久々にラグビー話 

2012年02月05日(日) 23時58分
今はトップリーグが佳境。
そんな中、イーストからは、今となっては我らがキヤノン(この数年試合を見ていたら応援したくなった)がトップリーグ昇格を決めました!
そして、なんと、トップリーグからイーストへの降格チーム無しが決定!!
自動降格はコーラウエストとホンダヒート、入替戦は福岡サニックスとアンガスのドコモ。
これで、もし、もし!、イーストのクボタもトップリーグに返り咲けば、外的要因とは言え今期の結果上では、来期は昇格が現実味をおびます。
(ほとんどは若生さんのメールの受け売り)

つまりは現状のイーストリーグで釜石SWの上にいるチームは三菱重工業相模原のみになり、今年はトップリーグ進出最低条件の二位に食い込む事にいよいよ現実味が出てきました。
が、しかし、結果そうなると、数年前からのように重工さんや東京ガスさんは今年に向けて大きな強化をするでしょう。
ワタシ的には、釜石は今年も盤石なしに、ヒヤヒヤおっとっとな試合運びで勝利を重ねていくような気がします。
が、ファーディが抜けた後も、現有勢力でさらにコミュニケーションを高めたヒューマンな闘いを展開してファンを喜ばして欲しいですねー。

盛岡の盛岡 

2012年02月04日(土) 11時44分
気がつけば内陸で一番寒い町に認定されつつある岩手県盛岡市。そのまさに一番寒い岩洞湖にて我慢大会。



耐寒みそぎ 

2012年01月26日(木) 19時23分
去る先週の土曜日、釜石の根浜海岸では耐寒みそぎが行われました。
例年は大槌の浪板海岸で行われますが、やんごとなき事情で釜石で行われました。
ローカル局のニュース冒頭では、いきなりトライアスリート四人衆。

インタビューもおなじみの釜石男児。
そもそも大槌の催しなので、大槌町民出せたらよかったんだろうけど。

なんにしても、屈強な皆さん。



お江戸のつづき 

2012年01月17日(火) 0時20分
会場でお会いした恩師が二人。
一人は早稲田の章先生。
まぁ、元気も元気です。
ついに教授になりました。
もうひとりは豊島区レスリング協会の金子邦雄さん。
初めて会った頃には既に50歳越えていましたが、最強時代の自衛隊レスリング部の猛者で顔も曲がっているし、もうしつこいしつこい逃れられないローシングルの名タックラーでした。コーチングは全部、バーンと行け!とか、ガーンとやれ!とか擬音でした。
しかし、マットを離れるとただのアル中(マジ)のドスケベで、しっかり者で優しい奥様に頭の上がらないレスリング中心のおっちゃんで(還暦を祝う会は本人よりも奥さまの大慰労会になってしまった)、還暦過ぎたあたりから体を壊して暫く大変だったと聞いていましたので、会場でお会いしてひとまずホッとした次第。
震災の時もいちばん忙しい時間に何回も電話が来て結局出ませんでしたが、とにかく心配性なアル中。
本当はいちばんマットに立ちたいのは金子さんだろうにね。

最後は今までずっと面倒を見ていただいている加瀬渉&貴子さん。
写真取り忘れました。
実は全く心に余裕のなかった私です。

グラアカの釜石大槌復興Tシャツを着た山本聖子さんを激写しましたが、一部で公表したところ閲覧者に刺激が強すぎた模様のため全略。


実は今回のお江戸遠征は骨髄性白血病と闘う長島和幸君へのお見舞いが最重要ミッションでした。自分の試合なんてお江戸に参る立派な口実でした。

さて、横森ねえさんに事前に教えてもらった病院に行くと、面会受付の時点でなんか様子が変だ。面会相手の名前を確認されてなんか察しはついたんだけど、もう来ちゃったんだもん、そしてお見舞いの部屋に入ったら、そこにいたのは何と!というかやはり、双子のお兄さんの正彦さん。
単に横森さんが珍しく情報錯綜したんだけど、私も正彦さんも初対面なもんで実に不思議な空間。
面会に来られたほうも???そりゃあそうだね。
実は兄の正彦さんは弟の骨髄ドナー。
弟への骨髄移植前の検査入院中との事でした。
不思議な空気の中、弟さんによろしくねと言うしかないわけで、宮古でのインターハイの話をしたぐらいにして恐縮しながら病室を去る私であった。

