まさかそこまでとは 

2009年06月10日(水) 22時25分
使えないとかダメだとかどうしようもないとか救えないとか学習能力がないとかむかつくとか言われているぐらいは予想もしてたし知ってたけどまさか

死ねとまで言われているとは思わなかった。

自分の生きる価値とか 

2008年12月05日(金) 0時31分
穏やかな一日を過ごすと、自分が本当にこの世界に必要なものなのか

つい考えてしまう。

仕事もろくにできず、誰かに尽くすこともできず。

一番肝心なところで、大切な人への奉仕を放棄したり。

自分が一番で、でも自分のためには何もせず。

ただ惰性で生きるのみの人生に、何か実りを生み出そうとせず。

何も残すものなく。

ただ生きるだけなら、命を、あの子供を4人も残して逝ったあの人に

あげることは出来なかったんだろうか。

あの子の代わりに足を失ってあげることはできなかったんだろうか。

そんな風に考えて、愚かでかわいそうな自分に同情して涙を流すことはあっても

結局自分のためにすら、行動を起こすことは無いのだけれど。

知的障害児を教える姉にいつか、ウチの学校で常識と就職活動をやり直したら?

と言われたことがある。



ずっと自分はそうだと思っていた。

自分は知的障害者で、ギリギリ一般教育を受けていたのだと思っていた。

でも、自分を障害者だと認めるのが怖い。

まんじりと何もせず生きる私を見て、気合いを入れろという言葉だったのと思うけれど。

心臓がつぶれるかと思うほど、ショックを受けた覚えがある。


ああ、やっぱり私は障害者で、いま生きている世界には、本来は入り込んではいけなかった。

そうやって、自分は不適合者だと考えて、安心するのだ。

逃げたい 

2008年08月12日(火) 1時15分
逃げたい逃げたい。

何もかも投げ出して逃げたい。

旅に出たい。

何もかも捨てて一人になりたい。

自分がいなくなって、物理的に困る人がいても

それ以外で居なくなってはいやだと言ってくれる人は

いるのだろうか。

そんなことばかり考える。

テレビや漫画や映画やいろいろなところで

フィクション、ノンフィクションで

誰かを強く思ったり、大切にしたり、追いかけたり

そんな思いを抱いたこともなければ、抱かれたこともない。

どうせ誰にも何にも求められないなら

自分が好きなことを好きなだけやって

そうして自分のことだけを考えて生きていこう

そう思ったのに

生きるためにはお金が必要で

お金を得るためには労働をしなくてはいけなくて

労働をするためには、その賃金を与えてくれるものとの

つながりが必要だ。

何も考えたくない

甘えてんじゃねぇ 

2008年02月19日(火) 1時33分
わかっている!わかっているんだ!

たぶんね。

いや、でもわかってないんだろうなぁ。


と、堂々巡りでどうしたらいいんだ!

たぶん何をしたらいいかはわかってる。

でも、どうしたらその「何」ができるか、わからないというよりも、自分の思考回路の中にないんだな、きっと。

不安がいっぱいで。

どうしようと悩んでも仕方がないし。

でも、仕事できるようにならなくちゃいけないし。

いつもまでも甘えていられる立場じゃないし。

でも、別に劇的に仕事あができるようになることなんて、誰も期待なんかしてないし。

むしろそのミスの多さと適当な仕事っぷりをどうにかしろと。

でもでもと言い訳ばかり。

でも、「でも」って否定の言葉を口癖にしちゃいけないよね。

あー、わかってる。わかってるんだ!

