大阪で出会った女

March 09 [Sun], 2014, 13:40
大阪で出会った女。

それは、ある工場での出来事から始まる。

母子家庭に育った私は大学には、金銭的にも、そして学力的にも無理だたっため、高校卒業すると直ぐ大阪へ就職した。

地方の田舎しか知らない私は「大阪弁」は衝撃だった。

会社は本社が別に有る製造工場だったが、そこの事務室に配属され、ここでは不思議とあまり言葉には抵抗がなかった。

ここの事務室には全国から人が集まっており、地元の者は少なかった。

それでも基本は大阪弁だ。

しかし、地元出身の工員の言葉、口の悪さには閉口した。

女はそうでもないが、男はハッキリ言うと、下品にしか聞こえないような言葉を聞く毎日になった。

しかし、慣れとは恐ろしいもので、半年経つと気にならなくなった。

さて、事務職と言えども製造業に就職したからには、営業や事務、開発・品質管理といった垣根を超え、最低1ヶ月間は製造の経験をさせられる。

私の担当は、時折持ち場が違ったが、基本的には同じラインの同じ作業だった。

工場は三つの部門に別れ、その内組み立て部門は女性が大半だった。

さらに、組み立て部門は三分の一くらいはパートで「おばちゃん」だったが、あとは十代の若い子が大半だった。

給料はその当時としてはかなり良く、しかも寮費や食事代はタダのみたいに安かったので、お金はかなり貯蓄できた。

遊びに行って、お金を使ってもしれたものだった。

工場の組み立て作業は来る日も来る日も同じことの繰り返し。それでも作業が単純で軽作業だったため、鼻歌を歌い気分を紛らわせながら作業をこなしていった。

受け持った作業は二人一組で、私の相棒は若い髪の長い女の子だった。

どうやらここの工場には、日中ここで働いて、夜定時制高校へ行く。そんな女の子が多いのだ。

田舎では考えられない事だ。自分が知らないだけだったかもしれないが。

そんな訳で、相棒の女性は1歳年下の17歳。

この子に色々教えてもらった。

大阪弁でどうも気になる言葉があった。それが相手を呼ぶ時に「自分、何々〜。」と言う「自分だ」。

最初は違和感を感じていたものだが、ここでも慣れると違和感はなくなってきた。

その子にずーと教えられてきたせいか、こちらは年齢が分からなかったから敬語を使っていた。

作業するところは、ほとんど二人ひっついて行う。

そのため時折、彼女の胸とかおしりとか、そして長い髪とかが自然当たる。

最初はドキドキしたものだが、当たり前になると、余裕が出てその感触を楽しむようになった。

体が触れ合うことよりも、長く柔らかな髪の良い香りの方が刺激的だった。

やがて1ヶ月の研修期間を終えると、事務室のある課に配属された。工場の規模からすると、ここは課は僅か三十名ばかり。

新入社員は5名。その内3名が女性。しかも女性全員が九州出身。福岡2名、長崎1名。

暫くベテラン女性社員の指導の下、デスクを並べたが、その後長崎の子とペアを組む。

ここでは男女必ずペアを組み、仕事をしていく。

ここの課は勤務時間は比較的自由で、例え1日中席を離れていても何も言われる事はない。

その代わり、仕事で失敗すると上司から心臓が縮み上がるほどの雷が落ちる。

仕事は1日の内、3〜4時間が事務所、残りは工場の現場や下請け廻り。

仕事に慣れて来ると、あの子に会いたくなってきた。

その気になれば、何時でも自由に行けるが、さすがに仕事に慣れないうちには出来ない。

が、やっとチャンスは巡ってきた。

組み立てラインが順調に流れているかを口実に、その日を境に1日3回も4回も工場を廻った。

彼女は真面目で、仕事もテキパキこなし、その仕事ぶりの鮮やかさにいつも感心する。

今日も相変わらずだ。

受け持ち場所は作業音がするから、他の者には会話は聞こえない。

ある日部品を確認するため、組み立てラインに言った。

今は昼休み。作業員は全員食堂へ行っているので、ほとんど人は見当たらない。

目的の部品を取り帰ろうとすると、偶然彼女に会った。事務室へ移って3ヶ月目の出来事だった。

彼女はじっとこちらの目を見ている。何か言いたそうな感じもなく、ただじっと見つめている。

つれられてかどうか分からないが、こちらも見返した。

二人共何も言わず、そして二人の空間だけが時が止まったような状態になった。息苦しくなってきた。

やがてそれに耐えられなくなり、視線を外したのは自分の方だった。

帰ろうとし、彼女の側を通り過ぎると、後ろから声がした。

「今度、遊びに行かへん?」こんな感じの誘い方だった。

彼女は落ち着いていた。目が真剣で返事をするのが怖いような気がし、軽く「うん。」とだけ答え、恥ずかしさもあって、その場を逃げるように去った。

後で考えてみると自分が情けなかった。時間も場所も決めていない。

唐突だったとしても、もう少し何らかの対処のしようがあったはずだ。

行き先はどこが良いのか分からなかったので、日時だけをメモに書いた。

そのメモを持って行こうとしたが、まだ興奮が収まらないし、また二人きりになるのも引っかかるものがあったので、ラインが動くのを待った。

やがて昼の休憩が終わったので、組み立て現場に行ってそっとメモを渡した。

彼女は何食わぬ顔で受け取り、コクリと頷いた。


日曜の10時の待ち合わせ時間になった。

天気はあまり良くない。今日はちゃんと彼女と喋れるだろうか、少し不安が横切った。およそ一人前の男が考えることではないが、そう感じたから仕方ない。

