小野田でファルシオン

October 21 [Fri], 2016, 15:13
"わたしは、中学のとき全国大会で優勝しました。
正式には、団体戦で優勝して、わたしは団体戦の補欠でした。
わたしは、出場はしませんでしたが、メンバーにはいれたのがとても嬉しかったです。
テニスのコーチは、個人戦で昔は優勝した先生で、全国大会で優勝するチームを作ると熱い先生でしたので、熱血テニスを学生の頃は、やっていました。
朝から晩まで、暗いときに家をでて、暗くなるまでテニスコートにいました。
顔から足まで全身真っ黒で、日焼けしていたのを思い出します。
わたしは、必ず、テニスコートの整備をしてから帰っていました。
みんなが嫌がることを、率先してやることが、体力がつくし、気持ちがいいからです。
だから、帰るのはいつも一番最後でした。
友達もみんな、先に帰ってしまい、先生方が残っていて、いろんな話をしてもらったのを覚えています。
その中でも、先生が全国大会で沖縄に行ったときのお話が心に残っています。
ダブルスで先生が、初めて組んだ相手は、かなり下手な人で、苦労したらしいのですが、先生が前衛のはずが、もう全部を先生が、相手コートにボールを返していたというのです。
そんなスーパーマンのようなことができるんだとびっくりしたのを覚えています。
そしてそのときの試合で、優勝したみたいで、ペアを組んだ相手は、一度も、ボールに触れずに、試合終了したようなのです。
その相手は、全国大会で優勝したけれど、残念な気持ちだろうなと思いました。
先生もすごいけど、すこしくらいは、ボールを任せてあげても良かったのにとおもったりしました。
ちょっと相手の方が気の毒な気もしましたが、本当にすごいコーチにわたしは教えてもらっているんだなとかなりご満悦でした。
いまでは楽しい思い出です。"
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