悩んだって仕方がないってことぐらい。

相応の努力をしろってことなんだけど、不安と、めんどくささが先頭に立ってにんともかんとも

もっと成長したい 

2007年12月04日(火) 1時15分
精神的に。

もっとすべてを受け止める覚悟をしなくてはいけないと思う。

自分がどうしたいじゃなくて、自分がどうすればいいのかを考えるべきだ。

自分の事だけを考えればよかった幼い頃とはもうちがう。

自分がやりたいことをするためにどうしたらいいのか。

それを考えなくては出来ないのは、心が狭くて自分しか見えていない証拠。

本郷探索 

2007年06月24日(日) 21時22分
風信子の家 神代教授の日常と謎


にて立原道造記念館で見たヒヤシンスハウスのスケッチに構想を得た。

とあったので。今本郷の歯医者に通っている身としては、一日を有意義に過ごすのも悪くない。

と、行ってみた。

ワンルーム2階分の展示物であった。




「僕は、この詩集がそれを読んだ人たちに忘れられたころ、不意に何ものともわからないしらべとなって、確かめられず心の底でかすかにうたふ奇蹟をねがふ」





確かな形で思い出せない不確かなものを思い、心の中でうたう遠い何か。



歴史に名を残すものでなく、いつか自分の詩を読んだ人が、甘い心のうずきと共に自分の歌を思い出してくれたならば、その奇蹟こそ自分が望む詩の在り方だと。

そんな風なことだろうか。

この半年 

2007年05月27日(日) 0時19分
叔父が亡くなり、祖父母と叔母と同居をはじめ、自分はようやく契約社員という立場になり。

何の悩みも解決しないまま、ただ日々をすごしている。

気持ちの整理がつかない 

2006年11月30日(木) 1時20分
伯父は延命治療中、叔母は末期癌、祖父はボケで要介護、祖母は大腿骨骨折によりやはり要介護。

介護の関係で、関西にいる祖父母と共に暮らせるようになる。

それは非常に喜ばしい。

不安があったが「一緒に暮らせるんだ、うれしいね、良かったね」そう言ってもらえたことでどれだけ救われたか。

でも今「死」というものに直面してもうどうしたらよいのかわからない。

父方の祖父母は亡くなったのは自分が小学生の時で。

共に住んでいたわけではないので、すごした時間は限りなく少なく。

実感がわかないまま、ただ「もう会えないんだなぁ」と。

曾祖母の時は大往生だなぁ、なんて勝手に思ったけど、病院にお見舞いに行ったときは怖かった。

葬式の時には涙も出ず、だいぶしてから実感がわいた。

親族の中では遠いが、家が曾祖母と近かったため交流が深かったハトコの叔母さんが亡くなった時。

「死」というものが凄く身近に感じて凄く怖かった。

若かった。子供はみんな自分よりも年下で。でもお別れの時には涙も見せず、覚悟が見えた気がした。

その彼らの祖父が亡くなった時、自分も覚悟しなくてはいけないと思った。



高校時代の友人のお父さんが亡くなった時、どうしたら良いのかわからなかった。

ただ、一緒には泣けないし、どんな声をかけたら良いのか全然わからなくて同情も出来ないし共感も出来ないし、無視もできなかった。

今までどおり話してご飯を食べて。

あえて言うならお父さんの話はできなかった。

後から言われたことは「いつもどおり接してくれたことが助かった」と。

でもそれはちょっと違う。

何もできないから、結局は見なかった、聞かなかった事にしたんじゃないかと思う。




今、今までよりもずっと近いところに来ているものに対して漠然と不安を感じているけど。

それを誰かに言ってしまいたい気持ちがあって、でもそれは家族にはいえないし、友達にも言えない。

たぶん自分は何かを言ってほしかったり漠然としたものの答えを知りたかったりするからだ。

でもそれは、自分が「こうだ」と思ったものを自力で見つけなくちゃいけないんだろうと思う。

しかも誰かに言って何か返ってくるような話の仕方をしないだろうとも思う。

だから、誰かに言うのは違うんだなぁってことだ。

どうしたら良いんだ 

2006年09月14日(木) 20時02分
この3連休に



1、短大時代の友達と旅行(8人ぐらいになるらしい)

2、1泊2日で日本の中のイギリスへ旅行

3、連休中日にイベント

4、ギリになって知らせてきた高校時代の友達と後輩とのグループ展


と予定がかぶりました・・・

とりあえず1、が一番初めに約束してしまったので2、を断り3、をあきらめていたのだが。

が、しかし1、の予定がまったく立たない。

まぁ、毎度のこと友人の別荘へ行くことになるだろう

「うちの車で」

レンタカーの話など振ってきたりして、何にも言ってこないけどそれが「前提」なんだろうなと思っていたら案の定

やはり土日月の連休なので金曜夜早めに出たいということになったのだが

希望の時間に出れないと『それは困る』とか、『その時間じゃ意味がない』と言われる

メンバーの中に土曜夜に単身電車で合流メンバーが居たので、自分もそうしたい気持ちがあった

なぜなら本来金曜夜に私は用事が合ったので金曜夜出発は無理だったから

だが、『それは困る』とか、『その時間じゃ意味がない』という話にやはりなり

じゃぁ、金曜夜は断るよ

ということに

し た の だ !

その後、車の都合もあり時間調整をしてみると、もしかしたら金曜夜の用事を何とか出来そうな具合になってきて4、の用事も突然出てきたし(超!行きたい!)、メンバーが仕事の都合で来れなくなりそうと言うことで結果参加確定人数が4人に(内一人電車で合流)・・・

と旅行直前で怒涛のような予定変更があった

どうせ元々レンタカーって話もあったし、私も電車で合流メンバーと一緒に土曜夜出発にしようかなって思ってたのに・・・・・

私が土曜夜出発とか言ったら金曜夜出発がメンバー2人になるし、超微妙じゃね?

だが、参加が微妙だといっている子は日曜からでも参加したいといっているらしい

じゃぁ、土曜仕事終わってから夜出発で良くね?

と思ったわけですよ

したら、もう

『いや、参加不確定者はホントどっちに転ぶかわからないし

私1泊の旅行とかありえないし

それだったら行く意味が無い

て言われたし!

じゃぁ、日曜から参加したいと言っている子達の気持ちはどうなのよ!

そりゃ土曜夜出発の提案をしたのは非常に私的な事ですよ

金曜夜の用事も断らなくて済むし、4、の用事も済ませられるしそんなそれはそれは自己満足でしかない自分勝手な提案ですよ

でもどうせ3連休旅行行こうって誘った時点で別荘行くのも決めてたし、うちの車を使うのも当然と思っていたし、自分が考えている予定で動くと思ってただろ!

あたしが足ならこんな直前まで来ちゃったら、あたしが土曜参加なら旅行もなしでって話になって、あたしの所為って話になって!

もう!もう!!

あー、もう、この旅行さえ承諾してなければ、金曜夜の用事も断らなくて済んだし、2、の旅行にもいけたし4、のグループ展にも行けたのにな・・・

もう何が言いたいんだかわかんなくなってきた

ショック 

2006年09月13日(水) 0時15分
けんかしたchiakiとmomoko。

発端はmomとonoriなのだが。

もう1年にもなるのか・・・

3人とも自分にとってはかけがえのない大切な友達である。





momoの話を聞けばどうやら同居人kumiが駄目人間の代名詞にnoriを使うという。

kumiも大好きな大切な友達だし。

そんなことを言っているとしたらひどいショックだ。

ただ、けんかの内容を又聞きしたりする内容から、もしもmomoを大切に思うばかり本当にnoriのことを嫌悪するほど嫌いになっていたとしたら。

そんなことまで言ってしまうkimiの性格はわかる。

だがもしも、もしもmomo自身がそれ言っていてそれを同居人が言った事にしているとしたら。

たえられない。

そして、どちらが言っていたとしてもそれを聞いた私が少なからずショックを受ける。

ということを、momoは思いつきもしないのだろうか。
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