗・過疎化が進み、引退したわけです。


実は最近懐かしくなって復帰してみたんですが、引退前のバグも相変わらずで


やはり今更続ける価値はないと思い、知り合いに他MMOを誘おうかなと思ってます。


 
   
Posted at 14:56/ この記事のURL
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P R
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