詳しくはレスリング協会のホームページを見ていただきたく、骨髄性白血病と闘う長島和幸選手へのご支援をよろしくお願いいたします。
これは本当に本当に、心からよろしくお願いいたします。







続・お江戸 

2012年01月16日(月) 1時50分
全国から35歳以上のレスラーが集合。35歳アンダーのフレッシュマンの部もありますが、フレッシュか!?というつっこみは抜きです。
なんつっても上は80歳オーバーのオリンピアン。
その時代のインハイ、インカレ、国体、オリンピック候補、そして、レスリングLOVE!な人達が大集合。集合写真のポジショニング取りに失敗したので写っちゃいない。
さて、昨年の12月に40歳になったばかりなのに新年を迎えてカテゴリーは41歳の部。なんか2歳年取った気分。しかし出場者4人で三位確定。
去年の9月に90キロあって、とりあえず76キロで計量パスしただけで奇跡なので、体重減った甲斐がありました。
大学卒業後にオリンピック目指していた岡田英雅君に至っては(ネットにフルネーム書き込まれると会社のPCのアラームが鳴るんだって。IT社長は大変だね)、昨年出場して優勝したもんだから今年は他の選手が岡田の階級の出場を回避してしまい、減量して来たのに出場者1名。
強すぎるのも大変だね。

それにしても、10年も中抜けすると、久々に会う人全員が「うわっ、デカ!!髪がない!髪白い!」っというリアクション。しょうがないけどいろいろなんだよ。これがストレス社会なんだよ。9割遺伝だと40歳にして理解できたのだが。

ちなみに、私の後ろに立っている豊島区レスリング協会所属の小西さんは身長182センチ。私との身長差は20センチ。
76キロ階級の本当のサイズはこのくらいで私の身長だと、本当はあと10キロマイナスのクラスです…

試合はというと、おそらくスタミナは私のほうがありましたがとかそういう話とは関係なく、1ピリオド半ばで差し合いでビビって動いたら自爆して豪快なフォール負け!
ちなみにこの試合、主審は10年前の早稲田大学レスリング部主将の鈴木君。
試合前のレフリーチェックの時に「お帰りなさい」とシェイクハンドされてちまいましたが、とにかく皆さんお久しぶり。

そして私を吹っ飛ばした加藤選手は決勝で優勝候補の小西さんも吹っ飛ばし、以前の雪辱を果たして見事な優勝。
優勝者に負けるのは気持ちが潔くなっていいもんです。試合後挨拶に行くと、年上でいらっしゃるのにとても物腰の低い恐縮なくらいの人格者。丁寧にご挨拶して思わず私が着ていたマルツ工房の頑張ろう東北Tシャツをプレゼントしたら表彰式でわざわざ着てくださいました。が、画像はありません。

とりあえず、出会う人出会う人にご挨拶しながら、
「くれぐれも怪我しないでね」
と言われまくりましたが、反対側のアキレス腱が切れることもなく、無事に終わりました(会場で会った皆さんは、私がアキレス腱を切ったことも知りません)。

最後の画像は尊敬する木下大先輩の還暦特別試合。
差し合いの厳しさ、タックルの精度、タックルの切り方。グラウンドのネルソン。
現在50代〜60代を迎えるレスラーの皆さんの大学時代といえば、日本のレスリング界は世界の最高峰。そうそうたるオリンピックメダリストだらけ。その中でオリンピック目指して激戦を生き抜いて来た世代のテクニックは時代を経ても錆びてないんです。
解りづらく言えば、カールゴッチやビルロビンソンやエリオグレイシーが試合している感じ。

