地下鉄サリン事件の日 

2007年05月12日(土) 16時12分
1995年の1月から3月までの間、とてもお金がなかった。
100円玉とか10円玉レベルでない状態になると、それはそれで金銭感覚がマヒしてくる。
金曜になると、週払いのバイト代が入るのが救いだった。

とにもかくにもそんな中、ありついたのが風俗店の取材で。
その日、私はとあるイメクラ、ヘルスに出掛けてた。
イメクラやヘルスで働いている子は、みんな可愛いなという印象がある。
真面目っぽいダサイ子がいなくて、みんな彼氏がいる感じ。
Me Janeとか、セシルマクビーとかが似合ってそう。渋谷という街にすっかり溶け込んでる。

私は風邪気味だったので、ぶあついコートを着て出掛けた。
ゴミの固まりを集めたようにも見えるゴワゴワした生地で出来た、赤っぽいコートで、買った時は7000円だった。
(このコートを買った時にはそれなりのお金があったってことだ)。

カメラマンの鈴木さんは、私が一日に4軒も取材をとりつけたというのでちょっと怒っていた。
風俗店の取材なんて、1日に1軒か2軒で十分だそうだ。
私もできれば、取材はその程度で思うし、あんまりたくさん取材を入れると後で記憶がごちゃごちゃしてよくない。
けれど、それはまぁ、怒るほどのことでもないんじゃないかと思った。
でも黙っていた。
最初のうちはちょっと慣れない人だと思ったけれど、後になってから、だんだんと鈴木さんは優しくなってきた。

朝、出掛ける時にテレビをつけたら、地下鉄の霞ヶ関の駅で大変なことになったというニュースが流れていた。
私はその時は霞ヶ関を通過する用事はなかったけど、もし何か用事があってそっちの方に出向いていたら大変だったな、と思った。
午後、イメクラのお店の中で、鈴木さんが「オウムのせいみたいだよ」と教えてくれた。
へぇッ…と言ったけど、「オウムてなんだっけ?」と思っていた。

空気が冷たくて余計に風邪がひどくなりそうだ。
道玄坂って、こんなにたくさん風俗のお店があるんだな。

風俗嬢にはどんなことを聞いたらいいのかわからなかったので、とりあえず「将来の夢は何ですか?」と聞いた。
あとで、そのことについて、編集の人にものすごく怒られた。
私の書いた紹介文はぜんぜんなってないんだそうだ。風俗嬢の紹介記事は、訪れたお客さんが彼女達との会話のタネになるようなことを書くべきであって、だから趣味とかお休みの日に何をしているのか、とか、そういう事を聞かなきゃだめなんだ、と言われた。
将来の夢を聞いたら話のタネにならないのかな…と思ったんだけど、編集の人がこわかったので黙っていた。

1995年の3月は、そんなだった。

昭和46年度生まれ・神楽坂六畳和室・風呂トイレ別 

2007年05月10日(木) 14時21分
ある日、バブルがはじけたんだよ、と言われた。
ああ、そうか、と思った。
バブルがあって、女子高生ブームがあって、女子大生ブームがあった。
バブルの後にはまた女子高生ブームが来た。ブルセラや援助交際もブームになった。
私はそのどの渦中にもハマらない年代だった。
ベビーブームで人口だけが多いのに、ハマるものがなくて、かわいそうな世代だ。
就職氷河期という言葉が生まれる、1、2年前に社会人になった。
すでに就職氷河期が始まってたのに、まだ言葉がなくてやっぱりやり場がなかった。

私が就職したのは、とあるエロ本出版社。
志望動機は、3つ。
1.面白そうだったから
2.家が近かったから
3.お金がなかったから

そう。貧乏でドン引き生活を送っていた頃、たまたま友人が立ち読みしていたコンビニのエロ本。
その終わりのページの、編集後記にあった、スタッフ募集の記事。

「一ヶ月のうち、一週間は徹夜で仕事ができる人募集」

なんというか、壮絶な募集内容じゃない。そりゃ面白そうじゃない。
その出版社は、家から歩いて3分。
地下鉄に乗るお金もない私には、ちょうどいい。

そうときまったら、就職活動だ。
さっそく、履歴書を持って直接編集部を訪れてみた。

P R
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