伯父は延命治療中、叔母は末期癌、祖父はボケで要介護、祖母は大腿骨骨折によりやはり要介護。
介護の関係で、関西にいる祖父母と共に暮らせるようになる。
それは非常に喜ばしい。
不安があったが「一緒に暮らせるんだ、うれしいね、良かったね」そう言ってもらえたことでどれだけ救われたか。
でも今「死」というものに直面してもうどうしたらよいのかわからない。
父方の祖父母は亡くなったのは自分が小学生の時で。
共に住んでいたわけではないので、すごした時間は限りなく少なく。
実感がわかないまま、ただ「もう会えないんだなぁ」と。
曾祖母の時は大往生だなぁ、なんて勝手に思ったけど、病院にお見舞いに行ったときは怖かった。
葬式の時には涙も出ず、だいぶしてから実感がわいた。
親族の中では遠いが、家が曾祖母と近かったため交流が深かったハトコの叔母さんが亡くなった時。
「死」というものが凄く身近に感じて凄く怖かった。
若かった。子供はみんな自分よりも年下で。でもお別れの時には涙も見せず、覚悟が見えた気がした。
その彼らの祖父が亡くなった時、自分も覚悟しなくてはいけないと思った。
高校時代の友人のお父さんが亡くなった時、どうしたら良いのかわからなかった。
ただ、一緒には泣けないし、どんな声をかけたら良いのか全然わからなくて同情も出来ないし共感も出来ないし、無視もできなかった。
今までどおり話してご飯を食べて。
あえて言うならお父さんの話はできなかった。
後から言われたことは「いつもどおり接してくれたことが助かった」と。
でもそれはちょっと違う。
何もできないから、結局は見なかった、聞かなかった事にしたんじゃないかと思う。
今、今までよりもずっと近いところに来ているものに対して漠然と不安を感じているけど。
それを誰かに言ってしまいたい気持ちがあって、でもそれは家族にはいえないし、友達にも言えない。
たぶん自分は何かを言ってほしかったり漠然としたものの答えを知りたかったりするからだ。
でもそれは、自分が「こうだ」と思ったものを自力で見つけなくちゃいけないんだろうと思う。
しかも誰かに言って何か返ってくるような話の仕方をしないだろうとも思う。
だから、誰かに言うのは違うんだなぁってことだ。