やがて彼女らしき人が現れた。「らしき」というのは、彼女の普段の姿は、作業帽と作業着を着用しているので、私服はそれまで見たことがなかったから。

私服になると、一段と輝いて見える。これが男なら、服装が変化したところでそんなに変わらない。

トキメクというのはこういう時のことをいうのかな、とふと思った。

目的地を未だ決めてなかったので、その事を彼女に告げると、無邪気に動物が見たいといった。

動物園なら、大阪にも京都にも、そして神戸にもある。

大阪はまず外れた。京都か神戸に絞られたが、最終的には神戸の王子動物園に決まった。

阪急電車に二人並んで腰掛けた。時折当たる腕の感触が心地良いし、例のつやつや輝く、良い香りのする長い髪も気分を爽やかにしてくれる。

車中の会話はスムーズにいった。途中途切れる事はあったが、沈黙に不自然さはない。

会話が盛り上がったのは、彼女もまた母子家庭に育ったという事だ。

この場合、盛り上がるという表現はおかしいが、お互い共感し、一種の連帯感みたいなものが芽生えた。

やがて目的地につき、園内をゆっくり歩いて回った。

彼女は大阪の女性としては珍しく大人しく、落ち着きが会って、真面目だ。

それなのに今日は、職場にいる時とは違って、目がキラキラし、少々はしゃいでた。

それは、時折みせる笑顔(くっきりとしたエクボができる)にも現れていた。

和やかな雰囲気の中、昼時になった。頭の中で「昼ご飯はどうしよう?」と考えていて、辺りをキョロキョロ見回した。

それを知ってか、知らずか、「お弁当食べよう。」と言って、適当な場所に腰を下ろした。

三段重ねの弁当だ。中を覗いて見ると、食べきれないくらい色々なものが入っていた。

一口食べてみる。「美味い。」思わず声が漏れた。

彼女は微笑みながらおむすびを頬張っている。

食べきれないと思っていた弁当が、いつの間にか綺麗になくなっていた。

こんなに食べたのは高校を卒業して以来だ。

それほど美味かった。

昼食後の一時、また話し合った。

自分の生い立ちや家族のことは、あまり喋りたがらなかったが、それでも分かったことは、母子家庭で一人っ子であること、家計は苦しかったが、就職してからかなり楽になったこと等である。

楽しい一日であった。

次の日から仕事が忙しくなった。未だ仕事も分からない状態だったが、試運転状態から脱する時が来たようだ。

それとともにデスクワークが忙しく、現場にもいけない日が3ヶ月続いた。

当然あの子にも会えない。

最も休みの日は必ず会うようにしていたが、何か物足らなかった。

仕事に完全に慣れると、周囲の男性社員はほぼ全員が大卒と言う事がわかった。まあ当たり前ではあるが。

大卒と言っても、ダメな人はダメだが、優秀な人には全く着いて行けない。

特に会議の時に意見を求められる際には、ヒシヒシとその差を感じざるを得ない。

そこで一念発起。大学に行くことを決めた。

その時は、持って生まれた頭の悪さのことなど考えてもいなかった。

とにかく勉強がしたかった。

この決意をしてから、会社の寮に居る時は必死で勉強した。

入試までは4ヶ月。無理と思いながらも受けてみた。やはり駄目だった。

そこで、寮を出て、アパートに引っ越した。

この間、彼女には何も告げていなかった。進学を決めてからほとんど彼女にあっていない。理由も告げず。

これに対して、文句を言われるとか、理由を訊かれるとかも一切なかった。

自分でも何か言われるのが辛かった、というより勉強の妨げになると自分勝手な言い訳をしていた。

食堂や現場でも何度か見かけるが、まるで喧嘩しているようで、一言も言葉を交わさなかった。

別に彼女は怒っている風でもないようだった。とはいうものの、彼女を見ることを極力避けるようにしていたのだ。

この時点でかなり貯金は出来ていた。

退職を決めた。恐る恐るその旨伝えると、会社は辞めずに、会社から通いながら夜学へ行けと言われた。

「全日制に通いたいです。」と言ってその申し出を断った。

その後辞めてからも、会社は「アルバイトするなら紹介するぞ。」とか何かと気を使ってくれた。

今から考えると、彼女のこともそうだが、会社に対しても受けた恩に対し何一つ報いることなく、冷たい自分の仕打ちに赤面する思いだ。まあ若かったとしてもだ。

会社を退社する時、しっかりボーナスまでもらった上、下請けからは高額な商品の歳暮まで部屋の半分も埋まる位もらった。

寮に住んでたら一切そういうことはないのだが、アパートに移っているから、自然そうなった。

当然、辞退してお返しすべきなのだが、常識はずれも甚だしいく知らん顔をしていた。

彼女に話す時が来た。

喫茶店で僅か30分。事情を説明すると、俯いて何も言わず、静かに泣いていた。

胸が苦しくなって、足早にそこを出て、最後に別れを告げた。

帰りの電車に乗り、自分を納得させた。自分には受験があるのだと。

その年受験は無事に終わり、大学へ入学出来た。お金も入学金以外はそう減ることもなく、不足のない生活が滑り出した。

そんなある日、梅田の地下街を歩いていると、彼女に似た女性が通り過ぎて行った。心の中で「彼女だ!」と思ったが、声を掛けられなかった。

淡い青春の一コマであった。
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