まぁ、なんにせよ、震災でご心配頂いた全国のレスリング関係の皆様への壮大な挨拶周りというミッションは遂行出来たのだった。

頑張ろう東北。







お江戸。 

2012年01月15日(日) 22時19分
一泊二日のお江戸詣で。
この時期は毎年、年に一度の全日本マスターズレスリング選手権。
東京離れて10年にもなるのですが、この大会は今回で11回目。
気がつけば私もマスターズの資格が与えられるトシになりました。
何にせよ、今回の震災では東京時代にレスリング関係で知り合った皆さんからいろいろな形で物心ともに岩手のご支援をいただいたので、ご挨拶に来た次第。
久々に参宮橋のオリンピック記念センター(だっけ?)にお邪魔したらチビレス大会真っ最中で有名なアスリートコーチだらけ。東北から来たと思われるチビちゃんに、「あっ、みちプロだ」と言われるが、違います、あれは弟です、と、一応訂正。

帰り道、参宮橋の駅前商店街を通りすがり、懐かしい中華料理店を発見。
今は懐かしRINGSの第一回KOKトーナメントで優勝した翌日に、ダンヘンダーソンとセコンドのランディークートゥアーにラーメンと麻婆奢ったお店。
高橋久さんと割り勘した。
ダンは前日にファイトマネーと優勝賞金を取っ払いで3000万貰っていたはずだが、単に円を使うのが苦手そうだった。そりゃそうだわな。

参宮橋をあとにして高田馬場のホテルにチェックイン。
その足で懐かしの豊島区レスリング協会へ。
練習したかったが、やんごとなき事情で足がつりまくって断念。
レスリングを始めた頃からお世話になっていた望月先輩が相変わらずゴリラマッチョに笑顔で迎えてくれた。
10年前にはレスリングと同時進行で裏池袋の「性導会館池袋支部」という個室マットで戦っていた先輩も、知らないうちに立派なお父さんになっておりました。

つづく
かな?





釜石 

2012年01月06日(金) 0時13分
いよいよ、「こんとき」が鈴子にオープンしたとのことでお邪魔しました。
ときおさん、ひとまず、おめでとうございます。
奥様もお元気そうで何よりです。
フライパン振りすぎの威勢のよいチャーハンとラーメンをひさびさに頂いた次第。
なんか、ホッとしました。
この間、東京で飯食ってつくづく思いましたが、丹精込めたフツーのものって、都会には、なかなかありそーでない。
岩手の沿岸の食い物はホントに不思議なくらいに、見た目そのものなんだけど、見えないところに手間がかかっているんです。

追伸:
ときおさんが、朝ズバ!に出演したときに送って来た自慢のツーショット。
米田やすみさんは究極のめぐさめんこ。私、大ファンで心底羨ましかったりする。









釜石 

2012年01月04日(水) 0時26分
釜石病院の土肥院長渾身のイルミネーション。
電源は風力と太陽光のハイブリッド電源。

土肥院長はカナダに留学中、地元を燈すイルミネーションに感銘を受けて、釜石に赴任以来、院内の敷地に自分で飾り付けをしています。

カナダは夜が長く、考え事をし過ぎちゃうらしく心を傷める人がでちゃうんだそうで、街を明るくして少しでも癒されるようにという事に由来したイルミネーションの文化があるのだそうです。
土肥院長の経験的持論は、
「LEDの光は刺激物なので心がやすまらない」
と、いうことで、LEDは限りなく少なくして、日本人が慣れ親しんでいる麦球の優しい光を多く使っています。
入院患者と職員の心が安らぐようにという配慮から生まれたこのイルミネーション。
個人的には「テレビで紹介されたいから」というピュア過ぎる理由で毎年ギラギラが増していく一部の刺激物イルミネーションとは一緒くたにされてほしくないのであった。

釜石 

2012年01月04日(水) 0時03分
新年を迎え初めてやってきました。
大観音様のおみくじは小吉でした。
大観音様から見た釜石湾は…
悔しいけど、いい海でした。
ちなみに湾港防波堤はボロボロ。
深さに関してギネスにも登録されているこの釜石湾港防波堤は、実は完成していなくて、防波堤機能を果たせるという意味の「慨成」という表現が使われていました。
で、帰りにはもちろん、昇華でラーですよ。
相棒はチャーハンスープ付きでしたが、画像におさめそびれました。

釜石といえばラーメンになってきましたが、実はチャーハンに付随したでっかいスープも独特です。




プレイバック年末年始 

2012年01月03日(火) 23時31分
誰もが真似してはいけない。
若者よ、ひとまずは、ちゃんと考えろ。
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